彩華の遺伝子操作
退院した夜、姫野さんの家に招待され、両家合同の退院祝いが行われました。
「ほんとにビックリしたわね。事故に遭ったと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったわ。」
彩芽おばさんが、事故の知らせを受けた時の気持ちを打ち明けると。
「ごめんなさい、私をかばおうとして、星蘭ちゃんまで巻き込んでしまって。」
私は、申し訳なくて深々と頭を下げました。
「あ、ごめんなさい、そんなつもりではないのよ。あなたが悪いわけではないのだから。」
「そうよ、とっさで私が飛び込んだのだから、それに悪いのはひき逃げした犯人なのよ。」
そう、星蘭ちゃんは私を擁護してくれました。
星蘭ちゃんは女神としての使命があるからだろうとはわかっていたけれど、それでも事故ばかりではなく、彩華ちゃんのお父さんの遺伝子組み換えモルモットにされたことについても申し訳なかったのです。
たまたま、無事でいられたけれど、一つ間違えば死んでいたかもしれない。そうすれば神様から言い渡された使命を全うできないことになり、女神として戻れなかったかもしれないと思うと、今更ながらに危なかったな~と思うのでした。
少し暗い雰囲気になったところで、彩芽おばさんが言いました。
「あ~、そんなつもりで言ったわけじゃないのよ。退院祝いなのにごめんなさいね。それより、星蘭の事故の傷がきれいに治っていてよかったわ。治ったというより、どこにも見当たらないのには驚きよね。」
私はドキッとして、一瞬動きが止まってしまいました。その様子を星蘭ちゃんは見ていて。
「そんなことより、お腹がすいたわ。お母さん、早くお祝いのごちそうを出してちょうだい。」
「あ、そうだったわ。私ったらこんなところで立ち話してしまって、さあ、みんなリビングに入ってちょうだい。」
彩芽おばさんが、みんなをリビングに誘導しました。
私たちは久しぶりにおいしい食事とデザートに囲まれて、とても幸せな気分になりました。
遥香ママと彩芽おばさんが入院中の出来事を振り返りながら話に夢中になっている隙に、私は星蘭ちゃんの隣に行きました。
「星蘭ちゃん、後でお話があるの。」
「わかっているわ、入院中に何か気付いたのでしょう。それも、私たちの傷がきれいに消えていることについての秘密についてよね。」
「それだけではないの、あの事故の件に関しても関係することなの。でも、このことはママたちには言えそうもないことなのよ。」
「どうして?」
「私ばかりでなく、たぶんこのことを知った人はみな狙われる可能性があるから。」
しばらく星蘭ちゃんは深く考えていましたが。
「わかったわ、じゃあ、今晩は積もる話があるから、私の部屋でお泊りすることにして、その時ゆっくり話しましょう。」
「わかったわ、お母さんには、私がお泊りの件うまく話して了解をもらっとくね。」
「私も、お父さんとお母さんにはうまく話して了解もらっとくわ。」
私は、遥香ママのそばに行き。
「お話し中、ごめんなさい。」
「なあに、紗夢、急に改まって。」
「今晩、星蘭ちゃんと久しぶりなのでお泊りして女子会したいの。いい?」
「え、急ね。家はいいけれど。」
それから、彩芽おばさんに向き直って。
「彩芽さん、急だけれど、この子、今晩お泊りしてもご迷惑にならないかしら?」
彩芽おばさんはにこやかに。
「ええ、問題ないわ。ゆっくりしていきなさい。」
私は、満面の笑みをたたえて。
「おばさん、ありがとう。」
と、深々と首を垂れてお礼を述べました。
そこへ、星蘭ちゃんがきて。
「うちのママへの了解は私がとるつもりだったのに、もう話しついてしまったのね。」
そう言って、私をつつきました。
退院パーティーは夜まで続き、そろそろお開きにしようとなった頃、おじさんが仕事から帰宅してきました。
「やあ、紗夢ちゃん、星蘭退院おめでとう。元気そうで安心したよ。」
「あなた、紗夢ちゃんが今晩星蘭とお泊り会したいそうなのだけれど、許可してよかったかしら。」
おばさまは、おじさんに許可の件を確認されました。
「ああ、もちろんいいさ、二人は仲良しだし、無事退院できてうれしいのだろう。」
「おじさん、ありがとう。」
私も嬉しそうに答えると、星蘭ちゃんも。
「パパありがとう、大好き!」
「おいおい、当たり前のことだろう。そんなことをみんなの前で。」
と言いながら、内心はとてもうれしそうでした。
それから、遥香ママが。
「紗夢ちゃん、ママはお家に帰るわね。皆さんに迷惑かけないようにするのよ。」
私は恥ずかしそうに。
「わかってるわ、もうそんなに子ども扱いしなくてもいいじゃない。」
「そうね、あなたは昔っから少し大人びてたものね。おやすみなさい。」
「ママありがとう、おやすみなさい。」
それから遥香ママは姫野さん家族にお礼を述べて、玄関を開けて家に帰っていきました。
私はおじさんとおばさんに「おやすみなさい」と告げて、星蘭ちゃんとともに星蘭ちゃんの部屋に階段を上がって、部屋でくつろぎました。
「紗夢ちゃん、ところで何があったの?」
早速切り込んできたので、私は声を潜めて。
「事故の後、手術台の上で、少し意識が回復した時があったの。その時、彩華ちゃんのお父さんが、『これからお前の髄液を取り、その遺伝子を置き換えて再移植してやる。人で試すのは初めてだから失敗するかもしれないが、その時はこの研究をしたお前の父親を怨むんだな。』と言ったのをはっきり聞いたの。それからあとは意識がなくなり何をされたかわからないけれど、あの人が父の研究を手に入れて、私たちをモルモットにして検証したの。それから、私たちの事故が、単なる事故ではなく私を狙った故意によるひき逃げであることも知った時、ある仮説が浮かんだの。」
「どんな仮説?」
「彩華ちゃんが余命がまじかになって、おじさんが焦っていたのだと思うの。そこで、私のお父さんの研究をどうして手に入れたかわからないけれど、その内容が病気の治療に有効なことを知り、正規の手順で検証している余裕がないため私たちを利用したのだと思うの。あの事故ももしかしたらおじさんが仕組んだかもしれないから、このことはあなた以外誰にも打ち明けていないの。」
「なるほどね。私ね、お父さんに紗夢ちゃんのお父さんの研究内容を聞いたことがあるの。部署が違うからはっきりしたことはわからないけれど、細胞の老化現象を抑える研究していたそうよ。でも、研究成果が出る前に亡くなったから、研究は中断したままだと聞いたのだけれど。もしかして完成していたのかもしれないわね。」
「え、それって完成したからお父さんは殺されたということなの?そんなに危険な研究だったのかな。でも殺さなくても研究を中止すればよかったのじゃないの?」
「いえ、危険ではなく、あまりにも研究結果が素晴らしく、その成果を自分のものにしたかった人がいるんじゃないのかな?」
「え~。じゃあお父さんは叔父さんが借金苦で殺したんじゃないの?」
「いえ、たぶんあなたの叔父さんもこの件に関与しているのだと思うの。ただ、おじさんは中心人物に踊らされて犯罪に手を貸したのだと思うの。そしてその罪をすべてかぶせられて、自殺に見せかけて口をふさいだのでしょうね。」
「それじゃあ、真犯人は研究所にいるのね。」
「ええ、そして、残念だけれど彩華ちゃんのお父様もこの事件に絡んでいると思うわ。」
「なぜ彩華ちゃんのお父様も手を貸す必要があったの?彩華ちゃんの病気は最近わかったのよ、私のお父さんの事件と絡む意味ががわからないわ。」
「研究所は研究するだけでしょ。実際に人で検証するためには病院の協力が必要になるわ。」
「お父さんの研究を盗んで自分のものにするだけなら、正規の手順で発表すればいいのではないの?」
「たぶん、研究所内すべてグルではなく、一個人として行ってるのじゃないかな。だからそのまま発表すると、盗作がばれる恐れがあるから。」
「そっか。じゃあ私たち、とても危険なことになってるのじゃないかしら。」
「ええ、そうね。秘密を暴こうとすると私たち家族みんな危険にさらされるわね。」
「じゃあ気付かないふりをしばらく続けるわ。」
「それがいいわね。また何かあったら知らせてね。」
「ところで、話かわるけれど、私のお父さんの研究って細胞の老化を防ぐ研究でしょう。なぜその効果で私たちの傷そのものがなくなったのかしら。」
「これは私の仮説なんだけれど、傷が消えたのは副産物なんじゃないかしら。細胞の老化を防ぐということは細胞再生が活発になることでしょう。だから傷の再生も早くなったのじゃないかしら。」
「それって、不老不死になるってことなの?」
「さすがに不死にはならないでしょうけれど、病気やけがの再生能力は高くなってると思うわ。そしてその再生能力がどれほど上がるか不明だけれど老けにくくなってるでしょうね。」
「それなら、ある意味私たちってラッキーなのかしら、ずっと高校生のままの肌ツヤでいられるのなら。」
「それはどうかしら、だって何も副作用がないとは限らないから。遺伝子をいじったのなら私たちはもう人間ではいられないのかもしれないし。」
「え~!人間ではないとはどういうことなの。」
「普通に結婚しても子供ができないとか、できても奇形になったりとか。」
「なるほどね。でもね、私前世が男性だからなのか、男性に対して異性を感じないのよね、だから結婚についてはあまり興味がないの。私には女神さまがいてくれるから。」
「まさか、カミングアウトはしないでしょうね?まだ日本では変な目で見られるわよ。」
「別に気にしてないわ。まあ、大ぴらにカミングアウトはしないけれどね。」
そう言って二人でひそひそと話していましたが、夜も更けてきたので、一度お開きにして眠りにつくことにした。
「紗夢ちゃん、おやすみなさい。」
「星蘭ちゃん、おやすみなさい。」
二人で同じベッドにもぐり込み、見つめ合いながら手をつないで眠りにつきました。
あれ?これって星蘭ちゃんもまんざらではないのかな?そう心で思いましたが、それ以上は何か怖くて何も言えませんでした。
一夜明けて、翌朝目を覚ますと、二人とも手をつないだままでした。二人とも恥ずかしそうに「おはよう」とつぶやき、起き上がりました。
「紗夢ちゃん、今日ね、私のお母さん学校に復学の件でお話に行くって言ってたわ。」
「そうだわ、私も復学しないともう五月も終わりになってきてるものね。授業について行けるかしら?せっかく二年次もA判定もらったのに。」
「あなたなら大丈夫よ、私がそのために神様に背いて、前世の記憶を残したのだから。」
「ありがとうと言えばいいのかな?それともゴメンナサイかな?とても複雑よ。」
星蘭ちゃんは微笑みながら言いました。
「ありがとうでいいのよ。私は天界であなたと出会った時から運命を感じていたの。」
「私も、女神さまに出会えて本当によかったと思っているの。」
「ふふ、それでいいのよ。これからもずっとあなたのそばにいるからね。」
「それって、もしかしてプロポーズ?」
「馬鹿ね、何言ってるの。さあ、着替えて朝ごはんに行くわよ。」
「私、時々、どちらが年上かわからなくなるわ。」
「実際、私は女神だから生きてきた年数は私の方が長いからね。でも、人前ではあなたがお姉さまよ。」
そう言って、怪しく笑いました。
朝食後、私はおばさまにお礼を言って、姫野家を後にしました。
彩芽ママ待ってるだろうな。いろいろ心配かけたし、そして復学のことも相談しなければね。
「お母さん、ただいま~。」
玄関を開けて心配させないように、元気な声でお家に入っていくと、
「おかえりなさい。女子会は楽しかった?」
と、いつも通り、優しく微笑みかけてくれました。
「ええ、入院中ず~と会えなかったからとても久しぶりに話せたの。」
「そう、それはよかったわね。」
「それでね、私の復学の件なんだけど。」
「ああ、その件はね、明日あなたとともに学校に来てくださいと、連絡があったの。」
「進級後二か月近くブランクがあるから、毎日先生方が協力して補習をしてくださるそうよ。ただあなたの体調を心配されていて、急で体に負担がかかって体調壊しても元も子もないからそのあたりの相談みたい。」
「体調は、問題なさそうだけれど、ついていけるかが心配だわ。」
「そうね、まあ明日先生と相談して今後のことを決めましょうね。」
「はい。」
そう返事して、一度着替えのため自分の部屋に向かいました。
部屋も事故前のままになっていて、この二か月くらいの出来事が頭の中でフラッシュバックしました。
私は、頭を振りながら今は余計なことを考えないようにしなくては、と自分に言い聞かせて、普段着に着替えることにしました。
髪もぼさぼさになっていて、少し恥ずかしいので。
「お母さん、私ね、ヘアーサロンに行ってきてもいい?」
「そうね、明日学校に行くのだし、身だしなみも整えておかないとね。わかったわ、行ってらっしゃい。」
「じゃあ、行ってくるね。」 そう声をかけて、近くにある行きつけのヘアーサロンに向かいました。
ヘアーサロンの入り口を入ると、美容師さんが言いました。
「いらっしゃい、あら、紗夢ちゃん、お久しぶり。ねえねえ、聞いたわよ、ひき逃げにあったんだって。怖いわね~。大丈夫なの?」
「はい、心配していただけてありがとうございます。この通り元気になりました。」
「髪がぼさぼさになったので、きれいにしていただけませんか?」
「わかったわ、髪型はいつもの後ろ髪は膝までのストレートロングで前髪を三つ編みハーフアップでいいのね。」
「はい、お願いします。」
「了解よ、張り切ってきれいにするわね。」
美容師さんはそう言って、私の髪を切りそろえながら、丁寧にセットしてくださいました。
「終わったわよ、私会心の仕上がりよ。あなたの髪は素直できれいだから、やりがいがあるわね。」
「ありがとうございました。」
そう言って料金を払い、店を後にしました。
「またいらしてね、待ってるわ。」
店の外に出ると、もう日も高くなり、そろそろ梅雨になるのかな?空を見上げて、そう思いました。
*****
六月も中盤に入り、天気も不安定になってきました。梅雨の兆しですね。
そんな中、彩華ちゃんが病院で手術を受けることになりました。手術といっても、私と星蘭ちゃんに施した髄液の遺伝子組み換えを彩華ちゃんに行うのだろうと想像できましたが、果たしてそれで回復するのでしょうか?細胞が活性化することで、病気まで治るのでしょうか?まあ、私には正確な情報がないので、ただただうまくいってくれることを願うばかりです。
確かに、彩華ちゃんのお父さんには思うことがありますが、彩華ちゃんに罪はないので、友達としてやっぱり元気になってもらいたいと考えています。
今日は、私と星蘭ちゃんの定期受診の日です。先生(彩華ちゃんのお父さん)に会うのはあまりうれしくないのですが、こればっかりは仕方ありません。
「うん、順調で特に後遺症もなさそうだから、次回からは月一でいいよ。」
「本当ですか、ありがとうございました。」
その後、星蘭ちゃんと待ち合わせて、彩華ちゃんのお見舞いに病室に入りました。
「彩華ちゃん、具合はどう?」
「紗夢ちゃん、星蘭ちゃん、お久しぶり。今は調子がいいの。」
「手術の日が決まったの?」
「うん、来週だって。だからしばらく会えなくなるわね。」
私たちも、今度から月一で通院になったから、次回の診察日に会えたらいいね。
「そうね、頑張って元気になって、学校にも復学するんだ。無事に退院できたら、星蘭ちゃんと同級生になっちゃうね。」
「そうね、学校は違うと思うけれど。」
「どこの学校に受けるの?やっぱり紗夢ちゃんと同じN高学園なの?」
「そのつもりよ、でも難易度が高いから落ちたらどうしようと思ってるの。」
「大丈夫よ、星蘭ちゃんなら。でも、落ちたら私と同じ学校に来ない?」
「女子高だからね。」
「私がいるから心配いらないわ。」
「そうね、もし落ちたら考えておくわ。」
彩華ちゃんに深い考えはないのだろうけれど、ちょっと失礼な会話よね。そう思いましたが、彩華ちゃんも不安なのだろうから、深く突っ込むことはしませんでした。
それに、星蘭ちゃんもただ話に合わせて、特にイライラしている風ではなかったので、同じ考えなのでしょう。
しばらく会話を交わして。
「じゃあ、手術が成功するように願ってるわ。また来るわね。」
「うん、じゃあね。」
そう言って病室を後にしました。
病院の出口に向かって歩いていると、なぜか後ろから視線を感じて振り返りましたが、何も見当たりませんでした。
「紗夢ちゃん、どうしたの?」
「星蘭ちゃん、視線を感じたのだけれど、気のせいかしら。」
「ううん、気のせいではないわ、彩華ちゃんの部屋を出てからずっと視線を感じたわ。あまりきょろきょろしないほうがいいわよ。」
「私たち、まだまだ安全ではないのね。」
「そうね、安全になることはないのかもしれないわね。疑われないようにふるまうことしか今はないわね。」
「そうね、そうするわ。」
帰る道すがら、交差点やすれ違う人の行動には以前と異なり気を遣うようになりました。
「紗夢ちゃん、気遣うことはいいことだけれど、あまり不自然にならないように気をつけないと疑われるわよ。」
「わかっているけれどね、どうにも落ち着かないのよね。」
そんな話をしながら家に向かいました。