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ルクスソラージュ王国騎士団本部



 そもそも、中に入れるのか──と、疑問に思いながらも、マユラは第五の門まである城の城門に向かう。

 それぞれの門には衛兵が立っており、警備についている。


「あの、中に入ってもいいのでしょうか?」

「観光の旅人か?」

「いえ、騎士団本部に用事があるのです」

「騎士の恋人か何かか? 城には城壁が五つ。それぞれに門があり、第五、第四、第三までは問題なく入ることができる」


 親切な衛兵が、マユラに説明をしてくれる。

 話しかけられて若干嬉しそうにしている。若い衛兵は、無言で門の前に立ち続ける仕事に少し退屈しているようだった。


「騎士団本部があるのは第三庭園だ。三つの門をこえた先にある」

「教えていただいてありがとうございます」


 マユラは礼を言って、城門をくぐった。

 第五庭園にあるのは使用人たちの宿舎など。出入りの商人たちも、こちらで商売をしているようで、まるで市場のように賑やかだった。

 マユラは少し考えて、商人の一人に声をかけて、小さな宝石入れを買った。

 これは使用人たち用のもので、侍女や王族用のものに比べてかなり安価だ。

 それでも今までマユラが購入してきたものに比べて、目玉が飛び出るぐらいには高価だったのだが。


 小さな宝石入れは蓋に金具がついていて、片手でぱちんと開くことができる、繊細なつくりになっている。

 六角形の手の平におさまるほどの大きさで、黒い光沢のある蓋には玉虫色の輝きを放つ貝殻を貼って描いた蝶が舞っていた。

 螺鈿細工という、異国のものだという。

 薬入れにしては少々華美だが、贈り物用としては最適かもしれない。

 マユラは兄に会いに行く前に、その宝石入れの中に猫の形をしたラムネ型ポーションの粒をいくつか入れた。


 兄が怪我をすることはなさそうだが、治療魔法が苦手だと言っていた。

 兄に苦手な魔法があるとは知らなかった。光魔法などは救急箱と同じだと小馬鹿にしていたが──あれは、苦手故の虚勢だったのだろうか。

 真相は知れないが、治療ができないというのは不自由だろう。

 騎士団には光魔法に特化した治療師も所属しているだろうとは思うが、兄の性格からして怪我をしたから治せとは言えないのではないか。

 

 だとしたら、治療のポーションは少し喜んでもらえるかもしれない。

 何にせよ、不意に訪れる時に土産も渡さないとは商人失格である。

 こういう小さな出費が、巡り巡って大きな『いいこと』につながるのだと、マユラは信じていた。


 第五庭園、第四庭園と通り過ぎ、騎士団本部に辿り着いた。

 

「師匠、懐かしいですか?」

『なにがだ』

「師匠は王様の子供だったのでしょう?」

『お前は、何歳だ、マユラ』

「二十歳ですよ」

『では、十年前の記憶を逐一すべて覚えているか?』

「そんなことはないですけれど」

『五百年前……正確には五百二十八年前の記憶など、ほぼない』


 そういうものかと、マユラは首を傾げた。

 頭の上に載っていたルージュが、マユラのポケットの中に潜り込んでくる。眠くなったらしい。

 まだ小さいのでよく寝る。極楽鳥は大人になると、両手でやっと抱えられる程度の大きさに育つ。

 それまでは土を掘って作られた巣の中でほとんど眠っているのである。


 騎士団本部は、砦のような建物である。

 王立騎士団を表す、頭上に太陽を掲げた獅子の絵が描かれた旗が、風に靡いていた。

 広い調練場では、騎士たちが模造刀を手にして打ち合いをしている。

 敷地内には宿舎もあり、外に干された白いシーツやマントなどが、気持ちよく光を受けていた。


「そこのお嬢さん、迷子か? それとも騎士の恋人か? 誰の恋人だ?」


 ユリシーズはどこだろうときょろきょろしていると、背後から不遜な声が話しかけてくる。

 マユラが振り向くと、そこには騎士にしては小柄な男が立っていた。

 数名の騎士たちを引き連れており、立派な服を着ている。胸の勲章や腕章から、彼がルクスソラージュ騎士団の騎士団長だとすぐに知れた。


「はじめまして、マユラ・グルクリムと申します。ユリシーズを探しています」

「マユラ……? どこかで聞いたような……。ユリシーズだと!? ユリシーズの恋人か!」

「い、いえ」

「ふははは! あの男、女に興味がないような顔をして、しっかり恋人がいたとはな。しかも、地味な庶民の女が好みだったとは、驚きだ。どうりで女を寄せ付けないと思ったら、そういうことか」


 値踏みするようにじっと見られて、マユラは愛想笑いを浮かべた。

 苦手な視線だが、マユラの本業は商人である。偉そうな男が苦手なんて言っていたら、商売なんてできない。

 偉そうという意味では、よほどオルソンのほうが偉そうだった。


「なるほどな。お前のような地味な女が……」

「バルト騎士団長殿。まるで見る目がありませんね」


 静かな声と共に、バルトの髪やまつ毛や服に霜が降りる。

 突如凍り付いた空気に、バルトと呼ばれた騎士団長は、わたわたと両手を振った。


「ゆ、ユリシーズ! この俺に危害を加えるつもりか!?」

「失礼。妹を馬鹿にされて、怒らぬ兄はいないのでは。マユラを馬鹿にしていいのは、私だけです。しかしその時代はもう終わりを告げました。これからは妹を大切にする兄として生きるつもりですので」

「突然よくわからんことを言い出すな……! これだから魔導師は嫌いなんだ!」

『魔導師の風評被害ではないのか……?』


 師匠が小さな声で呟く。

 師匠も似たようなものではと思ったが、師匠のほうがまだ会話ができるなと、マユラは考え直した。


「お兄様、こんにちは」

「マユラ。会いに来てくれたのか。嬉しい」


 バルトの背後からぬるりと現れた麗しの兄は、マユラのほうにまっすぐに歩いてくると、口元に穏やかな笑みを浮かべた。



 



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