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12.高い峰に集う疑問

 



 映画が始まった。

 今週末封切りだったこの映画は、辺鄙(へんぴ)な村で暮らしていた少年少女達が、とある事件をきっかけに、自分達の故郷と国を守るための戦いに巻き込まれてゆく、剣と魔法の王道ファンタジーだった。


 旅先で想いを共有した仲間達とも出会い、困難な旅路を進む。

 途中、大きな試練やハラハラドキドキする危機一髪なシーンもあり、佐奈は息を呑んでスクリーンを見守った。



 友は故郷へ帰った時の事を幸せそうに話す。

 守りたいのは小さな幸せ。両手に抱えられるだけの、ほんの些細な、でも、何にも変えられない大切なそのひととき。


 『帰ったら、またみんなで暮らそう』


 笑って駆け出す後ろ姿は希望に溢れていて。その瞬間の美しさを映し出す。


 佐奈は大人になって、少しだけ物語の先が見えるようになった。

 物語は平坦では終われない。一見穏やかに見えても、急激に落ち、起伏し、人々の心を揺さぶる。平穏の後の苛烈さは、人の心に痕を残し、ぐっと物語に引き込む。


 戦いが始まる。

 互いに一歩も譲れない最終決戦。

 傷つけられて、傷つけて。両者満身創痍になりながらもただ一つしかない勝利を目指す。


 そうして、やっと勝ち取った勝利。

 これから訪れる平和に、誰もが喜び沸いた、その一瞬の隙。残党の凶刃が友を貫く。

 最後の最後で彼のささやかな望みは、その小さな手から零れ落ちた。


 佐奈は静かにカバンを開けた。


 一緒に旅をした仲間が駆け寄る。

 名前を呼び、手を握る。医者をと叫ぶ声。朦朧とする意識を繋ぎとめようと、皆が口々に励ましの声をかけ続ける。それでも急速に零れ落ちる命の欠片は誰にも止める事が出来ない。


 佐奈は涙が流れないよう、目の端にハンカチを当てる。

 鼻も音を立てないようにすすって、落ち着かなきゃと肘置きに手を置いた。


 静かに息を引き取る彼。

 仲間の慟哭(どうこく)。沈む勝利の空気。自分達は何のために戦ったのかと、大切な人を失って、改めて戦いの虚しさに気がつく。


 彼らが欲しかったのは地位や名声、ましてや金などではなかった。

 ただ、自分の大切な人を守りたかっただけ。両手に抱えられるだけの、ほんの小さな幸せを。


 ――不意に手が重なった。

 守るように重ねられたそれは、とても温かくて。

 心配ない、大丈夫だよと言ってくれているようだった。


 最後は皆、前を向いて歩き出す。

 未来へと進めなかった友を心に抱き、その友に恥じないように。彼の望んだ小さな幸せが、いつまでも続くようにと。



 本編が終わり、席を立つ人がちらほら現れ始めた。

 滝川さんは真っすぐにスクリーンを見つめていて。佐奈も同じように流れるエンドロールを眺めていた。


 さり気なく添えられた手。

 じわりと伝わる優しい温もりは、ゆっくりと佐奈の心に沁みわたる。

 強く握るでもなく、ただ寄り添うだけなのに、それでも存在は頼もしく、包み込まれるような安心感は、たとえ手を握り返しても支えてくれるように感じられた。


 判断は全てこちらにゆだねられている状態なのに、佐奈は動けなかった。



◇◆◇



 映画館を出たら、もう十四時を回っていた。

 なんか食べようという滝川さんに頷き、佐奈達はカジュアルなレストランに入った。


「腹減っただろ? 好きなモン頼んで」


 広げられたメニュー表を見て、佐奈は急にお腹が減った。


「滝川さんは何にします?」

「俺、どうしようかな。結構ガッツリ食えそうだけど……」


 ちらりと滝川さんがこちらを見る。

 その視線には「君は?」と、問うような意味が含まれている気がして、「わたしは、パスタかピザか迷ってます」と答えた。


「じゃ、まずそれと、俺はハンバーグにしようかな」

「え。食べきれないかもですよ?」

「ピザならシェアありだと思ったんだけど、イヤ?」


 首を振って「助かります」と笑えば、「じゃ、どれにするか選んで」と、滝川さんはお冷で休憩を始めた。


「どれにしようかな……」

「好きなので良いよ」

「滝川さん食べれないものあります?」

「うーん……、バジルは苦手かも」

「じゃあハーブ系はやめておきますね」


 「サンキュ」と笑った滝川さんは、「ねえ、苦手なものあるの?」と聞いてきた。


「わたしは……そうですね、納豆とか苦手ですけど」

「なるほど。ねばねば系が苦手?」

「オクラは大丈夫ですよ?」

「違いはなんだ?」

「うーんと、しっかりねばねばと、ソフトねばねばの違い?」

「なんとなく言いたい事は分かった。覚えとく」


 注文をした後も雑談は続く。

 食べ物つながりで好きなメニューとか、それならあの店がうまいとか。滝川さんは意外にも甘い物もいけるそうで、定石として「お酒は」と尋ねれば、「自分で言うのもなんだけど、結構強い方」だと胸を張る。なんと、甘党()つ辛党のようだ。うらやましい。佐奈は缶チューハイ一本すらのめないのに。


「飲むと、気持ち悪くなるの?」

「というか、すぐ赤くなって、倒れちゃいます」

「……それは、内緒にしておいた方がいい話だな」

「??」


 ほどなく食べ物の話題から別の話題へ移り、そうして、何となく避けていた映画の話題もさらりと始まり、あの手には深い意味などなかったのだと思い知る。


 そうだよね。うん。


 佐奈は一人納得する。

 この殺し屋さんは天然なのだ。

 さり気ない優しさと、親しみを込めて接する、無自覚さん。


 顔は間違いなくイケメンで、笑顔も素敵。甘い声で名前を呼ばれたら、世の乙女はそのまま落ちてしまうだろう――と、そこまで考えて、ふと気がついた。


 そう言えばわたし、今まで呼びかけられた事がない気がする。


 会社の新しい仲間で、休日、趣味の映画を一緒に見る関係。多分これは、友人と言ってよい。

 なのに、この声に一度だって名前を呼ばれた事がない。


 出会いも挨拶からはじまり、そのまま会話する事が多くて、今だって、「ねえ」とか、「あのさ」とか、そんな切り出しばかりだ。自分は何度も「滝川さん」と呼びかけているのに、どうして??


 佐奈は(いぶか)しんだ。

 まさか滝川さん、わたしの名前を知らないんじゃないだろうか。


「あのー。滝川さん。つかぬ事をうかがいますけど」


 会話がひと段落する頃を見計らって、佐奈はその疑問をぶつけた。「わたしの名前、知ってます?」

 すると滝川さんは少し躊躇うような顔で、「佐奈、でしょ?」と言った。


 疑惑は晴れたが、何故か下の名前呼び。

 佐奈が疑問に首を傾げれば、「みんながそう呼んでるの聞いた」と、頬を掻きながら言う。

 なるほど。佐奈自身も呼びかけで滝川さんの名前を知ったので同じだ。


「……みんな、仲いいよね」


 男女問わず名前呼びで。

 そう続けた滝川さんの顔はちょっと渋い顔。

 その理由は分からないけれど、これはよく言われる案件だった。


「それにはちゃんと理由があるんです」


 佐奈は同僚の名前を並べた。


 高田、高井、高杉、高谷、高橋、高花、高畑、高浜、高屋。


「あれ、これって……」


 滝川さんも気がついたらしい。佐奈は一つ頷き、最後に社長の『高峰』を加えた。


「高峰社長率いる、高峰文具は、みんな『高』って字がつくんです。歩美――高田(こうだ)だけは、読みがちがうけれど」

「まじか、これ、わざと?」

「恐らく」


 すげーなーと驚く滝川さんに「高峰社長、高いの好きだから」と言う。


「まさかって、思うけど。最上階にフロアがあるのも……」

「うん。そのまさかです」

「おぉ……ここまで来ると、いっそ清々しい」

「上まで登るのキツイんですけどね」

「エレベーターあってよかったな」


 実は乗れない時、結構あるんです。というのは、秘密にしておいた。時間ギリギリ大王なのが、ばれてしまうから。


「まあ、そういう訳で。名字で呼ぶと、実質最初の二文字が同じだから、分かりにくくて。だから、みんな社内では名前呼び」


 滝川さんは長年の疑問が解けたように晴々とした顔で何度も頷いた。


 その後すぐ料理が届いて。

 最初話していた通り、ピザをシェアしてもらって完食。

 デザートも勧めてもらって、結局佐奈は追加でオレンジのジェラートも頼んだ。


 さっぱりとした優しい甘味に、思わず頬に手を当てる。

 自然と笑みが浮かんできて、佐奈はご機嫌でスプーンを運ぶ。


「おいしい?」

「はい! とっても!」


 目線を正面に戻し、ニッコリ笑えば、食後のコーヒーを飲んでいた滝川さんも優しげに笑う。


 やっぱりこの笑顔好き。

 不意にまた自覚して。佐奈はその想いを誤魔化す為に、慌ててスプーンを動かす。なのに。


「ねえ俺も、佐奈って呼んで良い?」


 むぐ。

 ビックリして、行儀悪くスプーンを加えたまま、目の前を凝視した。


「ちなみに俺は帝司(ていじ)だから」


 片手に頬を乗せ、ニッコリと笑みを浮かべている滝川さん。

 それは何故か断れないような無言の圧力があって。佐奈はぺこぺこと頷くしかなかった。


 やっぱりこの人、スマイルキラー!







いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!!(*^_^*)

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