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魔物になった彼女



 遺体が、魔物になる。

 そんな話ははじめて聞いた。

 魔物とは生物だ。それは魔素を帯びた植物と同じ。魔素を帯びた生物のことである。


 人の遺体が魔物に変わってしまうのだとしたら、墓場などは魔物であふれかえることになるが──。


「遺体が魔物になるなんて、聞いたことがないのですが」

「うーん。なんていえばいいのか。感じるのよ。私の体が魔物になってしまったこと。私たちの魂は

大地にかえる。大地にかえり、魔素となるのよね」

「……魔素に?」

「ええ。ここにいる間に、たくさんの魂を見たわ。それは大地にかえり、新しく生まれる。ある種の植物は魔素をもつでしょう? 魔力のある人間も同じ。たまたま、強い魔素の影響を帯びて生まれてきたの」


 確信に満ちた声音で、アンナは言う。


「そんなこと、死ぬまで気づかなかったんだけど。死んだ今なら、わかる。見えるの。私がそこからはずれてしまったことも含めてね」

「なるほど。錬金術では、魂は大地にかえると言われています。大地にかえった魂が大地を豊かに潤している。錬金術はその恩恵を受けているのです」

「そういうこと。人の魂も、動物も、植物も。最後は大地に戻るの。そして再びうまれるのよ」

『……私が長年研究していたことを、こうもあっさり肯定してくるとは』


 師匠が頭を抱えた。

 生命の神秘を解き明かす。これは全ての錬金術師たちに共通する命題だ。

 あらゆる命を別の形に作り替える錬金術師は、命とは何かを常に考えている。


 ──マユラにはまだそれほどの崇高な思いはないけれど、師匠にはあったのだろう。

 

「師匠、もしかして魂を別の器に入れ替える実験も、その研究の一つだったのですか?」

『まぁ……そうだな。私が生きていた五百年前。人には魂があるなど信じられていなかった。そんなことを言えば、馬鹿げている、異端だと言われたほどだ。今は違うのだろうが』

「今は、魂はあると当たり前に信じられていますよ。けれど、それを証明する人はいませんけれど」

『多少、人は賢くなったようだ。私は魔物とは何か、魂とはなにか、魔素とは何かを研究していたのだ』


 悩ましげに師匠がそう口にする。

 アンナはどういうわけか得意気に、胸を反らせた。


「それなら私が言ったとおりよ! 死んだ私が言っているのだから、間違いはないわね。死んだ魂は大地と繋がり、たくさんの魂が巡るのを見ることができるの。私はその輪からはじかれてしまったけれど。それは私の体が、冷たい海の中を未練をもって彷徨っているからだわ」


 海の中を未練をもち、彷徨う体。

 なんだかおそろしい光景を想像してしまい、マユラは軽く身震いをした。

 怖いものはあまりないマユラだが、見た目がグロテスクなものが好きなわけではない。

 

「魔物はね、大地に満ちる魔素が人の悪意に反応してうまれるものなのよ。私の遺体なんて、悪意たっぷり。悪意に満ち満ちているもの。その遺体が魔素を吸収して、魔物になってしまったの」

「どうしてわかるのですか?」

「なんていうか、感じるのよ。冷たい海の中を、激しい恨みを持ちながら彷徨っている私を」

『自分でなんとかすればいい』


 素っ気なく言う師匠に、アンナは困り顔で首を振った。


「それができないからお願いしているのよ。私は家に取り憑いているの。だから、ここから外には出ることができないわ。マユラちゃんが私を探して、私を倒してくれたら……きっと、私は大地にかえることができる」

「つまり、そのご遺体をどうにかしないと、アンナさんはずっとここに……」

『出て行け。ここは私の家だ』


 師匠に冷たく言われて、アンナは大粒の涙をうかべる。


「ひどいわ! それができないから困っているのに!」

「アンナさん、落ち着いてください。私は気ままな一人と師匠と小鳥の三人暮らしですから、アンナさんがずっとここにいても構わないのですけれど。アンナさんは明るい幽霊ですし、見た目もとてもいいので、接客などに向いていると思いますし」

「そうなの、私もそう思う」

『どこから湧いた、その自信は。幽霊の分際で』

「人を殺すことしかできない呪いの黒猫ちゃんよりも、私のほうが役に立つわよ、マユラちゃん。なんせ、お掃除もお洗濯もお料理も得意だもの!」


 アンナはふわりと浮き上がると、くるりとスカートを翻して空中で一回転した。

 すると、箒やモップがひとりでに浮かび上がって、アンナの元にやってくる。


 アンナはそれを掴んで、床をはきはじめる。

 実際にはつかんでいない。アンナの手と箒の柄の間には隙間がある。


「アンナさんも魔法が使えるのですね」

「この家のものは好きに動かせるのよ。ほら、よくいうでしょう。ポルターガイスト現象って」

「ぽるたー?」

「幽霊がいる屋敷ではひとりでに物が動くのよ。お掃除もお洗濯も、お料理も模様替えも、私にかかれば朝飯前だわ。私、マユラちゃんの役に立つわ。だから、私を助けて欲しいの」


 マユラは頷いた。

 たとえそれが幽霊であっても、困っているのなら助けてあげたい。

 アンナはひどい目にあったのだ。

 せめて静かに眠らせてあげたい。


「わかりました。海の中にいる魔物を倒せばいいのですね」

「えぇ。その魔物は──きっと、悪いことをしていると思うから」


 海の、魔物。

 マユラはグウェルたちのためにスキュラを倒す約束をした。

 そのついで──というわけではないのだけれど。

 アンナの体も、探してあげよう。


 



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