魅惑の糖蜜
◇
ちょっと甘やかしすぎなんじゃないかしらと、私はずっと思っていたの。
国王ハルバートは、悪い人ではないのだけれど、優しすぎるとでもいうのかしら。
メルディを産んですぐに、王妃様がお亡くなりになってね。
メルディというのは、それはそれは見た目だけは、亡き王妃様に似て玉のように可愛らしい赤子だったのよ。
その時ハルバートは十五歳。
十歳だった私はいわゆる天才で、その年齢で大抵の錬金魔法具を作ることができたから、宮廷錬金術師としてお城に招かれて、来る日も来る日もポーションを作っていたわ。
ポーションの瓶を見ると叩き割りたくなるぐらいに、ポーション三昧の日々だった。
──それはともかくとして。
そんなわけだから、ハルバートや弟王子のラドニスとは、幼馴染のように親しかったの。
二人とも私に恋をしていたのではないかしら。私は十歳にして絶世の美少女だったから、そんな雰囲気だったわ。
──脱線したわね。
玉のように可愛いメルディを、陛下もハルバートもラドニスも、それはもう可愛がったわ。
蝶よ花よと可愛がり、メルディが欲しいものはなんでも与えていたし、皆メルディの言う通りに動いていた。
小さいときは可愛いばかりだったメルディは、可愛いままどんどん大人になって──中身はずっと幼いままだったわね。
全てのものごとは自分の思い通りになると信じていたの。そんなわけがないのに。
思い通りにならないことばかりよ、人生なんて。
まぁ、そんなわけで、メルディは見事に我儘王女に育ったわ。
私はメルディのことが嫌いだったけれど、メルディをそんな風に育ててしまったのは、今は亡き前王とハルバートとラドニスだわ。
責任をとりなさいよね──といったところだけれど、そう育ってしまった人に誰かが注意したところで、人間、そう変わるわけでもないのよ。
ハルバートが隣国から姫を娶った時のメルディの癇癪といったら、見ていられないほどだった。
お兄様は私のことを愛していたのではないのかと言ってね。
兄妹でしょう。信じられる?
ん? どうして皆、ユリシーズを一斉に見るのかしら。……あぁ、なんとなく理解してしまったわ。
マユラちゃん、苦労するわね。
隣国の姫──ティファニス様ね、私は大好きよ。
優しくて、穏やかで。ハルバートも優しい人だから、二人が並んでいるとまるで、おじいちゃんとおばあちゃんが日向ぼっこをしているみたいで、微笑ましいのよね。
でも、メルディの癇癪はとどまる所を知らなかった。
ティファニス様に嫌がらせをしたり、辛く当たったりしていたわ。
ティファニス様はそれで一時期体調をくずされていたぐらいでね。
私は、だから、ティファニス様のためには、錬金魔法具を作るようにしているの。
それで、ヴィオレット様がうまれた。すごく可愛くて、可愛くてね。ほら、ぷにぷにで、にこにこしていて、この世にこんなに可愛い子がいるのかしらって私は思ったぐらいよ。
メルディの嫉妬はすさまじかったわね。
でもほら、あの子はすごく見た目がいいから。一見わからないのよ。
人当たりもよくて口も上手くて、自分が被害者みたいに取り繕うのがすごくうまくて。騙される侍女たちも多かったぐらいだわ。メルディに騙されて、ティファニス様を悪女だと言ってみたりね。
でも、メルディはやりすぎた。
嫉妬のあまり、ヴィオレットを自分の飼っている虎……山岳白虎に襲わせたの。
賢い虎だったわ。普段人を襲ったりはしない。山岳白虎って知ってる?
さすがはマユラちゃんね。詳しいわ。その通りよ、人間ぐらいの知能をもった、賢い虎ね。主人には忠実で、命令には絶対服従をするような性格をしているわ。愛玩動物として、貴族たちに人気があるわね。
虎に乗って戦う兵士を、虎兵と言うのではなかったかしら。
その虎、ね。
うん。可哀想だけど、殺されてしまったわ。王女を噛み殺そうとしていたのだもの。
侍女たちが気づいて大騒ぎをして、すぐに兵士たちが集まってきて事なきをえたのだけれど。
メルディは、反省していなかったわ。
「私のエリオットが殺されたの! その上私は、隣国に嫁ぐことになったのよ……! お兄様は私を捨てるのだわ。隣国の野蛮な王などに嫁げだなんて……!」
泣きながら私の元に何度も駆け込んできて──私はあの子が嫌いだったけれど、来るものはこばまない主義なの。
だから話をきいてあげていた。興味深かったということもあるわね。
この子はどうしてこんなに、自分の罪を罪だと思わないのかしら。
どうして、全て他人のせいだと思えるのかしら。
そんな風に、メルディを見ながら考えていた。
「ジュネ、どうしたらいい? 隣国の王も私を嫌うかもしれないわ。エリオットがいなくなってしまって、私は独りぼっちよ」
ある時、メルディはそんなことを言ったの。
あぁ、この子はきっとずっと寂しかったのねって、私は思ったわ。
せめて隣国の王に気に入られるように、そこで、寂しい思いをしないように。
お守りをあげたのよ。
メルディに渡したのは『魅惑の糖蜜』飲み物に垂らして相手に飲ませれば、相手は飲ませた者に好意を持つようになる錬金魔法具ね。
◇
ジュネの話を聞き終わってから、マユラは師匠を覗き込んだ。
「魅惑の糖蜜……聞いたことのない錬金魔法具です。師匠は知っていますか?」
『惚れ薬の一種だ。といっても、そこまで強い効果はない。夢見がちな女どもがまじないに使う程度のもので、好きな相手に飲ませる。そうすると、体温が上昇し、体が興奮状態になる。まぁ、軽度だがな』
「性的興奮を、恋愛感情だとはき違えさせる薬か?」
「ユリシーズ、そういったことは、淑女の前で口にするべきではない!」
淡々と言う兄を、バルトが叱りつけた。先程からずっと、案外いい人である。
『軽度の媚薬といったところだ』
「師匠も、媚薬などと口にするな。マユラやジュネ殿や侍女たちがいるのだぞ!」
「バルト様、初心ねぇ。その媚薬を作ったのは私よ」
ジュネは口元に手を当てて、うふふ、と笑った。
バルトは顔を赤くして「ジュネ殿、慎みというものをだな……!」と、父親のような説教をはじめた。
「媚薬と王女様がいなくなってしまった件は、あまり関係がなさそうですよね……」
てっきりジュネの渡した錬金魔法具が、何かの呪いに関係しているのかと思っていたのだが。
一体どういうことなのかと、マユラは首をかしげた。




