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師匠のよくわかる呪殺魔法講座



 師匠の、師匠曰く叡智の書である、錬金魔法具目録には、未だに読めないページの方が多い。

 それでも、初期のポーションから比べると、より多くの錬金魔法具のページが解禁になっている。


「呪いについての錬金魔法具というのは、見当たりませんね。ジュネさんは、魅惑の糖蜜をメルディ王女に渡したようですけれど」

「魅惑の糖蜜?」


 レオナードが不思議そうに言う。ジュネは、魅惑の糖蜜についてはレオナードに言っていないようだ。


「惚れ薬の一種だとのことです」

『その王女とやらは、どこがいいのかはわからんが、呪われ男に惚れていたのだろう。だとしたら、飲まされたのではないか?』

「……そういえば」


 師匠に指摘されて、レオナードは腕を組むと記憶を探るように首を捻る。


「茶会に、招待されたな。断るのも申し訳なくてね、紅茶を飲んだ記憶がある。やたらと、甘かったが……」

「飲まされていますね、レオナードさん。一服盛られていますよ」

「そうだったのか」

「何か、体に変化はなかったのですか?」

「特には」

『呪われても体調に変化がないぐらいに鈍感なのだろう、お前は。惚れ薬も効かないほどの鈍感さか』


 師匠はレオナードを小馬鹿にした。

 そんなことってあるのだろうかと、マユラは疑問に思う。

 宮廷錬金術師のジュネが作った錬金魔法具の効果がないなんて、あり得ないのではないだろうか。


「使用する量が少なすぎたのでしょうか。でもものすごく甘かったのですよね。糖蜜というからには、甘いシロップのようなものなのでしょうが……」

『私はそのような胡乱な錬金魔法具を使ったことはないが、過去の記憶では、貴族たちがこぞって欲しがるほどの効果があったようだ』

「師匠の時代の貴族の皆さんは、惚れ薬をそんなに?」

『惚れ薬としての効き目ではない。もう一つの効果のほうだ』

「媚薬の」

「びや……」


 レオナードが慌てたように立ち上がる。

 それから、意味もなくうろうろと部屋の中を歩き回った。


「マユラ、いけない。この話はここで終わりに」

「レオナードさん、いけないことはないです。ジュネ様から聞いて知っていますから」

「そ、そうか……」

「ちなみにそちらのほうの効果はどうでしたか」

「いや、ない。特になにも。紅茶がどろっとして甘いな、と思ったぐらいだ」

「お茶会には何回呼ばれたのですか?」

「二回だな。二回目の茶会の数日後、王女は窓から飛び降りた」


 どろっとして甘い、という感想が気になる。

 一度目に使用して効き目がなかったから、メルディは更に多くの魅惑の糖蜜をレオナードの紅茶に仕込んだ可能性が高い。


「レオナードさんに魅惑の糖蜜がきかないのか、それとも、魅惑の糖蜜の効果がさほどでもないのか。気になりますね」

『といっても、それ自体には呪いの効果などない。窓から飛び降りていなくなったなどは、おかしな話だ』

「呪いと言えば、呪殺魔法ですね、師匠」

『そうだな。そもそも呪殺魔法というのは、一種の縛りがある。その縛りのせいで、強力な、そして永続的な魔法を使うことができるのだな』


 媚薬の話から離れたので、レオナードはほっとしたように椅子に戻った。

 師匠はテーブルの上にやってくると、テーブルから何本もの黒い手をはやして、その上に小さな手足を組んで座った。


『縛りとは、対価のことだ。対価を捧げることによって、魔法を発動させる。これは、贄のことだな。贄とは、人間でもいいし、動物でもいい。虫や、カエルという場合もある』

「つまり……王女は自分の体を対価にして、レオナードさんを呪ったというこでしょうか?」

『その可能性は高い』

「対価にされた体は、どこにいくんだ?」


 レオナードの問いに、師匠は肩をすくめた。


『幽霊女が言っていたとおりだな、魔素として、大地に還るのだろうな。贄に捧げられるとは、死だ。ただし、普通の死とは違う。体は残らん』

「そうすると、王女の失踪で王女がいなくなってしまったことの理由にはなりますね。問題は、誰が王女を贄にしたのかということになりますけれど」

『自らを贄にして、魔法を発動させる場合もある』

「なるほど。王女はレオナードさんが愛しいあまり、自分を贄にして魔法を使って、レオナードさんを呪った……?」


 その可能性が一番高いのだろう。

 レオナードは自分の話をされているせいか、終始困ったような表情を浮かべている。


『自分を贄にした呪殺魔法など、よほど思い詰めていないかぎりはやらん。だが、性悪王女ならばやりそうなことだな。ジュネの元に通っていたというのなら、そういった知識も得ていた可能性は高い』

「ジュネさんは、呪殺魔法に詳しいのでしょうか」

『さぁな。だが、錬金術師になるような人間は、魔法の才もあることが殆どだ。お前にはないが』

「残念なことに」

『魔法の才があれば、知識としては知っているはずだ。あの女ならば、問われれば教えているだろうし、教えたことさえ忘れているだろうよ』


 師匠はジュネをあまり信用していないようだ。

 だが──ジュネが率先して、メルディに悪いことを教えるとは思えない。

 メルディに渡した魅惑の糖蜜だって──。


「あぁ!」

「どうした、マユラ」

『何だ、やかましい』

「考えてもわからないので、とりあえずお仕事です。魅惑の糖蜜、作ってみましょう。レオナードさんに何故効果がなかったのかも気になりますし、それに、ルメルシエさんからも依頼を受けていますから」

『大食い女は、媚薬を作れとは言っていない』

「滋養強壮です」


 マユラはどことなく得意気に言って、師匠の錬金魔法具目録の『魅惑の糖蜜』のページを開いた。



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