第1話 目覚め。ここどこ。
ひとつ言わせてくれ。
俺なんで生きてんの?
目が覚めたら、消毒液の匂いプンプンな病室でもフワフワ雲の上の天国でも禍々しく恐ろしい地獄でもなかった。
天井には木製のおしゃれなファンが優雅に回っているし、テーブルの上には美味そうな焼菓子。少しお高めの宿屋っぽい所に居た。
もう一度言わせてくれ。なんで俺は生きてる上にこんなトコに入れられてんだ。まぁ起きたら薄暗い牢獄でしたーに比べたら断然マシ、というか比べたらいけない程ここが快適なワケだが。
まだ少しここでゆっくりできるなら深く考えたい。俺がここに居てゴリゴリ生きてる理由を。
とりあえず、俺がちゃんと鮮明に覚えている記憶と言ったら……ああそう、アレだ。
事故死してしまった。
ゲーセンの帰りに、電車で起きた事故。あれで俺はわずか16の生涯に幕を閉じたと思っていた。
その後は乗客や運転手さん達全員が運ばれ、俺は処置室で医者の声を聴いた。
『出血量が多い。輸血も間に合わない』
ま、当然だよな。全身が冷蔵庫に入れられたかと思う程体は冷えてたし、何より乗客がそこそこ多かったモンだから、追いつけなかったんだろうなぁと。
一応緊急治療室には運ばれたけど、そこからの記憶が全然無いから、病院では死亡扱いになってると思える。
そして数分前目が覚めたらこんなトコにワープしていたという。さらに怪我の痕は最初から怪我なんかしていなかったと言うように、消えていた。
よくよく考えたら生きててよかったと思える。
だってまだあの曲フルコンボしてないし、実力測定モードではピタリ落ちで限りなく合格に近かったから、ここで人生終わらなくてよかった。
そういえば電車内で譜面の研究してた途中だったなぁ。あの地帯嫌いだから、攻略しないと。あんな事故だったからスマホ大丈夫だろうか……
……無い。スマホはおろか、外出先では肌身離さず背負っていたリュックも消えている。嘘だろ。
流石にこれは全身冷や汗噴き出し案件なのだが? スマホが無いとか現代を生きてる人間のにとっては命まるっと奪われる同等に致命的なんだぞ(やや誇張し過ぎかもしれないが)?
連絡も取れないだけではなく、暇潰しすら困難になってしまう。こんな宿屋の中で何をしろってんだ。
しかも部屋にはテレビも無いしラジオも無い。俺こんな場所嫌だ。
生活必需品を取り上げられよくわからない場所に飛ばされてしまった。なんということか……。いつものクセでポケットからスマホを出そうとするも無いし、家族と連絡が取れないのはマジでキツいんだよ。そう考えてしまえばやっぱりここはあの世じゃないかと思う。
「誰かぁ……居るなら返事してくれぇ……」
我ながら死ぬほどへにゃへにゃした声で助けを求めたが、やはり聞こえるのは時計の針が進む音と外から微かな鳥のさえずりだけ。もう泣いていいかな。
嗚呼、音ゲーしたい。
時間が経てばいつものような事を考えてしまいそうになる。そんな事考えていたら更にやりたくなるから我慢しないといけないけど、口癖になってしまっているからどうしようもない。この宿屋にゲームコーナーってあったらいいなぁ。デカいホテルとかの敷地内にある的なヤツ。絶対無いが。
だってまだこの曲フルコンボしてないし、挑戦モードはギリギリで不合格だったし、やり残しが沢山あってそれが走馬灯の様に頭の中で再生されていった。あとは単純に死の恐怖。
それがこう、復活して生きてる事になったからまぁよかったよ。たった16の人生をここでひどい終わらせ方したくないから。
こんな世界(?)に行ってしまったが、ここで新たな生活をスタートするのも悪くない気がする。まだこの世界(?)については全然わからないけどなんとかやってけるだろう。
まさか自分が死んでから知らない世界に飛ばされる身になるとは思ってもいなかったしラノベの中の架空かと考えていたから、純粋に驚いてもいる。
何らかのチートスキル手に入れて無双できたり、よくある美女ハーレムモテモテとかがいい例な気がする。しょーじき両方どうでもいいけど。
俺はもう、生きてて音ゲーするのが生き甲斐……
「マイタ、起きたの?」
びっくりした。すさまじい勢いでドアが開けられたからゲロと混じって心臓が口から出そうになってしまった。
ノックくらいしてくれよ。
「よかった。もう起きたんだ」
そう言って部屋にズカズカと入り込むのは、薄ピンクのミニスカートに赤の短いマント。栗色の明るい髪をサイドテールに結んでいる俺と同い年くらいの女の人だ。
いやすんません、マジ誰すか。
「あんな怪我負って、もう傷がなくなるとかすごいな。今回の回復薬そんなに強かったかしら? ……って、おはようの一言くらい頂戴よ」
「な、何で知らない人におはようとか言わなきゃいけないんです!?」
「はぁ!?!?!?!?」
声でかすぎ。危うくまた心臓が口からゲロと以下略になりそうだった。ていうか理不尽だろマジで俺この人知らないんだぞ。知らない人に挨拶とか、アルティメットコミュ障星人の俺になんて拷問だ。普通の人でもあんましたくないだろう見ず知らずの他人に挨拶とか。
小学生の頃の挨拶第一日本一的な謎教育思い出したなぁ……懐い。
「あんた…………もしかして……」
数秒の沈黙の後、女の人は口を開いた。
「頭まで怪我しちゃったの!?」
確かに、あんな大規模な電車事故だったからあながち間違ってないかもしれない。ここは正直に答えよう。
「打ったかもしれません……」
「ん……確かにあんな広範囲攻撃……嫌な予感はしてたけどやっぱり……」
「ちょっと待て、攻撃とは何」
「ヴィストワの高電力のレーザー光線。それをガチガチに受けてたじゃないの」
ヴィっ、ヴィストワ? 高電力うんたらかんたら? RPGかよ何なんだ本当に。
たった彼女の一言で脳内がハテナマークぎちぎち詰め込みセットと化してしまった。そんな俺の反応を見て、彼女はさらに深刻そうな表情を浮かべる。ちょっと見てて申し訳なくなるからやめてください。
「そんな……打ち所が悪すぎたの? まるでここに初めて来て私にも初めて会ったみたいになって」
「初めて会いました」
「即答しないでちょっとの否定くらいして」
なんかすんません。でも全然わかんないんですよ、マジで。あと初対面の人とこんな至近距離なのすげえ怖いから……。そのせいで余計どもってしまうのもあるかもしれない。
とりあえず状況を頭の中でまとめた。まとめられたと言えるのか微妙にチグハグしてしまっているかもだけど。
・何かしらのせいで怪我してここで寝ていた。
・ヴィストワとかいうバケモン? モンスター? の所為だとかなんだとか。
・この女の人とは顔見知り。
一応こうなったが、ただまとめてだけ。本来は意味とか全然わからないし。
彼女に詳しく聞いてみるか? なんか申し訳ないしちょっと怖い。でも聞かなかったらそれはそれで大変な事になってしまう……聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だぞ、俺。
「あの……俺、やっぱり思い出せなくて。何か聞いてもいいですか」
「勿論。あんたが記憶取り戻すまでなんだって聞いて」
「ありがとうございます。貴方の名前は……」
「私はミティア。メンバーの名前まで忘れたのは致命的ね……」
そう言ってミティアは残念そうに小さく苦笑した。
それでも彼女は、全然わからない俺に少しの事を教えてくれたのだ。
「マイタは私達の冒険メンバーの一員。言ってしまえば悪いけど、打たれ弱くてね。結構怪我とかしやすかったのよね」
まぁまぁ傷つくな……。だから今回もその貧弱さの所為で怪我してしまったのか。実際のところかなりどんくさかった。
「あと回復も遅いから、まだゆっくりしなさいよ。一週間後には戻ってきてくれたら嬉しいわ」
それだけ言って、ミティアは部屋を出て行った。
俺は本当にここでやっていけるのだろうか。
この日までは、不安だらけだった。