4.顔見せ会
頭痛い。ツライ。
昼休み。
お昼御飯も食べずに、佐奈は机の上に頭を乗せていた。
薬飲んだけど、あんまり効かないなあ。
これ、やっぱ寝てた方がいいやつかな。
咳、鼻水はない。
それでも頭の中でガンガン金槌を振りまわされているのは、結構つらい。脳内工事は遠慮したい。
「佐奈、これ貼りなよ」
歩美からペロンとめくって手渡されたそれは、おでこひんやりシート。こんなの、受験勉強の知恵熱以来だった。
「ん。ありがと」
「社長が戻ったら送ってくれるって」
「や、それは申し訳ない……」
「その状態で、一人で帰す方が心配だって」
「社長は過保護だもんね~。倒れたのが俺でも送ってくれるし」と、浩太が言えば、理衣沙も隣で頷く。
「無理しちゃダメだよ、佐奈。残った仕事はうちらでやっとくし」
「今日顔見せ会だし悪いよ……」
「相変わらず甘えベタだな、佐奈は。理衣沙が進んで仕事してくれるなんて言うの珍しいんだから、甘えときな」
「それどーゆー意味よ、歩美!」
「言葉のまんま」と笑う歩美に、理衣沙は「事実だから否定できない……!」と眉根を寄せる。浩太が「よ! リイサちゃん正直者!」とおだてるも、彼女は不服そうに唇をとがらせた。
「とにかく佐奈はそっちのソファーで寝てなさい! ブランケット、もってる? ないなら貸してあげるから」
「そういえば、わたしは桃缶もってたな。ちょっと用意してくる」
「じゃあ俺は飲み物でも調達してくる」
理衣沙、歩美、浩太。三者三様動きだして、佐奈はポツンと席に残される。
もう、みんな過保護。
くすくすと佐奈は笑い、大人しくソファーに移動する。
――顔見せ会、残念だな。
合併しても、別々に仕事をしている高峰と高山。十ニ階と十階は近くて、まだ遠い。
ゆっくり一つになろうと、急に従業員を混ぜたりはしない考えに、佐奈は賛成だった。
十階はどんな人たちがいるのだろう?
うちみたいな感じなんだろうか。それとも、組織って感じのきっちり系? まさか仲が悪いなんて事はないよね? それとも、それとも――?
まだ見ぬ仲間に思いを馳せつつも、唯一思い出されるのは、先週の、ファイルの彼。見た表情は驚き顔と少し気落ちした顔。だけど、普段は笑っているはず。いつか、自分にも笑ってくれたら――……。
ぼんやりと浮かぶ甘めの顔に、うすく笑みがのる。
中性的な癒し系の笑顔は佐奈の心を慰める。
挽回の機会は一個なくなっちゃったけど、きっと、大丈夫、だよね?
すぅっと意識が遠のいて。
佐奈はソファーで眠った。
戻ってきた三人はお互い顔を見合わせ微笑む。
理衣沙はブランケットをそっと掛け。
歩美は桃のお皿にラップをする。
浩太がペットボトルを並べ終えると、三人はそっと部屋から退出した。
一番背の大きな佐奈はみんなの妹のようだった。
◇◆◇
「カンパーイ!!」
お互いの社長が気安い友達のように挨拶をかわして、顔見せ会が始まった。
酒豪の数人がビールを景気よく飲み干し、周りからヒューっと声が上がる。勢いのあるスタートに料理も次々と運ばれてくる。
枝豆という定番すぎるおつまみと内輪ネタで盛り上がり、同僚が仕事の話をしそうになるのを、両脇にいた先輩が全力で止めたり。自社の数少ない女性陣は好みの料理と酒を注文しつつ、全体を見て必要なものを追加したりする。概ね、いつもの飲み会と同じ様子で時間が過ぎていった。
そうして中盤に差し掛かれば、酒の力もあって皆おおらかになってゆく。
最初は大人しく自社で固まっていた同僚たちも、気付けば隣同士、社をまたいで笑い、じわじわと両社の垣根がなくなってゆく。そのうち一人がよいしょと立ち上がり、突撃とばかりに高峰文具ゾーンへと足を踏み入れた。
軽い挨拶をして、開けてもらった隙間に入り込む。「帝司もこいよ~」と名指しで呼ばれてしまえば、社内一の若輩者は行くしかない。
「滝川帝司です。よろしく」
帝司は全体を見てペコリと頭を下げる。
「いらっしゃーい!」と明るい声が上がり、皆がいそいそと隙間を作ってくれた。
お礼を口にし、その隙間に座る。すると、元々座っていた高峰文具の一人が元気よく手を挙げた。
「俺、高杉浩太! よろしく」
「私は高花理衣沙です。よろしくぅ」
二人を見て、「よろしく」と、笑顔で返す。そして同時に思った。――この子じゃないな。
親睦を深める顔見せ会。帝司の裏ミッションは階段の君を探す事。
今朝、勝手に決めたこの課題は純粋に興味で。見つけたからといって、特に何かをするつもりはなかった。ただ、知りたいだけだった。
進む挨拶を聞きながら帝司は、
『人数は少ない。だから、きっとすぐに見つかる』
そう思っていた。――しかし。
見つからない……?
かなり集中して聞いたのに何故。
ひとり言と自己紹介では声色が違う? だけど、それでもしっくりこない。
内心一人で悩みつつ、帝司は話を聞き続ける。
いっそ、この場で尋ねてしまえば済む話。だけど、それじゃあ面白くないと思ったし、言っても出て来ない可能性も考えた。そして、なによりそれはルール違反のような気もするのだ。
顔は知らないので材料にならないし、そもそも論で言えば、絶対に高峰文具の従業員かと聞かれれば多分としか言えない現状。
改めて考えると判断材料は少ない。
そうして遂に最後の一人、高田歩美が名乗り終えると、正解があったのか帝司には分からなくなった。声だけで見つけられると思っていた自分は少々調子に乗っていたようだ。
仕方なしに今聞いた声を思い出していると、最後に名乗った高田歩美が「うちの会社、あと二人いるんだけど」と、言い出した。帝司は顔を上げた。
「一人は高井。うちの主任なんだけど、今日、奥さんが妊娠してることが分かって、今回は申し訳ないけどお休みって話に。そしてもう一人は、高谷っていうんだけど、昨日、突然の降られた雨に自分の傘を女の子に貸しちゃってね。ずぶぬれになって風邪ひいちゃう、お人よしイケメンなんだ」
「今日も来てたんだけどね~、やっぱ無理目だったからひんやりシート貼りつけて社長が送ったトコ」
ひんやりシートを貼っているイケメンを想像して、帝司は少し笑う。
お人よしなのは良いが、体力はつけた方がいいだろう。
しかし、イケメン。男。そして主任も男。
再び暗礁に乗り上げた階段の君探し。正直、もうわからない。
それからしばらくは、不在の高谷というイケメンの話題になった。
高峰文具は皆仲がいいのだろう、不在のイケメンのなら悪口の一つでも出るのかと思いきや、みな褒めそやす始末。みんなに可愛がられている弟分のような気がして、帝司も不在を残念に思った。
「月曜来なかったらお見舞いに行こうか」
「そだね。日曜の夕方に調子聞いとく」
高田歩美があっさり言う。雰囲気からして彼女ではなさそうだが、もしかして会社公認カップルというオチも想像できる。
帝司は深入りせず、聞き流す事にした。
それからまた時間が流れ、気付けば両社とも人数が減り始めていた。
主に女の子が帰り始めたようだ。
「じゃあ私はこれで」
立ち上がった高花理衣沙に高杉浩太が続く。
「リイサちゃん! 送ってく!」
「もう! 送り狼はいらないよ!」
「大丈夫大丈夫、俺は紳士な狼だから!」
結局狼なのか。と、帝司は思うも、高峰側の誰もが止めようとしないところを見ると、これはいつものやりとりのようだ。少し離れたところで、高花理衣沙が「半径一メートル以内に入らないなら許可する」と上手くかわしているのが聞こえてきた。
そろそろお開きか二次会か。
そう考えていたら、ふと、思い出す事があった。
そうだ。あの長身の女の子はどこに?
帝司は残っている高峰側の女の子に声をかけた。
「そういえば、そっちに背の高い女の子いない?」
「背が高いといえば、佐奈のことかな?」
「名前は知らないんだけど、前、世話になったから」
折角だから改めて礼を言おう、そう思って聞いてみたが、「佐奈はいないよ」と言われてしまう。
しまった。もう帰ったようだ。会がはじまってすぐ尋ねればよかった。
結局、階段の君も誰か分からなかったし、長身の女の子にもお礼を言えなかった。
会自体は楽しいものだったが、帝司にとっては今一つ物足りない顔見せ会になってしまった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!!