フタアナのヌシ
私の名はフィガー。
冒険者………とでも呼んでくれれば良い。
若しくは探求者とでも表現すべきか。
この世界には無数の〝洞窟〟が存在する。
我ら冒険者はその洞窟の中へ、汚れる事も厭わずに入り込むのだ。
ある者は槍のような武器を携え
ある者は人に依頼し
ジメジメと湿気た暗がりの中へと夢を求めて潜り込む。
洞窟には我々の侵入を阻む幾つもの障害が存在する。
先ず、暗く狭い。
手探りで奥へと潜り込むのが基本となる。
前触れ無しに唐突に洞窟の奥底から激しい突風が吹き荒れ、洞窟への侵入者を外界へと吹き飛ばす事もある。
その風は時に洞窟に湧く泉を巻き込み、大洪水を引き起こして外へと噴き出す。
そして、〝黒き者達〟。侵入者を阻む魔物が存在する。
蛇にも似た容姿の彼等は洞窟内の壁や地面、はたまた天井に根を張り、そこから栄養を吸い上げて常に洞窟内で増殖を繰り返す。増える度合いはその洞窟各々で変わるが、一般的には洞窟の外部の環境によって変化するものだ。
常に砂塵が吹き荒れる場所や、洞窟に害為す者達が跋扈する様な所では〝黒き者達〟はそれら侵入を阻む為に異常繁殖をして、時に洞窟の入り口付近から顔を覗かせる事もある。
そうなれば緊急事態の宣言がなされて、討伐隊が編成され、速やかに〝黒き者達〟の排除が行われる。
そんな洞窟内に、私達冒険者は単独で潜り込むのだ。
何故? おかしな事を聞くね。
冒険者が洞窟に入る理由など限られてくるだろう。
純粋に探究心から…………
この理由で洞窟探索をする者は極小数だろう。
冒険者の性?
まぁ洞窟探索が癖になっている者も一部には確かに存在するな。
だが、やはり専らこれが理由だろう。
〝黒い秘宝〟を求めて。
『洞窟を冒険しに行く』なんて言ったら、『宝を探しに行く』と同義だろう?
かくいう私もこの〝黒い秘宝〟を求めて洞窟探索に、多い日では1日に3回は繰り出している。
え? 〝黒い秘宝〟を知らない?
そうか…………そんな人も居るんだな………
〝黒い秘宝〟と言うのは、洞窟内で湧き出す泉が不純物と混ざり凝固した物の事だ。我々にとってはお宝だ。
人はそれを空想と呼ぶが、〝黒い秘宝〟は確かに実在する。
今日も私は洞窟へと単身乗り込む。
地面から隆起した丘陵に2つの穴が口を開いている。それを前に精神を統一する。深呼吸をして息を整える。
…………………今日は何方の穴から入り込むか……………
右…………右の穴だ。
冒険者には経験則から来る特有の勘が有る。
おまけに今日は右の穴に違和感すら感じる。
居る………洞窟のヌシとも言える程の巨大な黒い秘宝が眠っている。
洞窟の壁から地面から聳える無数の黒き者達を適当にあしらいながら奥へ奥へと慎重に進む。
「───っ! これ…………は!!」
デカい!!
暗がりの中、指先に触れるその感触に驚愕を隠せない。かなりの大きさだ!!大収穫だ!
取りこぼすわけにはいかない!
慎重に………慎重にだ!
特性上、黒い秘宝は洞窟内の壁や天井、床に癒着している。あくまでも湧き出た泉が凝固した姿の為、どうしても洞窟内にこびりついてしまう。
そしてこれ程の大きさの黒い秘宝にもなれば必然的に黒き者達も巻き込まれて、地面や壁に根付いたまま共に凝固する。
例に漏れずこの黒い秘宝にも無数の黒き者達が巻き込まれている。
黒い秘宝を慎重に洞窟から引き剥がすが、強固に根付いた黒き者達がそれを邪魔する。
「く…………おおっ!!」
ミチミチ………ブチブチブチ…………
黒き者達の妨害が激しい。激しい痛みに襲われ、目頭に雫が溜まる。
「ぬぅ!!」
一度、洞窟から秘宝を引き剥がす手を止め、爪を掛け直す。
っ! 鼻腔の奥底に鉄の匂いを感じる。血が出てる。踏ん張り過ぎて少し毛細血管を切ってしまったか…………いや、今はそれよりもっ!
「う………お……ォォォおおおあああ!!」
ブチブチブチっ!!
──────っ!! と、採れたっ!!
その指先に確かに巨大な秘宝の存在を感じる。
黒き者達の追撃を逃れる為に急いで洞窟の外へと飛び出す。
ジメジメと息苦しい洞窟内から出た瞬間から、鼻の奥へと突き抜ける爽快で新鮮な空気を感じる。なんて……………清々しさか……………
暫し、その余韻に浸った後。
明るみの中、収穫した秘宝をまじまじと見詰める。
「〝紅く染まり行く秘宝〟!! それも……………なんて大きさだ! 予想していたより遥かにデカい! これは大収穫だっ!」
黒い秘宝は外気に晒すと変性が始まる。その為、なるべく早い段階で白き衣に包み込み、一時保管庫へと入れてしまうのが定石だ。
しかしそれは私の流儀とは違う。
なにより、今日の収穫は洞窟のヌシだ。この喜びを分かち合いたい大切な人が居る。この大物を見せてやりたい。
私は意気揚々と、キッチンに立つ妻の元へと駆け寄った。 黒い秘宝を高々と掲げて。
「ノール! 遂に採れたよ! 見てくれこの大きさを。洞窟のヌシと呼ぶに相応しくはないかい?」
「あら、どうしたのかしらあなた。まだ昼食の準備は…………ちょっっっ! 一々見せに来なくてもいいわよ!! さっさとティッシュにくるんでポイしなさい!」
この喜び、この清々しさを共感してくれると思っていた妻は、黒い秘宝を見た途端に表情を曇らせ、あまつさえ私を叱責までしてのけた。
あの子達には見せられないわ 等と呟きながら背を向けて此方に目もくれずに食事の準備に戻ってしまう妻に対し感じたのは、腹立たしさではなくどこか虚しさだった。
私は指の先に付いた黒い秘宝を 白き衣に包まずに、妻の目を盗んで親指と人差し指で丸めて指で弾いた。
此度のお題は
〝鼻の奥にこびり付いた鼻クソ〟
でした。