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初めての討伐



 ルブルランの葉はその名の通り植物の葉だが、生命の雫は生命の花の花弁の中心に溜まっている蜜のことである。

 どこにでもあるルブルランの葉よりは希少価値が高い。

 だがそこまで珍しいものというわけでもなく、生命の雫は加工されて雫ジャムになっていたりする。

 どうやら甘くて美味しいらしい。

 マユラは食べたことがない。高級品である。


『そこの小道を右だ。草をかき分けて進め。その先に採集場所がある』

「ありがとうございます、師匠。とても助かります。昔はよく、極彩色の森に来たのですか?」

『そうだな。懐かしい。私も駆け出しの時期があった』

 

 ガサガサと草むらをかき分けながら、マユラは進んでいく。

 シンプルなワンピースにギザギザの毛が生えたくっつき虫がくっついて、髪に草が絡みつく。

 

 あまり気にしないのは、慣れているからだ。草むしりも、レイクフィア家ではよくしていた。

 アルティア家でも、貧乏性といえばいいのか。

 レイクフィア家での癖が抜けずに、暇さえあれば掃除をしたり草むしりをしたりしていた。


 これは別にオルソンから命じられたわけではない。

 アルティア家の使用人の数が少なく、家は異様に大きかった。

 当然手が回らずに、埃がたまる。それを見つけると、リンカやオルソンが使用人たちを叱りつけるのが見ていて不憫だったのだ。


 掃除などは手が空いているものがやればいいのである。家事はできるものがやるべきだ。

 だからマユラが行っていた。何事も経験が大切というが、マユラが今こうして一人暮らしを楽しんでいられるのは、そういった過去があったからだ。


 ──人生、無駄なものなどなにもない。

 なんて、今なら思えるけれど。そうはいっても、心はゆらゆらと揺れ動く。

 どうしようもなく辛くなってしまう日も、全く、ないわけではなかったけれど。


「わぁ! 生命の花がこんなに沢山! すごい!」


 道なき道を突き進んでいった先に、樹木に囲まれた円形の空間がある。

 その空間にはたくさんの生命の花が咲き、白い花弁の真ん中に球体の蜜をぷにぷにと包み込んでいる。

 球体にまるまる白い蜜は、どういうわけか花弁からはこぼれない。

 葉の上に光る朝露のように輝いて、風が吹き抜けるとふるふると揺れた。


「美味しそう……!」

『喰うのか。落ちているものを?』

「落ちているものではなく、自然の恵みです、師匠。たくさんあるから、一つぐらいはいいかな」


 マユラは生命の花を一つ摘むと、花弁の中の球体を口に押し込んだ。

 表面は少し弾力があって硬い。まるで葡萄の皮のような歯ごたえがする。

 ぷつっと皮を歯で破くと、その中からじわっと甘い液体がこぼれてきて、口の中いっぱいにあふれた。


「んん……っ」

『なんだ、毒か? 落ちているものを食うからだ』

「美味しい! 蜂蜜よりも甘さが控えめですが、すごく美味しいです! 喉が癒やされる感じがしますね」


 口の中からこぼれそうになる蜜をどうにか飲み込んで、マユラは目を輝かせる。

 

「師匠は食べたことがないんですか?」

『道ばたに落ちていたものは食わない』

「なるほど。美食家だったんですね」


 もっと食べたくなってしまうが、採集をしに来たのである。

 マユラは食欲をこらえて、生命の雫を持参してきたガラス瓶にいれた。

 生命の雫は花弁からぷつっと摘まんでもぎ取ると、そのままの球体を維持している。

 けれど袋などに入れておくと割れてしまう可能性があるために、大きめの瓶にまるで飴玉を詰めるようにして詰めていく。


 ころころと瓶の中に生命の雫は入って、ぷるぷると震えた。

 瓶に蓋をして鞄に入れると、マユラは立ち上がる。


「師匠のおかげで順調です。あとは黄金キノコだけですね」

『シダールラムは、黄金キノコを好んで食う。おそらく近くにいるだろう。気をつけて行け』

「はい!」


 生命の花の群生地の先に、黄金キノコが密生している黄金樹がはえている場所があるという。

 マユラは先端に月の形をした鉄飾りのついた杖を手にすると、黄金樹に向かった。


「──いた。シダールラムですね。見た目は結構可愛いのですけれど……」


 黄金キノコは、傘の部分に黄金色の星形の模様があるキノコである。

 形はシシシイタケに似ている。ちなみにシシシイタケは、傘の部分に獅子の牙にた模様がある。

 その黄金キノコが密生している黄金キノコ畑のすぐ傍に、一匹の魔物がいる。


 ふわふわの毛皮に、まんまるい形をした羊に似た魔物である。

 つぶらな瞳が大変愛らしいが、近づくと牙を剥いて噛みついてくる。


 魔物は大抵そんな感じなので、見た目が可愛くても近づいてはいけないと、この国の者たちは子供の頃から言われている。

 近づいたら襲ってくるし、近づかなくても襲ってくる。

 なんとも厄介な存在だ。だが、錬金術には欠かせない存在でもある。

 

 彼らはふんだんな魔素をその体に帯びている。魔物からとれる素材は、貴重な錬成素材となる。


「さぁ、行きますよ! 錬金術師見習いマユラ、初陣です!」

『気合いだけは一人前だな。気をつけろ、マユラ』

「はい!」


 師匠が少し優しい。

 鞄の中から顔だけ出して、応援してくれている。

 マユラは杖を構えると、シダールラムに向かって走り出した。


 シダールラムはマユラの存在に気づいて、驚いたようにぴょこんと跳ねた。

 それから──つぶらな瞳と可愛らしい顔にはそぐわない、大きな口をぱっくり開いて、マユラに噛みつこうと襲いかかってくる。


 マユラはシダールラムの突進を、草むしりで鍛えられた足腰で素早く避けて、掃除や料理や荷物運びで鍛えられた腕で、杖を思いきり振り下ろした。

 ばこん! という衝撃と共に、シダールラムの胴体に杖の先端の月の飾りが叩きつけられる。

 

 杖は鈍器である。

 要するに、可愛い形をしたメイス。斧。形的には鎌。

 見た目は可愛いのだが、攻撃力はかなりある。


 杖に叩かれて転がったシダールラムは、ぴょこんと起きあがると口をぱくりと開いた。


 その口から、氷の玉をいくつもマユラに向かって吐き出した。

 氷結袋を持つシダールラムは、氷を吐いて攻撃してくる。知らなければびっくりしてしまうが、マユラは魔物の知識だけは豊富にあるのだ。知識があれば、避けることもたやすい。

 マユラはその氷の玉を避け、杖で打ち返し、

 シダールラムに近づくために駆けていく。


 右足を一歩踏み出すと、渾身の力を込めて杖をもう一度振り下ろす。

 ばこん、ばしゅ!

 ──そんな手応えと共に、シダールラムはポンポン跳ねて、ぷしゅっと煙を吐いて倒れて動かなくなった。


「……やった、倒した!」


 これは──畑の害獣をやっつけるのと同じだ。

 オオモグラの方が強かったかもしれないと考えながら、マユラは杖を振ってはじめての討伐の成功を喜んだ。



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