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キリア領からの出発



 アルヴィレイスはマユラたちを伯爵家に招いた。


「恩人であるマユラや、クイーンビー討伐に協力をしてくれたレオナード様やユリシーズ殿をもてなしたい」


 と言って。

 急ぐ旅でもない。断る理由もなかったので、マユラはクイーンビーの蜂蜜をいくつか瓶詰めにしたあと、レオナードと共にイヌに乗ってキリア伯爵家に向かった。


「レオナードさん、どうしました?」

「……いや。なんでもない。本当に……どうしたのだろうな、俺は」

 

 レオナードの後ろに乗ったマユラが彼の腹部に手を回してしがみつくと、レオナードは僅かに体を震わせた。

 傷が痛むのだろうかと声をかける。レオナードは小さな声で呟いた。

 怪我をしたわけでもなく、どこかが痛むわけでもないのなら、よかった。


「まだ、気にしていますか?」

「……あぁ、少しは」

「レオナードさんは普段にこにこしているんですから、たまに怒ったぐらいなんでもありませんよ。師匠なんてだいたいいつも怒っていますし」

『おい。別に私は常に怒っていない』

「悪口ばっかり言うじゃないですか」

『悪口ではない。適切な指摘だ』

「ふふ……あはは。マユラと師匠の声を聞いていると、落ち着くな。いつも通りだ」

「はい、いつも通りです」

『呪い男、情緒不安定なのではないか。カウンセリングをお勧めしておく』


 師匠のいつも通りの悪口にほっとするのはマユラも同じだ。

 綿が飛び出している師匠を見ると胸が潰れそうな気持ちになるが、中身の──魂のようなものは無事のようだ。よかったと、心底思う。


「気をつかわせて、すまない。君のほうが余程大変なのに」

「私が、大変ですか?」

「あぁ。……死者の記憶を見るというのは、苦しいことだろう」

「……どうしてそんなことができるのか、私もわかりませんけど。でも、悪いことではないかなと思います。いつも記憶を見ることができるわけじゃ、ないんです」


 今までこんなことはなかったのだ。

 それは単純に、マユラが魔物と関わってこなかったからなのかもしれない。

 レイクフィア家では家から出ることはほとんどなく、アルティナ家では街と家の往復のような生活だった。

 錬金術師になってはじめて、魔物と関わり、討伐した。

 それでも全ての魔物がマユラに語りかけてくるわけではない。


 はじめては、アンナの子の想いが変化をした、スキュラだった。


「もしかしたら、ティターニアさんが私に、自分の最後を伝えたかったのかもしれません。アルヴィレイス様やカトレアさんに、教えるために」


 そう口にすると、そんな気がしてきた。

 ──あくまでマユラの勝手な思い込みでしかないのだが。


 そうだといいなと、思う。

 だとしたら少しは。不遇の中で亡くなったティターニアも、浮かばれるはずだ。

 ほんの少しは。


『マユラ。魔物に同情をするな』

「はい。大丈夫、わかっていますよ、師匠。心配してくれて、ありがとうございます」

『心配などしていない。愚鈍なお前は、余計なことを考えていればすぐに死ぬ。錬金術師を目指しているんだろう。甘くはないぞ』

「気をつけます」

「……マユラは、俺が守る。今度こそ」

「レオナードさん、そう気負わないでください。レオナードさんの呪いについて、まだわからないことばかりでごめんなさい。手がかりを見つけられるように、頑張りますね」


 草原を、イヌが駆ける。アルヴィレイスたちは馬に乗り、ユリシーズがリヴァイアサンを飛ばしている。

 

「俺はこのままでも、いい。まだ。そんな、気がする。君との旅が、もう少し続いて欲しい」


 レオナードが何かを呟いたが、その声は風の音にかき消された。


 アルヴィレイスの城についたマユラはさっそく師匠をチクチク縫った。

 ついでに、ニーナから貰った赤いビーズも、師匠の王冠に縫い付けた。


「うん。可愛いですね、師匠。縫い目が気になりますが……ぬいぐるみ用のポーション、絶対に作りますからね。師匠の体は脆いので、いつでも綺麗な体に取り替えられるように」

『そこまでの必要はない』

「あります。私が嫌なんです、ぼろぼろの師匠。見ているだけで心配になりますから」


 それでも綿は体のなかにおさまった。手と足を動かすことができる喋る師匠を眺めながら、カトレアは首を捻る。


「なるほど。喋るぬいぐるみ。私のおじいちゃん、ずっと自動人形の研究をしていたの。人形に魂を入れて動かす研究ね。ほら、老人の一人暮らしって何かと不自由でしょ。お世話をさせたかったのよ」

『お前の、爺はろくでなしだな。無機物に魂を込める研究は、生命への冒涜だ。自分の世話をさせるために研究をしていたなど』

「おじいちゃんを悪く言わないで! 口の悪い人形だわ、マユラ」

「ごめんなさい。口の悪さは師匠のチャームポイントなので、許してください」


 カトレアはマユラを錬成部屋に案内してくれる。

 色々な素材が綺麗に棚におさめられている。アルヴィレイスはカトレアが仕事をしないと言っていたが、そんなこともなさそうな『できる女』の部屋に見える。


「ここの素材、好きに使っていいわ、マユラ。もしよければ、師匠用の回復薬、作っていいわよ」

「いいんですか?」

「ええ。おじいちゃんの形見なの。それから、アルヴィレイス……お兄ちゃんや、ルーカス様がとってきてくれたりして」

「ありがとうございます、カトレアさん。……でも、どれを使ったらいいか……針と、接着剤と、布と……あぁ、そうだ!」


 マユラは部屋の中の素材を眺める。

 それから、両手をぽんっと、胸の前であわせた。


 ◆師匠用ぬいぐるみ回復剤(自動人形用修復剤)


 <素材>

 ・軍隊蜂の毒針

 ・シダールラムの羊毛

 ・クイーンビーの蜂蜜

 ・綿毛草の神秘の綿


 棚から素材を手にしては戻しを繰り返し、マユラはいくつかの素材を抱えて持ってくる。

 部屋の中央に置かれている錬金釜に入れて、かき回し始める。


「うん、いい感じです」

「……わかるの?」

「かき回していると、手応えのようなものがあります。頭に浮かんだ完成品が、できあがってくるような」

「そうなんだ。私、おじいちゃんから教わったものしか作れないの。おじいちゃん変わっていたから、ちょっと変なものばっかりなのよ。だから、ポーションも作れなくて」

『何故初歩的な錬金魔法具をお前に教えなかったのだ、お前の爺は』

「あんなもの、くだらねぇ! と言っていたわ。毒針のセラムは、生活のために作っていたけど。ポーションは嫌いなんだって。怪我なんて自分の力でなおせなきゃ、おっ死じまえばいい! ってよく言ってたわ」

「過激ですね……」


 なるほどと、マユラは思う。

 だからカトレアは、『あまり仕事をしない』のだろう。

 しないというよりは、アルヴィレイスの求めるような錬金魔法具は作れないのかもしれない。


「よし、できました!」


 やがてぷかりと、錬金釜に錬金魔法具が浮かびあがる。


 それは小さなぬいぐるみ用のベッドである。

 ふかふかで、赤色をしている。師匠用なので、両手で抱えられるほどの大きさだ。


「師匠。これは師匠用のぬいぐるみ回復ベッドです。ちょっと寝てみてくれませんか?」

『……今はいい。お前が修復した体で、十分だ。もし手足がちぎれたら、それを使おう』

「えぇ……せっかく作ったのに」


 師匠がそんなことを言うので、マユラは不満げに眉をよせる。

 カトレアは「仲良しなのね。私とおじいちゃんみたい」と、懐かしそうに言った。

 師匠は嫌そうに『私は爺ではない』と言っていた。


 アルヴィレイスに酒と食事を振る舞ってもらい、一晩ぐっすり寝た。


 約束の五十万ギルスを渡そうとするアルヴィレイスから、マユラは旅の資金にするために五万ギルスだけを受け取った。


「これは、領地の方々のために使ってください。森にはまだ石像がたくさんありましたし、そちらはカトレアさんにお任せしましたので。これからきっと、大変だと思います」

「そうか、感謝する。君は本当に清らかな女性だ。……マユラ、僕も君と旅がしたいな」

「……また、遊びに来ますね」


 女好きなアルヴィレイスだが──屋敷に女性を侍らせている、というようなことはなかった。

 兄やレオナードをもてなす美女たちという情景を見せられたらどうしようと思っていたマユラは、少しほっとしながらアルヴィレイスの熱い見送りを受ける。


「一晩考えていたんだが、僕は、妹を探すという目的もあったが、やっぱり俳優をするのが好きだったな。伯爵家の後継者も見つけたし、また王都で俳優をしようかなと思う。そうしたら、いつでも君に会える」

「来るな」

『領地に籠っていろ』

「……アルヴィレイス殿、それでは、また」


 ユリシーズや師匠に冷たく言われ、レオナードに礼儀正しく挨拶をされて、アルヴィレイスは苦笑した。


「気をつけてね、マユラ!」

「また会おう、お嬢ちゃん」


 カトレアやルーカスに見送られ、マユラは大きく手を振った。


 そうして──明るい陽射しを浴びながら、次の目的地へと出発したのだった。



ここまでお付き合いくださりありがとうございます、100話ですね!!!!

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