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水中呼吸のキャンディと炎の聖杯と人魚の尾



 マユラはレオナードたちを錬成部屋に案内した。

 

「アンナさん、お客様が……あれ?」

「アンナさん?」


 レオナードが不思議そうに尋ねる。それもそうだろう。昨日レオナードが家に来たとき、幽霊のアンナさんはいなかったのだから。


「はい。同居人の幽霊さんで、長い話になるのですが、色々ありまして」


 かいつまんで事情を説明すると、ベルグランギルド長は義憤に燃え、既婚者のアルクもまた浮気者のキールに怒り、レックスは「それは酷い話です」とアンナに同情した。


 マユラはしばらくきょろきょろしていたが、アンナの気配を感じない。

 二階にいるのか、姿を隠しているのか。幽霊には多くの人に姿を見せてはいけないという決まりがあるのかはわからないが、いないものは仕方ない。


「レオナードさんにもアンナさんを紹介しようと思ったのですが、今はいないみたいです。恥ずかしがっているのかも……」

「レオナードから、女難の相を感じたのかもしれませんね」

「女難の相?」

「あぁ。僕は趣味で占いなどをしているのですが、女難の相とは、女性関係でトラブルになりやすいという性質のことです。レオナードの場合は、無自覚で鈍感で、優しいという三重苦からきているのですけれどね」


 レックスが悩ましげに言う。無自覚で鈍感で優しいというのは、さほどの欠点ではない。

 三重苦というのも不思議だなと、マユラは思う。


『誰にでも優しいなど、誰にも優しくないのと同じだ』

「師匠は誰にでも攻撃的ですけれど」

「俺は、そんなつもりはないんだが……」

「アンナさんはレオナードさんを嫌っているわけじゃないと思うので、大丈夫ですよ。たぶん、恥ずかしいだけです。とつぜん素敵な男性が四人も来たら、女性は恥ずかしいものですよ」


 マユラの説明に、男性たちは「いやいや」「それほどでも」といいながら照れた。

 師匠が忌々しそうに『よけいな世辞を言うな、愚か者め』と、マユラの頬を抓る。頬を抓ることができるのは、師匠がマユラの肩に乗っているからである。

 ちなみに痛くはない。だってその手はぬいぐるみの小さな手だからだ。


「ともかく、せっかく来てくださったのですから、ここにある素材で治療のポーションを作りますね。傭兵ギルドでお役立てください」

「それはありがたい! もちろん支払いはさせてもらう」

「ありがとうございます、ベルグランさん」


 マユラは昨日の残りの素材で、治療のポーションを作れるだけ作った。

 シダールラムの氷結袋は、レオナードが極彩色の森の帰り道で倒してくれたシダールラムから剥ぎ取った分を含めると、かなり潤沢にあったので、小瓶をいっぱいにするほどの量の治療のポーションを作ることができた。


 形は昨日と同じ。猫ちゃん型のラムネである。

 一度猫ちゃん型のラムネとして作ったせいか、どうにもそのイメージが強くなってしまい、他の形が思い浮かばなかった。


 でもまぁ、形は特徴的なほうがいい。ただのお菓子の、丸いラムネと間違える可能性があるからだ。


「できました。はい、どうぞ」

「……これは?」

 

 マユラはベルグランにポーションの入った瓶を渡した。


「治療のポーションです」

「ポーションっていうと、瓶に入っている液体……だと思っていたが、違うんだな」


 ベルグランとアルクが小瓶を覗き込んでいる。

 大きな男たちが、小さな瓶の猫ちゃん型ラムネを覗き込んでいる姿は、妙に微笑ましかった。


「このほうが持ち運びにも便利かなって思いまして。一粒でポーションひと瓶の効き目がありますので、こんなに大量に持ち運ばなくてもいいんですけど……こうなってくると、可愛い薬ケースも欲しいですね」


 何かの入れ物に入れないと、小さい粒はすぐにどこかにいってしまうだろう。

 小さくて可愛いブリキケースなどがあればいいが、今はない。

 商品化するのはそこまでつくる必要があるなと、マユラは思案した。


「一粒で、ひと瓶分……すごいですね、マユラさん。天才ですか……? ポーションは飲むのも大変で、粗悪なポーションは飲み過ぎると気持ち悪くなりますし……これなら、すぐに飲み込めて、怪我も治りますね」


 レックスに褒められて、マユラは照れた。褒められるのはあまり慣れない。

 だが、素直に嬉しいと感じる。手塩にかけて作った商品が褒められるのは、いつだって嬉しいのだ。


「そうだろう。マユラはすごい才能のある錬金術師なんだ」

『……なぜお前が得意気なんだ。何故かしらんが、腹立たしいな』


 嬉しそうなレオナードを、師匠が睨む。

 師匠はどうにもレオナードに厳しい。相性が悪いのかもしれない。


「マユラさん、これでいくらになるだろうか。遠慮なく言ってくれ」


 ベルグランに問われて、マユラは少し考えた。

 ポーション一粒をいくらにするか、まだ考えていなかった。

 それに──。


「素材採集をレオナードさんに協力していただいたので、本当はレオナードさんに傭兵代をお支払いしなくてはいけないのですが」

「そんなことは気にしなくていい。俺も君に助けられたのだから。俺は、仕事をしたわけじゃない」

「ありがとうございます。……では、今回はサービスということで、次回からはしっかりお支払いしますね」

「それもいらないが……」

「いえ、これは大切なことです。親切に甘えると、親切に甘えることが普通になってしまうのです。ですから、次からはきちんと依頼という形でレオナードさんを雇わせていただきますね。それで……今回のポーション代金は、いりません」


 驚いた顔をするベルグランに、マユラは頭をさげた。


「その代わり、お願いがあるのです。スキュラを倒すために、必要な素材があるのです。集めるのを手伝ってくださいませんか?」

「あぁ、レオナードから事情は聞いている。何かできることがあれば手伝おう。いいな、お前たち」

「もちろんだ」

「ええ、かまいませんよ」


 胸を叩いて、ベルグランが言う。アルクもレックスもすぐに同意をしてくれる。

 マユラはぺらぺらとアルゼイラの記録書のページをめくり、必要な素材を紙に書き出した。

 師匠の本に素材は書いてあるのだが、これはマユラ以外の者には読めないのだ。


「師匠、私は水中呼吸のキャンディと、炎の聖杯、人魚の尾を作りたいと考えています」

『……なるほど。よく魔物について勉強をしている。褒めてやろう』

「ありがとうございます。知識だけは少しあって……上手くいくかはわかりませんが、やってみようと思うのです」

『私がもし錬金術しか使えなければ、お前と同じようにするだろう。やってみるがいい』

「はい!」


 マユラの作りたい錬金魔法具に必要な素材は、今のマユラでは集めきれない。

 集められたとしても、半年はかかってしまうだろう。そんな猶予は、おそらくグウェルにはない。

 ベルグランたちはメモの素材を確認すると、力強く頷いた。


「これは……もしかしたらいくつかは、傭兵ギルドの倉庫にあるな。魔物の素材は高く売れる。フォルカの店におろす場合もあれば、他の素材屋に売る場合もあるんだ。足りないものは、手分けをしてすぐに狩ってこよう」

「素材の場所を記した地図もいりますか?」

「魔物の分布図はギルドにもあるが、とれる素材が書いてある地図があればありがたい。倉庫の素材は部下に届けさせる。あとのものは、半日ほど待っていてくれるか? 俺たちにかかれば、これぐらいはすぐに集まる」


 頼もしいベルグランに、マユラは何度も礼を言った。

 レオナードも魔物討伐に向かおうとするのを、レックスが「君は僕と一緒に行きますよ。一人だと迷って、数ヶ月帰ってきませんからね」と、引き留めた。



 

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