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月のみず ー心を凍らせた月の騎士と陽だまりの娘  作者: はるあき/東西
一章 少女の死
2/14

病気

 暗闇が空を支配する頃、マクラシミン侯爵家の屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「医者を。お医者様を早く!」


 マクラシミン侯爵夫人ラミラは、蜂蜜色の髪を振り乱し、悲痛な声で使用人たちに指示を出していた。

 ()()()ミアが熱を出して苦しんでいる。

 既に侯爵家専属医のクルドックが側についているが、ミアは相変わらず苦しそうにしている。


 違う医者にも診せて正確な病名を言ってもらわないと。

 こんなに苦しそうなのに軽い風邪で寝ていたら治るなんて、信じられない。


 ラミラは五年ほど前に双子の女の子を生んだ。彼女と同じ蜂蜜色の髪を持つ可愛らしい女の子たちだ。先に生まれた子をミアと、後から生まれた子をノアと名付けた。

 今ベッドで苦しんでいるミアは乳児の時に高熱を出し、それから度々寝込むようになった。今日も急に体調が悪くなってしまった。それもこれも…。


「ノアお嬢様がお部屋にいらっしゃいません」


 侍女の一人が慌てた声で伝えてきたが、ラミラはキッとした視線で見ただけだった。


「寝ていたのでは?」


 当主であるマクラシミン侯爵ガリレイが問い返すが侍女はベッドが空でしたと口にした。


「至急、さが…」

「こんな時に気を引こうてして!」


 ラミラは忌々しく呟くと言い放った。

 体調が悪いとミア(ミア)が夕方から言い出したのを知っているくせに()()大人しくしていないなんて!

 病弱なミアが体調を崩したのは仕方がないとこと。元気で丈夫しか取柄がないノアは気を引きたいのか毎回何だかの騒ぎを起こしている。


「今は人が足りないのよ! どこかに隠れているだけなのだから、あなたは早く氷を準備してきなさい」


 夜で通いの使用人が帰ってしまっているため、住み込みの使用人だけでは、ラミラの思う通りにミアの看病が出来ない。これ以上人は減らせない。

 ミアの苦しそうな息が少し楽になったような気もするが気のせいかもしれない。けれど、おとうさま、おかあさまと呼ぶ声はか細く弱々しい。難病なのかもしれない。

 症状が改善されないまま刻々と時間だけが過ぎていく。

 

「旦那様、ノアお嬢様が怪我をされて、早くクルドック様を」

「どうせかすり傷でしょう! ほおうておきなさい」


 執事ウォルフの言葉をラミラが遮る。


「しかし、奥様。ノアお嬢様の出血が酷く早くお診せにならないと」


 ウォルフの言葉にガリレイは焦るが、ラミラはベッドの上で赤い顔をしているミアの方が心配で堪らない。


「何処に行かれますの? ミアに何かありましたら貴方の責ですわよ」


 扉の方に足を向けたクルドックに冷たくラミラはギロリと睨み付けた。クルドックは足を止め、ウォルフに両手を上げて無理だと示した。


「ちょっと…」

「ガリレイ様、ミアが心配ではないですの?」


 あまりの(ラミラ)の剣幕にノアの様子を見に行こうとしたガリレイはその部屋に止まるしかなかった。

 

「……」


 しばらくして、エントランスで誰かが叫ぶ声がした。

 ラミラは僅かに聞こえた言葉に廊下に出て叫んだ。


「お医者様、此方に、此方にお願いしますわ」


 急いでやってきた下町の医者は部屋に入ってきて呆れた息を吐いた。


「大怪我をした者がいると聞いたんだが」


 ベッドにいるのは顔は赤いが見た感じ元気そうな子供だ。それにこの屋敷の専属医らしい人が既に側についている。


「この子がこんなに苦しんでいるのですよ。早く診てください」


 医者はクルドックの方を見たがクルドックは諦めたように首を横に振っている。


「では、私がノアを診てこよう」


 クルドックは代わりが来たのだからと部屋を退出しようとすらがそれをラミラが引き留めた。


「その必要ありませんわ。それにクルドック様は、今後のミアの治療方針を相談していただかなければなりませんのよ」

「本当に怪我をされていて、手遅れになってもしりませんよ」

「ミアが手遅れになったらどうされるのですか!」


 クルドックの言葉にラミラは反論した。

 クルドックは侯爵の方を見たが、侯爵も首を横に振ってこの場にいることを望んでいる。ラミラの気のすむようにしないと後が大変だからだ。

 所詮雇われの身のクルドックは大人しくその場にいるしかなかった。


「熱は…、こんなに布団をかけて、暑すぎて熱になっているだけ」


 ミアが寒いと言ったから、何枚も何枚も布団をかけていた。


「喉は赤くも腫れてもいない。脈も正常、斑点もない」

「病名は、病名は、何ですの?」


 難病なら専門の医者を急いで探さなければならない。


()()

「けびょう?」


 ラミラは聞き直した。そんな難病聞いたことがない。新しい病気なのだろうか?


「けびょう?」


 ガリレイが呻いた。これほど騒いで仮病だと?

 クルドックは手を口に当て吹き出すのを堪えていた。


「体調が悪いと言えばチヤホヤしてもらえる。小さな子が親の気を引こうとお腹痛いとか言う″アレ″ですよ。

 お嬢ちゃん、度か過ぎると本当の病気の時に信じてもらえなくなるぞ」


 言い聞かすようにポンポンと布団を叩くと医者は急いで診察道具を片付け、扉の前に立っている使用人に目を向けた。町まで呼びにきた使用人だ。服が所々黒く汚れている。呼びに来た時は赤くて血だと思ったから急いでここにやってきた。だから、早く行かなくてはいけない。


「本当の患者のところへ…」


 扉が開き、青白い顔をしたウォルフが現れた。

 唇を震わせて彼は震える声ではっきりと言った。


「ノアお嬢様が先ほど息を引き取られました」

お読みいただきありがとうございますm(__)m

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