父の研究とは
彩華ちゃんのお見舞いから帰った後、遥香ママに。
「ねえママ。お父さんって、何の研究をしていたの?」
「詳しい内容は聞いていないの。ただ、亡くなる前に悩んでいたことは知ってたわ。」
「なんで悩んでいたの?」
「詳しくは教えてくれなかったのだけど、神の領域に踏み込んでしまったと、言っていたわ。」
お母さんも詳しく聞いていなかったのだと、それほどお父さんの研究は秘密にする必要があったのかもしれません。
それにしても、途中経過くらい言ってくれてもよかったのにと、少し残念な気持ちでした。
夕食後、父の書斎に入り、いつものように書庫を調べましたが、やはり父の日記や書類は見当たりませんでした。
父の机の引き出しはさすがに気が引けて今まで開くことがなかったのですが、今日はドキドキしながら開いてみることにしました。
しかし、残念なことに、日記や研究資料は見つかりませんでしたが、数枚の走り書きが見つかりました。
①DNA自動修復細胞
②テロメア無限再生
③細胞分裂エラー保護
この三つのメモが見つかったけれど、何のことか全然わかりませんでした。
いいえ、少しは遺伝子のこと勉強してるからある程度の仮説は立てました。
『これって、細胞の老化現象にかかわることよね。』
①番はDNAが分裂時に破損することがあるけれど、それを修復する細胞が見つかったということなのかしら?
②番は染色体が細胞分裂時に短くなっていくため、細胞が劣化するけれど、これを無限に再生できるということなのかしら?
③これは①番に通ずることだけれど、そもそも分裂時のエラーを保護することができるということかしら?
これって、すべて細胞の劣化、いわゆる不老に関する研究内容だわ。
お父さんは不老に関する研究をしていたのかしら。
いいえ、そんな恐ろしいことを考えるはずわないわ。
もともとは病気や怪我を遺伝子の観点から治せないか研究していたはずよね。
その副産物として不老になることが分かったとしたら、お母さまが言っていた『神の領域に踏み込んでしまった』と、言ったお父様の悩みがうなずけるわね。
そこで私はあることに気付きました。この研究内容のモルモットとして、私と星蘭ちゃんが処置されたとしたら。
「まさか、不老になってしまったの?」
思わず声を出してしまいました。
階下から遥香ママが。
「紗夢ちゃん、突然大声を出して、どうしたの?」
やだ、お母さまにも聞こえてた。
「ううん、何でもない。研究書の内容にびっくりしただけ。」
と、とっさに嘘をついてしまいました。
ごめんね、ママ、このことを正直に言うことは、今はできないの。
とりあえず、週末になったらこのことを星蘭ちゃんに相談してみようと、心に決めました。
しばらくたっても何も目新しいものが見つからなかったので、今日はここまでにして自分の部屋に戻り、学校の勉強をすることにしました。
『頑張らないと、置いてけぼりにされちゃうものね。』
そう思いながら、机に向かって夜遅くまで教科書と格闘しました。
夢の中で、将来の同窓会で、みんなが年老いているのに、私だけ高校生のままな見た目で、みんなから「あなた誰?」と言われて悲しくなって会場から逃げ出したところで目が覚めました。
『いやな夢を見てしまったわ。でも、将来正夢になってしまうかもしれないわね。』
重い体をベッドから起き出して、制服に着替えて、朝食を食べに階下へと向かいました。
「紗夢ちゃん、どうしたの?昨夜遅くまで起きてたから寝不足じゃない?」
遥香ママが、そう言って心配そうに私の顔を覗き込みました。
「うん、少し勉強頑張りすぎたかもしれないわ。」
「遅れを取り戻すのも大事だけれど、あなたの体の方が大切なのだから、もう少し早く寝るようにしなさい。」
「はい、そうする。ありがとう、ママ。」
本当は悪夢を見たことを言えないから、また嘘をついてしまったわ。最近、嘘をつくことが増えている自分を戒めました。
少し寝不足な体を引きずるように学校に向かいました。それでも、交差点やちょっとしたすれ違いにはいつも通り気を付けていました。
学校ではクラスのみんなが、私を見て驚いていました。
『私って、そんなに弱って見えてるのかな。』
確かに寝不足だけれど、少し心配になり、トイレの洗面所にある鏡を覗き込んだら、目にクマができていました。
あ~、家でちゃんと目のクマを消しておけばよかったと、反省しきりでした。
皆には、
「大丈夫よ、昨夜ちょっと遅くまで勉強したから寝不足なだけなの。」
「保健室で休んできたら。」
そうアドバイスをくれましたが。
「それでは、遅くまで勉強した意味がなくなるから今日は頑張るわ。その代わり、今晩は少し早く寝ることにするわ。」
「わかったわ、でも無理しちゃだめよ。」
そう言ってクラスのみんなが心配してくれるのに、本当に感謝しました。
今どき、蹴落とすことしか考えていない人が多いようにニュースで流れているけれど、少なくともこのクラスはそんなことがなくて助かってます。
でも、父の件もあるから、世の中には一定数いるのは事実なのだと、改めて自分に言い聞かせました。
人を疑うのはいい気持ちしないけれど、油断していると私たちの人生そのものが危険にさらされることもあるのだからと考えていると。
「どうしたの?ボーとして。やはり体がだるいの。」
また、クラスの友達に心配かけてしまったわ。
「いいえ、ちょっと考え事してたの。もう大丈夫よ。」
少し作り笑いになったかもしれないけれど、今は寝不足が顔に出ているから大丈夫よね。
そう思いながら、席について授業を受けました。
やっと放課後になり、先生に今日は寝不足なので、補習は辞退しますと断り、帰宅することにしました。
家に帰ると、遥香ママが。
「おかえりなさい、今日は早かったのね。」
「ええ、少し寝不足なので、補習辞退して帰ってきたの。」
「やっぱり無理してたのね、今日は早く寝なさい。」
「はい、夕食後お風呂に入ったら、今日は早く寝るね。」
今日は早いけれど、明日の予習を軽くしただけでベッドにもぐりこみました。
昨夜は悪夢にうなされることなく眠れたので、今日の目覚めは昨日と異なり実に晴れやかでした。
学校へ行く準備をしてから階下に降りて。
「お母さん、おはよう。」
「おはよう、あら今日は元気そうね、よく眠れたのね。よかったわ。」
「ありがとう、昨夜は早く寝たからね。」
「もう根詰めて夜遅くまで勉強しないのよ。」
「はい、今後気を付けます。」
「朝ごはん食べていくでしょう。今日はお肉を奮発したのよ。」
「わ~い。お母さんありがとう。」
そう言って、朝食を夢中で食べました。
「あなた、明日の土曜日、本城さんのお見舞いに行くの。」
「いいえ、明日は先生が補習してくださるので、日曜日に行く予定よ。」
「そうなの?一緒にお買いものに行こうと思ったのだけれど、また来週ね。」
「ごめんね。来週は必ず行けるようにするから。」
「いいのよ、あなた最近大きくなったからお洋服新調しようかと思ったの。」
「え?身長伸びてないと思うのだけれど。」
「身長ではなくてね、女性らしくなってきたというか。・・・わかるでしょう。」
「私はなるほどと理解しました。これも副作用かしら。確かに最近少し丸みがついてきたことに気付いていました。」
「私ももうすぐ十七歳になるからかしら。」
「まだ三か月も先よでも、今年の誕生パーティーどうしようかしら。」
「気が早いのね。」
「星蘭ちゃんも十一月が誕生日だから、一緒にお祝いしようかしら。」
「一か月違うから、どうかしら。」
「一度、姫野さんと相談してみるわ。」
そうやり取りしながら、朝食を終えた後、身なりを整えるために洗面所に向かいました。
先日、身なりを怠ったせいで、辛い目にあったので、今日は気をつけようと自分に言い聞かせました。
「よし、今日は大丈夫。」
そう言って玄関に向かいました。
「お母さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
私は、学校に向かうために家を出ました。
学校へ向かう途中、明日の補習が終わった後、星蘭ちゃんに会って、先日見つけたメモのことを話すことを考えていました。そのとき、後ろから声が聞こえました。
「紗夢ちゃん、ボーとしてると危ないわよ。」
驚いて振り返ると、星蘭ちゃんがそこに立っていました。
「ありがとう、危ない危ない。通学中は考えごとをしてはいけないんだけど、つい。」
「何を考えてたの?」
「実はね、先日、お父さんの書斎で数枚のメモを見つけたの。そのメモのことを、明日星蘭ちゃんと話さないといけないなって思ってたの。」
「明日?夕方なら家にいる予定よ。」
「私も明日、補習があるから、おそらく夕方になるわ。」
「わかったわ、じゃあ夕食前の四時ごろでどうかしら?」
「了解。四時に伺うわ。」
「じゃあ、もう考えごとはせずに学校に行くのよ。」
「分かってるわ。」
そう言って、中学校と高校の分かれ道で手を振り、それぞれの学校に向かいました。
*****
翌日、補習が終わり、十五時ごろに一度家に戻り、私服に着替えてから。
「お母さん、星蘭ちゃんのところに行ってくるね。夕食までに帰ってくるから。」
「わかったわ、姫野さんに迷惑かけないようにね。」
「分かってるよ、行ってきます。」
そう言って、家を出て、姫野さんの家の玄関チャイムを押すと。
「いらっしゃい。」
星蘭ちゃんが待ちかねていたように、ラフな服装で玄関の扉を勢いよく開けました。
私は、星蘭ちゃんの肩越しに、家の人に向けて。
「こんにちは。」
と、あいさつしました。
家の奥から。
「紗夢ちゃん、いらっしゃい。」
おばさんの声が聞こえてきたので。
玄関を入り、星蘭ちゃんの後について二階の部屋に向かいました。
「早速だけど、メモの内容は?」
私は、メモを書き写した紙を広げました。
① DNA自動修復細胞
② テロメア無限再生
③ 細胞分裂エラー保護
この三つのメモがあったの。
「私には何が何だかよくわからないわ。」
星蘭ちゃんはあまり遺伝子に詳しくないからね。
「①番はDNAが分裂時に破損することがあるけど、それを修復する細胞が見つかったということだと思うの。」
「②番は染色体が細胞分裂時に短くなっていくため、細胞が劣化するけど、これを無限に再生できるということだと思うの。」
「③番は分裂時のエラーを保護することができるということだと思うの。」
「簡単に言うと、細胞がいくら分裂しても劣化や破損が起きないようにする研究だわ。要するに、不老になる可能性があるの。」
「たぶんお父様は、細胞分裂時の劣化や破損をなくすことで、病気やケガを今よりも簡単に治療できるようになる可能性を研究してたんじゃないかしら。」
「でもその過程で、その研究内容が不老に関連していることに気づいて、怖くなったんだろうと思うの。だから誰にも研究内容を話さず、お母さまに神の領域に踏み込んでしまったと漏らしてしまったと思うの。」
「でも、その研究内容とお父様の死とどうつながるのかしら、本当に謎だわ。」
「これは私の想像なんだけど、研究所内にいた研究者の中に、父の研究内容を使って儲けようと考えていた人がいたんじゃないかと思うの。でも、父がそれに反対したから、彼らにとって邪魔になったんじゃないかと思うの。」
「なるほどね。不老になる方法って、金持ちたち中にはいくら出してもいいという人いそうだものね。」
「そして、不老だけでなく、私たちのけがや、彩華ちゃんの病気の治療にも効果があることがわかれば、莫大な富を得られそうよね。」
「でも待って、もしかして私と、紗夢ちゃん、そして彩華も不老になったってこと?」
「そういうことになるわね。ただ、現時点ではどんな副作用があるかまったくわからないのだけれど。」
「ところで今日ね、お母さまが、最近急に私の胸が大きくなったって言ってたの。確かに私もそれは自覚してたんだけど、星蘭ちゃんは大きくなってない?」
「確かに、もしかしてこれも副作用かもしれないわね。」
「わからないけど、その可能性もあると思うの。」
「まさか無限に大きくなったりしないでしょうね。」
「怖いこと言わないでよ、それ私も恐れてるのよ。」
「まあ、今そんなこと言っても仕方ないわね。」
「そうよ、まあこれが今わかってることなの。」
「わかったわ、明日は予定通り、彩華ちゃんのお見舞いに行くわね。」
「ええ、これで彩華ちゃんも大きくなってると、副作用が確定ね。」
そうして、私は星蘭ちゃんとの会話を終え、姫野さんの家を出ることにしました。
やっと、物語も動き出しました。
見に来てくれている方ありがとうございます。
これからま頑張りますので、大薗よろしくお願いします。