同居宣言
ポーションを売るための入れ物が、案外安価でできそうなので、残りの金を計算しながらマユラは当面必要なものを購入して帰路についた。
途中でレオナードおすすめの、揚げチーズドッグを購入して、休憩がてらベンチで食べた。
揚げチーズドッグはサクッとした生地を囓ると、中からみよんとチーズが伸びてきて美味しい。
チーズは正義だ、何に入れても美味しい。
食べられない師匠が不憫だと思っていると、顔にでていたらしく『欲望塗れの人間め』と、謎の悪口を言われた。
レオナードの大山犬のイヌ(ややこしいとマユラは思っている)に荷物をのせて、レオナードとマユラも乗り込んで、丘の上の家まで帰った。
イヌのおかげで、予定よりも早く戻ってくることができた。
「アンナさん、ただいま帰りました」
「お帰りなさい、マユラちゃん~……っと、来たわね、呪われ男」
「なんだか、すまない」
「レオナードさん、謝らなくていいですよ。アンナさん、呪いはレオナードさんのせいではありませんので、あまりつらくあたらないでくださいね」
「わかったわ。だって、呪われているんだもの」
アンナはマユラの荷物を受け取り──正確にはふわふわ浮かせると、次々に棚の中などにしまいこんでいく。
荷物のことはアンナに任せて、マユラは錬成部屋に向かった。
ルージュは自分の定位置のクッションで丸くなり、師匠もクッションの上にふんぞりかえって座った。
「レオナードさん、お茶をいれますね」
「マユラちゃん、家事はアンナさんに任せておいて。マユラちゃんはお仕事よ」
「ありがとうございます、アンナさん」
アンナが壁からにゅっと顔を出して、にこやかに言う。
マユラがいない間に、壁を抜けることもできるようになったらしい。少し驚いたが、相手は幽霊なので、まぁ、そういうこともあるのだろうと納得した。
ややあって、アンナがお茶と、街で買ってきた焼き菓子を浮かせながらやってくる。
テーブルに置くと「家事が捗るわ、ありがとうマユラちゃん」と言って、嬉しそうにぬるりと壁を抜けて消えていった。
「……君の同居人は、奇妙だな」
「私もそう思います」
『レオナード。呪いがとけるまで傭兵ギルドに戻るなと言われたのだろう。つまり、ここに住むつもりか?』
「いや、そこまでは……」
「あぁ、それはいいですね。とてもいい考えです、師匠」
マユラはぱちりと手を叩いた。
レオナードに座ってもらい、お茶を飲むように促す。
マユラもお茶を飲みながら、師匠の錬金術目録をぱらぱらとめくった。
『おい。私の叡智の書を、粗雑に扱うな』
「汚さないように気をつけていますので、大丈夫ですよ」
『なんて雑な女だ……雑で残念……兄と小男と、ろくでなしの女にしかもてない女め……』
「お兄様はさておき、バルトさんには奥さんがいますよ。社交辞令で、会いに来るっていってくれていましたけれど。ジュネさんは、ろくでなしじゃありません。たぶん……たぶんですけど」
マユラは紅茶のクッキーをサクサク食べる。
苦みのあるすっきりとした味わいの、アンナの摘んできてくれたミントティーとの相性がとてもいい。
「マユラ、バルトさんと、ジュネさんに会ったのか?」
「ん? あ、はい。ええ。そうなんです。勝手なことをしてもうしわけないのですが、メルディ王女のことが知りたくて」
「そうか。……すまない。俺のことを、心配してくれて」
『ふん、調子に乗るな、レオナード。マユラはお前のことなど』
「心配ですよ。何が起こるかわかりませんから」
マユラは師匠の言葉を遮った。
友人を心配するのはごく普通の感情である。師匠も心配なくせにと思う。
師匠は口は悪いが、マユラが死にかけたときは心配してくれるぐらいの人情はある。
レオナードになにかあっても、きっと同じ反応をするだろう。
たぶん。
「ですから、レオナードさん。呪いがとけるまで、ここにいてください。幸いベッドはありますし。イヌさんに居てもらえるぐらいの庭もありますし、アンナさんは世話好きですし」
「いや、だが、女性の家に同居するというのは……」
「師匠もアンナさんもルージュもいますから。私がいないところで、レオナードさんになにかあったら嫌ですから。レオナードさんは正式に、私に呪いをといてほしいという依頼をしましたし」
それはとてもいい考えだ。
そもそも呪いをとこうにも、レオナードがどこかにいなくなってしまえば、何もできない。
迷いやすいレオナードが行方不明になってしまったら、探しようがないのである。
「レオナードさんは、私に依頼の費用を支払う代わりに、素材の採取の手伝いをしていただければ。私としてはとても助かります。何せ、私はあまり強くないので」
『お前は弱い。非常に弱い』
「そうなんですよね……レイクフィアの落ちこぼれですから。素材がないことには、攻撃用の錬金魔法具も作ることができませんし」
今のところ十分に揃っているのは、兄が届けてくれたポーションの素材ぐらいだ。
「……いいのか?」
「はい、もちろん」
「……わかった。よろしく頼む、マユラ」
レオナードは、やや困ったように、そして恥ずかしそうに笑った。
マユラの背筋に何故か、ぞぞぞっと冷たいものが走ったが──呪いを敏感に感じ取ったせいなのかもしれない。
『全く、勝手なことばかりする』
師匠は不愉快そうにしていたが、それ以上は口を出そうとはしなかった。
やはり師匠なりに、レオナードを心配しているのだろう。




