当て馬聖女ちゃんのフラグは最初から立ってない
教会と国王がリアル中世の叙任権闘争のごとく対立気味な異世界にも魔王の脅威が蔓延って、聖女ちゃんは教会の偉い人達に「魔王を倒した上で、勇者を絶対に落として首ったけにして帰ってこい」と無茶ぶりされて旅立った。
聖女ちゃんは偉い人たちに言われた通りに勇者と仲良くしようと思ったのだが、おんなじパーティーの中には気だるげセクシー系美女の女魔導師とか、あからさまに国王からの監視役として派遣されてきたことがよくわかる第二王子とその側近の騎士とかがいて、なかなか勇者と二人きりにはなれない。
その上勇者様は「俺、この冒険が終わったら故郷の町を治める男爵家のご令嬢な幼馴染みに結婚を申し込むんだ」と盛大にフラグを立てている。手柄を上げて身分を上げて末端とはいえ貴族な彼女と結婚出来るようにがんばるんだって。うん詰んでる。
詰んでるなりに頑張ってアピールしてみようと思い、不器用なりに恥ずかしながらの明け透けアピールをぶつけてみるのだけど、教会の考えていることがわかってる第二王子からは盛大に舌打ちされてゴミを見るような目で見られるし、魔導師には酸いも甘いも噛み分けたという風情の表情で「馬に蹴られる恋愛はやめときなよぉ~若いんだからぁ~」って言われる。わかってはいるのだけど。
進捗が悪いと教会から飛んでくる白い鳩に毎回説教されてしまう。お前なにやってるんだ。全然勇者落とせてないやんけ。ええか、この冒険終わった暁には勇者には神の教えの守護者になってもらわんとあかん。国王なぞに忠誠誓わせてたまるかいな。鳩がガスガス頭をつついてくる。痛い。
かくなる上は少し強引な手段に出るしかないと、覚悟を決めて夜、勇者の寝てる天幕の中に忍び込もうとしたのだが……
「なにやってるんだ。この痴女が」
第二王子が天幕の入り口で座り込んでて引きずり出される。
「聖女と聞いていたが売女だったのか。神の遣いが聞いて呆れるな」
毒の篭った痛罵に何の反論も出来ず、真っ赤な顔で黙りこんだまま聖女ちゃんはすごすごと自分の天幕に戻り、虚しくなってぐすぐすと泣いた。
翌日一睡も出来ず、しかも大変に気まずくて勇者の近くにも行けず、一行の一番後ろをとぼとぼと付いてゆく聖女ちゃんの様子を見て、勇者が「どうしたの?元気がないみたいだけど。体調悪い?」と声をかけてきてくれた。優しい。聖女ちゃんは寝不足なのだと答えて笑った。
「体に気をつけて、夜は温かいものでも飲むといいよ。俺も子どもの頃、眠れない夜はそうした」
勇者はとてもいい人なのだ。優しいし、純粋だし、いつも遠く故郷の想い人のことを思っている。そういう人のことを利用するために近づこうとしている自分が、聖女ちゃんはとてもとても嫌だった。普通の、ただの同じ目的を持った仲間になりたかった。
魔王討伐の旅自体は順調に進んでいた。教会に言われるように勇者を篭絡する件については明らかに停滞していた。勇者は素敵な人だと思うが、聖女ちゃんは彼の一途で美しい想いが報われて欲しかった。
聖女ちゃんは勇者以外との婚姻を認められない。教会はとにかく神の遣いの伴侶として勇者を迎え、教えを守る使徒としたいだけなので、当事者たちの想いとか、恋とか、愛とか、そういう些末なことには関心が無いのだ。
鳩に頭をつつかれ、教会から何度も役立たずと怒られながら、聖女ちゃんは勇者一行と共に魔王城にたどり着いた。魔王は強かった。まず第一にやらなければならないことは、何に代えてもこちらの仕事であることは確かなので、聖女ちゃんは全力で自分の仕事をした。神力を使いすぎて指先が痺れていることに気づく。魔王城に入ってから彼女は絶えず闇属性耐性バフをかけ続け、各種状態異常無効を撒き続けていた。体がしんどい。目がかすむ。頭が痛い。ふと、いっそこのまま枯れるほど力を使って、死んでしまったら、という考えが頭をよぎる。出来ない。
だって今のところ聖女ちゃんは、一応一行の生命線だ。聖女ちゃんは根性で立ち、また状態異常無効バフを撒いた。魔王城はまるでステータス異常の宝箱だった。
勇者が怪我をしたのに気づいて聖女ちゃんは回復魔法を撃とうとした、そこに第二王子が横から入って「いい。この程度なら私でも治せるから聖女はバフを頼む」と言った。こんな時でも勇者と聖女の関係は繋ぎたくないらしい。でもありがたい話だったので、絞り出すように「ありがとう」と返した。
魔王は勇者が見事に倒した。
確かに総力戦で、第二王子も騎士も怪我を負ったし、魔術師も杖を折っていたし、聖女ちゃんも力を使い果たして鼻血を噴いて三日ほど昏倒したけれど、しかし全員生還しての大勝利だった。
王城に帰還した勇者は、その場で王に男爵令嬢との婚姻の許しを求めた。しかし勇者と男爵令嬢ではもはや逆に釣り合わないと教会の司祭が非難した。それに国王はにやりと笑って答えた。
「かの男爵領はこの数年、領内の産業を奨励し土地の開墾を行ってこのたびの魔王討伐に多額の献金を行った。その功績により特別に伯爵の地位を与えることとなった。伯爵令嬢と勇者ならばまあ似合いであろう」
スッと姿勢よく歩みでた可憐な令嬢が勇者にひざまずき「勇者様、どうか私と結婚してくださいませ」と申し出た。
勇者は真っ赤な顔で「こちらこそ、どうか結婚してください。私はずっとあなただけを思ってきました」とその手を取った。
「こんなことが!」と文句をつけようとする司祭の言葉を周囲の喝采が打ち消した。多くの人々の拍手や喝采に紛れて聖女ちゃんも笑顔で手を叩き祝意の言葉を口にした。かくして勇者の婚姻は成った。
婚姻の祝福の渦からしばらくしてこぼれるように外れた聖女ちゃんは、お城の中庭の隅っこで座り込んで呆然としていた。ボロボロ涙だけこぼれてきたけど、これが何の涙なのかはよくわからなかった。多分もう少ししたらまた鳩が飛んできてつつかれるだろう。いや司教様達がやってきて直接お叱りを受けるかもしれない。憂鬱でたまらない。同時に虚しい。
ちょっとだけだけど、勇者のことが本当に好きだった。真っ直ぐでいつも優しい所に憧れる気持ちがあった。彼の優しさのおかげで、気まずい旅路を何とか全うできたと思う。でもこれは本当に抱いてはいけない気持ちだから、忘れてしまわなければならない。
涙を拭って立ち上がろうとしたら、ぬるっと人の影が自分にかかった。「おい」その声にびっくりして振り向くと第二王子が立っていた。思わず体を固くして、飛び上がりそうになったが堪える。王子は眉をひそめていた。
「……泣いていたのか」
「……感動して」
「感動か」
「はい」
どうにもこの人には自分の醜い所ばかりを見られてしまうらしい。恥ずかしいやら悔しいやらで堪えなければならないのに涙が止まらなかった。
「そんなに擦るものではない。腫れるぞ」
不意に目の前にハンカチが差し出されて、聖女ちゃんは面食らった。
「……お前が、泣くのは仕方ない話だろう。堪えず泣けばいい」
「……祝いの席です」
「それでも切ないのは仕方ないだろう」
勇者が好きだったんだろうと言われてしまって、聖女ちゃんは居たたまれなさと恥ずかしさと言葉に出来ない感情が溢れてどうしようもなくて、顔を覆って声をあげて泣いてしまった。王子は黙って差し出したハンカチで覆った手のひらから零れる涙を拭いた。
「教会には今騎士団が調査に入っている」
泣いている聖女ちゃんの頭の上で第二王子がぼそぼそと話し始めたことによると、王国はこのタイミングで教会が孤児を非人道的な目的で酷使するために集めていたことや、金銭的な汚職で内部が腐敗していることを摘発することにしたらしい。
「もう鳩は飛んで来ない。好きなだけ泣いたら顔を洗ってこい」
そう言って第二王子は聖女ちゃんの頭を撫でた。
教会は改革された。司教や司祭が大勢入れ替わり、蓄えられた財産は貧者の為に解放された。聖女ちゃんも司祭待遇にしてもらえることになった。「聖女」というなんの権威も権力も財産も持たない地位ではなくなって、ちゃんと活動費が支給され、立場が保証されるようになった。
そうして、聖女ちゃんはまた旅立つことになった。かつて魔王に侵略された辺境領に臣籍に降りた第二王子が領地を貰い赴くことになり、彼が聖女ちゃんを当地の司教として推挙したからだ。
かの土地はまだ汚れも障気も多い。聖女ちゃんはその土地で土地の浄化を行い、人々の病を癒すことになっている。
第二王子は教会の動向に厳しく目を光らせるだろうけれど、以前の教会の偉い人達よりは遥かに何を考えているのかがよくわかった。同じ目的、同じ理想の為に働いている。今やそういう仲間になれたのだ。
聖女ちゃんは意気揚々と旅立った。外では迎えに来た第二王子、今は公爵が、馬に乗って待っている。
おしまい。
最初は聖女ちゃんを胡散臭い教会の工作員くらいに思っていた第二王子だったのだが、調べが進むにつれ孤児院から虐待紛いの環境の修道院に送られ、そこで聖女認定されてめちゃくちゃな命令されているだけなのを知って、教会内部の腐敗をどうにかするために手を回したりしてた。