水色プリンスライムの襲撃
幽閉塔に近づくにつれて、どんどん霧が濃くなってくる。
生温い風が肌に触れる。「滅びた地下都市の近辺は元々はこのように霧が濃いのですが、それが広がっているようですね」とリカルドが言う。
片手に師匠を抱いていたマユラは、師匠をイヌの上に乗せた。
何が起こってもいいように。そしてイヌに「魔物が出たら師匠と安全な場所にいてくださいね」と伝えた。
イヌは賢く「わふ!」と返事をしてくれる。
聞きわけのない師匠は『私を役立たずだと言いたいのか』と怒っていたが、「大事な師匠の綿が飛び出るのが嫌なんです」と説明すると、大人しくなった。
大人数での移動のため、イヌは今日は荷物持ちである。
兄の召喚魔法で空から幽閉塔に向かうことも考えたが、原初の森の中を探索したいというマユラの希望もあり、徒歩での道行になった。
「これは、発光キノコ、こちらは虫タケ……! 火炎タケもありますね! 虫タケ、気持ち悪い……気持ち悪いですが、気持ち悪いなんて言ってられません……!」
「なるほど、マユラさんは錬金術師ですから、こういった植物に興味があるのですね。マユラさん、辺境伯家に嫁に来てくだされば、こういった植物はすべてあなたのものです」
「え……あ……そうですよね、ここはリカルド様の領地です。勝手に植物を採取するのは盗人と同じ……?」
「いいえ、かまいません。お好きなように。ついでに妻になりますか?」
「それは困ります……」
光り輝くキノコや、虫に寄生しているキノコ、炎のような形をした真っ赤なキノコをしゃがんで採取しながら、マユラは首を振った。
「りっくん、マユラちゃんが好きなの?」
「顔が怖くないと言われたのははじめてです。俺を見て怯えない女性を妻にしたいと思うのは、ごく普通のことではないでしょうか、姉さん」
「まぁ、確かに、りっくんが生まれてはじめてのことだものね。りっくんはほら、生まれた時も泣きもせずに言葉も話さずに、人生百回目? っていうぐらい達観した顔をしていて、お母様や侍女たちを怯えさせたぐらいだから……」
「マユラを口説くな。その程度の理由でマユラに好意を抱くな。私など、生まれた瞬間からマユラは私のものだと思っている」
「ユリシーズ、それはマユラが可哀想では……?」
「私たち兄妹のことに口を出さないでもらおうか、レオナード。私は既に、先のクイーンビーの幻覚で、マユラと初夜をすませている」
「……マユラちゃん? 大丈夫? あなたのお兄様は大丈夫なのかしら、マユラちゃん」
「あ、雷光キノコ!」
マルティナやリカルド、そして兄やレオナードも、マユラの採取を手伝ってくれている。
皆で木の根元などのキノコををむしって、イヌの背に乗せている採取ボックスに入れる。
採取ボックスの隣に座っている師匠が「なんとも間抜けな光景よな」と呟いた。
ふと、ガサガサとマユラの傍の草むらが震える。
そこからぬるりと、不可思議な青色をした粘液状のものが這いだした。
「マユラ、危ない!」
何事かと立ちあがろうとしたマユラの手を、レオナードが引く。
マユラの足に、ふるふる震えるゼリー状のものが巻き付いている。
そのゼリー状のものの先には、小山のようにそびえる巨大な青いプリン──に、無数の赤い目がついたものがいた。
「水色プリンスライム!」
魔物研究家のマルティナが、すぐにその魔物の名前を呼んだ。
粘液なのか、ゼリーなのか、プリンなのか。
表現が難しいところだが、それは半透明のぷにぷにとしたスライム種の魔物である。
「あ、わ、わわ……っ」
「マユラちゃん! 水色プリンスライムは炎に弱いわ。打撃も斬撃もあまり効かない。あと、肉質の柔らかい人間を好むわ。だからマユラちゃんが襲われたのね、柔らかそうだから!」
マルティナもイヌの傍に逃げた。彼女は知識はあるが、戦うことは得意ではないと言っていた。
「柔らかそうで美味しそうなんですね、私。ちょっと嬉しいですね……!」
マユラは足を絡めとられて宙吊りにされた。
眼下には、頭の部分がぱっくりと裂けて、大口を開いているように見える水色プリンスライムの姿がある。
無数の赤いチェリーのような目玉が、ぐるぐると蠢いている。それさえなければ案外可愛らしい見た目をしている。
更にマユラの体にシュルっと水色プリンスライムからのびてきた腕状のものが巻き付いた。
マユラは杖に微量の魔力を送る。杖の先端の形状が変化して、凶悪な刃が現れる。
それを思い切り振りかぶって、水色プリンスライムに突き刺した。
しゅうっと、煙が突き刺さった場所から立ち昇る。
マユラの拘束が溶ける。レオナードが巻き付いていたスライムの腕のようなものを、剣で切り払ってくれている。
そのままマユラの腰を抱いて、その場からレオナードは離れる。
「……もう少し、見たかった」
『兄、欲望に忠実過ぎるのは人としてどうかと思うぞ』
「もちろん助けるつもりでいました。ですが師匠、可愛いマユラの可愛い姿を見たいと思うのは、致し方ないことかと」
「塔が現れてから、周辺の魔物も変容しているようです。大型の魔物が増えていますね。マユラさん、無事ですか?」
兄の氷魔法がスライムを凍らせて、リカルドが手の中に炎の大鎌を出現させてスライムに降りおろした。
水色プリンスライムは、かちかちに凍ったあとに、炎の大鎌によって焼き尽くされた。
レオナードに抱きあげられていたマユラは、彼に降ろしてもらうと、消えゆくスライムからチェリーのような目玉をいくつか拾いあげる。
「ふふ、やった。水色プリンスライムの赤目玉。貴重なものですね、師匠」
「それほどでもない」
「私にとっては強敵ですので、貴重です! 皆様、ありがとうございます」
いいものを手に入れたと、マユラはにこにこしながら素材を素材ボックスにいれる。
それから乱れた服を手早く直した。
レオナードがすぐに助けてくれたので無事だったが、あと少し遅ければ服が溶けていただろう。
無事でよかった。せっかく買ってもらった可愛い魔女服である。
できれば長く使いたいものだ。