決断
ガリレイは、執務室の椅子に深く腰かけた。
自然にため息を吐いてしまう。
ガリレイの専属執事で侯爵家の執事長でもあるウォルフが専属医のクルドックに夕食の席であったことを説明していた。
ウォルフはガリレイの父の代から侯爵家に仕えてくれている忠臣だ。息子のエナマニも孫のウェンターも執事見習いとして家族で侯爵家に仕えてくれている。
クルドックは、ガリレイの学園時代からの友人だ。伯爵家の五男であった彼は継ぐ爵位もなかったため、医者になる道を選んでいた。
「どう思う?」
「やはりミア様のためにもラミラ様と離されたほうがよろしいかと」
クルドックの言葉はガリレイにも分かりきった答えだった。
「このままでは、病弱を理由にミア様が今まで以上に我が儘になられ、ノア様が虐げられ続けることになります。年が明けるとノア様を気にかけていらっしゃるカイル様もいなくなります。ノア様のほうも歪んでしまう可能性があります」
ウォルフもクルドックと同じようで、大きく頷いている。
ガリレイは、夕食の時にカイルに聞くまでこんなに酷くなっているとは思ってもいなかった。
ラミラがミアを過保護にかまっているのは知っていた。ガリレイが注意しても病弱なミアが可哀想だからと言いくるめられていた。だが、ここまでノアとの扱いに差を作っていたとは…、カイルが怒るわけだと納得してしまう。
ラミラの買い物の明細を見てもミアに使ったものは数多く見付かったが、ノアに対しては…ぎりぎり必要なものを買っていると思える程度だ。今はまだノアが幼く差があることに気づいていないから良いが、気づいてしまったら酷く傷ついてしまうだろう。
「今夜はまた騒ぎてしょうな」
白髪のウォルフの言葉にガリレイは応えることが出来ない。
明日のピクニックに行かせなくするためにミアは何がなんでも病人になろうとするだろう。そうなるとラミラが騒ぎ出す。病人を置いてまでピクニックに行くのかと。使用人たちも夜遅くまでミアの看病に付き合わされ、翌日はクタクタに疲れている。カイルが諦めざるおえなり、可哀想なノアはまた出掛けられない。
行きたくないミアのために体調次第とガリレイが言ったが、それではミアの気はおさまらないようだ。
ウォルフが集めてきた話から推測するとノアだけ出掛けたりすることをミアは極端に嫌がる。病弱でラミラから行動を制限されているから、自由に動けるノアが羨ましく許せないらしい。その代わりにラミラがミアだけ甘やかされているのは病弱なのだから当たり前だと思っている。
既に歪みが出ているミアを矯正するには、ラミラから引き離さなければならない。けれど、あのラミラが納得しないだろう。
「ヨシュア様、ラミラ様の姉君に預けられたらどうでしょう?」
クルドックの案にガリレイも頷く。キーマラス女公爵として手腕を振るっている姉ヨシュアをラミラは苦手としている。彼女ならラミラを黙らせて、ミアを正しき道に導いてくれるだろう。遅くに出来た末娘ラミラを猫可愛がりしているキーマラス前公爵が出てこなければ。
公爵という上位貴族、それもラミラの祖父は先代王弟でもあった。現王の従兄弟であるキーマラス前公爵の力は、娘に爵位を譲っていてもまだ強く、それがガリレイがラミラに強く出れない理由である。
「義父母が黙っていると思うか?」
重い沈黙がその場を支配する。だが他に手立てはない。
「義姉上にはその旨も書いて、ご協力を願おう」
ガリレイも早く動かなければいけないことは分かっている。年明けにはカイルが寄宿学校に行ってしまう。それまでにどうするかを決めておかなければ、ノアがますます何も出来なくなる。
「ウォルフ、明日の朝一番にキーマラス家に届けてもらえるか?」
ウォルフは黙って頭を垂れた。
「クルドック、今夜にそなえてくれ」
長い夜になりそうだ。
そう思いながらガリレイは紙にペンを走らせた。
翌朝、違う内容の手紙を送ることになるとは、その場にいた者たちは予想もしていなかった。