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ジュネは退屈している



 ごほんと、バルトが場の混乱をおさめるように、咳ばらいをした。

 

「ジュネ様、こちらはマユラ。ユリシーズの妹で、駆け出しの錬金術師だそうです」

「バルトさん、それは今聞いたわ」

「そ、そうですな。念のため、一応。あなたの周辺警備の確認をすると言ったら、是非あなたに会いたいということで、失礼を承知ながら連れてきた次第です」

「失礼なんてことはないわよ? 私、くるもの拒まずだもの。マユラちゃんは私の弟子になるべき」

『しつこい女だ。錬金術の才が、私よりも優れているわけでもないというのに。マユラ、帰るぞ』

「ね、猫の人形がしゃべった、動いた! ぬいぐるみを抱えているな、オルソンに捨てられた心の傷が深いのだなとは思っていたが、喋ったぞ!?」


 マユラの手の中からじたじたと抜け出して、師匠はマユラの肩に乗るとその髪を引っ張る。

 腰を抜かすぐらい驚いているのはバルトだけで、ジュネの侍女たちは「まぁ、可愛い」「可愛いわ!」と黄色い声をあげた。


『反応の鈍い小男だな』

「小男と言うな! 背が低いことを気にしていないとでも思うのか!? マユラ、さてはお前は腹話術で本音を話すタイプだな、本音と言う名の悪口を……!」

「違いますけれど。師匠の口が悪いせいで、私の心象が悪くなるじゃないですか。やめてください」

『ふん。そんなことは知らん』


 ぐいぐい髪を引っ張られるので、マユラは顔をしかめる。

 マユラはひょいっと師匠を摘まみ上げて、余計なことをしないように両手に握りしめた。

 といっても、あの家から出てしまえば師匠はただのぬいぐるみなので、喋ったり多少動いたりする以外にはなにもできない。力も大して強くないので、拘束は容易かった。


「ご紹介が遅れました、こちらは私の師匠です。喋る猫のぬいぐるみですが、中の人は優秀な錬金術師だったのだそうです」

「邪悪な、ね」

「失礼な女だ。師匠は邪悪ではない。もし邪悪な存在ならば、マユラがここまで心を許したりはしない。私のマユラは心の綺麗な女だからな」


 肩をすくめるジュネに、ユリシーズが冷たく言った。

 妹を『女』というのはやめて欲しい。ユリシーズは以前も怖かったが、最近は別の意味で怖い。

 王国の法律では許されていない近親婚を、極秘に奨励しているレイクフィアの家の教育が全て悪いといえば悪いのだが。


「ジュネ様、師匠は邪悪ではありませんよ」

「んー……そうかしら。私の予想が正しければ、人を百人ぐらい殺しているわよ? 私、人を見る目があるの。結構当たるのよ」

「人を見る目があるジュネ殿にうかがいたいが、死んだ王女と何をしていた?」


 単刀直入にユリシーズが問う。

 マユラは、どうきりだそうか考えていた。どうすれば質問に答えてくれるだろうかと。

 それを先にはっきりと口に出されてしまったので、マユラは内心慌てた。

 せっかく会えたのに、機嫌を損ねて何も聞けなくなるというのはできれば避けたい。


「あぁ、メルディね。我儘で可愛そうなメルディ。どうしてメルディのことが知りたいのかしら。マユラちゃんとお兄さんに、何か関係のあることなのかしら?」


 ここは、事情を隠さずに手の内を見せるべきだろう。

 別に、秘密にしているわけではないのだ。レオナードの目の前でメルディが命を絶ったことは、皆が知っている。


「実は、私はレオナードさんの」

「恋人ね!」

「い、いえ、知り合いです。事情を聞いて、気になって。メルディ様がどこかに消えてしまったことを、レオナードさんはずっと気に病んでいるようでしたから。何があったのかを、調べたいと思いまして」

「なるほど。じゃあ、片思いね?」

「そういうことではありませんけれど……」

「女。知っていることだけを、端的に話せ。妙な邪推をするな」

「怖いお兄さんだわ。ユリシーズ・レイクフィア。攻撃魔法ばかりに特化した、魔法馬鹿という噂を聞いたけれど、マユラちゃんは可愛いのに、お兄さんは可愛くないわね。マユラちゃん、呪いの人形やら、危ないお兄さんやらに囲まれて可哀想。私のところにいらっしゃい」


 マユラは「皆、いい人たちですよ」と曖昧に笑った。

 いい人かどうかはちょっとわからないが、マユラにとっては少なくとも悪い人たちじゃない。

 ジュネは溜息交じりに「そう……」と呟いて、長椅子に戻った。


 足を組んで優雅に座ると、侍女たちが大きな扇でジュネをあおぎはじめる。

 

「メルディね、メルディ。我儘で、子供で、可哀想なメルディ。小さな王女を虎に襲わせた残酷なメルディ」

「それは、本当なのですか?」

「ええ、本当よ。馬鹿な子だったわ。小さな王女……ヴィクトリアのせいで、自分は愛されなくなったと信じていた。隣国に輿入れが決まって、私のところに逃げてきたわ。私はくる者は拒まない。だって、退屈だもの」

「ジュネ様は、どうしてそんなに退屈なのでしょうか。立場もあって、身分もあって、才能もある、立派な錬金術師だとお聞きしました」

「つまらないわ。錬金術師に求められるのは、簡単な薬ばかり。せっかく作った錬金魔導機だって、戦いに使われるばかり。飽きてしまったわ。だから、私はここにいるのよ。ここにいれば、余計な仕事をしなくてすむもの。マユラちゃんはどうして錬金術師になったの?」

「お金のため、生活のためです。ですが……」


 それだけだろうか。

 違う。はじめはそうだった。でも今は、違う。


「私の錬金魔法具で、誰かが喜んだり助かったり、役に立つことができるのが嬉しいのです。困っている人がいれば、助けたいと思います。けれどその力がなければ、なにもできません。だから私は、私にできることを頑張ろうと思っているのです」

「……いい子ね。うん、いい子だわ。マユラちゃんが知りたいのなら、教えてあげる」


 ジュネは優しく微笑んだ。

 それから「メルディに頼まれて、錬金魔法具を作ったわ」と、秘密を吐露するように小さな声で言った。




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