錬金術店のトレードマークを考える
レオナードの呪いについては気になるものの、今のところは実害がないらしい。
「レオナード君が信じられないぐらいに鈍感なのもあるけれど、今のところは睨んでくるだけで悪さはしていないわ」
と、アンナも言っていた。
それなので、呪いについて調べつつ、錬金術店も軌道に乗せる。
これが当面のマユラの目標である。
傭兵ギルドと運よく契約できたのはありがたかった。素材の補充のために採集に行かなくてはならないし、色々と準備も必要だ。今のところ、何もかもが足りない。
「まず売り出すのは、解熱のポーションと治療のポーションですね。水中呼吸のキャンディや、人魚の尾は素材の採集がとても困難ですし、炎の聖杯は危険なので売れないとして……」
『よい心がけだ。あんなものが悪心を持つ者の手に渡れば、国が滅ぶ』
「怖いですよね……気を付けますね」
水中でも劫火を巻き起こせる炎の聖杯の威力を思い出して、マユラは身震いをした。
ポタージュスープを食べ終わり、皿を洗うのを手伝って、着替えを終えて髪を整えたマユラは、師匠とルージュとアンナと共に錬成部屋に向かう。
「ポーションって一つどれぐらいで売れるものなのかしら?」
「そうですね。フォルカさんの店ではどうやらひと瓶三万ベルクで売っているようですよ」
「まぁ、高い! でも、私の働いていたレストランも、一皿一万ベルクはしたわよ」
「それってまさか、レストランオクトーですか?」
「そうなの。よく知っているのね!」
マユラ憧れの高級レストランで、アンナは働いていたのかと、マユラは感心した。
派手な見た目の高級店だった。働くのも難しそうに見えたが、アンナは人当たりもいいし見栄えもいいので、雇ってもらえたのだろう。
(私では、門前払いされそうね)
髪型と化粧と服装をどうにかして出直して来いと言われかねない。その点錬金術師というのは、見た目に左右されない仕事なので気が楽だ。
「フォルカさんのお店のポーションは高いと、皆さん言っていました。王都の一般的な職業の一か月の収入がだいたい十万から二十万ベルクほどですから、お薬ひとつに三万というのはなかなかの大金です。それに、お金があったところで買えないそうですし」
フォルカがどんな人で、何を思ってそんな風に商売をしているのかはわからないが──マユラが目指しているのは、高級店ではない。
素材の採集と錬成の手間をさしひいて、ポーション一つの値段はだいたい──。
「容器代を含めて、五粒で千ベルクといったところでしょうか」
「それって安いのか高いのかよくわからないわ。ちなみに私のひと月の給金は、十五万ベルクだったわね。お客さんからチップをもらうこともあったから、もっともらえた月もあるけれど。でも、ほどんどを」
「旦那さんにとられていたのですよね。アンナさん、大変でしたね」
「マユラちゃん~!」
『不幸女、いちいち己の不幸話をさしこむんじゃない』
不愉快そうに師匠が言う。師匠は身の上話をしなさすぎるのだとマユラは思う。
幽閉された過去も、『鬼子』と呼ばれていた過去も、口にすれば心が楽になるのではないか。
それとももう、師匠の中では終わったことだから、話さなくても別にいいと思っているのかもしれないが。
マユラは錬成部屋の扉を開いた。
すると──そこには、大きな袋がおかれていた。
「なんでしょう、これ」
『手紙があるぞ』
「あら、これって、マユラちゃんのお兄さん?」
袋の上には手紙が置かれている。
よい香りのする紙である。マユラは紙を鼻に近づけて香りを嗅いだ。紙に香水をふりかけてあるようだった。
この香りは、おそらくはブルージャスミンの花だ。ヴェロニカの街の香水店で、嗅いだことがある。
自分用に購入するために香水店に行ったわけではない。そんな贅沢はできなかったし、そもそも思いつかなかった。
マユラが香水を買ったのは、ヴェロニカグラスを王妃に献上するにあたり、一緒に香水も献上するためだった。香水も気に入ってもらえたら、ヴェロニカの街はさらに栄えるからだ。
マユラの期待通り王妃はヴェロニカ産のブルージャスミンの香水をとても気に入り、発注が増えて、アルティナ家の税収が増した。税収が増したといっても、マユラの懐が潤うわけではなかったのだが。
「……いい匂いですね。香りというのは、いいものですね」
マユラは手紙の香りを肺いっぱい吸い込んで、ふうっと吐き出した。
手紙には美しい文字で『兄より』とだけ書かれている。
「今までマユラちゃんをいじめていた、お詫びのつもりかしら?」
「どうして虐められていたってわかるんですか?」
「なんとなく、わかるわ」
マユラは自分の話を、あまりしなかった。わざわざ辛かった記憶を誰かに話す必要はないと思っていたし、レイクフィア家の娘ということを隠していたからだ。
それでも気づかれていたことがなんだか気恥ずかしくて、マユラは苦笑した。
兄の意図はわからないが、『好かれる努力が必要』というようなことを言っていた。
これがその一つなのかもしれない。
野良猫が庭先に獲物を置いて去っていったような、不思議な感じだ。
袋の中にはどっさりと、魔物からとれる素材が入っていた。
「シダールラムの氷結袋がこんなにたくさん! ちょうど解熱のポーションを作るところだったので、ありがたいですね」
『お前の兄は……会話でも盗み聞きしていたのではないか? 不気味だな』
「そんなことはしないと思いますよ。お兄様は忙しい方なので」
なにはともあれ、ありがたく貰っておこう。
マユラは素材置き場に袋を置いて、それからアンナや師匠の顔を順番に見つめた。
「二人とも、相談があるのです」
「相談って、何かしら?」
『なんだ?』
「商品には、箱も大事なんです。ポーションはラムネ型ですから、持ち運び用には小さなブリキ缶がいいかなって思っていまして。そのブリキ缶には、錬金術店のマークを描きたいんですよね」
『くだらん』
「まぁ、いいわね! 可愛い模様がいいわ。お花とか、ハートマークとか」
師匠はすぐに興味をなくしたように、ふいっと顔を背けて師匠用の小さなクッションの上に座り込んだ。
アンナは両手を握りしめて、目を輝かせている。黒目ばかりで中央が赤い瞳が、きらきらしている。
「お花もハートマークもいいですね……ちょっと描き出してみましょう」
マユラは紙に、アンナと相談をしながらあれやこれやと絵を描いていく。
兄と違ってマユラには絵心がある。
だが──ふと、絵心のない兄のほうが、こういった可愛いマークを描くのにはむいているのではないかと、描きながら考えた。




