バルト・ロードメルクとシズマ・ルーファン
ユリシーズはふと思いだしたように、髪を氷でぱりぱりにしているバルトに視線を向ける。
「マユラ。こちら、バルト・ロードメルク騎士団長殿だ」
「ロードメルク様というと、ロードメルク侯爵家の」
「次男だな」
マユラは苛々と肩を怒らせているバルトに向かい、深々と礼をした。
「はじめまして。ユリシーズの妹のマユラと申します。錬金術師をしております」
「お前が噂のオルソンに捨てられた女か。ふはは、笑えるな。どうりで地味な見た目をしている。オルソンの妹……今は、嫁か? あれは儚く美しい見た目だったからな。あれが花だとしたら、お前はゴボウだ」
「ゴボウ!」
言い得て妙である。土臭さのある女という意味だろう。
確かにマユラのミルクティー色の髪は、ごぼう色と言われてしまえばそうだし、鳶色の瞳も赤土のようである。
「ふふ、ゴボウ……バルト様はたとえがお上手なのですね。さすがは侯爵家ご子息様。そして騎士団長様です」
「お、おう」
マユラはきらきらした笑顔をバルトに向ける。
バルトのたとえが面白かったこともあるが、ここで怯えて逃げているようでは商人として身を立てることはできない。
騎士団とは、傭兵に続き怪我をしやすい職業である。
つまり、ここには需要がある。
「マユラ。褒める必要はない。お前は私だけを崇め奉っていればいいのだ」
「ええと……」
兄が苛々している。怖い。そっとしておこう。
「バルト様、私は南地区の呪いの館と呼ばれている場所で、マユラ・グルクリム錬金術店を開いたばかりなのです。まだ駆け出しで、解熱のポーションと治療のポーションぐらいしか売っていないのですが、よろしければお立ち寄りくださると嬉しいです」
「ユリシーズの妹というからには、どれほど高慢な女かと思っていたが、中々殊勝で可愛らしい。残念だが、城には錬金術師がいる。それに、治療師もいる。お前の世話にはならないとは思うが、個人的に寄ってやってもいい」
「……妹に近づかないでいただきたい。虫唾が走る……ではなく、うっかり、魔法が暴発してしまうかもしれません」
「な、なんなんだお前は先程から! 私に火球を向けるな……っ」
ユリシーズの周囲に、燃えさかる炎の球体がいくつも浮いている。
バルトはいそいそとその場を立ち去っていった。
とりあえず──挨拶ができたし、名前も覚えてもらったのでよしとしよう。
街の者たちの話では、錬金術師たちは皆、貴族たちのお抱えとなってしまい、在野で錬金術を行っているものはフォルカを残してほぼいなくなってしまったのだという。
貴族たちのお抱えがいるのだから、城にもいるはずだ。
どんな錬金魔法具を作っているのだろう。会ってみたい。
「マユラ、こちらに。せっかく会いに来てくれたのだから、ゆっくりしていけ」
「お兄様はお忙しいでしょう? 突然お伺いして申し訳ありません」
「いつでも来てくれて構わない」
兄に案内されて、マユラは第二部隊の客室に向かった。
兄の指示ですぐに世話役の侍女たちによって紅茶が用意される。
侍女たちは兄に熱い視線を向けている。師匠がこそこそと『お前の兄は女から人気があるのだな。お前とは違う』と言ってきたので、その小さな手足をみよんと伸ばしておいた。
「マユラ、これは私の副官のシズマだ。シズマ・ルーファン。ルーファン伯爵家の次男だな」
「はじめまして。マユラと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。ユリシーズ様にはいつも助けられています。妹君と、ぜひご挨拶をしたいと思いまして」
「こちらこそ、いつも兄がお世話になっています」
シズマという、黒髪を高い位置で結んだ青年と、マユラは挨拶をした。
ルーファン伯爵家とは、武名の名高い騎士を輩出する家として有名だ。シズマは二十代後半程度に見える。兄の部下でいいのかと疑問に思うが、それはマユラが触れるべきことではないだろう。
「お兄様、素敵なプレゼント、ありがとうございました」
「気にするな。今後も、魔物討伐の際に素材を手に入れたら、お前に届けよう」
「ありがとうございます。でも、お城にも錬金術師の方がいるのでは?」
「ジュネ様ですね。ジュネ様が作るのは国王陛下に捧げるためのものぐらいです。お抱えの採取部隊もいますし、我らの手伝いは必要ありませんよ」
シズマが苦笑しながら言った。兄とは違い、柔らかい雰囲気の青年である。
「そうなのですね。あぁ、そうでした。お兄様、こちらはお礼です。治療のポーションが入っています」
マユラは先程購入したばかりの美しい小さな箱を兄に渡す。
渡す前に箱を開けてみせる。そこには猫の顔の形をしたラムネに似た治療のポーションがころころ入っていた。
「か、かわいい……この可愛いのが、ポーションなのですか?」
「ええ、そうなんです。可愛いですか? 嬉しいです」
「……シズマ。これは私のものだ」
手を伸ばそうとするシズマから、ユリシーズは小箱を隠した。
蓋をしめると、服のポケットにすぐにしまってしまった。
「ありがとう、マユラ。ありがたく使わせてもらおう」
「はい、お兄様。使ってみてよかったら、また作り足しますので。いつでも私のお店に来てくださいね」
「あ、あぁ。……私がお前の元に行くのは、嫌ではないのか」
小さな声で、ユリシーズが尋ねる。
心なしか、その体も小さく見えた。どうやらマユラが『苦手』だと言ったことを気にしているようだった。
案外人間らしいところがある。もっと怖く、冷酷で、酷い人だと思っていた。
「私の家はお店ですから。いつでも来ていただいて大丈夫ですよ」
「マユラさん、俺も買いに行ってもいいかな? ポーションは希少だ。治療師はいるけれど、数が少ないし。今は殆ど、第一部隊──バルト様のお抱え部隊にとられてしまってね」
「もちろん、構いませんよ。でしたら、沢山作らなくてはいけませんね……箱も準備しないと」
マユラは対面式ソファの正面に座っている兄に向かい、ぐいっと体を近づけた。
兄は心なしか頬を染めて、嬉しそうにしている。
野良猫というよりも、犬が尻尾を振っているようにも見える。
「どうした?」
「お兄様、お願いがあるのです」
ユリシーズの黒い手袋をつけた指が、マユラの頬に触れる。
まるで愛しい恋人を見る目でマユラをじっと見つめて、目を細めた。
「なんでもしよう。挙式をあげるか?」
「結婚にまつわるお願いではないのです。絵を、描いていただきたくて」
「絵?」
「絵です」
なんだそんなことか──と、ユリシーズは落胆したように呟いた。




