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高級旅館での宿泊



 最果ての街までは補給拠点がなく、このところずっと野宿だった。

 野宿が辛いということはないが、久々の街に胸が弾む。


 人の気配が多くある。そこに人の営みがあるというだけで、妙な安心感がある。

 

 原初の森の程近くにあることで、街の守護は徹底されているのだろう。

 街を取り囲む外壁は高く、多くの武器屋や防具屋があり、冒険者や傭兵などの重装備の者たちも闊歩している。


 だがそれだけではなく、観光目的なのだろう軽装の者たちもいる。


「不思議な格好ですね。寝る時のガウンみたいです」

「あれは、浴衣と言う。隣国の文化を取り入れているのだな」

「湯浴み着に似ています」

「ここの共同浴場は男女別で、湯浴み着は着ない。共同風呂がいくつもあって、一日をかけて全ての共同風呂を回ったりするために、脱ぎ着しやすい浴衣を着るんだ」

「一日中、お風呂に入ったり出たりするのですか?」

「……男女別か。なんだ、つまらん」


 レオナードの説明に、ユリシーズは早々に興味をなくしたようだった。

 街には至る所に赤いランタンに似た丸形のランプが並んでいる。それは提灯というのだと、レオナードが教えてくれる。

 確かにあまり見たことのない景色だ。異国に迷い込んでしまったかのようだった。


「師匠がいたとき……五百年前も、こんな感じでしたか?」

『小さな村はあったが、こんな景色ではなかったな、おそらく。……五百年前のことなど、はっきり覚えているわけではないが』

「そうですよね。昨日のことだって忘れますもんね」

『……それはお前だけだ』

「え……っ、そうなんですか? 忘れますよね、レオナードさん」

「……まぁ。そうだな」

「私はお前のことなら全て覚えている。お前が生まれたときから、今まで。全ての記憶がある」

「お兄様は記憶力がいいですからね」

『そういう問題か?』


 マユラたちは街を眺めながら、宿街に向かった。

 野営をしている間は、レオナードが獣を狩ったりしてくれた。

 それを捌いて煮たり焼いたり。入浴や着替えも、川や湖があればそこで──という生活だ。

 慣れてはいるものの、やはり宿に泊まれるというのは嬉しいものである。


「原初の森の奥まで行って、滅びた地下都市に入りますから、少し長めの遠征になりますよね。宿を確保して準備を整えて、明日には出発しましょう」

「……マユラ。今回は私が支払う。いや、レオナードと私が支払う。この男の分まで私が支払う理由がない」

「それはもちろん、そうだが」

「それはいけません。お兄様に甘えるわけには」

「記憶の話をしていた。私は、お前に辛く当たっていたことを思いだした。お前が過去を忘れるのは、そこには辛い思い出しかないからなのではないか? だから、これからは楽しい思い出をお前に作ってやりたい」


 兄の気遣いは嬉しいが、別にそういうわけではない。

 ──正直、あまり気にしていないのが本音だ。


 王都に戻ってきたときは、レイクフィアの家族のことは怖かったのでこっそり隠れていようと考えた。

 関わらないですむならそれがいいと思っていた。

 でも今は、兄は色々気になる言動はあるものの総体的には優しい。

 だから別に、もういいのだ。過去のことは。


「私は、大丈夫なのですが……」

「せっかくこんな辺鄙な土地まで来たのだ。明日から再び野営になることを考えれば、まともな宿に泊まるぐらいはいいだろう。もちろん、お前の分は私が支払う」

「……ええと、つまり、お値段が高い宿に泊まるのですか?」

「あぁ」

「え……ええと……どうしましょう……」

『兄がそうしたいと言っているのだ。別に構わんだろう。お前の懐が痛むわけでもない』


 ──贅沢は、敵。

 なんて、思っているわけではない。でも、今までの生活がマユラに贅沢をすることをためらわせている。


「マユラ。俺も、普段はさほど金を使うような生活を送っていない。だから、蓄えぐらいある。クイーンビーの森では助けられたし、ユリシーズの意向に合わせたらどうかな」

「そ、それもそうですね。お兄様には助けていただきました。野営にも付き合ってくれましたし」

「付き合ったわけではない。私が自ら進んでそうしただけだ。お前の料理を食べて、お前を抱いて眠れるのだから、野営もそう悪くはない」


 若干語弊のある言い方だが、確かにユリシーズは毎日のようにマユラを抱きしめて眠っていた。

 といっても、ユリシーズと二人でくっついていたわけではない。

 師匠もいるし、イヌもいるときもあった。


 イヌはレオナードに寄り添っているときもあったし、マユラを包んでくれているときもあった。


「……高級な宿なら、イヌさんもゆっくり休めるかもしれませんし、ではそうしましょう。お兄様、お言葉に甘えますね」

「存分に甘えるがいい。将来お前は私の妻になるのだから、私の私財は好きに使って構わん」

「それは困ります……」


 そこまではさすがに。

 そもそも兄妹なので結婚できない──と、否定するのも疲れてきたので、そっとしておくことにした。

 宿街の一等地には、立派な宿が居並んでいる。もう少し奥に入ると、安価な宿がある。

 ユリシーズの選んだ宿の前でマユラたちは足を止めた。


 それはまるで城のような美しい建物だった。マユラならばまず選ばない敷居が高すぎる宿に、ユリシーズは堂々と入っていく。

 レオナードが宿の前に立っている宿の案内人にイヌを任せられるか聞いた。

 案内人は笑顔で了承をして、イヌを連れてイヌや馬ようの建物へと連れて行く。


 その建物でさえ、庶民の家よりもずっと立派なぐらいだ。


「うん。よし。行きましょう」

『どうせ兄の金だ。せいせいと使え。慰謝料のようなものだろう』

「自分のお金を使うほうが気が楽なんですよね、なんとなく」


 戻ってきたレオナードと共に、マユラも宿の中に入った。



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