ニワール鳥と鳥小屋
ニワール鳥の鳥小屋づくりをレオナードたちに任せて、マユラは錬成部屋に向かった。
素材を厳選しながら、ルブルランの葉、生命の雫、黄金キノコを錬金釜に入れて、魔力を流しながらかき混ぜる。
いつか師匠が言っていた通り、素材を厳選するとよりよい品質のポーションができあがるようで、猫ちゃん型のラムネは黄金キノコのように黄金色に輝いていた。
「おぉ……っ、これはすごい」
きらきらの粒子さえ舞っているポーションの粒を摘まんで、マユラは小躍りした。
「そして可愛い……」
ついでに誰も見ていないのでにやにやする。
あらためて、ポーションを作れることが嬉しい。今までのマユラは、何もできなかったのだ。
もちろんヴェロニカグラスの流通や販売について、街の人々と共に頑張ったのだが、あれは街の人々の技術があってのことだったので、こうして自分で何かを作り出せるということが嬉しかった。
「アンナさんが言っていたけれど……私も男性を堕落させる行動をとっていたのかしら……?」
疑問に思いながらも、マユラは手を止めず、まずは品質のよいポーションから作っていく。
あっという間に、小皿の中に猫ちゃんの顔が並んだ。
入れる素材を多くすれば、その分多くのポーションができあがる。
その分攪拌に時間がかかり、錬金窯の中にそそぐ魔力も多くなるようだ。
「オルソン様に厳しく接していたら……ううん、無理ね。できなかったわね、それは」
オルソンが怖いというわけではなかったのだが。
婚礼の日の夜に、オルソンとリンカの浮気現場を見てしまった時点で、マユラはオルソンに期待をすることをやめた。
──期待をしなければ、楽だからだ。
それ以上の歩み寄りをしなくてすむ。諦めてしまえば、傷つかなくてすむ。
今は──。
「マユラちゃんー!!!」
悲鳴染みた声が裏庭からあがり、マユラは作業の手を止める。
いつの間にか小皿の中には、ポーションが山のように積みあがっていた。
あわてて裏庭に行くと、アンナが両手をひろげてマユラに抱きついてきた。
そのままずぼっとマユラの体を突き抜けて、アンナは通り過ぎる。
「アンナさん、どうしました?」
「マユラちゃん、レオナード君が大変なの!」
「レオナードさんが!?」
大変──というのは、どういうことだろうか。
アンナが指をさした方に視線を送ると、そこには立派な鳥小屋が建てられていた。
林の木を切り倒して、組んで作ったものである。
柵と屋根があり、ニワール鳥なら十羽は余裕で入れそうな大きさだった。
その隣で、大山犬のイヌが寝そべっている。自分の小屋だと思ったようで、小屋を片手でがりがりしながら不満そうに「わおん」と悲しそうな声で吠えている。
「イヌさんの小屋にしてはちいさいですね。鳥小屋、できたんですか。すごい、新品でぴかぴかですね」
マユラはイヌの首を撫でた。イヌは甘えたように、マユラに鼻頭を擦り付ける。
しっとりしめっている。顔はもふもふしている。
イヌの首に抱きつくと、ポーション作りの疲れが取れるようだった。
「鳥小屋はいいのよ、そうじゃないのよ」
アンナの訴えに、マユラは首をかしげる。
マユラの目の前を、白くて丸い形をした、両手で抱きあげられる程度の大きさのニワール鳥の首にしがみついた師匠が通り過ぎていく。
「あ、師匠……」
『見ている場合ではない、助けろ』
「ええ、はい」
マユラは慌てて師匠ごと、ニワール鳥を捕まえて抱きあげた。
「師匠が肉体労働をしている……」
『うるさい。仕方ないだろう。家から一歩外に出ると、私は可愛い猫のぬいぐるみだ』
「それは知っていましたけれど、師匠がニワール鳥を追いかけまわしているところ、すごく、なんというか、可愛いですね」
『私の尊さに気づいたか』
こんなときでも自慢げな師匠を小脇に抱えて、マユラはニワール鳥を一匹鳥小屋の中に入れた。
師匠は大変そうだが、レオナードが鳥を捕まえるぐらいで大変な状況になるとは思えないのだが──。
「マユラ。鳥を捕まえたのだが、アンナさんがものすごく怒る」
両手に鳥を抱えたレオナードが、困り果てた顔でマユラの元へやってきた。
その両手には、ニワール鳥ではない様々な鳥が抱えられている。
それこそ、孔雀から、金鶏から、すずめから鳩に至るまで。そんな種類の鳥がこんなに沢山林にいたのかというぐらいに、沢山の鳥が──捕まえるというよりは、レオナードに懐いている。
皆、レオナードに自分の体を擦りつけるようにしている。
「レオナードさん、雌の鳥にも人気が……」
「感心している場合ではないわ、マユラちゃん! ニワール鳥って言っているのに、レオナード君は違う鳥ばかり捕まえてくるのよ。もう、大変過ぎるの! 一番まともだと思っていたのに、どういうことなの?」
「どういうことなのでしょうか……?」
「いや、鳥といわれたから、鳥を……」
「鳥にも色々種類があるのですよ、レオナードさん。師匠が捕まえてくれたこの、白くて丸い鳥が、ニワール鳥です」
レオナードが怪我でもしたのかと思っていたマユラは、ほっと息をついた。
ニワール鳥を見せると、彼は「そうなのか」と納得して、他の鳥たちに「君たちじゃないらしい」と言って、どこかに逃がした。
鳥たちは非常に残念そうにしながら、飛び立っていく。
ルージュがレオナードの頭をつつく。嫉妬だろうか。もしかして、ルージュも女の子なのかもしれない。
「生きとし生けるものすべてに人気があるんですね、レオナードさん」
「いや、そういうわけでは……動物に懐かれやすいとは思っているが、普通に食うしな」
『ニワール鳥も知らんのか、呪われ愚か』
師匠がひどく呆れたように嘆息する。アンナも同じようにやれやれと肩を竦めた。
「すまない。動物を見分けるのは、苦手なんだ」
苦手とか、そういう問題でもなさそうなのだが。
レオナードにとって犬は犬だし、鳥は鳥なのだろう。
ということは、人間は人間──という認識をしている可能性も出てきた。
メルディ王女にレオナードが全く靡かなかった理由が、マユラには少しわかった気がした。




