第百七十三話 いつ返せるか分からぬ恩義なら
新年、明けましておめでとうございます。
今年も毎日更新に励みたいと思っておりますので、
暖かく見守っていただけたら幸いです。
流人から、後世に託すなら、それなりの備をするべきと諭され、
大きく思いが揺れた澤社長だったが、
それでも若い流人達から見舞金を受け取るのは抵抗があった。
「光右・・・結構頑固なんですね社長は?」
「はい、返せぬ借金はするな!だそうです。」
「なんですか? それ??」
「うちの祖父の言葉です。」
「見舞金は借金じゃ無いでしょう?」
「そうですが・・・本音を言うとね・・・。」
社長がやっと腹を割って本音を呟いた!
「若い小僧に、小僧達から・・・こんな・・・恥ずかしくてね」
「社長?」
「この年でもね、出来ませんよ・・・人様にこの様な事、
だから・・・羨ましいんですよ・・・悔しいぃんですよ。」
多額の見舞金を渡して、それも頭まで下げて受け取って欲しいと
流人の姿勢が社長には眩しく羨ましかった。
「澤社長! それでしたら受け取るべきでしょう?」
「・・・」
「あなたの小さなプライドより、ここに居る従業員の事を考えれば、
答えは一つしかないでしょう、どんなに悔しかろうが、惨めだろうが、
社員の為に、プライドなんか必要ないでしょう?」
「・・・そうですな」
「「「「「社長!」」」」」
「早期復旧する為、使わせていただきます。」
「ありがとうございます。」
一つに纏まった感じがした、
お互いに思う気持ちが強く一つになった気がした。
「流人さん、それでも再建は1年・・・それ以上掛かると思ってください。」
「そ! そんなに! えぇ〜 待てない!」
「??」
先ほどまでとは違う、まるで別人の様な流人の子供の様な返事だった!
「流人様、流石にその位は掛かると思いますよ。」
「特にこの地方は雪が降りますから、数ヶ月は作業が出来なくなります。」
「設計の打ち合わせや、修正を繰り返し行いますので無理は申せません。」
「でもさぁ〜・・・萬寿飲めないんだよ(怒)」
「・・・(笑)」
さっきまでは、どこぞの偉人かと思う様な流人が、
今はただの駄々っ子に見え、安心した気分が笑いに繋がっていた。
「最初に萬寿を再興しましょう♪」
「本当に! 出来ます?」
「はい、我が社の本位ですから。」
「1年・・・我慢しましょう!」
「(笑)」
笑いの中社長が話を続ける、
「みんなにも伝えておきます・・・・」
復興再建まで全員の給与は保証するので安心して欲しい、
本来なら被災した従業員にも見舞金を渡したいのだが出来ない事を詫びた。
「社長、儂からも願いがあるのだけど・・・」
「杜氏の嶋さんが社長に提案をする。」
「光右! 酒造りが上手く行ってないらしいな?」
「・・・はい。」
「そうなのか?」
「珍しいな、原因はなんだ?」
「発酵で・・・」
「はぁ? 発酵って基本だろ?」
共に修行していた仲間達から厳しい声が飛ぶ!
「すみません、 うちの酵母は私に似てわがままなので(笑)」
「社長、どうでしょうか・・・一度、風の水を見学してみては?」
「見学?」
「はい、耐震性や参考になる物があると思いますが」
「それは光栄ですね、是非お越しくださいな♪」
「流人様!」
「なんですか? 大丈夫でしょう?」
「今朝! 全員に見舞いと見学を行う様に申したばかりで・・・。」
「そうでしたね、でもあなた方3名が居れば動けるでしょう?」
「「「・・・御意。」」」
「流人さん、本当に宜しいのですか?」
「社長! なんなら今から来ますか?」
「え! 流石に・・・それは・・・」
すると大人しくしていた陣内の携帯が鳴る!
慌てて角へ移動しようとする陣内を止めてここで話させる!
「! 先輩! どうしたんですか?」
渡邉が駐屯基地の使用許可を取り、今駐屯地にいた。
「え! これからこっちに来るんですか?」
「その必要はないです、今から澤さんと嶋さんを連れてそっちに向かうので、
ヘリの用意をしておりてください。」
「え!」
「え!」
「「「え!」」」
「もしも〜し・・・」
「♪♪」
お昼を澤社長にご馳走になって近所にあるスキー場へ向かう。
「光右、流人さんって、いつもあんな感じなのか?」
「はい、我々は流人様の望みを叶える為に必死ですよ。」
「必死って・・・。」
嶋さんが何か不思議に思っていたが、言葉を止めた、
そして社長の澤は、なにがなにやら分からず、ただ流されていた・・・。
「新◯って便利ですね、どこでもヘリが着陸出来るのですか?」
「流人君、当然許可は必要だよ!」
「やっぱり(笑)」
するとプロペラの音が聞こえて来た!
「あれって! 米軍のヘリ?」
「流人様の所属です。」
「すみませんね、我が社のヘリは支援物資の輸送で使っちゃっていますので
米軍のヘリで我慢してください。」
ヘリが着陸すると渡邉が降りて来た!
「流人! 聞いてないぞ米軍機は?」
「すみません、ウチの出払ってまして、これで厚◯基地までお願いします。」
「・・・了解。」
流人の行動に再び驚いている嶋さんに陣内がそっと告げる、
「この程度で驚いていたら、帰る頃には死んでますからお気をつけください。」
「・・・はい。・・・」
「??」
ヘリで移動、2時間ほどで基地に着地、そこから車で鎌◯へ、
「こんな街中にあるのか?」
「はい、周囲は寺に囲まれていますので水は最上の物です。」
「ほぉ〜・・・。」
仕事場でも一歩引いた感じで自分の意思を表に出さないタイプの光右が、
最上の水と称えるとは驚いていた!
4時近くになり海風が吹く頃に蔵元に到着した。
「潮の香りがするなぁ」
「はい、海から2km程しか離れてませんので、」
「そうなのか・・・。」
「お! おかえりなさいませ!」
「ただいま、 流人様と◯◯酒造の社長様と杜氏をお連れした。」
「ごめんね♪ 急に連れて来て♪」
「恐れ多い事!」
「・・・」
「まずは見学していただきましょう♪」
「それでは・・・まずは・・・」
社長と杜氏に建物を見てもらい、感想や質問を受けつつ回った。
「それでは、一休みいたしましょう。」
「休憩所の菴にご案内いたします。」
「そんな物まであるのか?」
「来客用に設置しております。」
「なるほどなぁ・・・」
震災中ではあるが、流人達を歓迎する場所がなかった事を
社長は改めて痛感して、オープン的な場所を開放したいと思っていた。
試飲用のお酒を持って来たが、
流人達とは対応が違ってバケツや水が持ち込まれていた。
「まずは、ここの地下から汲み上げている水です。」
「・・・!」
「!!」
二人が驚く!
「これ程の軟水は初めてだ!」
「この水で仕込むのか?」
「はい・・・。」
「次は、去年の酒米で作りました純米酒です。」
「・・・」
「・・・!」
また二人が驚く!
「淡麗・・・辛口!」
「萬寿に近い飲みやすさだな!・・・。」
「でも楽しくないでしょう?」
嶋さんが言わずにいた言葉を流人が代弁した。
「すまん嶋、私には分からない、十分な出来上がりではないのか?」
「社長、ウチの萬寿だと思って試してみてください。」
「試すって、酵母も米も水も違うだろう・・・!!」
「分かりましたか、こいつには深みがないんです。」
「そう、発酵がスムーズじゃないから角が立ち、深みが無いんだよね。」
「・・・」
耳にしていた情報では、この蔵元は今年の春に出来たばかりの新参、
その上、鎌◯と言う場所で評価も低い筈なのに、
自分の酒、それも最上の萬寿を比較対象にしている嶋の、
ウチの杜氏の考えが分からなかった。
「米もオリジナル米だそうだな?」
「はい。」
急いで酒米を持って来ると
「今年の新米です。」
「!!」
「!!」
自分達が使っている米の数倍の大きさで、
最高の品種と讃えられている米より大きく美しかった!
すると嶋が、口の中に酒米を軽く放りこむ!
「・・・甘い! いいなぁこの米は、ウチでも使いたいほどだ!」
「ありがとうございます。」
少し考えて嶋が結論を言う!
「俺なら辛口へ持って行く!」
「流人様の望みは淡麗辛口ですので、日本酒度で行ったら+2.0以内
酸度では1.7以下でしかお飲みになりません。」
「そんな偏見、酒飲みじゃねぇ〜ぞ!」
「別に酒が飲みたいのではないです、酒で楽しみたいのです。」
「・・・」
「どうしたんだ嶋!」
「悔しい・・・」
「なにぃ?」
「この若造が言っている事は、究極の酒造りです。
とても光右に出来る事じゃぁない・・・いや、いつかは辿り着くだろうが・・・」
「嶋! お前だったら出来るのか?」
「え! 私ですか?」
「悔しいんだろ? 俺も悔しかった!」
「社長も!」
「そうだ! だから聞く、嶋お前ならこの若造が望む酒が造れるのか?」
「・・・2年・・・2年あれば・・・」
「なら2年で造って来い! 流人さん、嶋を・・・うちの看板をお預けします。」
澤社長が頭を下げた!
「社長! 何言っているんですか? 蔵元の命ですよ杜氏は、
それを他所に貸し出すなんて!」
「私はね・・・嶋とは長い付き合いなんですよ・・・だから分かるんですよ、
コイツが造ってみたいって思っているてね・・・。」
「社長!」
「それにね・・・悔しいんですよ! ここの設備を見てね・・・
ウチがどんだけ嶋に甘えていたか、もっといい環境なら・・・
もっといい材料なら・・・
コイツの腕なら最上の酒が造れたんだろうなぁってね。」
「流人さん、あなたが言ったんだ、社員の為にプライドを捨てろってね、
だから捨てる事にした、嶋を預けます、
そして嶋! 腕を上げて戻って来い、待っているから・・・なぁ」
「社長・・・。」
「社長、本音を言いますと嬉しいです、
でもね・・・私は甘やかすのは嫌いなんですよ!」
「え!?」
「杜氏が2年って言うなら、1年でなんとかしましょうよ!
それだけの設備と材料は用意してあるのですからね(笑)」
「・・・」
流人が笑みを浮かべる、その笑みは暖かくはない、
それどころか冷たく恐怖を感じるほどだった。
「光右衛門! 久吉! 八雲! 天下の◯◯の杜氏が手伝ってくださるんです、
1年で結果を出しなさい!」
「「「Yes! my lord!」」」
「って事で、復興する1年間、杜氏をお借りいたします。」
流人が頭を下げると、光右達も下げた!
「1年って言っても・・・ウチの復興はもっと掛かりそうだが」
「何言っているんですか! 嶋さんに無茶振りして、
主人である社長が泣き寝入りですか、
社長としてけじめはつけましょうお手伝いしますのでね♪」
その日は庵に泊まり、嶋さんは光右達と日本酒度を抑えながら発酵させる案を、
そして澤社長は、プロジェクトRから支援をどこまで受けるかを考えていた。
「流人様宜しいのですか?」
「建築は現地の建設業が行った方がいいでしょう、
つき合いもあるでしょうからね♪」
「それでしたら・・・設計とアドバイスにございますね?」
「うん♪ あの程度の地震で倒壊しない様に、
木霊の力をお借りする為に・・・分かってますね?」
「御意」
杜氏を借りる事が出来るなら、全額復旧費用を支払ってもいいと思う流人だったが、
それでは、澤社長が納得するはずもない。
そこで、嶋さんが戻った時に使いやすい施設にする事で納得、
新◯県の広大な私有地を余す事なく使う事となったが、社長も納得していた。
「後世の社員達に安心して作業をしていただく為だ・・・」




