ルメルシエ金属加工店
マユラはレオナードにお辞儀をしたあと、隣の大きな山犬に挨拶をする。
「レオナードさん、そちらの山犬さんは」
「これは、俺のイヌだ」
「イヌ……」
そうだった。レオナードはルージュをトリと名付けた。
山犬もイヌと呼んでいると、以前言っていた。
「イヌさん……」
『……私は以前、自分の名を自分でつけた。だが、レオナードが私の立場だったら、自分にヒトという名前をつけていたのだろうな』
師匠が呟く。
師匠の名前が、アルゼイラ・グルクリムでよかった。
「レオナードさん、迷子ですか?」
「いや、俺と違ってイヌは賢い。イヌが一緒にいるときは、迷うことはほぼないな」
「じゃあ、お仕事ですか?」
「それが……ほら、アンナさんに呪われていると言われただろう、俺は。念のためギルド長に報告をしたら、どんな呪いかわからない以上、呪いをとくまで戻るなと言われてしまってね」
困ったように、レオナードが言う。真面目な彼らしい。
「マユラに呪いをといてもらえ、マユラの元に行ってこい、しばらく帰ってくるな、と」
「そうですね。私もそのほうがいいと思います」
『何故マユラがお前の面倒を見なくてはならんのだ。ほかをあたれ』
しっしと、師匠が手をふった。
ルージュは嬉しそうに、レオナードの肩に乗って、大きな山犬を不思議そうにじっと見ている。
マユラは山犬に手を伸ばした。頭をさげてくれるので、よしよしと撫でさせてもらう。
非常にふわふわしている。師匠やルージュの触り心地とはまた違う。犬とはいいものである。
「レオナードさんの呪いに気づいたのはアンナさんですし、レオナードさんにはお世話になっていますから。ほうっておくことはできません。私も実は今、レオナードさんの呪いについて調べているところでして」
「……すまない。迷惑をかける」
「いいえ、いいのですよ。これもなにかの縁ですから」
マユラはレオナードを見上げて微笑んだ。
レオナードはすまなそうに目を伏せて、それから気持ちを切り替えるように首を振った。
「錬金術店には君がいなかったものだから、イヌに、君のいる場所を探してもらっていたんだ。イヌは鼻がいい。アンナさんに頼んで、マユラの服を出してもらい、イヌにかがせた」
「え……」
『逃げろ、マユラ。古代語で、こういう男をストーカーと呼ぶ』
「現代語でもありますよ、ストーカー。付け回す者という意味です。ちょっと驚きましたが、そういう追跡の仕方もあるのですね」
「わう」
イヌが得意気に鳴いた。マユラは首のあたりをわしゃわしゃと撫でる。
「……つい、逃亡犯を探す要領で、君を探してしまった。駄目だったな」
「大丈夫です、レオナードさんが私を探して森の奥にわけいってしまうよりは、確実な方法でさがしていただいたほうがいいです」
一瞬驚いたが、マユラは気をとりなおして言った。
そういう探し方もあるのかと思うと、早々に香水を開発しなくてはいけない気がしてくる。
マユラも、人生色々あったとはいえ、まだうら若き淑女である。変な匂いだと思われたら嫌だ。
レオナードは自分の胸に手を当てて、頭をさげる。
「マユラ、正式に依頼をさせてほしい。……俺の呪いをといてくれないか? もちろん謝礼は払う。俺ができることなら、なんでも協力させてもらう」
「ええ、喜んで引き受けさせていただきます」
どのみち、レオナードの呪いはとかなくてはいけないと考えていた。
今は実害がないが、たとえば──屋敷に入ってきた者だけ呪い殺す師匠のように、何か限定的な発動条件がある可能性が高いのだ。
害意ある呪いに変わってしまう前に、対処をしなくてはいけない。
もしかしたらそれは、レオナードの命に関わってしまうことかもしれない。
すでにここにはいないメルディのことはもう助けられないが、レオナードはまだ生きている。
生きているのだから、助けることができるはずだ。
「ありがとう、マユラ。迷惑をかけてしまって悪い。本当は俺が、君の錬金術師としての仕事を、傭兵として手伝おうと思っていたんだが」
「いいえ、それはお互い様というものです。実を言えば、レオナードさん、お願いがあるのですけれど」
「なんでも言ってほしい」
「この辺りに、貴金属店はありませんか? ポーションの入れ物をつくりたいのです」
「わかった、案内しよう」
レオナードはマユラを、イヌの背に乗せてくれた。
ひょいっと持ちあげられて、マユラはイヌの背中に乗った。レオナードはマユラの後ろに乗ると、手綱を手にする。
『……全く、なんでも安請け合いをする。原因がなんであれ、呪いとは恐ろしいものだぞ、マユラ』
「私はほら、師匠にも勝ちましたから。きっと大丈夫ですよ」
『それはたまたまお前の魔法が残念で、たまたまお前の運がよかっただけだ』
「そうなんです。結構運がいいのですよね、私」
『そういうことにしておいてやる』
師匠の心配はありがたいが、知ってしまった以上はレオナードを放っておくことはできない。
グウェルのようにレオナードが呪いに苦しむところを、マユラは見たくない。
彼は──マユラの友人だ。
城門前広場を抜けて、南地区へと戻る。
南地区にはどことなく潮の香が漂っている。まだ住み始めて数日しかたっていないが、潮風を感じると家に戻ってきたような安心感があった。
南地区の大通りの一角で、イヌは足を止めた。
イヌは馬よりも小回りがきき、馬よりも速い。山犬の乗り心地はなかなかのものだった。
レオナードがマユラに手を貸してくれる。マユラはその手を取って、イヌから降りた。
「イヌさん、ありがとうございました。とても乗り心地がよかったです」
「わおん」
いつでも乗せてやると言われている気がした。マユラはよしよしとイヌを撫でる。
「マユラ、ルメルシエ金属加工店だ。武器の加工から、装飾品の加工まで、なんでもしている店だな」
レオナードが示した店には、『ルメルシエ金属加工店』という看板がかかげられている。
看板は大きなハンマーの形をしていた。扉を開くと、中には剣や盾や鎧が無造作に積みあがっている。
「いらっしゃいませー」
大きな鉄を溶かす炉が、店の奥にある。炉の周囲は燃えないようにだろう、天井から床、壁に至るまで、全て土でつくられていた。
その中に女性が一人、足を組んで座っている。
女性は黒いタンクトップを着て、エプロンと手袋をつけている。金属片が目に入らないようにだろう、首には加工時に装着するゴーグルを巻いていた。
彼女は両手にソーセージはさみパンを持って、ものすごい勢いでがつがつと食べていた。
マユラと同じぐらいの年齢の──逞しい腕をした、赤毛と鳶色の瞳をしたどことなく気だるげな雰囲気の女性だ。
「レオナードさん。……と、彼女と、ぬいぐるみと、鳥」
「こんにちは、ルメルシエ。こちらはマユラだ。彼女ではなく、友人だ」
「はじめまして。マユラと申します。錬金術師です」
「錬金術師。珍しいね。あたしはルメルシエ、見ての通り金属加工屋だよ」
ルメルシエは、口いっぱいに頬張ったソーセージパンをもごもごしながら、挨拶をしてくれた。




