専属契約
レオナードの来訪ににっこり微笑んで対応したマユラは、ふと寝起きのままの自分の姿に気づいた。
顔をあらって口をゆすいで、髪を適当に手櫛でとかしたぐらいで、完全に油断をしていた。
師匠はぬいぐるみ、ルージュは小鳥、アンナは幽霊。
それなので──まぁいいかと、身支度を後回しにしていたのである。
「わぁ……っ」
「ど、どうしたんだ!?」
目を丸くするレオナードの前でマユラは狼狽えながら、扉を半開きにまで閉める。
扉の隙間から顔をこそこそのぞかせると、言い訳がましく口にした。
「ご、ごめんなさい。大変失礼をしました。こんな薄汚い姿を見せてしまうなんて」
「薄汚い? い、いや、そうは思わないが」
レオナードは、太陽の騎士(元)という名の通り、今日も爽やかで輝いている。
それなのに、彼や彼の連れてきた男性たちの前に、思いきり寝衣のまま顔を出してしまった。
『なんだ、マユラ。取り乱して。残念な女がますます残念に』
「今まさに自分の残念さを自覚しているところです……レオナードさん、今の私のことは忘れてください。お客様の前に寝起きのまま顔を出すなんて、女として、いえ、人としての油断が我ながらすごい。ちょっと待っていてくださいね……!」
呆れ顔の師匠に言い返す気も起こらないほどにわたわたしながら、マユラは一度室内に戻る。
レオナードが「あ……」と、なんとも言えない声をあげている。
彼の連れてきた男性たちが「寝起き」「それはそれで」と頷き合うのを「忘れろ、見るな」と注意してくれている。朝からいい人である。
「マユラちゃん、油断した女は魅力的なのよ」
「アンナさん、それは既婚者の余裕ですね……!」
うふふと微笑んでくるアンナの横をぱたぱた通り過ぎて、マユラはまだ片付けも終えていない荷物をあさると、質素な服をとりだした。
「寝間着との違いがわからないわ」
「気分が違うんです……」
ばさっと頭から紺色のワンピースを着ると、マユラは髪を適当にハーフアップに結わいた。
アンナの言うとおり、寝間着も同じようなデザインではあるものの、普段着よりは薄手である。
肌に対しての防御力が違う。
マユラも一応は二十歳の女。見られて恥ずかしいというよりは、粗末な姿を見せてしまい申し訳ないという気持ちが強い。
商人として身を立てようとしているのだから、身なりは大切だ。店主が下着姿の店など誰も来てくれないだろう。
師匠は来客の対応などする気はないらしく、ソファに悠々と座っている。
師匠を片手に掴むと、ルージュも肩に乗ってきた。
『なにをする』
「念のため一緒に来てください。師匠が私の見ていないところで、お客様を攻撃したら困るので」
ご機嫌を悪くする師匠とルージュを連れて、マユラは玄関に戻る。
「お待たせしました、レオナードさん」
「い、いや、その、すまなかった。不躾な訪問で」
「こちら、まだ看板はかかげていませんが、錬金術店です。お店なのですから、訪問は不躾で構いませんよ」
「そうか、あぁ、ありがとう」
どういうわけか、レオナードのほうが狼狽えている。
彼は心を落ち着かせるように胸に手を当てて深く息を吐いた。
それからいつもの穏やかな声で続ける。
「この人たちは、俺の所属しているベルグラン傭兵ギルドのギルド長、ベルグランさんと、それから傭兵仲間の」
「アルクだ」
「レックスです、よろしくおねがいしますね」
「はじめまして、よろしくおねがいします」
頬に傷のある、獅子のたてがみのような黒髪の男がベルグラン。
軽鎧を着ている、腕の太いごつごつとした印象の精悍な顔立ちの男がアルク。
銀の髪で、物腰の柔らかい綺麗な顔をした男がレックス。
いずれにしても、皆、傭兵をしているだけあって体格がいい。
全員並ぶと背景が見えないぐらいに、壁、という感じがした。
「実は、マユラの話をしたら、皆が是非会いたいと言ってね」
「錬金術師は貴重だ。それに治療のポーションを作れるのだろう? 治療のポーションがあるかないかは、傭兵団では死活問題でな。なんせ怪我の多い仕事だ」
吠えるような声で、勢いよくベルグランが言う。
「フォルカの店ではとても買えない」
「ポーション一つで、二ヶ月から三ヶ月待ちですからね。それに高い」
アルクとレックスが顔を見合わせて頷き合った。
「そこで、だ。マユラさん。是非、貴殿の店と我が傭兵ギルド、専属契約を結ばせて欲しい」
ぐいっと一歩踏み出して、ベルグランがマユラの手を握った。
大きな手である。皮膚が分厚くて硬い。歴戦の勇士という印象の人だ。
体温が高く、力が強い。
それにしても──。
「専属契約、ですか……」
「あぁ。マユラさんのつくったポーションを我が傭兵団で買い取るという契約だ。もちろん全て買い占めるというわけではないぞ。他にも買いたい者はいるだろう。だが、余った分は傭兵団で買い取るので、マユラさんにはポーションを心置きなく作って欲しい」
「それはありがたいお話ですけれど……」
「昨今、錬金術師は貴重なのだ。もし必要な素材があれば、仕事のついでにとってこよう」
「魔物からとれる素材を、今まではフォルカの店に卸していたのです。それをマユラさんの店に渡すという契約です。フォルカの店に渡しても、我々がポーションを買えるわけではありませんでしたからね」
ベルグランの言葉を、レックスが続けた。
マユラの手を握りしめ続けるベルグランの手を、師匠がぺしぺしと叩いている。
「そうですね……もちろん構いませんよ! お客様が増えるのはありがたいですし、素材について相談できるのは心強いのです。ちょうど今、困っていることがありまして」
『頼るな、マユラ』
「そうはいっても、師匠。私がスキュラ対策をしている間に、グウェルさんがどんどん弱っていってしまうかもしれないのですよ。頼れるものは頼る、なにごとも、です」
「何か困りごとか。それなら俺に相談してくれたら、力になる」
「ありがとうございます、レオナードさん」
師匠のご機嫌は悪くなる一方だったが、マユラは彼らを室内に案内することにした。
一人でなんとかしなくてはと先程は思っていた。
だが、ちょうどいいタイミングでレオナードが傭兵たちを連れてきてくれたのである。
だとしたら、頼るべきだ。
人の命がかかっているのだから。




