極彩色の森へ
朝日と共に目覚めたマユラは、水瓶の水で顔を洗って口をゆすぎ、身支度を調えた。
肩掛けの鞄にまだ眠っていた師匠を入れて、朝の街を歩く。
「おはようございます、師匠。いい朝ですね」
『眠い』
「鞄の中で眠っていていいですよ」
『私は何故こんな場所に入れられているのだ』
「師匠を抱っこしていると、両手が塞がってしまいますし。シダールラムの討伐のためには、武器が必要ですから」
港には朝の漁を終えた船が続々と戻ってきている。
市場が開いており、活気のある声がざわめきとなりマユラの耳にも届いた。
潮風が心地よく頬に触れる。よく晴れた、まさに採取日和。
マユラは市場に立ち寄って、五百ベルクで昼食用のフライフィッシュバーガーを買った。
紙袋に包まれているそれも、鞄に突っ込む。
ちなみに鞄には仕切りが三つほどついていて、師匠とフライフィッシュバーガーは別の場所に入れることができる作りになっている。
『……匂いがうつる』
「美味しそうな匂いですから、いいじゃないですか。だって師匠、ずっとお風呂に入っていないですよね」
『この体でどう風呂に入れというのだ』
「帰ったら洗ってあげますね」
『余計な世話だ』
南地区マルディアラスから王都の外に出るためには、南門を通る必要がある。
南門に向かって歩いて行く途中には、宿屋や武器屋、雑貨店など、旅の補給に必要な店が並んでいる。
マユラは武器屋に立ち寄った。
剣は使ったことがない。魔法も使えない。
「私に扱えそうな武器はありますか? 錬金術師──に、なる予定の者なんですけれど」
「うーん、そうだなぁ。錬金術師は最近では珍しいからね。昔はたまに来ていたが……王都で一番有名な錬金術師のフォルカは、杖に大きな魔石を埋め込んでいるそうだよ」
「杖を錬金魔法具に改造しているのですね。それはとても格好いいです」
武器屋の店主おすすめの、初心者用グレイムードの木の杖を購入して、マユラは店を出た。
『魔法も使えないのに、杖か……』
「杖は先端に鉄製の飾りがついていますから、打撃も強いのです。私も魔石を埋め込んで、魔法が使えるようになりたいですね」
『お前は、馬鹿なのか。錬金術師は、錬金術で戦うものだ』
「そんな攻撃的な錬金魔法具ってあるんですか?」
『錬金魔法具は危険なもののほうがずっと多い』
そのうち、錬金魔法具を使用してレイクフィアの家族たちのように戦うことができるようなるのだろうか。
そんな自分はいまいち想像できないなと思いながら、マユラは街を出た。
王都の門は日没にはしまってしまう。
昼過ぎまでに採取を終えて、解熱のポーションを作り、エナに届けたい。
王都から極彩色の森までは、歩いて小一時間程度。
さほど離れた場所ではない。王都近郊の森なので、そこまで危険な場所ではない。
アルゼイラの記録書によれば、危険度は星一つといったところ。『安全。目立った魔物はいない。スライムや、シダールラム、マルムシ程度』と書いてあった。
「さぁ、行きましょう」
『お前は魔法も使えず、戦闘経験もない。誰しもがはじめは無の状態からはじめるものだ。生まれたばかりの赤子と同じ。臆する必要はないが、気をつけて行け』
「ありがとうございます、師匠」
『私は……お前の予想通り、あの家から侵入者を追い出す呪殺の魔法しか使えない。外に出れば無力な可愛いぬいぐるみになってしまう。お前を助けることはできない』
「大丈夫ですよ、師匠。こうして話をしてくださっているだけで、心強いです」
討伐の必要があるのはシダールラムだけで、あとは採取だけをすればいい。
そこまで危険なことはない。
大丈夫だ──と自分に言い聞かせながら、マユラは森に足を踏み入れた。
街道から外れて森に入る人間というのは、例えば狩りをしたい者や、キノコや木の実をとりたい者、あとは木材を必要とする者ぐらいである。
森の手前に木材加工所があるが、今は職人たちの姿はなかった。
秋の森は、木々の葉の色がまばらに赤く染まっている。
秋のはじまりなので、紅葉にはあと一歩といったところだ。
落ち葉や栗のイガが落ちている森の中を歩いて行くと、朝露に輝くルブルランの葉が木の根元に密生しているのを発見した。
ルブルランの葉は、薬草である。
すり潰して薬草として飲み続けると熱がさがるが、効き目は薄い。
錬成して解熱のポーションにすると、その効果は何倍にもなる。
不思議なものだが、これが錬金術の神秘だ。
緑と黄緑のまだら模様のハート型をしたルブルランの葉を採集して袋に入れて、マユラは立ち上がった。
「ルブルランの葉が手に入ってよかったです」
『それはどこにでもはえているようなものだからな。裏庭にもはえている』
「まぁ、確かにそうですけど……」
レイクフィア家の裏庭にもはえていた。
薬草として食べられることを知っていたマユラは、空腹に耐えかねて囓ったこともある。
ちなみにとても苦い。
こうして森の中で何かを拾うのは楽しいものだなと、マユラは足取りも軽く森の奥へと入っていった。