余命あと、5
眠れない夜中に書いたので、酷い文章になっております。
両親から、余命10日を告げられた日の夜だった。
空気を入れ替えるために、開けておいた窓。
そこから、月明かりとともにやってきた天使は、白い羽には不釣り合いな黒い瞳を光らせ、
こう告げた。
「こんばんは、神の慈悲により、あなた様の願いをお聞きに参りました。」
思わず、うろたえてしまった。
天使は、僕に一歩一歩と近く、その顔に表情はなく、
まるで人形のようだった。
「…ウエムラ、ユウキ様で、合っていますよね?」
「は、はい…えっと、あなたは。」
「私は…名前はありません。仮名として、ヴィータとお呼びください。
力天使の一人で、神の御慈悲により、ユウキ様の願いをお聞きに参りました。」
羽があることから、天使だというのは察せていた。
「ね、願いって」
「余命数日の命である貴方様に、神の御慈悲により、3つの願いを叶えて良いと。
なんでもよろしいです。来世の願いでも良いです。」
「いきなり、言われても」
どこか非現実的であった、自身の死が非現実的なものにより、現実味が増してしまった。
その現実味がやけに恐ろしくなってしまい、目の前がぼやけてしまった。
「あ、ごめんなさい…」
服の袖で拭っても、拭っても、恐怖という感情による涙は、止まらなかった。
「早急な返答は求めていません。一考頂いた後に、私に告げていただければ、力天使の奇跡で、願いを実現させましょう。」
「い、生きたい…死にたくない」
15という年で、手足がしびれて、動けなくなった。
言葉は、まだはっきりと出るけれど、そのうち、呂律が回らなくなり、喋れなくなるそうだった。天使は、僕の言葉に対して、簡潔に答えた。
「もって数日の命を延ばすという行為は、日々の苦しみを延ばすという行為になります。
それでもよろしければ、叶えます。」
「い、いいです。」
「そうですか、では、御用の時は、ヴィータとお呼びください。
いつでもあなたのそばに。」
動かない僕の右手を両手で包み、祈るようにした後、すーっとその姿を消した。
右手は、ぼとりと柔らかいベッドの上に落下した。
僕は、静かに目を閉じて、夢の中に入ろうとした。
それは、成功したようで、目を開けた時には、スズメの声が聞こえてきて、
月明かりは、明るい太陽の光に変わっていた。
9
「ヴィータ」
「はい」
看護師からの質疑応答の後に、僕はヴィータを呼んだ。
天使とはいえども、長時間僕という存在に縛り付けるのは、よくないと考えて
彼女から、参考までに、どんな願いを叶えてきたのか、聞きたくなった。
「今まで、どんな願いを叶えてきたか、教えてもらっていい?
決められなくて、参考にしたいって考えてて…」
「…『早く死にたい』『大事な人に、言葉を伝えて欲しい』『苦しくてもいい、生きたい』『過去の過ちを消して欲しい』『死んでもいいから、最後まで喋れるようにして欲しい』…もう少し、お話しましょうか?」
淡々と言葉を紡いで、今までの願いを告げて行く。
参考になりそうな願いはなかった。
「ううん…来世のお願いでもいいって、言ってたけど、それは…」
「『顔をよくして欲しい』『愛されたい』『恋人が欲しい』などです。」
「なるほど…」
来世に…期待はしていない。
今世では、両親の仲は良く、愛も与えられた。
しかし、15歳でそれを終えたいと言われると、終えたくない。
死にたくない。
数は少ないけれど、友人ともまだ遊びたいし、あるか分からないけれど、恋愛だって楽しみたい。平均寿命の半分も過ごしていないのだから、悔いは沢山ある。
苦しいからといって、死にたくない。苦しい中で、生きたくもない。
あと、9日という命は、運命に逆らわずに、終えた方がいいだろう。
ヴィータはもう用はないだろうと、考えたのか、既に消えていた。
「…どうしようかなぁ」
「優輝、何悩んでんだよ、ナースコール押すか?」
「あ、いや、なんでもない、大丈夫。」
いつの間にか、部屋に入ってきていた友人が近くに座って、心配していた。
「仁志、来てくれてありがとう。」
「いや、親友の一大事にこねぇ奴いるわけないじゃん。」
「あはは、腕とか動かせないけど、動けるようになったら、また、ドッジとかしような」
「小学生で卒業しろよな、まったく…」
やれやれと、首を横に振っている。
薬は、ないよりマシ程度なので、使っているが、腕は、死ぬまで動かせる時はないだろう。
しかし、まだ精神が大人になりきれていないだろう友人に、僕は死ぬから、ごめんねなんて言えるわけがない。
「まぁ、大丈夫そうなら良かったよ」
笑顔でそう言ってくれる友人に、自分の心が痛んだ。
ごめん、本当にごめんな。
7
…目を開けた時、両親が抱きついてきた。
どうやら、意識を手放したようで、1日ずっと寝ていたようだ。
あと、7日。
何か、話そうと思ったが、呂律が回っていないことに気づいた。
口を開けば、舌が回っていないようで、喋りたての赤ん坊のようだった。
(ヴィータ)
「はい」
自身の病室で、一人になった際に頭の中で、とある名前を思い浮かべる。
(呂律が回らなくて、だからこの状態でもいい?)
「はい、大丈夫です。」
(よければなんだけど、話とかしてくれたら嬉しいな。)
「何の話をでしょうか」
(えっと、今まで見てきた光景とか、天使の中での物語とか、天使についての話とか…?)
「では…私たち、天使の階級についてはいかがでしょうか。」
(うん)
「では、天使の階級ですが…私は、力天使で、9階級の中で真ん中の位置にある階級です。」
そこから、彼女が話したことは、とても勉強になった。
いや、これからに使えるかと言われると、そうでもないけれど、話を聞いていて、とても面白かった。
9階級を偉い順に並べると、熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、一介天使。
神という存在に一番近い存在というのは、熾天使で。
ヴィータの階級である、力天使は、《奇跡》という力が使えるらしい。
守護天使である一介天使とは、別の立ち位置で守護などをするらしい。
(出張みたいなものだよね)と聞いたところ、
「シュッチョウ…?」と頭を傾けていたのには、少し笑ってしまった。
天使というのは、すべてを知っていて当然と考えてしまっていたが、
彼女ら、天使には、感情が薄いらしい。
神に逆らうことのないように、白い羽が汚れないように。らしい。
仁志が、厨二病を患った時には、「我が名は堕天使ヒトシ…」と言っていたのを思い出して、
再度笑いそうになった。
6
トイレへ行くために、看護師さんに車椅子に乗せてもらい、運んでもらっていた時だった。
どこからか、僕の病室へ度々来てくれる看護師さんが話をしていた。
少し、耳を傾けてみる。
「あの子、不気味なの。」
「どうして?」
「気が狂ったか、知らないけど、病室で一人の時に、話をしているのよ。
最近は、喋れなくなったんだけど、どっかを見て、笑ってるの。」
僕は、その話を聞いて、なるほどと、納得してしまった。
これは、おそらく僕の話だろう。
ショックは特になかった。
死ぬと言われた時のショックより、でかいショックなんてないだろう。
「…後で言っておくよ、ごめんね」
(佐藤さんは悪くないですよ…なんて、言えたらなぁ。)
看護師という存在も人間なのだから、不満をこぼす時だってあるだろう。
僕もそうなのだから。
5
今日も、彼女から話を聞いていた。
これって、三つの願いの中に入る?と聞いたけれど、願いの中には入らず、願いの参考になるのなら、と返答された。
「…失礼、そちらは?」
(…えっと、これはチョコケーキだね。少し食べる?)
「はい、興味があります。」
(僕、取れないんだけど、取っていいよ)
少し、瞳を輝かせながら、そわそわ聞いてくる様子に、思わず天使でも女の子は、女の子なんだなぁという感想が頭の中で出た。
「失礼します。」
チョコケーキと書かれた小包装のお菓子の袋を破り、チョコケーキを恐る恐るといった様子で、かじった。
「…これは、とても美味しいですね…!」
(でしょ!僕も好きなんだ)
思わず、ニコニコとしてしまう。
が、女性の看護師の話を思い出してしまい、表情を戻す。
「?…どうなされました」
(ううん、気にしないで。)
「…不満があれば、お伝えいただければと思います。」
(本当になんでもないから…)
「…嫌な方がいるなら、殺すことも可能です。それが貴方の願いならば。」
(殺す…殺すかぁ。それはいいかな。そんな事は考えてもなかったから、大丈夫だよ。)
「やはり、何か不満が…」
(違う違う、何でもないよ!)
羽をぱたぱたとさせて、怒っているように見える。
が、表情は依然変わらずだ。
その様子にあははと表情で笑ってみれば、機嫌が直ったのか、羽のぱたぱたという音は止んだ。
*
夜中、ひどい雨だった。
窓を揺らす風の音と、静かにならない雨音が混じって、眠れなかった。
窓の外を眺めて、眠りに誘われるまで待った。
だが、突然僕の視界は暗転した。
眠ったという表現ではなく、本当に目の前が真っ暗闇になった。
途端、僕の耳に声が聞こえてきた。
「眠れ 愛しい吾子よ
母の腕に抱かれて どんな夢を見てるの」
やわらかな声だった。赤ん坊の時に聞いた歌だっただろうか。
夢の中に誘われるようにして、僕は瞼を閉じて、眠りについた。
次で終わります。