サリヴァス王家とアルーシェ王家
食事をしながら、マユラは兄とレオナードに師匠について知っていることを話した。
といってもマユラが知っているのは
・アルゼイラは五百二十八年前に国王と王妃の間に生まれた。角があったので幽閉された。
・十歳の時には黒竜を倒せるほどの魔法を使えた。塔から出てアルゼイラ・グルクリムとして筆頭魔導師になった。
この二点のみだ。
「師匠がちゃんと話をしてくれたら早いのに」
『語る必要などはない。他人の過去を探って楽しいか?』
「だって気になるじゃないですか」
『レオナードも兄も、自分の過去を全てお前に話しているわけではないだろう。お前も同じだ』
「私は隠しごとなんてなにもありませんよ」
マユラは師匠の頭に縫い付けた赤いビーズをつついた。
綺麗に縫えてはいるものの、縫い目が気になる。回復ベッドを使用すれば縫い目など綺麗に消えてしまうのだが、師匠が言うことを聞かないので仕方ない。
「レオナードさんにも隠しごとはありませんよね?」
「あぁ。俺のことはマユラにすっかり話してしまったな」
レオナードに同意を求めると、彼は頷いた。
ユリシーズがレオナードを忌々しそうに睨む。
「……マユラに人生相談をするな、レオナード。親しくなるな」
「お兄様、レオナードさんがいなければ私はきっと死んでいたんですよ。仲良くするのは当たり前じゃないですか」
「それを言われると、何も言えない。許せ、マユラ。嫉妬だ」
「妹の交友関係に嫉妬をしないでください」
「妹と書いて将来の嫁と読むわけだが」
「酔いましたか?」
マユラは兄の皿に食事を取り分けた。兄を食べ物で静かにさせる作戦である。
兄は「まるで夫婦だな」と言いながら、どことなく嬉しそうに串焼き鳥を食べ始める。
兄が食べているとそれがどんな食事であれ優雅に見える。
「ところで師匠。今の王家はサリヴァス。サリヴァス王国は建国してからおおよそ五百年だ。王家の歴史では魔物が蔓延る不毛の大地を神獣と共に平定したのがサリヴァス英雄王といわれている。これは、師匠の身に起きたことと何か関連があるのだろうか」
レオナードの質問に、マユラは両手をぽんと打って微笑んだ。
「さすがレオナードさん、もの知りですね」
「一応これでも、三大公爵家のひとつグレイス家で育ったから、王家の歴史なども教育のひとつとして受けているんだ」
「自慢か?」
「そんなことはない。恵まれた家に生まれたというだけで。魔導の力で高名になったレイクフィア家や、一人だけで勉強をした師匠のほうがよほど立派だ」
「ふん」
『おだてても何も出ないぞ』
レオナードに褒められて、兄と師匠は気に入らなそうにしつつも、どこか満更でもなさそうだった。
『私が生きていた時代、王家の名はアルーシェといった。今はないということは、滅んだのだろうな』
「師匠が滅ぼしたのだろうか」
『そう思うか?』
「師匠ならば簡単に国の一つぐらいは滅ぼせそうだ。私もやってできないことはないが、そんなことをする理由はない。マユラの命が理不尽に奪われたらうっかり滅ぼしてしまう可能性はあるが」
「滅ぼさないでください、お兄様」
師匠はそれ以上、話す気はなさそうだった。
五百年前に王家が滅び、師匠はぬいぐるみになった。そこには何かの関連性はありそうだ。
そういえばジュネが師匠は『人をたくさん殺している』と言っていた。
それはアルーシェ王国を滅ぼしたからなのだろうか。
「師匠は悪い師匠だったのでしょうか」
『今更、おそれるのか?』
「怖くはありませんよ。もし滅ぼしてしまったのだとしても、五百年前のことですし。それよりも、幽閉塔はまだ残っているのですか?」
『あれは、もうない。私が処分した。狂王ヴォイドガルグの怨念に満ちていたからな。私の魔力に呼応して塔の周りには強い魔物が集まってきたのだが、今思えばあれはヴォイドガルグの負の念に引きずられた魂が多くさまよっていたからなのかもしれない』
狂王ヴォイドガルグ──と、マユラは首をかしげる。
「それって、どんな人だったのですか?」
『ヴォイドガルグ・アルーシェ。何代か前のアルーシェ王だ。もう記録などは残っていないだろう』
「そもそも、サリヴァス王家の前に王家があったという記録も残っていない」
レオナードは軽く頭を振った。ユリシーズがその後を継ぐように口を開く。
「神獣を連れたサリヴァス王がこの地に降り立ち、魔物たちを鎮め人々を守った──などと、王国史では王国の始まりについてが記録されている。そもそもこの神獣というのも、ぼんやりとした存在だな。魔物でもなければ、動物でもない。翼がはえた犬のような動物として描かれてはいるが」
「教会のご神像がそれですね。王冠をつけた立派な男性と、大きな翼のある犬のような動物です」
それなら知っていると、マユラは頷いた。
マユラも一応自分でレイクフィア家の本を読んだりして勉強はしていた。
だが兄やユリシーズのような知識はない。
どちらかといえばマユラにとって大切なのは、文字を読むことと計算をすること。
そして料理の知識や野草の知識、魔物の知識などであったからだ。
『神獣のことは知らん。この体になってから、家から出ることなどなかったからな。私が知っているのは狂王ヴォイドガルグのことぐらいだ』
「どんな人だったのですか?」
『そうだな。……まぁ、その名の通りの王だ。私も直接知っているわけではないが』
そこで師匠は言葉を区切る。
そしてどことなく勿体ぶりながら、語りだした。