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幽閉塔の怪



 マルティナはもぐもぐと滅びた地下都市饅頭を食べながら、酒を飲んだ。

 危険な場所ではあるが、どうにもこの街ではその危険な街を観光地としているようだ。


「こちらの街、温泉巡りやお土産などすごく工夫されていますね。とても参考になります」

「そうでしょう? 滅びた地下都市はもともと危険な場所で、忌避されていたの。でも結局、人が集まるのよね。特殊な素材を探す人もいるし、魔物を討伐して腕試しをしたり、錬金術師の素材採取の依頼を受けたり。まぁ、色々。ならいっそ、観光地にしちゃえと思って」

「姉さんの発案で、色々と変えていきました。十年で、ここまで発展したのですよ」


 マルティナの後に、リカルドが言う。

 マユラは感心して、頷いた。魔物の脅威に怯えるだけではなく、逆に利用するその姿勢はとても逞しいものだ。

 錬金術師も魔物から採取できる素材を使用するので、マルティナたちと考え方が似ている。


「滅びた地下都市には、珍しい魔物も多いでしょう? 魔物研究者なんかも来るわね」

「姉さんも、魔物を研究しているのです。その縁で、辺境警備隊隊長フェルディナンドと結婚を。フェルディナンドは姉さんの護衛をしていました」

「身分差があるなんてうるさいフェルディナンドを夫にするのは大変だったわ。あの人はもともと流れ者で、王都の貧民街出身なのよね。辺境警備隊にはそういう人が多いわ。強ければ誰でも雇うのが、いいところ。いつ死んでもおかしくないのは、悪いところ」


 マルティナは夢見る蛹パイを口に入れる。小さなパイが、蛹のような形で焼かれて山積みになっている。

 一見すると蛹だ。マユラも一つ摘んで口に入れる。サクッとして、中からとろっとチョコレートが出てくる。ナッツもたくさん入っており、カリカリとした歯応えが楽しい。林檎の爽やかな味もする。

 マユラが作ろうとしている完全栄養食としての魅惑の糖蜜の味は、こういったお菓子を目指してもいいかもしれない。


「死は、弱者にのみ訪れるものだ」

「そんなことはない。確かに君は強いが、海で溺れかけていただろう? どんなに強くても、何が起こるかはわからない」

「レオナード。お前はもう団長ではない。団長面をするな」

「そういうつもりはないんだ。ただ、死なないほどに強い人などいないと思っただけで」


 レオナードが困ったように笑っている。マユラはレオナードの服を引っ張って「お兄様がごめんなさい」と謝った。

 レオナードは優しく「ユリシーズは昔からこうだから、大丈夫だ」と言った。


「それで。お前たちはなぜ、師匠の話を詳しく聞きたかったのだ」

 

 兄の問いに、マルティナが身を乗り出した。師匠は彼女にぐいっと体を近づけられて、迷惑そうに手をしっしっと振る。手が小さいので、ぴこぴこ動いているだけに見える。


「滅んだ地下都市の手前に、最近突然塔が現れたのよ」

「え……っ」

 

 マユラは驚いて、思わず師匠をぎゅっと握った。

 師匠は、塔は壊したというようなことを言っていたというのに。


「最近といっても、数週間前ね。その塔が現れた途端、地下都市に通じる道に壁ができてしまって。中に人が取り残されているのではないかしら。救助にもいけない」

「塔を調べるために派兵をしました。ですが兵士たちも帰らず、フェルディナンドが部下を連れて塔に入りましたが、誰も帰りません。いよいよ俺たちが行くべきかと、今日姉と、準備をしていたところで」

「……そのような事態なのに、こんなところで酒を飲んでいていいのか」


 兄が呆れたように言った。辺境伯家姉弟は「泣いても騒いでも、お酒を飲んでも状況は変わらないわ」「よく食べよく眠り深刻になりすぎないのが、辺境での生きかたです」とあっさり言う。


「師匠、塔はもうないんじゃ……」

『私は知らん。なんでも知っていると思うな』

「そうですけれど、何か心当たりはないんですか?」

『さぁな』


 師匠はマユラと共に暮らしているので、塔の復活やら地下都市の壁やらとは関係がないだろう。

 

「じゃあ、その、王様はどうでしょう。ヴォイドガルグ様が復活した! とか」

『馬鹿を言うな。永遠に生きられるものなどいない。私が塔にいた時代、その王は過去の人間だった。とっくに死んでいた』

「なんにせよ、滅びた地下都市に行けないのは困るな。それに、兵士たちの安否も心配だ。もしかして、シズマの弟も同行していただろうか」


 レオナードに尋ねられて、リカルドは頷いた。


「カムイは、血気盛んな男ですから。フェルディナンドの同行者に、まず一番に名乗り出ていました」

「それなら余計に、助けなくては。カムイは友人だ。明日は俺も同行する。マユラ、すまないが俺は塔に行ってくる。マユラは街で待っていてくれるか?」


 レオナードは塔に行くことをマユラたちに相談せずに決めてしまった。

 普段彼はこういうふうに人助けをしているのだろうなと、マユラは感心した。

 人を助けることに躊躇がない。それはいいことだと、マユラは思う。


「レオナードさん、私もいきますよ。レオナードさんの傍を離れません。私は依頼を受けているのですから」

「あ、あぁ、ありがとう……」

「マユラが行くのなら、私も行こう。レオナードのことなどどうでもいいが、マユラを守るのは私の役目だ」


 兄も同行を申し出てくれる。マルティナとリカルドは顔を見合わせると、「それは心強いわ」「ありがとうございます」と嬉しそうに礼を言ってくれた。



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