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第1話 新たなる冒険者

 連載(予定)の第1話です。初連載(予定)で見苦しい点があるとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

 ハルペリア王国城下町、いるか亭。

 多くの冒険者を内包するこの酒場で、あまりこの場に似つかわしくない、凝った意匠の軽鎧を身にまとう赤髪の青年が書面に筆を走らせていた。

「書きました。」

 亭主は署名を確認した。

「ヒース。」

 確認するように名前を呼んだ亭主は、改めてヒースの顔を見た。

 これまたこの場に似つかわしくない品のあるヒースの表情に、亭主は「ほう・・・」と声を漏らした。

「どうされました?」

 やはりこの場に似つかわしくない丁寧な口調で、書面に目を通す亭主に尋ねた。

「ああ、すまんね。」

 記載内容を見ながら判子を押しつつ、亭主が答える。

「冒険者としては初めてなんだろうけど、その前は何をしてたんだろうな、ってね。鎧の質と良い、佇まいと良い、騎士団にでもいたんじゃないかな、と。」

 判子を押し終えた亭主は、机の引き出しから木彫りの懐中時計のようなものを取り出し、何かを押し当てる。何かが焦げる匂いと微かに立ち上ぼる煙から、焼き印である事を認識した。

 さらにそこに小刀で何かを書き、酒場のウェイトレスである少女にこれを渡した。

「・・・なんです?今の。」

 フフ、と微かな笑いを漏らす。亭主は小さな紙に何かを書きながら答えた。

「タグだよ。冒険者が増えるとね、人数の多さを逆手にとって、報酬を横取りするやつが出たりするのさ。」

「はあ。」

 気のない声を漏らし、つづけた。

「そこまで人がいるようには見えませんが・・・」

「うるせえなぁ。」

 おどけながら力強く否定する亭主に、ヒースのみならず近くの冒険者も笑いだしてしまった。

「あれだよ、人が増えてから作ると面倒だろ。少ない時から作っておいた方がいいんだよ。」

 ヒースはクスクスと笑いながら何度か頷いた。

 亭主が書いた紙を見てみた。今日の日付と「ヒース」の記載がある。

「タグは漆に付けるから、渡すのは明日以降だ。それまではその紙がタグの代わりだから、忘れず持っておきなよ。」

「わかりました。」

 ペラペラの紙であった。すぐさま財布に収めた。

「ん?革の財布か。」

 亭主はすぐさま反応した。周りの冒険者も反応する。

「なかなか貴重品じゃないか。目立たないようにしっかり保管しておくんだな。」

「中身なんてないですよ。」

 と笑ってみるが、隣の冒険者に

「革製は高値で取引されるんだぜ。」

 と言われ、焦りながら懐にしまった。

「兄ちゃん、結構良い鎧着てるけど、騎士団上がりかい?」

「あ、ああ、まあ・・・」

 酒が回っているのか、顔を赤らめる鍵師らしき人物が、鎧を値踏みするように見る。

 色々考えを巡らせていると、亭主がふぅ、と小さなため息をして話を切り出す。

「ところで、せっかく登録してもらって申し訳ないんだが、一人でこなせるような仕事はなくてな・・・」

 えっ、とヒースが目を見開く。亭主は困ったように頭を掻いていた。

「アンタが実力者だってのはわからんでもないが、一人でどこまでできるかなんて分からないからな。」

 確かに。ヒースは小さく頷き続けた。

「なら、僕達のパーティに入らないか?」

 そう声をかけてくるのは、金髪碧眼で片目が隠れ気味の、いかにもな美青年であった。

「フィルか。」

 亭主がフィルに声をかける。

「僕達は流れのパーティでね。しばらくここで厄介になってるんだけど、ある程度地理に明るいメンバーが欲しかったんだ。」

「あー・・・」

 確かに、と思った。フィルの他には、ポールアクスを持った大男、鍵師と思われる短髪の女性、目つきの悪い尼僧がいた。

「フィルが来たのは1週間前だったか。一度オーク退治をしてもらったな。」

「そうなんですよ。」

 亭主の言葉にフィルが答える。

「オークの住処が良く分からなくて、ちょっと時間がかかってしまったんですよね。だから、ある程度地理が分かる人材が欲しかったところなんですよ。」

「なるほど。」

 亭主が頷く。

「そういう事らしいが、ヒースはどうだ?」

「俺は俺で冒険者としての立ち振る舞いとか分からないですし、願ったりかなったりですね。」

「よし!」

 と、フィルが屈託のない笑顔で右手を差し出す。

「僕はフィルだ。よろしく!」

「ヒースだ。色々教えてくれ。」

 他の仲間達も自己紹介を始めた。

 口を真横にキュッと締めたような表情を見せる大男は、斧戦士のダードと言う。

 短髪の女性は思った通り鍵師だった。皮肉めいた笑顔で「ランタだ」と自己紹介をした。

「リネ」と、尼僧らしき女性は興味なさそうに言う。ずいぶんと癖のあるメンバーとパーティを組む事になるな、ヒースはそう思った。

「それで、そんな僕らに最適な依頼は何かありますか?」

 フィルが亭主に尋ねる。

「オーク退治はどうだった?」

 亭主が聞き返す。

「何て事ないですよ。他の街ならもう少し報酬が安いかもしれません。」

 と、フィルが返す。

「なら、竜退治でもするか?」

 はぁ?と声を漏らし、ランタが露骨に嫌な顔をする。

「どれだけの大きさかは分からんが、西の村で竜が出たらしい。作物が荒らされて、村が迷惑をしているという話だ。」

 深刻な顔をするヒースとは対照的に、フィル達はふーん、と小さな感想を漏らす。

「え、竜でしょ?」

 と、さすがに聞き返した。

「『村が迷惑している』程度の竜だから、そこまで脅威じゃないんだよ。」

「だろうな。」

 あー、と感心するヒースを横目に、亭主も同調した。

「ちなみに報酬は5000フォンだ。」

「おお、結構もらえますね。」

 5000フォンは、一人であればひと月十分暮らせるだけの金額である。今回はこれを5人で分けるが、それでも2週間は暮らせる金額だ。

「・・・で、西の村はどれほどの距離があるんですか?」

 フィルが亭主に尋ねる。

「徒歩なら半日。馬で行けば二刻もあれば行けるだろう。」

 今は昼近い。馬で行けば多少日が傾く程度でたどり着く。

「じゃあ歩くか。」

 と、フィルが言う。リネが「えー」と、気のない声を上げた。

「馬で行ったらすぐに着くじゃん!」

「着いてもすぐには動けないだろ?」

「まあ・・・それもそうか・・・」

 ダードが喋った。見た目の通り、地面を揺らすかのような重く低い声だ。

「ちょっと、なんで同意しちゃうのよ!」

 さんざんやる気のなさそうなリネが、遂に声を張り上げた。

「良いじゃん。歩きなよ。最近、腹に肉が乗ってきたって嘆いてたでしょ?」

 ニヤニヤと笑いながらランタが言う。周りが一気にリネの腹に目をやった。「見るなよ!」とリネが腹を隠す。スリムなように見えるが、意外と肉付きがいいんだろうか・・・

「でも、馬車で行くとかあるんじゃないかな?」

 と、ヒースが提案する。

「あまりお金は使いたくないからね。歩こう。」

「え、俺出すよ?」

「いやいや。」

 フィルがすぐに否定する。

「パーティである以上、個人の出費以外は共有財産だ。馬や馬車を借りるとなるとパーティとして金を出さなきゃいけない。実質、分け前が減るんだ。仮に誰か一人が金を出してしまえば、変な上下関係ができてしまうよ。」

 確かに・・・とヒースがしゅんとなる。

「でも、村を守りたい気持ちは良く分かる。さすが元騎士、ってところだ。準備が終わり次第すぐに出立しよう。」

「歩くのね・・・」

 げんなりした声でリネが呟く。

「親父さん、受けさせていただきますよ。」

 と、タグを提示した。亭主はタグの内容を書類に書き写し、フィルに紹介状を渡した。

「言うまでもないが、西側は魔物があふれているからな。気を付けて行けよ。」

 はーい、という気のない返事をフィル達と合わせ、ヒースは差し出されていた水を一気に飲み干す。

「じゃあ、準備が終わったら西口に集合してくれ。」

「わかった。」

 フィルに返事をすると、ヒースは足早に騎士団兵舎へと向かった。


 無期限の休暇とはいえ、他の騎士達の心情を考えると、当然兵舎に居続けるわけにはいかない。それでも、次の住居を見つけるまではと、団長が使用を勧めてくれたのだ。

 兵舎に戻ると、さっそくかつての仲間から声を掛けられる。冒険者として登録し、その仕事に向かう事を告げると、「がんばれよ!」と激励をもらった。

 とはいえ、ギクシャクした関係を今まで通りの態度で隠し続けられるわけもない。この仕事を終えて帰ってきたらすぐに次の家を探そう。ヒースはそう心に決めた。

 部屋に入ると、まずは寝袋を丸めた。次に、肘から指先ほどの長さのニードル6本を束ねてケースに入れる。仮に泊っても1泊だろうと1着だけ着替えを入れ、砥石・財布と一緒にリュックに詰め、上部に寝袋を固定した。

 冒険者用のリュックは何かと収納スペースが多い。形が崩れないように左右にポールが差され、その上下にフックがあり、上下のどちらにも寝袋を固定できる。

 ポールには、予備の武器を差しておけるリング・フックが左右両方の上下にあったため、右のフックにニードルを入れたケースを固定する。小さいものであれば上下に分けて収納することも可能だ。


 西口に行くと、すでに鍵師が到着していた。

「ええっと・・・」

「ランタ。」

 そうそう、ランタだ。ランタは興味なさそうに顔を背けてしまった。

 さすがに気まずくなり、無理やり話を始める。

「ランタは、鍵師なんだっけ。何か得意な武器は・・・あるの?」

 ようやく思いついた言葉がこれである。前の話しと後ろの話しで関連性もなく、たどたどしい言葉の切り方もしてしまった。

「弓とブーメラン。だから戦力にはならないよ。」

 なんだかんだでしっかり答えてくれる。一応コミュニケーションは取ってくれるようだ。

「弓か・・・昔、弓の練習もさせてもらったけど、結構難しいよなぁ。」

 ランタが眉をピクッと反応させた。

「だから遠距離攻撃は苦手なんだよ。中距離なら、ニードルでけん制くらいはできるけど・・・」

「あんた、やっぱり騎士団の人間だったのかい?」

「ええっと・・・」

 ようやく顔を向けてくれたランタに対し、バツの悪そうな声を出してしまう。タイミングよく、フィル達残りの三人が合流した。

「・・・じゃあ、歩きながらその辺を話そうか。」


 実際、ヒースは騎士団上がりである。1000を超える兵を斬り、「聖騎士」の称号を受けた名うての騎士であった。

 聖騎士は、遊撃隊的に通常の騎士団に随伴する。22歳という異例の若さで聖騎士となったヒースは様々な戦場へ派遣されたが、その若さゆえに妬み嫉みを受ける事も度々あった。それでも良かった。たとえどんな印象を持たれていても、仲間達に囲まれる事は嫌いじゃなかった。

 1000を超える敵兵を斬るということは、同時に多くの仲間達と出会って来たという事である。どんな感情でも、彼ら彼女らが生きている姿を見ることは、ヒースにとっては生き甲斐のようなものでもあった。

 だが、また新たな戦場で仲間達が倒れていく。妬みも嫉みも刃の露と消えてゆく。新しい戦場では死んだ仲間達の姿が重なる。

 それだけではなかった。自身に仇なす敵兵もまた、死に際しては人に戻る。兵は人にあらず、今際の際に人に戻る。もはや戦場にいる事が、ヒースには耐えられなかった。

 王に退団を申し出たが、当然却下される。しかし、聖騎士団長であるヴァルマンの計らいで、無期限の休暇を申し付けられた。

 ヒースは、ひいきにしている武具工房で比較的安めの剣と鎧を仕立ててもらった。それが今のヒースの装備である。

 目立たないつもりだったが、純白の装甲に水色のラインは十分目立ってしまっていたようだ。そうなると剣の意匠も気になってきた。

「なるほど、ずいぶん綺麗な鎧だとは思っていたよ。」

 フィルが舐めるように鎧を見る。

「それに動きやすそうだ。あまり見たことない繋ぎをしている。」

 ダードが続ける。やはり戦士達にとっては、装備が気になるところなのだろう。

「騎士時代に贔屓にしていた鍛冶屋に仕立ててもらったんだ。騎士団時代はプレートアーマーだったから、ボディアーマーは心許ないな。」

 実際には、他にガントレットとレガースも装備しているが、それでも各部を露出させるこの装備は、どうしても不安が残った。

 おどけるヒースに、ダードが興味津々に続ける。

「でも、動きやすいだろ?」

「そりゃそうだ。」

 左腕をぐるぐる回して見せる。胸当てと肩装甲がぶつかって金属音がなる。

「これならニードルも強めに投げられそうだな。」

「それくらいの距離なら、魔法で何とかするのに。」

 と、リネが切り込む。

「いや、魔法は武器では与えられないダメージを与えられるからね。温存してもらいたい。」

 ヒースがすぐに返す。リネは、ほぉ・・・と声を漏らし小さく何度か頷いた。

「ニードルって一本100フォンだろ?だったら短弓でも買えばいいのに。」

「そんな技術ないよ。」

 ランタの提案に笑って答える。

「騎士団なら弓の訓練もしそうだけどね。」

 と、フィルがつなげる。

「一応、希望してみたけど、全然成果を挙げられなかった。思ったより落下が早いんだよな・・・」

「そこは慣れかなぁ」

 ランタがほくそ笑みながら答えた。

 最初こそフィルくらいとしか話さなかったが、次第にこのパーティにも慣れてきた。冒険者に対してはある程度の偏見を持っていたヒースにとって、この出会いは嬉しいものであった。ふふっ、と笑みをこぼすと、すかさずリネが拾ってくる。

「なに笑ってるの?」

「いや・・・」

 一呼吸入れて、冒険者達に多少は偏見があった事、だからこそフィル達と出会った事が良かったと感じた事を伝えた。呆れたような顔をするダード、リネ、ランタ。フィルが肩をすくめて答えた。

「信じてもらえるのは嬉しいんだけど、すべての冒険者がそうだってわけじゃないからね。もしかしたら今後、別の冒険者と組もうと考える事もあるかもしれないけど、その時にすぐに冒険者を信用して後で後悔する可能性だってあるからね。多少は疑う目を持たないと。」

「はは・・・そうだな。」



 ─街を出るときには頭上にあった太陽だが、地平線にその身の半分を沈めていた。小川で軽い休憩と水筒の補水をしながらの移動であったが、日が落ち切る前であった事は幸いだった。

 腹ごしらえでもしたいところだが、まずは村長の屋敷へ挨拶に行かなければいけない。

 村長の屋敷に到着すると、使用人らしき若い女性がこちらに気づく。素早く頭を下げ、走り寄ってきた。

「その出で立ち、依頼を受けた冒険者様ですね?」

「そうです。」

 フィルが返事をする。他の三人がなかなかコミュニケーションが取りづらいところを見ると、彼がリーダーで本当に良かったと、ヒースは密かに胸を撫で下ろしていた。

「このような時間で申し訳ありません。なにせ冒険者は金がかかる職業で・・・」

 うんうん、と使用人が大きく頷く。バカみたいな会話ではあるが、緊張をほぐすにはちょうど良いのだろうか。

「早速ではありますが、村長さんに到着をご報告させてください。それからすぐに待機に入りたいので。」

 やはりフィルは慣れている。こうして話を切ることで、次の話題に移らせたのだろう。

「ダードとヒース、リネは見回りをしてくれないか?話は僕とランタで付けるから。」

 うむ、と頷くダード。リネは「はいはい」と呆れたように頷く。

 ヒースも「分かった」と返事をする。

「荷物はどうしようか?」

「あ、その辺に置いといて。」

 フィルが答える。ヒースが置いた場所にダードとランタも置く。そして打ち合わせを行った。

 村は北側と南東・南西の3か所に即席の見張り台が立てられている。

 入り口自体は東西2か所だ。先をとがらせた斜め十字の丸太にもう一本の丸太を縦方向に通し、先端部分を外に向けて並べるという、迎撃用の木の柵がならんでいる。ダードの背丈の倍はあるであろう大型の柵に囲まれ、入り口以外から入ることは困難だ。またその入り口も、外側に向けて開くようになっており、内側からかんぬきをかければ外側から開ける事はまずできない。その扉も、先を尖らせた丸太を外側に向けている。危険であるだけでなく、外側から扉を動かす事を困難にしている。

 南西側を任されたヒースは、扉が閉じられているのを確認し、門番にいつ閉めるのかを確認した。西日が強くなり、目線が防がれるほどになれば、そこからは暗くなるばかりであるため、それが閉めるタイミングらしい。どうやらヒース達が到着したのは、閉門する直前だったようだ。申し訳なさでいっぱいだった。

「あんた本当に冒険者か?そんな謙虚な冒険者は見たことないぞ。」

 門番に言われ、ヒースは困ったようにほほを掻いた。

「実は、俺は冒険者になったばかりなんだ。だからどう動けば良いかがよくわからなくてさ・・・」

 呆れたように笑われるが、悪い気はしなかった。ふと、ヒースは気になった事を訊ねた。

「なんで北側に見張り台があるんだ?」

 入り口が東西にあるため、見張り台自体は東西にあれば十分のはずである。北側から敵が押し寄せたとしても、壁を壊さなければいけない事から、東西なり壁の上なりから襲撃すれば有利に事を進められるはずだ。

「空からの襲撃に備えてるのさ。」

 空の魔物は確かに厄介である。一方で、飛行に邪魔なのか余計な筋肉も少ないため、耐久性に乏しい。

 なるほど、と思った。竜だけでなく、飛ぶ魔物に対抗する必要があると考えた。

 しばらく村中を巡回していると、フィルとランタを見かけた。どうやら打ち合わせは終わったようだ。ヒースは近寄り、軽い挨拶を交わす。

「しばらく巡回したけど、今のところ異常はなかった。そっちの首尾はどうだった?」

 フィルは笑顔で答える。

「報酬交渉は成功、ってところかな。基本報酬は変わらないけど、状況によっては色を付けてもらうように言っといたよ。」

 そっか、と軽く返事をする。

 それからは巡回の成果について事細かに伝える。ランタが驚いていた。

「そんなに気を入れなくても・・・」

 ヒースが目を点にする。

「今日襲撃があるかも分からないからね。ほどほどに体を休めながらの巡回で良いと思うよ。」

 フィルの言葉に、そういうものなのか・・・となんとか自分を納得させるヒース。

「とりあえず僕がヒースと代わるよ。ランタはリネと代わってきて。」

「分かった。」

 ランタが南東に向かう。見送りながらフィルが言う。

「宿で部屋を借りたから、そこに戻っていて。」

「分かった。気を付けて。」

「うん。」

 フィルが爽やかに答える。ヒースは少しゆっくり目に宿へ向かった。

 魔物の襲来があるとはいえ、どうにも人影が少ない。自分達が思っているより魔物が強いのかもしれない。

 村娘と目が合う。ヒースはすかさず声をかけた。

「あの、すみません。」

 はい、と少し驚いたような顔をされる。

「失敬、私は冒険者のヒースと申します。」

 はぁ、と生返事をして、娘は話をする体制を整えてくれた。

「魔物はだいぶ強いのでしょうか?魔物が来ているとはいえ、ずいぶん村が静かなように思えますが・・・」

「うーん・・・」

 すこし困ったような顔をして、娘は答えた。

「魔物の強さをどう表現すれば良いかが分からないですが・・・」

「あ、すみません。」

 ヒースが表現を変える。

「どんな魔物がいますか?ゴブリン・・・緑の肌で背が小さいやつとか、オーク・・・豚みたいなやつとか・・・」

 少し頭を巡らせて

「二足で歩く狼みたいなのとか、大きめの鳥が何匹か・・・特に鳥が厄介で、柵を超えてくるので・・・」

 二足歩行の狼?コボルトかワーウルフだろうか。一方、大きめの鳥というのが良く分からなかった。

「という事は、対空戦用の武器が必要という事か・・・武器屋ってさすがに閉まってますよね?」

 そうですね、と娘が返事をする。

「ありがとうございます。参考になりました。」

 軽い会釈を交わして宿に向かう。

 宿はほかの建物に比べると高めであった。おそらく2階建てなのだろう。宿に入ってすぐのところに、食事用のテーブルが並んでいた。そこにリネが座っている。

「遅いわよ。」

 機嫌が悪そうな声を出される。

「ごめん、情報収集してたもので・・・」

 弁明するも、ふうん、と興味がないような声を出された。

「部屋は2階?」

「そう。寝とく?」

「いや、まだ眠くはないかな。」

 ふうん、とまた軽く返事をされる。会話に困ってしまった。

「村の規模にしては大きな宿だよね。二部屋残ってたのかな。」

 え?とリネが目を丸くした。

「二部屋?なんで?」

 え?と今度はヒースが目を丸くした。

「いや・・・さすがに男部屋と女部屋は分けるだろ?」

「分けるの?」

 リネが返す。そしてすぐに「ああ」と、何かに納得するように唸る。

「二部屋用意してくれる雇い主もあるだろうけどね。基本的には一部屋だけだよ。」

 ええ・・・とヒースが声を落とす。

「もしかして、あたしとランタの事を心配してくれるの?」

「そりゃそうだよ。」

 ニヤニヤするリネに、ヒースはすかさず返した。

「お互いに信頼があったとしても、何があるかわかったもんじゃないよ?ましてリネもランタも美人なんだし・・・」

 は?と、リネは呆気にとられ、ケタケタと大笑いをする。

「アンタさぁ、口説くんならもっとマシな口説き方しなよ。意外とそんなんじゃ女はなびかないよ?」

「え、そんなつもりじゃ・・・」

 ギョッとした。下心はなかったのだが、そう思われてしまったのだろうか。

「でもまぁ、そういう気遣いは嫌いじゃないよ。」

 と一言添え、リネは続ける。

「冒険者なんてのはさ、戦いとか洞窟とか、そんな危険ばかりじゃないのよ。組んだメンバーから襲われるなんて事も考えなきゃいけない。それは男だってそうさ。女だから男に襲われてばかりじゃない。もしかしたらあたしの懐にだって、短刀の一つも潜んでるかもしれないしさ。」

 と、服の胸元辺りを引っ張って見せる。ヒースは軽く目を逸らしてしまった。

「その辺をきちんと受け入れて、あたし達は冒険者になったのよ。だから、アンタが心配する事じゃないよ。」

 そう言うリネの目は、どこかからかっているようにも、諭すようにも見えた。そっか、とヒースは一息ついた。

「それにしてもさ。」

 リネが話題を変える。

「北側の監視塔。ダードがあそこを見てみたらしいけど、なんであんなのがあるんだろうね?」

「空からの襲撃に備えているらしい。」

 え?とリネが驚いた。

「大きめの鳥の襲撃もあるみたいだからね。だから、村から離れるのは逆に危険かもしれない。」

 はあ、とリネが漏らす。

「かと言って、村で籠城というわけにもいかない。魔物が来た時に俺達で迎え撃って、村は自警団の人達に守ってもらう、という形がベストなんじゃないかな。」

 うんうん、とリネが頷く。

「あ、でもこの辺を決めるのはフィルか・・・」

「どうだろうね。集団戦が得意なのはヒースの方なんだろうし。」

 と、リネがコップに入っている飲み物を口にした。ヒースものどが渇いてきたため、ウェイトレスを呼び止めてレモネードを注文する。

 ヒースは、集めた情報をリネに話した。

「魔物はコボルトかワーウルフ。そして、さっき言った大きめの鳥。村の娘さんの認識では、そういう事らしい。」

「竜は?」

 リネがすかさず返す。

「竜の話は出てないな。大きめの鳥を竜と見間違えた?」

「逆は考えられない?」

「逆?」

 リネが身を乗り出す。

「飛行竜を鳥と見間違えた、って事も考えられる。ワイバーンはともかく、ドラゴンパピー辺りなら大きめの鳥と見間違える事も考えられるわ。」

 確かに、とヒースは思った。

「近くで戦ってる自警団なら竜と分かるけど、遠くの民間人では分からないか・・・」

「そう。」

 頷きながらコップを傾ける。

「そうなると、リネは対空戦に徹した方がいいかもしれないな。ランタにも手伝ってもらうことになるか。」

「ランタに期待はしない方がいいわよ?」

「え、弓を使えるんじゃないの?」

 フフッ、と笑いを漏らす。

「お待たせしました。レモネードです。」

「あ、ありがとうございます。」

 ウェイトレスからカップを受け取り、軽く礼を言う。息で熱さを冷ますヒースを見ながらリネが続ける。

「コボルトに対してはダメージもあるだろうけどね。竜だと鱗が通らない可能性があるからね。ベビーならともかく、パピーだとなおさら。」

「火矢は無理かな?」

 え?と驚くリネを横目に、レモネードを軽く飲む。

「村の中で火を使うわけにはいかないでしょ?」

「監視塔から外に撃つのは無理かな?」

 うーん・・・と頭をひねるが、リネはやはりその作戦には賛成できなかった。

「そうか・・・それにしても・・・」

 ヒースがそこまで言いかけたところで、警鐘が鳴り響いた。

 反射的に席を立つヒース。リネは警鐘がなっているであろう場所に顔を向けた。

「俺は西の入り口に行く。リネは東の入り口に!」

 うん、と頷きリネが立ち上がる。ヒースはレモネードを半分ほど口に含み、軽くゆすいで喉に流した。


 西の入り口にはダードがいた。

「あれ、俺が東に行けばよかったかな・・・」

 いや、大丈夫だ、とダードが返す。

「それで、敵の動きは?」

 ダードに聞く。

「まだ遠いようだ。北側にいるらしい。」

「北側・・・」

 そこまで聞いて、ヒースは自警団員に声をかける。

「扉を開けれるか?すぐに北の外壁に向かいたい。」

「えっ」

 自警団が驚いた顔をする。ダードも驚いた。

「今はさすがに危険だ。団員が揃うまで待ってほしい。」

 と、団員が答える。ダードもうむ、と答えた。

 北側にいるのであれば、そこから東か西に移動するはずである。一方で、鳥だか竜だかが兵を越える可能性もある。できれば、空からの襲撃が来る前に外で迎撃をしたかった。

 そこで考える。北側の塀に登り、迎撃できないか。

「今から北に行くのか?間に合うか分からんぞ。」

 提案はダードにとっては受け入れられなかった。

「間に合わなくても仕方ないさ。空からの襲撃に備える必要が高いと思っている。」

 団員はふむ、と思案顔である。一方でダードは頭をひねった。

「扉はどうする?本丸は魔物達の方だろう?」

「いや、むしろ俺達が対処するのは、空からの襲撃なんじゃないか?」

 なぜ?という顔をするダードに団員が答える。

「地上の魔物であれば、確かに我々がどうにかできる。だから、飛竜をアンタ達がどうにかする、って事か。」

「そうだ。」

 すぐにヒースが頷く。

「飛竜なのか、竜ってのは。」

 その疑問もすぐに話した。

「竜が出てるとは聞いたが、飛竜とまでは聞いてなかった。ダードがここを強固なものにしようとしたのは、そういう理由だろう。」

 なるほど、とダードが唸った。同時にある疑念を口にした。

「竜が飛竜とは聞いてなかったぞ。飛竜なら、それ用の準備が必要になる。」

「す、すまん。」

 団員が慌てて謝罪した。

 尤もな事だが、村娘の証言を信じるなら、ドラゴンパピーか大型の鳥のどちらか。ドラゴンパピーの可能性が高いだろう。おそらく、ニードルで処理することができる。

「ダードはここにいてくれ。俺は北の監視塔に行く。」

「どうするつもりだ?」

 ダードがすかさず返す。

「監視塔から攻撃できれば一番いいけど、それよりまずどこから来るかを把握したい。北の監視塔には迎撃装置はあるのか?」

「ある。」

 畳みかけるように質問をするヒースだが、団員はすぐに答えた。

「バリスタがあるが、正直けん制ぐらいしかできない。命中率に難ありだからな。」

「分かった。」

 それだけ残し、ヒースは北の監視塔へと駆け出した。

「・・・大した話し合いができなかったな。」

 取り残されたダードに団員が声をかける。

「判断力があるのは良いことだが・・・この広さだぞ?」

 いくら広くない村とはいえ、西の防壁から東の防壁を見る事は出来ないくらいの距離ではある。北の監視塔にいるからと言って、西や東で問題が発生すればすぐに向かう事はできないと思われる。

「そろそろ魔物が接近する。準備をしておいてくれ。」

 団員とダードは顔を見合わせて頷き、武器を握って身構えた。


 北の監視塔にたどり着いたヒースは、監視塔にいたランタ・リネと合流した。

「フィルは東か!?」

「そう!」

 遠くから声をかけるヒースにリネが答えた。

 監視塔の下まで来て、上にいる監視員に大声で尋ねた。

「何か来てるか!?」

 少し間を空けて、監視員から声が返ってきた。

「一匹壁のすぐ上まで来てる!」

『一匹』?嫌な予感がよぎるヒースだが、頭を切り替えるように北に体を向けた。

 少し経って、確かに一匹の飛竜が確認できた。

「ワ、ワイバーン!?」

 リネとランタが驚く。リネはドラゴンパピーくらいだと考えていたのだろうが、ランタはまさか竜が飛んでくるとは思わなかったのだろう。

 なんだ、ワイバーンか。そう思っていると、その後ろに小さな影が見える。

「2匹目がいるか!」

「3匹いる!」

 確認するように叫ぶヒースに、すかさず監視員が返した。

 バリスタが飛んだが、見透かしたようにワイバーンに避けられる。そのワイバーンは、北の監視塔にまっすぐ飛んできている。2匹目と3匹目も北の監視塔を目指すような動きをしていた。ランタは弓を取り出し応戦しようとするが、狙いが定まらなかった。リネも杖こそ取り出しているが、何かと思案しているようだった。

 ヒースがニードルに手をかけたところで、フィルが東からやってきた。

「飛竜!?」

 フィルが驚いた。

「フィル!東の入り口はどうした!?」

「団員が揃ったから、こちらに来るように言われた!」

 そう返答された。

「分かった!ニードルを使う!」

「ニードル!?」

 相手はワイバーンである。ドラゴンパピー程度であれば貫く事も出来ただろうが、ワイバーンの鱗に対しては手傷を与える程度しかできない。良くて翼を貫く、くらいだ。ましてワイバーンの動きは俊敏である。

「バリスタのけん制で下に降りてきた時を狙え!今じゃないはずだ!」

「今使う!」

 ヒースは取り出したニードルを構えて振りかぶった。フィルは呆れたように声を荒げた。

「あの高さと速さだぞ。けん制にすらならない!」

 その言葉には耳を貸さず、ヒースはニードルを投げた。

 すると一匹のワイバーンの腹に命中する。甲高くも情けない鳴き声を上げ、ワイバーンが落下した。

「!?」

 驚きを隠せないフィルに、ヒースが叫ぶ。

「落ちたワイバーンを頼む!」

 一瞬、事態が呑み込めず、「えっ」と声を出してしまう。それにも目をくれず、ヒースは2本目のニードルを構えた。

「わ、分かった!」

 なんとか頭を切り替え、フィルはワイバーンに向かっていった。空にいる分には脅威ではあるが、そもそも通常の竜に比べ鱗が薄いワイバーンは、鋼の剣であれば刃が通る。

 一方でヒースのニードル投擲に驚いていたランタだが、こちらも頭を切り替え、ワイバーンに狙いを付けた弓を、ワイバーンの手前を射るように左下にズラして矢を放った。狙い通りワイバーンは左下に降り、その左目を矢が貫いた。

「やった!」

 もがくワイバーンは次第に速度を落とす。空中を踊るようにもがいている。

「リネ!」

 片目をつぶされた程度では、すぐにまた行動を再開する。この機会を逃す手はなかった。

「分かった!」

 リネが返事をする。そして人差し指と中指の指先に魔力を集中させ、小さな火球をワイバーンにぶつけた。炎上こそしなかったが、左の翼に炎症傷を与える事は出来た。これでは羽ばたくたびに痛みが走り、まともに飛ぶことができない。

 もがくワイバーンの上から、もう一匹のワイバーンが落ちてくる。絡み合った2匹は村の道の上に落ち、互いをのける様にもがいていた。

 落ちてきたワイバーンの首元にはニードルが刺さっていた。ヒースである。

「リネ、魔法を頼む!」

 ヒースは叫びながらワイバーンへと向かい、剣を抜き放った。

「やってるわよ!」

 先ほどより長めに魔力を集中させていたリネは、ワイバーンに狙いを向けるが、ヒースが射線にいるため放つ事ができない。

「ヒース、邪魔!」

「いや、今だ!」

 ランタの声が聞こえた。どうにでもなれ、そんな気持ちでリネは火球を発射する。

 もつれる飛竜の傍までたどり着いたヒースは、右脇に構えていた剣を振り上げるように、下のワイバーンを切りつける。そしてその勢いのまま上のワイバーンまで切りつけると、上後方へと飛びのいた。その傷口に火球が命中すると、傷口が大きく炎上する。鱗は燃えずとも、肉は燃えるのだ。

 ギャッ、ギャッ、ともがき苦しむ声を上げるワイバーンだが、さらにもう一つの火球がぶつかると、ギエーッと長い声を上げ、動かなくなった。

 傷を覆っていた炎は次第に大きくなり、ワイバーンを覆っていった。体内の熱で皮が炎を受け止め始めたのだろう。

「す、すごい・・・」

 もう一匹のワイバーンを倒したフィルが合流する。ワイバーン2匹が折り重なって村の道で炎上しているという図はなかなかお目にかかれない。

「下のワイバーンが道の上に来るのを待ってニードルを投げたから、ちょっと対処が遅れちゃったかな。」

 いやいや・・・とフィルが頭を手を振る。

「ニードルでワイバーンを落とすなんて・・・しかもたった一本で・・・」

 フィルは感嘆している。だが、この戦いはこれで終わりではない。

「空からの魔物は!?」

 ヒースは監視員に叫んだ。

「ない!あとは地上の魔物が東西に分かれてる!」

 手を振りながら監視員が答えた。

「了解した!」

 ヒースも監視員にこたえる。

「あとは地上の魔物だ。俺は西の入り口に行くよ。」

「分かった。それじゃあ僕は東に行く。」

 うん、と頷きあう二人に、リネが叫んだ。

「あたし達はどうするの!?」

 少し考えて、フィルが答える。

「リネはこっち。戦力的に回復が必要になるかもしれない。ランタは監視塔にいて、何かあったら僕に伝えてほしい。」

「分かった。」

 軽くうなずいてランタは監視塔を登り始めた。


 ヒースは西の大扉に向かった。入り口の外で剣戟が聞こえる。

 門番は歯がゆそうな体制でのぞき窓から外の様子を見ていた。ヒースも外を見る。

 魔物自体は多い。だが、自警団が優勢である事は明白であった。特に、ダードの活躍が目覚ましい。さすが、と唸る。これは助けに入らなくても大丈夫そうだった。とはいえ、何もしないわけにもいかなかった。

「外に出る事は出来ないか?」

 門番に尋ねる。

「今はさすがに無理だ。しいて言うなら、門の柵に登って、バリスタでも撃つくらいかな。だが、この乱戦では・・・」

「柵に登れるのか?」

 えっ、と門番が驚く。

「一応、少し北側に行ったところに梯子があるけど・・・」

 ヒースが北側に目を向ける。ここからは見えないが、もう少し北に向かえば見えてくるのだろう。

「ありがとう!」

 そういってヒースは梯子へ向かった。門番はその背中に呆れたような目線を送った。

 しばらく走ると梯子が見えた。その傍までたどり着くと、ヒースは急いで梯子を登っていった。塀の上までたどり着くと、確かにバリスタが並んでいる。だが、今いる場所は入り口からは遠く、バリスタで狙えそうな場所に敵がいない。

 近くに望遠鏡で様子を見ている団員がいた。ヒースは声をかけた。

「戦況はどうだ?」

 団員はビクッとして振り向く。

「す、すまない。」と一言謝り、「どんな感じだ?」と続ける。

「こっちが優勢ではあるけど、決定打にかけるな・・・アンタのお仲間が頑張ってくれるけど、なんせ数がさ・・・」

「負傷した仲間は?」

「さすがに門に入れないからな。仲間の援護を受けながら勝手口から中に戻っている。」

「死者は?」

「まだいない。少なくとも、外側にはいない。」

 それで十分だ。ヒースは軽くうなずいた。

「じゃ、行ってくる。」

「行ってくる?」

 塀の上を大扉側に走っていくヒース。団員は何をしているのか分からなかった。

 大扉にたどり着く前に、戦場の上側にたどり着いた。見ると、コボルトもだがゴブリンもいるようだった。この二者は別種族であるため、一緒に行動する事はあまりない。むしろ縄張り争いをする関係にあるはずである。

 決定打にかけるのは、単純に量の多さだろうか。実際、動きの速いコボルトにも、体が小さいゴブリンにも苦戦しているようである。

 戦場の外側に、戦闘に入るタイミングを伺うコボルトらを見つけた。すかさず、その一隊に向かってヒースは飛びかかった。


 ダードは驚いた。ドサッ、という音とともに、北側からコボルトの悲鳴が聞こえた。少し遠目ではあるが、そのコボルトの悲鳴が聞こえるほど、軽い静寂が発生したのだ。

 見ると、戦場の外側にいるコボルトの一隊の中にヒースがいる。そしてその足元に、2匹のコボルトが横たわっていた。どうやってここに来たのか?東の門から出て、走ってここから来たのか?驚きながら敵の攻撃を受け止めていると、ある団員が叫んだ。

「そ、空から!?」

 2匹のコボルトをクッションにしつつ剣を突き立てるヒースは、突然の空襲に驚く周りのコボルト3匹を一気に切り払った。一瞬で5匹のコボルトを倒したのだ。

「い、いけるぞ!」

 自警団の前線隊長が叫ぶ。コボルト達が怯んだ。明らかに自分達が不利な状況なうえでこの声である。逃げ出すコボルトもいた。

 ダードは逃げるコボルトめがけブーメランを投げつける。一匹仕留める事が出来た。

 全てを倒すことはできなかったが、ある程度の追撃はできた。しばらくは襲撃はないだろうし、あっても対応できるだろう。

「死者は?」

 扉のすぐそばで指揮を執っていた副団長が声を上げる。参加していた前線隊長が「いません!」と叫ぶと、「後方部隊、いません!」「遊撃部隊、いません!」と、声が上がる。今回の戦いではこの3部隊に分かれていたため、死者がいない事になる。

「か、勝ったぞ!!」

 副団長の勝ちどきに、団員達が沸き立った。一緒にヒースも勝ちどきを挙げている。さすが元騎士、こういうノリには慣れている。

 ダードのところに団員が近づき手を掲げられる。ダードはこれを握り返し、勝利を噛みしめた。

 ゆっくりと大扉が開けられる。少数の別部隊と交代する形で、戦闘部隊達が村の中へ入っていく。おそらく、出て行った部隊は後処理をするのだろう。魔道兵もらしきものもいたため、死体は焼却するのだ。

 ヒースは村に帰っていく団員達を見送っていた。団員と一緒に村に入ろうとしていたダードの目に入り、ヒースの下に行く。

「どうした?入らないのか?」

 ヒースにとっては癖のようなものであった。元は騎士団の一部隊を率いていた。撤収時に殿をつとめるのは、部隊の安否を確認する、隊長としての務めであった。

「あ、ああ。そうだな。」

 そんな必要がないと気付き、促されるままに村に戻る。死者がいない終わりというものがこれほど清々しいとは思わなかった。



 ワイバーン3匹で5000フォンはさすがに安いのではないか、とのフィルの提起により、村長に報酬を上げる交渉をすることとなった。

 フィル達としては10000フォンが妥当だと考えていた。ヒースとしては最初に提示されていた5000フォンで良かったんじゃないかと思っていたが、フィル達に任せる事にした。

「い、いや、竜退治である事は伝えていて、それで5000フォンで納得して引き受けたんじゃないのか」

「状況によっては報酬引き上げに同意していただきもしましたよ?」

 焦る村長に対してフィルの顔は至って涼しい。こういう交渉に慣れているのであろう。

「ヒースはどうだ?君だってだいぶ働かされてたんだろ?」

 話を振られる。ヒースとしては交渉は必要ないんじゃないかと思っていたため、少し返答に困った。

「コボルトを完封するきっかけにはなったな。」

 ダードが助け舟を出す。村長としては肩を落とすしかなかった。

「まあ、ワイバーンはあたし達もしっかり関わってたし、やっぱりあたし達チーム分の報酬はきちんともらわないとねぇ」

 ランタが追い打ちをかける。

 両手の手のひらを前に突き出し、勘弁してくれと言わんばかりに手を振る村長から提案が入る。

「わ、分かった。だが10000フォンはさすがに用意できない。」

 ふー、と、一息入れて村長が続ける。

「6000だ。6000なら出せる。」

 えー、とリネが漏らす。

「色々と踏まえても、8000フォンはくだらないのではないでしょうか?」

 相変わらず笑顔を崩さないフィル。

 うーん、と唸る村長。さすがにヒースもいてもたってもいられなくなった。

「なら、間をとって7000フォンならどうだ?」

 一斉にヒースに視線が集まる。若干表情がほころぶ村長に対し、フィル達の表情に変化はない。

「と、うちの新人が言っておりますが、いかがでしょうか?」

「そ、それならなんとか!」

 ああ、これって織り込み済みなのか。報酬値上げに成功したフィルの後ろで呆れた顔をする。

「おい、持ってきてくれ!」

 近くにいたメイドが頭を下げてそそくさと部屋から出ていく。

「さて・・・」

 フィルが切り出す。メイドが帰ってくるまでのつなぎだ。

「夜が明けたらすぐに村を立ちますよ。思ったよりも早く終わりましたし、想定していた期間はそのままゆっくりしておきたいですしね。」

「確かに。」

 ダードが続ける。ヒースとしてはあまり慣れない事をしているのだから、新しい仕事を受けたいところではあったが、致し方ない。

「なら、あたしもう宿に帰っていい?」

 リネが言う。ランタもそれに激しく頷いた。

「良いよ。あとは俺達がやっとくから。」

「え、せっかくですし、お食事でもしていきませんか?」

 と、村長から提案があった。貧しい村ではあるが、こういう申し出は受けた方が良いと、ヒースは思った。

「せっかくですが、あまりそういうもてなしは受けないようにしているんです。」

 えっ、と村長がフィルを見る。ヒースも意外に思った。

 村長の屋敷を出るリネ・ランタを見送りながら、フィルが続けた。

「我々としても仕事で来ていますし、報酬もしっかり頂くわけですから。それよりも、なるべく早めに報告に向かいたいので。」

 そうなると明日は早朝の出発なのだろうか。ヒースは頭を巡らせた。

「そ、そうですか。」

 少し残念そうな村長の後目で、報酬をもったメイドが戻ってきた。

「こちらが報酬です。ご確認ください。」

 フィルは布袋を開けて中を見て、テーブルの上でその中身を並べる。銀貨を10枚ずつ並べ、その塊を7つ作った。確かに7000フォンだ。

「確認いたしました。頂戴いたします。」

 と言っておもむろに銀貨を布袋へ納めていく。

「それから、これを。」

 「依頼完了」の記載とサインが書かれた書類を受け取る。これらの受け渡しが完了した時点で、この取引は完了なのだろう。

「それでは、私達も失礼いたします。」

 フィルは頭を下げる。続いてダード、ヒースも軽く会釈をした。深々と頭を下げる村長を後目に、三人は屋敷を後にした。


「料理、本当に良かったの?」

 と、宿へ向かう道の途中でヒースがフィルに尋ねる。

「依頼前ならともかく、依頼後の料理は気を付けなきゃいけない。毒を盛られる可能性もあるからね。」

 えっ、と驚くヒースは、

「でも、いるか亭を仲介してるんだから、冒険者が戻ってこなかったら問題なんじゃないの?」

 と続けた。

「村が『来なかった』とか『相手に殺された』とか言えば、大した確認をしなくてもごまかす事ができる。今回の件だと、ワイバーン3匹を倒した事で依頼は達成できたけど、続くコボルト戦で死亡した、と言えばそれまでだ。」

「そうなると、村としては仲介料を支払うだけで終わりだからな。」

 ダードが補足をした。そういうこともあるのか、と腑に落ちる。そうなると気になることもあった。

「だとしたら、夜襲を受ける可能性ってないか?」

「そう!」

 さすが!といったように声を上げるフィル。

「つまり、依頼完了後は見張りを立てて休まないといけない、というわけだ。」

 なるほど、とヒースは頷いた。そうなると、やはり新人である自分が見張りに立つのだろう。

 宿につき、扉を開ける。戦う前に座っていた場所と同じテーブルに、リネとランタが座っていた。おかえり、と声をかけるリネにいざなわれるように丸いテーブルを囲む。テーブルには椅子が5つ並んでいるが、隣のテーブルから1脚拝借したようだ。

 メニューを眺めていたら、タイミングを見計らったのかウェイトレスが駆けつけた。

「僕はポトフで。」

「俺はローストビーフとピラフを頼む。」

「ええっと・・・」

 思った以上にフィルやダードの決定が早く、焦ってしまう。流すように見て、何となく目が止まったものを頼むことにした。

「豚肉のポワレとシーザーサラダでお願いします。」

「かしこまりました!」

 ウェイトレスが元気よく返事をする。こういう時は何かにメモをするものだろ思ったが、すべて覚えているのだろうか。

「あ、酒はいらなかったのかな?」

 と、ヒースが言う。

「酒を飲むなら街に戻ってからかな。正直ここじゃあゆっくりできないだろうし・・・」

「ああ、なるほど。」

 フィルの回答にヒースが頷く。

 それにしても村だからか、夕飯時にもかかわらず客は少なかった。そわそわと周りを見渡すヒースに、ランタが声をかける。

「田舎者みたい。」

 どっと笑いが起こる。恥ずかしさで、ヒースは肩をすくめてしまった。

「ヒースは、あまり街から出なかったのか?」

 と、フィル。

 ヒースの父は自警団の前団長である。当初こそ自警団団員を目指したヒースだったが、ハルペリアと隣国である小国・ミルシャとの小競り合いを知り、騎士を目指した。騎士になってからは街から出る事が増えてはいたが、戦場であるため、街から出る、と言う事にはカウントできなかった。初めてではないにしても、ほとんどなかったことである。

「ああ、なるほどね。」

 フィルが納得するように頷く。ダード・リネも興味があるような顔を見せる。ランタは皿に乗ったパスタの残りをフォークでもてあそんでいた。

「でも、だったら尚更、なんで騎士を辞めちゃったのさ。」

 意外にもランタが声をかけてきた。ヒースは少し驚いたように間を空けて

「人と戦うことに嫌気がさしたのさ。」

 と答えた。

「冒険者だって人と戦うよ?山賊だったりとかさ。」

 リネが尋ねる。うーん、とヒースが唸った。

「なんだろうね、山賊だったり盗賊だったり、そう言うのはまだ割り切れるんだよ。」

 ふーん、とフィルが小さく声を漏らす。

「対して、他の国の兵士っていうのは、悪と言うよりは対極の正義なんだ。なんていうか、戦いに殺意はあっても、悪意はないんだ。」

 ダード、リネ、ランタが頭をひねる。フィルは興味を持って耳を傾けていた。

「山賊だったり盗賊だったりを壊滅させたところで、民間人にとっては得しかない。一方で、国の兵士が死ぬことで国が弱体化すれば、民間人に被害が行く可能性がある。戦争っていうのは、そうやって相手を弱体化させる事が目的としては大きい。」

 確かに、とフィルが頷く。

 またタイミングを計ったのか、ウェイトレスが料理を運んできた。ピラフに盛り込まれたガーリック、ポワレで使われたであろうオリーブオイルの香りが食欲を誘う。

 食べようか話そうか迷ったヒースに、リネが食べながら話すよう促す。

 思えば、食べながら何かを話すというのは、騎士団に入ってからあまりなかった。何となく懐かしく感じた。

 ポワレにもガーリックが振られていた。噛むたびにオリーブオイルが肉汁とともに溢れ、ガーリックの香りとともに口の中に広がった。豚肉の味も手伝って、思わず顔がほころんでしまう。

「おいしいね、これ。」

 ポトフを食べているフィルが感想を語る。うむ、と声を漏らし、ダードもローストビーフにがっつく。

 しばらく料理に舌鼓を打つ三人を見て、リネとランタもメニューを開いた。

 ウェイトレスに、リネがガーリックトースト、ランタが豚肉のマリネを注文した。ウェイトレスの背中を見送り、ランタが口を開いた。

「そういえば、ミルシャってハルペリアの属国になったよね?」

「1年くらい前だったかな。」

 と、フィルが続ける。ヒースにとっては、ミルシャとの戦いはある意味決定打であった。


 ミルシャの兵力が大きく低下したきっかけとなった戦いでも、ヒースは部隊を指揮していた。

 遊撃隊であったヒースの部隊は、戦域のスレスレを通りつつ、敵の大将に向かっていった。周りの敵を迎え撃ちつつ戦いの外を駆け抜けたヒースだが、敵を減らすだけではなく、自身の部下達も次々と倒れていった。

 半ば捨てがまり的に仲間を盾にして前に進んでいくヒースは、無我夢中で敵の部隊の長と思われる者を斬り捨てた。

 再び外側に抜けようとしたヒースだが、敵の動きが遅くなった事に気付く。次々と周りの敵が武器を落とし、降伏の意思を示した。

 次第に気持ちが落ち着くと、「将軍が戦死した!」と立て続けに叫ぶ声が聞こえた。ヒースは声を上げ、敵に降伏を、味方に戦闘中止を促した。

 ヒースが斬ったのは、ミルシャの参謀であったモルド将軍であった。ハルペリアにとっては小競り合いだったが、参謀自ら前線に出てくるほどミルシャは追い詰められていた。

 そして、その参謀が戦死した事で、ミルシャは国としての降伏を決定したのだ。

 ハルペリアの属国となったミルシャの扱いは、当初あまりに酷いものであった。

 ミルシャとの戦いから3ヶ月ほど経ってから、ミルシャへの視察団から報告が入る。それは、ミルシャを植民地にすべく送り込んだハルペリアの制圧部隊による、ミルシャへの非道たる扱いであった。

 ミルシャ首都の中心となる城を根城としたこの部隊は、半ば戒厳令のように街を支配した。気分次第で男は殺され、女は凌辱されるという事態を街中で耳にした視察団は部隊に事の真意を尋ねるが、当然の権利とでも言わんばかりの態度をとられたばかりか、本国へ報告すると伝えると口封じとばかりに視察団への攻撃を開始したため、命からがら逃亡してきたのだ。

 制圧部隊の討伐を任されたのがヒースであった。ヒースの下には事態を重く見た志願者達が集まり、ミルシャの首都解放が行われた。それはかつての仲間を斬るという、あまりに報われない戦いであった。

 ミルシャの首都を解放し、新たに穏健派の部隊がミルシャ監視の任に着き、戦後処理や街の復興が加速したものの、彼らに対する風当たりは強く、それから半年の間に部隊長が4度にわたって代わっていった。現在の部隊長になり、ようやくミルシャ内での信頼を勝ち取るに至ったものの、過去に三人の部隊長が退役、一人は半ば廃人となってしまった事で、決して大きくない傷跡が残っていた。


 ヒースが苦虫を噛み潰した様な顔をしていると、リネが思わずつぶやく。

「ごめん。」

「あ、いや・・・」

 謝らせるつもりはなかったが、過去を思い出しすぎてしまった。こちらが申し訳ないとさえ思った。

「ミルシャは今はハルペリアと友好的な関係が気付けている。終戦から1年でここまで持ってこれたのは良い事だ。そう思うしかないかな。」

 フォローをしたつもりだが、雰囲気はあまりよくならなかった。

「そ、そうだ。俺の話は良いんだ。」

 と、自分を取り繕うように言葉をはさむ。

「みんなの事を聞かせてくれよ。どういった経緯で冒険者になったんだ?」

「そう言うのは気軽に聞くもんじゃない、とは思ったけど・・・」

 そう言って、フィルが一息つく。

「こっちはヒースの過去について色々考察できちゃうからね。フェアじゃない。」

 うんうん、とダードが頷く。

「リネは没落貴族だっけ?」

 ランタがニヤニヤしながらリネに言う。

「そ・・・そうよ!一家離散で、14歳で独り身になったのよ・・・」

 むくれた顔でリネが言う。

「没落貴族か・・・ハルペリアでも最近増えたんだよなぁ。」

 水を一口飲んで、ヒースが続ける。

「魔物が増えたせいで、事業が立ちいかなくなった貴族が増えたらしい。貴族納税が出来なくなったらしいな。」

「貴族納税?」

 フィルが反応する。

「他の国は分からないけど、ハルペリアだと一定以上かつ一定割合以上の納税があると、貴族階級の称号がもらえる。そこから、城であったり、宮殿であったりの行事に参加できるようになるんだ。」

 へー、と珍しくランタが興味を持っている。

「ボーロとかは貴族いないんだっけ。」

 ランタがフィルに尋ねる。

「貴族という概念はないけど、あそこは専制王制だからね。王の親族を眷属と呼んで徴用してるよ。平民から上に立った人は眷属の配下になって、その庇護の元で暮らしてる。あとは奴隷みたいなもんさ。」

 そう答えるランタに、ダードが疑問を口にした。

「王族が代わる事はないのか?」

「今のところはないかな。」

 ランタがすぐに答える。すかさずフィルが続けた。

「今は?」

「過去にはあったんだよ。今の王族は4代目。ただし平和的に交代することはないから、内紛が発生する事になる。」

 へー、という声を聴いてさらに続ける。

「ちなみに平民が王位を獲ったことはない。単純に戦力が整わないしね。」

 ヒース、フィル、ダードは興味を持って聞いているが、リネは興味なさげに紅茶をすすった。

「ダードはブロア出身だっけ。」

 と、フィルが話を振った。

 ブロアは海沿いにある村だが、漁業で栄えたため漁港が立ち並んでおり、土地面積自体は街より広い。その一角にある村が、ダードの故郷である。

「そう。けど、俺は漁業は嫌いだった。大きな魚なら歯ごたえがあるが、小さな魚では役不足だ。だから陸の狩猟をし始めたが、狩猟数に制限がある。」

 ずいぶんと血生臭い理由に、一同が引き気味になっていた。だが、ダードは涼しい顔をしている。フィルが聞いた。

「なら、村の周りで魔物狩りをすればよかったんじゃないのか?」

「それはそうなんだが」

 一呼吸おいて

「しばらく狩っていたら、魔物が場所を移動したみたいで・・・」

 一同が呆れてしまう。そのまま村に残れば、英雄にでもなったろうに・・・

 フィルに話を振ろうとしたヒースだが、フィルが口を開いた。

「そろそろ休もうか。まずはヒースとランタで見張りをしてくれ。蠟が消えそうになった辺りで僕が代わるよ。」

 はーい、と返事をしてリネが食器をまとめ、ランタはそのまま席を立った。ダードは水を飲み干し、固まった軽く体をひねってから席を立つ。フィルはウェイトレスのところへ行き、勘定を済ましていた。

 ヒースは席を立ち、戻ってきたフィルに声をかけた。

「勘定もまとめるのか?」

「時と場合によるかな。今回に関しては夜も深まりそうだし、早いところ部屋に戻りたかったしね。」

 なるほど、と納得した。フィルに続いて部屋へ向かう。

 部屋に戻ると、軽く明日の段取りをして、ヒースとランタを残して三人はすぐに寝てしまった。

 ランタは木の錠前を複数取り出し、解錠の練習を始めた。ランタの手元をヒースが見ていると、「やってみる?」と、一つの錠前と予備のピッキングツールを手渡してきた。使い方を簡単に教わり、解錠を試みる。なかなかできるものではない。見る見るうちにランタが解錠をこなしていった。

「すごいな。そんなに早く解錠できない。」

「慣れだよ、慣れ。」

 ほくそ笑みながら次の錠前に手を開け始めた。

「これって売ってるものなの?」

「表立っては売ってないけどね。冒険者向けの店とか、スラムとかでも買えるかも。」

 と言いつつもう一つを開けた。さすがに早い。

 結局ヒースが解錠するまでに、ランタは50回は解錠を成功させていた。自分の不器用さが嫌になってくる。

「興味あるなら、それあげるよ。冒険者なら解錠を覚えておいた方が良いからね。」

 そういって、寝ている三人に目を向けた。

「こいつらは覚える気が全くないから、あたしがやらなきゃいけないけどね。」

 ヒースは、はぁ・・・と気のない声を漏らした。

「じゃあ、ありがたくもらおうかな。ありがとう。」

 と、礼を言う。そして再び施錠し、解錠を始める事にした。


 ―翌日の朝、再度村長の家に赴いたが、まだ村長は起きておらず、使用人が対応した為、このまま村を発つ事を伝えた。

 村を出ると、ヒースは改めて門を眺めてみた。ここまでしなければいけないのか・・・と、自身の勉強不足を悔いていた。

 やはり復路も歩きであった。朝からという事もあってかこれと言って文句もなく、向かってくる野犬らを迎え撃ちつつ談笑しながらの帰還となった。

 街に戻り、いるか亭の亭主に仕事の完了を伝えて証明書を提出する。証明書を眺めながら、亭主はうんうんと満足そうだ。

 ヒースは宿舎に戻り、荷物を置いてレザーアーマーに着替えた。考えてもみれば、自身の実力を誇示する為に新しい鎧を着て行ったが、目立ってしまっていた。これからは依頼に向かう時以外はレザーアーマーを着ておこう。

 再びいるか亭に戻る。フィル達はカウンターから少し離れた場所で座っていた。

「あれ、ランタは?」

 席に座りながらヒースが尋ねる。

「盗賊ギルドに行ってるよ。大きめの金が入るから、装備を新調したいらしい。」

 フィルが答えた。

「サイズ確認で時間かかるだろうし、もう呑み始めてるってわけ。」

 リネが続けた。それなら、という事でヒースもビールを頼んだ。しばらくしてビールが運ばれてくる。フィル達も改めて乾杯を交わした。

「ヒースはビールばかりだな。他の酒は飲まないのか?」

 と、フィルが尋ねる。

「うーん、ぶどう酒は飲んだことあるけど、正直苦手なんだよなぁ。」

「りんご酒とか?」

「ほかの果物は飲んだことないねぇ。」

 リネの問いに答える。

「飲んでみなよぉ。つまみの幅も広がるよ?」

 予備のグラスに、リネが飲みかけのりんご酒を少しだけ注いだ。グラスを軽く振って、ヒースに渡した。

「・・・なんで果汁酒って振るんだろうね?」

 さあ?とフィルが答えて笑った。

 ヒースはりんご酒を飲んでみた。ぶどう酒とは違い、甘さが強く飲みやすい。

「りんご酒・・・俺は苦手だ」

 ダードが言った。確かに辛めの肉料理を好むダードにとっては、ビールくらいの刺激がちょうど良いのだろう。

「さて・・・報酬についてだけど・・・」

 と、フィルが切り出す。

「え、今話すの?」

 と、リネが返した。

「ヒースは今回が冒険者としての初仕事だからね。色々と教えておかなきゃいけない。」

 として、銀貨を7枚取り出した。

「もらった銀貨は7枚。」

「え?でも・・・」

 リネが「しーっ」と唇に指を添える。フィルが説明をつづけた。

「俺達は5人だから、一人1枚ずつ。残りの2枚はパーティの資金として保管する。」

 そうか、本来の数を口に出せば他の冒険者に狙われる。少ない数を見せる事で、本来の報酬を隠匿したのだろう。

「分かった。銀貨1枚で手を打とう。」

「ありがとう。」

 と、提示された銀貨1枚を受け取った。


 ―それからどうなったのかは覚えていない。よほど楽しかったのか、目覚めると宿舎の部屋であった。うーん・・・と体を伸ばし、抱いていた剣を離す。

 ベッドから降り、ぼーっと部屋を眺める何やら違和感を覚えた。さらに頭を振り、部屋の中を見渡す。急激に目が覚めて行った。

 鎧がない。間違いなく昨日、部屋のスタンドに飾ったはずだった。

 盗賊が入った?だとしたらなぜ自分の部屋に?ましてや兵舎を狙うなど、よほどの腕を持つ盗賊か。

 他にも盗まれたものはないかと部屋をひっくり返すように探し回った。財布は残っていたが、銀行手形がない。騎士団の銀行であるため利用できないとは思われるが、手形の再発行にはひと月近く時間がかかる。だが、この部屋を引き払うまでに1週間もない。そんな資金は手持ちにはない。

 そうなると頼りは銀貨10枚か・・・そう考えていると、荒々しく扉が開け放たれた。

「何者だ!」

 部屋に入ってきたのは、隣人であるリードと、男女の屋内衛兵二人である。ヒースを見たリードは面食らった。

「え・・・ヒース!?」

 驚きたいのはこっちだ。ヒースはそう思った。だが、リードの次の言葉にヒースは耳を疑った。

「お前、朝に酒場に行ったんじゃないのか?」

 リードは構えた剣を収めながらヒースに尋ねた。衛兵は剣を収めはしないものの、剣先を降ろした。

「いや、今の今まで寝てたけど・・・どういう事?」

 すると今度は男性衛兵が答えた。

「門の衛兵が、ヒース殿が出ていくのを見ております。薄暗くはありましたがあの特徴的な鎧ですので、間違いないかと・・・」

 なるほど、盗賊は鎧を着て出て行ったのか・・・合点がいった。それをリードらに伝えると、そういう事か・・・と納得してくれた。念のため衛兵が部屋に入り、現場検証に当たる。しばらくは部屋に立ち入り禁止となるため、必要なものだけを持って兵舎を出るにあたり、財布を持って中を確認する。ない。

「どうされました?」焦って財布を漁っていると、女性衛兵が声をかけてきた。

「ないんです。冒険者の証明タグ・・・の代わりの用紙。」

 女性衛兵が財布を除き見るが、確かに銀貨1枚と銅貨が複数しか入っていない。それはそれでどうかと思わなくもないが、それ以上の死活問題があるのだろう。財布を机に置いて引き出しを開きだした。

 男性衛兵が止めたため捜索をやめたが、どうやらタグの代用は見つからないらしい。

 結局落胆しながらヒースは部屋を出て、いるか亭へ向かった。


「おお、おはよう。今日からまた一人だな。」

 ヒースに声をかけてくる亭主だが、気になる言葉があった。

「え、一人?」

 確かに、正式にフィル達のパーティには入っていない。だが、一人になるという話は初耳だ。もしや、昨日酔った時に話をしていた?聞いてはみたが、そのような話はしていなかったと亭主が返す。

「そ、それより!」

 とヒースが話を変える。

「証明タグの代用が盗まれてしまって・・・」

「ああ、タグは完成してるぞ。持っていけ。」

 と、タグを受け取る。

「ありがとうございます。」

 ふう、とタグをさする。

「しかし、騎士団に盗賊か・・・ずいぶんと肝が座ったヤツがいたもんだな。」

 と、コーヒーを淹れながら言う。

「そうだ、フィル達は来ましたか?」

「は?」

 亭主が聞き返した。

「朝に来たよ。完了証明を置いてそのまま街を出て行った。ヒースにはすでに話してると思ったが・・・」

 ヒースは唖然とした。

「ま、銀10枚ならしばらくゆっくりできるだろう。」

「そう、残り9枚。預かってませんか?」

「は!?」

 さらに大きな声で聞き返してきた。

「いやいや、すでに分け終わったはずじゃないのか?こっちは何も預かっちゃいないぞ。」

「えぇ・・・」

 ヒースは肩を落とした。それを見て亭主が勘付いた。

「なるほど、カラスか・・・」

「カラス?」

 黒い鳥を思い浮かべたが、違う意味なのだろう。

「国の外の冒険者にな、たまにいるのさ。金になりそうな冒険者を仲間にして、金が出来たらそのまま見捨てる、みたいなヤツら。」

 なるほど、隙を見て相手の取り分をかっさらっていく様が、鳥のカラスを想起させているのか。

「その標的に、俺がされた・・・?」

 だろうな、と言い、亭主は軽くため息をした。

「まったく、あれだけ真摯に仕事をしていたから、すっかり信用しちまった。」

「マジか・・・困る・・・」

 ヒースはうなだれた。

「兵舎出なきゃいけないのに、どれだけ金がかかるんだって話ですよ・・・」

「え、貯金はないのか?」

「あるんですが・・・」

 手形も盗まれたことを伝えた。騎士団銀行専用であるため引き出しはできないだろうが、再発行までにひと月は必要である事を鑑みれば、引っ越しの費用を出すには程遠い。

「まあ・・・気を落とすなって。こっちにも落ち度があったんだ、空いてる部屋を用意するから、しばらくはそこを使ってくれ。」

「ありがとうございます・・・」

 力なく声を出した。

「ついでだ、今日は好きなもの食ってくれ。奢るから。」

「ありがとうございます・・・」

 こりゃダメだ。亭主はため息をついた。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 本作は、フリーゲーム・カードワースから着想を得ており、宿の亭主とウェイトレスという構図、パーティの人数、街から村への往復などは、カードワースを基にしております。 

 今後、仲間が増えたり、他の冒険者・町村に焦点を当てて行こうと思っておりますので、次回もよろしくお願いします。

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