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ストライキ

作者: 雉白書屋

 秋。夏の暑さがしぶとく残っているものの快適な時期……なのは外での話。

 満員電車。帰宅ラッシュ時だ。仕方のないこととはいえ早く次の駅へ、と思っていたところ、機械的な女の声の車内アナウンスが流れるとほぼ同時に電車が急停車した。

 おいおいまさか嘘だろ……と車両内に絶望的な空気が漂う中、今度は車掌のアナウンスが入った。


『えー、お客様にお伝えします。えー、ただいまストライキ、ストライキが敢行されました。全列車にてストライキが敢行されました』


 わっと沸く車両内。俺はまたかと思った。


『えー、なので当列車は通常運行しますが乗車賃は頂きません。

改札の電源は落としているので、そのまま素通りでどうぞ。

なお、駅構内の売店もストライキを敢行中とのことです。ではまもなく発車いたしまーす。次の駅まであと五分ほどです』


 あー、と残念がる車両内。五分もしないうちに売店の商品は空になっているだろう。


 電車が駅に到着し、ドアが開くと俺も含め、乗客その全員が鮭の遡上のように階段を駆け上がった。

 しかし、やはり予想通り、売店はすでに空。商品は持ち去られた後だった。こうなっては俺に大した得はない。運賃がタダと言っても定期券なので恩恵にあずかれないのだ。

 

 ストライキ。なぜか月末の金曜日に多いこの騒ぎは、その昔は労働者の権利とされていながらも関係のない一般客からすればただの業務放棄。迷惑だと煙たがられていたのだが、いつからか一般客には影響ないよう配慮、むしろ得とわかると諸手を挙げて歓迎の世の中になった。

 先程の電車のように線路の真ん中に置き去りにはしないが運賃は取らない。つまり会社を儲けさせないという抗議方法に変わったのだ。売店もタダ。好きなだけ持って行っていい。労働環境の改善、要求が通るまでは、と。代引きの宅配便もタダ。なので月末の金曜日を狙い注文しておく。

 駅前ビルの上部に設置されているモニターではニュース番組がやっているが、アナウンサーがストライキを起こしたのか、偉そうな見た目の恐らくはテレビ局上層部が代役を務めているのだろう、汗をかき、しどろもどろで原稿を読み上げている。

 駅近くのチェーンの牛丼屋では店員がカウンターの上で堂々と寝ており、客が好きなだけ丼に米と牛肉を盛っている。その隣のチェーンの居酒屋からは楽し気な、やや針の振り切れたような歌声。あそこも全品タダなのだろう。ストライキ敢行中の店はどこもかしこも満員御礼。アルバイトのコマーシャルのように店員も客も関係なく皆が肩を組んで歌い、アットホームな空気。

 ……そう、ホーム。帰る家庭がある俺は、あれに加わるわけにはいかない。

 会社を出た直後にスマホに送られてきた妻からのメッセージに従い、牛乳と明日の朝食のバナナとヨーグルトを買いにスーパーに行く。

 大型店でここはもしかしたら、まだ商品が残っているのでは……と期待したものの、そもそもここはストライキをやっていなかった。

 店長らしき眼鏡をかけた小太りの男が「いやぁうちは満足してますのでね」といった顔をしている。

 教師がストライキし、校長が体育館で生徒を一手に纏め授業を。銀行員がストライキし、頭取が忙しさに口から小銭吐き出して応対を。時間も場所も様々なのだ。


 そして……


「なにしてたのよ! 遅いじゃないの! え? 明日の朝のものだから別にいいだろって?

牛乳は今飲むのよ! 健康のためにね! あーもうストレスで体がどうかなりそうよ!

……なによその顔! 何か文句あるの!? いいから早く皿洗いとお風呂掃除!

ほら、ダッシュダッシュ! 今、テレビがいいところなのよ!

あっはっはっは! このオジサン、ニュースもまともに読めないなんてやっぱり男は駄目駄目ね!」


 うちは年中、妻がストライキ中である。

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