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魔物の襲撃



 マユラは草むらの中に転がっているシダールラムから、氷結袋を小型のナイフで切り取った。

 それは頬袋の中にある、拳大ほどの冷気をおびた水晶に似たものである。

 ついでにシダールラムの羊毛と、シダールラム肉も手に入れる。


 魔物というのはそもそもその成り立ちが動物とは違うのだろう。

 詳しく解明されているわけではないが、解体しても血が出ない。

 その体はしばらくすると、白い靄になってはじめからそこにはいなかったように消えてしまう。

 

 解体して手元に置いたものは残るのだが、失った命が土に帰るように、魔物の本体は消える。

 これは、魔素返りと呼ばれている現象で、大地に魔素を返しているのだと言われている。


 この辺りも魔物研究者たちが長年研究をしている事柄だが、まだ詳しい理由は明らかになっていない。

 王国の国教であるフェアルト女神教では、それは女神の神秘だとして、神秘を暴くことをよしとしていない一派も存在している。


 マユラは熱心なフェアルト女神教信者ではないし、大対数の女神教信者は穏健派なのだが、一部過激派のせいで魔物研究者は肩身の狭い思いをしていた。


「よし、採取完了! 失敗した時のために多めに素材を手に入れました。早く帰って、解熱のポーションを作らないと」

『なかなか見事な杖捌きだった』

「ありがとうございます、畑を耕す鍬の要領ですね。芋作りの経験が活かされました」


 褒められると、胸の辺りがむずむずする。

 マユラは照れながら、採取した素材がぱんぱんに詰まった鞄から師匠を出して片手に抱えた。

 もう片方の手には杖を持ち、しゃがんでいた黄金キノコ畑の前から立ち上がる。


「帰りましょう、師匠。お付き合いありがとうございました」

『いや。……シダールラムごとき、全盛期の私なら指先一つで倒せていたが、無力なお前が戦うのを見ているとどうにも冷や冷やする』

「ありがとうございます。心配をおかけしないようにも、もっと強くなりますね」


 シダールラムを問題なく倒せたために、マユラは少し自信がついた。

 攻撃的な錬金魔法具がどんなものかまではよく知らない。市場に出回っているのは、擬似魔法を使うための錬金魔法具ぐらいだ。


 これは、魔石を嵌め込んだ装飾品の形をしている場合がほとんどである。

 高名な錬金術師フォルカが杖の先に仕込んでいるのもこれだ。


 要するに、錬金魔法具とは錬金術で作った魔素を帯びた石──魔石のことをさしている。

 けれど、師匠が言っている攻撃用の錬金魔法具とは、魔石とは違うのだろう。


 杖の先に魔石を仕込んで魔法を使うのは格好いいと思うのだが、レイクフィアの家族たちに言わせれば『邪道』ということになる。

 もしそんなことをしている姿を見られたら、それはそれは軽蔑されるだろうなと思うと、僅かに心が重くなった。


 まぁ、でも。

 杖を鈍器として使用しても、魔物は倒せるのだ。

 やはり物理。腕力に勝るものなし。

 師匠にも褒めてもらった。


 魔法が使えなくても戦える──と、ひとまず自分を納得させながら、マユラは帰路につこうと来た道を戻るためにくるっと背後を振り返った。


 すると、そこには。

 音もなく、黒い炎を纏ったような、マユラの背丈よりもさらに背が高い、二足歩行の狼が立ち塞がっていた。


 狼は口から黒い涎をポタポタこぼしている。鋭い爪、太い脚。

 体毛に覆われた体。筋骨隆々の胸や腕や太もも。


 赤い宝石を嵌め込んだような瞳が、ギラギラとマユラを見据えている。


「ワーウルフ……!」


 それは、シダールラムよりもよほど危険な魔物の呼び名だ。

 人のように二足歩行で徘徊する狼のことを示す。

 だが人のように対話ができるわけではなく、ただ捕食行為のみを繰り返す魔物である。

 牧場の牛たちが食べられたとか、羊たちが食べられてしまったとか。

 村が襲われたという噂も聞くぐらい凶悪な魔物で、現れたらすぐに討伐に向かわなくてはいけない危険度の高い存在である。


「ど、どうしてここに」

『最近、魔物が増えていると食堂の連中が言っていたな。マユラ、お前では勝てない。逃げろ』

「は、はい、逃げます……っ」


 逃げるといっても、どこに──。

 街道に続く道の前にはワーウルフが立ち塞がっている。ここは四方が草むらに覆われている僅かばかりに開けた場所である。草むらをかき分けて逃げるしかないが、どう考えても速度ではワーウルフの方が上。

 背中を見せて駆け出したら、途端に背中を引き裂かれかねない。


『マユラ、私をあれに向かって投げろ。多少の囮にはなる』

「師匠を!? 駄目です、駄目に決まってます、一緒に逃げますよ……!」

『私はただのぬいぐるみだ。痛覚などはない』

「駄目です!」


 杖を構えて、師匠を抱えて、マユラはじりじりと後退る。


「グルルル……!」


 ワーウルフの唸り声が静かだった森に響き、背筋を冷や汗が伝う。

 一瞬、ワーウルフの体が大きく膨れあがった気がした。


 逃げる隙など、まるでなかった。

 足を踏み出し、駆け出そうとしたマユラは、次の瞬間には地面に思い切り押し倒されていた。

 強かに背中を地面に打ち付けて、呼吸が止まる。

 見開いた瞳に、ワーウルフの凶悪な牙が映る。

 首を、食いちぎられる。

 咄嗟に杖で防ごうとしたが、マユラの杖はワーウルフが片手を払うと、簡単に弾き飛ばされてしまう。


「痛っ!」

『マユラ!』

 

 切羽詰まった師匠の声がする。

 ここで死ぬのだろうか。

 でも。こうして心配してくれる人がいたのだ。最後に、いたのだと思うと、幸せだったなぁと、ふと感じる。

 ──なんて。

 幸せを噛み締めているわけにはいかない。諦めている場合じゃない。

 解熱のポーションを作ると、ニーナと約束をしたのだから。


「離れて!」


 マユラは渾身の力を振り絞り、のしかかってくるワーウルフの腹を蹴りあげた。 

 まさかの抵抗だったのだろう、ワーウルフは一瞬怯む。

 その隙にその体の下から出ようとしたマユラの片腕は、ワーウルフの鋭い爪を持つ手によって地面に縫い付けられた。


「ガルルル!」


 今度こそ、終わりだ。

 大きく開いた口から覗く牙が、マユラの頭にかじりつこうとしている。

 恐怖からきつく目を閉じる。

 けれど、予想していた痛みも衝撃も、やってこなかった。


「大丈夫か!?」


 マユラの体の上から、ワーウルフがどさりと倒れていく。

 見上げた先では、金の髪をした精悍な顔立ちの青年が、剣をワーウルフに突き刺していた。


 


 

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