あたしの魔法使い
もう、いや!
なんで、こんなことになっちゃったんだろう――「あと10センチ長かったらねぇ」と言った、美容師さんの忠告が蘇る。
あたしの脳内予想じゃ、クルリンと縦巻きふわふわヘアになるはずだったのに――この好き勝手にハネまくる髪、あたしの性格みたいじゃん。
当てつけかぁ!
職場の同僚も先輩も上司も、「何が気に入らないの? 変じゃないよ、かわいいよ」って言ってくれる。ヨイショじゃないってわかるよ。
でも、あたしが全然、気に入らないの!
気に入らないったら気に入らないの!
3日たつけど、ちっとも見慣れない。
もう、丸坊主にしてカツラ被ってやるぅ!
イライラ、モヤモヤ――
気分はブルーのまま、デートの日がきてしまった。
サイドの髪を上げて、あたしの目線に、このムカつく髪が侵入しないようにして出かける。
車で出かけない時の待ち合わせは、いつも駅の改札前。
彼は、黒のシャツにジーパン姿で、あたしを待っていた。
黒い帽子を被ってる。帽子なんて、めったに被らない人なのに。
そんなことより、今日はあたしのこの髪の方が大問題。
両手で髪のすそを押さえながら、彼のそばへ小走りに駆け込んだ。恥ずかしくて、顔を上げられない。
「おっ、かわいいじゃん」
彼の声が、頭上から降りかかる。
あれ、どうして?
あたしの心のコーティングが、熱に触れたようにとろけていく。
「変、いや、似合わない」って言葉に、あんなに固く、かたく覆われていたのに。
そっか。
彼は、あたしの魔法使い。
彼の言葉全てに、対あたし専用魅了の魔法がかかっているんだ。だからあたしは、彼の声ひとつで、お姫様にも花にも蝶にも、スペシャルスイートなお菓子にもなっちゃうんだ。
あ、たまには爆弾とか暴走車になっちゃうけど。
やだ、あたしったら。「そ、そう?」なんて、思うようにカールしてくれない髪を撫で、その気になってる。
調子にのって、「今日は帽子なんて、珍しいね」と、彼の帽子をはぎ取った。
え?
ま……丸坊主?
「いやぁ、最近ヤバくなってきたからさぁ、いっそのこと剃ってやれとか思って、へへ」
彼は、情けない顔にごまかし笑いを浮かべる。あたしは、一瞬の驚きをサッと片付け、にっこり笑って見せた。
「新しい発見、て感じ? いいよ、うん」
背伸びをして、彼の頭をクリクリと撫でる。
やだ、いい手触りじゃん。
あたしの魔法使い、ツルツル頭の魔法使い。
あたしも、彼の魔法使いになりたいな。
私の呪文ひとつで、疲れも悩みも吹っ飛んじゃう、ピョンピョンヘアの魔法使い。
あたし、彼の腕にクルンと巻きついて、頬をぴったりくっつけた。
<了>
「カレーなアタシ」と同じく、職場の受付嬢に捧げます。
受付嬢よ、あなたはすばらしいネタの宝庫です〜