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六章 腹黒星人

  六章 腹黒星人

 

 五月の中に降る雨は、夕方には上がっていた。

 放課後、夕暮れ時の中、俺は屋上へと歩いて行っていた。メティに言われた。そこに青葉幸光は高確率でいると。

 興味半分、怖いもの見たさ半分。

 あのメティがタヌキと称する女の子ってどういう風なんだろうか。

 扉を開けると、雨の匂いが風に乗って流れていく。そして三階分近づいた空には、虹が掛かっていた。

 そんな中。ふわふわな髪を伸ばした女の子が背中をこちらに向けていた。

 振り返る。ニコニコしているが、それが心からではないのはなぜだか理解できた。

「こんにちは。学園の王子様、ですよね。光本篝さん」

「いやー、王子の称号はやめてほしいんですけどね……。単純にしんどい」

「ふふっ、でも本当に王子様みたいですね」

「先輩はお人形さんみたいですね」

「その誉め言葉は食傷気味ですね」

「いや。単純に、その作り笑いが人形めいてるなって」

 ふと、彼女はその笑みを消した。

 そこにあるのは、無だった。

 あらゆる表情が消え失せている、透明な人間の表情があった。糸目がちな印象を受けていたが、見開いた瞳に特に感情の色はない。

「どうして、そう思ったのですか?」

「何となく。俺は、心にもないことは言いたくない。失礼だろうと直球にものを言うから、不愉快だったらすみません。でも……そういう笑みは、俺は見たくないですね」

「……ふうん、なるほど。聞いていた話と違いますね。馬鹿な三枚目でスケベ、という話でしたが。中々どうして、鋭いですね」

「……やっぱ失礼でした?」

「ええ。十年間くらい培っていたこの微笑みの意味を、一瞬で無駄だと言われた気分ですので、とても癇に障ります」

「気分を害したなら謝るけど、発言を撤回するつもりはないよ」

「……おお。男らしいですね。でも、そんな男ほど屈服させたくなるんです。理事長もよい趣味をしていらっしゃいますね」

「え……先輩、もしかして腹黒系?」

「理事長から聞いているんでしょう? 大方、タヌキと言っていたのではないですか?」

「正解。まぁ、可愛いから何でもいいや。お近づきになりたいっす、先輩!」

「……」

 目を丸くしてる。

 そして、耐え切れなかったのか、苦笑を零していた。

「私の笑みを仮面と称し、挙句に腹黒いことを知っていながら、お近づきになりたいんですか?」

「いや、だってそれ込みで可愛いんだもん。腹黒いも裏を返せば、自分の気持ちがちゃんとあるともいえるし、その笑みも警戒からなんだろ? 初見の人には好意的に見えていて、ちゃんと知ると、踏み込んでくるなの警告にもとれる」

「……ふふっ。そうかもしれませんね」

「というわけでお近づきに!」

「ええ、構いませんよ」

「おお!」

「そう思い込むくらいは自由にさせてあげます」

「えええ!? お近づきいいじゃないですかー!」

「ふふっ、まぁ頑張ってください。ちなみに、私のどこが一番好きですか?」

「背が小さいのに胸が大きいとこ」

「正直なのは良いことです」

「でしょ!?」

「でもそれをそのまま垂れ流すと馬鹿丸出しなので、もうちょっと気を付けてください」

「う、うっす」

 自省しようとは思うんだけど、つい体が勝手に。

「でもまあ、そういう正直な馬鹿は嫌いではないですよ」

「やった! 事あるごとに先輩に粘着してやるぜ!」

「ふふっ、あんまりふざけてると潰しちゃいますよ?」

「どこ……とは、訊かない方がいいんだろうねぇ……」

「賢明です」

「で、どこを潰すんですか?」

「ほほう、そう来ましたか。新しいですね。それとも、私の口から言わせたいんですね、そう言う単語を」

「是非!」

「まぁ言いませんが」

「そんなぁ!? ちょっと勇気出したのに!」

「ちょっとじゃなく全ての勇気だったら……」

「言えよ、先輩……俺の、どこを潰すって?」

「目です」

「訊かなきゃよかった!」

 アソコだと思っていたので恐ろしさもひとしおだ。

「ふふっ、ええ。全ての勇気を出したところで得られるものは分からないんですから、ほどほどに。今日の教訓です」

「やだね。俺は何事にも全力少年! というわけで踏んでください。靴下で」

「エムなのですか?」

「エスではないかなーと。いや、面白そうだけどさ」

「では、私に王子モードで接してくれたら構いませんよ?」

「分かったよ、俺だけに心から微笑んでくれるかい? 可憐なバンビーナ」

「……」

「ダメだよ。女の子は微笑んでくれなきゃ。ね? そんなに後悔をした顔をしないで。この雨上がりの虹のような、美しい微笑みを俺に見せてほしいな」

「すみません、ごめんなさい。私が悪かったので、元のままでお願いします……」

「ガチで謝罪するほど!? これやっぱり酷いの!?」

「元の貴方を知っているととてつもないコレジャナイ感が……」

「ふふふ、じゃあそう言うことで。踏んでください」

「仕方ないですねぇ」

 靴を脱ぎ、四つん這いになった俺の上に……あれ、何故座る。

「スカートの中が見えないじゃないか!」

「やはりそう言う算段でしたか」

「なっ、謀ったというのか!?」

「いえ、貴方が自爆しただけです。それに、女の子に乗ってもらうのもいいものでしょう?」

「幸せです!」

「ふふふっ。本当に、仕方のない人ですねえ」

 苦笑されてしまった。可愛いのでよし。

 


「……」

 夜。

 シャワーを浴びて、髪をドライヤーで乾燥させながら思い返す。

 学園の王子様。

 そう呼ばれていた彼のことを思い出す。

 見かけたことは何度かある。人目を惹く容姿で、甘い言葉を囁き、そのたびに黄色い声援を受けては、陰で頭を抱えている。

 そんな男の子。

「あら」

 ……さっきから、彼のことばかり考えてしまう。

 この笑みを仮面だと見抜いた鋭さと、堂々とそれを本人に訊く豪胆さ。

 何より、顔がいい。個人的に好みだったし、あのおちゃらけた性格も構いたくなる。理事長が王子に据えるのも分かるし、興味は尽きない存在ではあるが。

 こんなにも誰かで思考が埋め尽くされたことはない。

「?」

 携帯電話の着信ランプが明滅している。交換した番号が映っていた。光本篝のナンバー。

『色々粗相しましたが、仲良くして頂ければ幸いです! 今度生徒会室に遊びに行きますが、お茶菓子とか持っていった方がいいんでしょうか』

 ……よくわからない。

 普通、黒い一面を見せたら、幻滅したとか言って去っていく人間が九割だというのに。

 こんな短い出会いで、短い付き合いでも、彼はそんなことは言わないとなんとなく理解していた。

「……」

 悔しいので、少し意地悪。

『では、ケーキ屋さんのプリンを四つ。生徒会のメンバーの分もお願いしますね』

 いつもの会長なら、手土産など不要と断言するのだが、彼は少しカテゴリが違う。

 それでも、すぐに返事は返ってくる。

『了解っす! 突然遊びに行くので戸締りには気を付けるんだな……フフフ……』

『通報しちゃいましょうか』

『冗談です。ごめんなさい。正面から行くので先輩の大きな胸で温かく出迎えてください』

『盛ってもいいですが、理事長さんに報告しますからね?』

『か、勘弁してつかーさい。俺、あの黒服にいつ何時襲われるかわかんないんっす!』

 本当なのか冗談なのか。判断着きにくいところも面白い。

 忠告しておこう。

『私、理事長の親戚なのです』

『え!? マジで!? メティはなんで先輩みたいにおっぱい大きくならなかったんだ……』

 思わずクスッとしてしまった。

 さて。

『このメール、理事長に見せてきますね』

『アッー! やめてぇぇぇ! 殺される! 俺殺されちゃうからやめてくださいよ先輩!?』

『冗談ですが、このメールは保護掛けておきますね』

『ひええええ! 勘弁してください! ついでに俺のこと褒めてください』

『三枚目』

『最近、笑ってもらえるならそれはそれでありかもと思ったりします』

 気が付けば時間を忘れて。

 一時間近く、メールをやり取りしていたのだった。


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