94話 偽りの災厄 炎の中の梟『ミネルヴァ』!
あの後、すぐにクレールエンパイアを出て皆は治療を受けた。
ベリツヴェルン家の人達の罪状に関してはフリードさんが握りつぶしてなかったことにした。それは彼なりに今回のことを気の毒に思った結果なのかも。
リーゼも今回のことで家族と一旦落ち着く必要があるというわけでクレールエンパイアに残った。ここで彼女とはお別れだ。
彼女は僕達のことを家族に悪くは言わない、と言ってくれた。それでも僕は悪く言われても構わないという気持ちだった。心のどこかでは僕を非難してほしいとさえ思っていた。
カナリア達は命に別状はなく、ガイトも心配なさそうだった。それよりも「またベッドの上かよ」とボヤいていたくらいだ。
僕は今回のことを後悔はしていない。後悔することは、選択した自分を否定すること。それだけはどうしても許せなかった。
「やっぱりやらなきゃ良かった」なんて口が裂けても言えない。
僕はこの手で、カルナを殺したんだ。この事実から逃げるつもりはない。
それは……背負っていく。
カルナを斬った後に僕なら「支配」で助けられたんじゃないかとも思ったが、バハムートが言うには「魔力構造がグチャグチャになっている奴は『支配』するのは難しい」とのこと。
でも、「支配」できたとしてもあんな姿になってしまったカルナをずっと留めておくなんてことは……しなかっただろうな。
僕だけはリーゼの吸血鬼の力で体が回復していたこともあってすぐに学院に帰ることができた。
そこでは……ベルベットが待っていた。
「ベルベット」
「アスト……あのね……」
ベルベットは僕を見ると何かを言いたそうだった。僕も言いたいことがある。それなら、
「部屋の中で聞くよ。僕も話したかったからさ。あれから色々……考えたんだ」
「う、うん……」
僕達はベルベットの部屋に移動する。中に入るとキリールさんがいて、ペコリとこちらに挨拶してくれる。
「キリ。席を外してくれる?」
「わかりました」
ベルベットは僕と重要な話をするために2人だけの空間を作る。キリールさんは部屋から出て行った。
2人だけになって……こうなるとどう話を始めればいいのかわからない。言いたいことがいっぱいあって絡まっているのだ。
「アスト。ごめんなさい。アストが人間ってこと……黙ってて」
僕がどうしようかと困っているとベルベットから始めてくれた。内容は謝罪。
「そのことは、うん。ショックだった。どれだけ魔法が使えなくても『自分は魔人だ』って一線だけが……ここで僕が皆と一緒に頑張れる支えだったから。自分が人間って知って……どこか『皆と違うんだ』って強く感じるようになった」
僕がそう言うともうベルベットはウルウルと泣きそうな顔になってる。早い早い。
「それでも『アスト・ローゼン』にとってはもうこの場所が……居場所なんだ。どこまでやれるかわからないけど、僕なりに頑張ってみようと思う」
僕は人間だ。人間でも……僕はここにいたいと思っている。友達や尊敬する人、学んだことはここで得た物だ。簡単には消えやしない。
「それにね。こんなダメな僕を……好きだと言ってくれた子がいたんだ。その子のためにも僕は止まらない。きっと、ずっと、僕を見てくれてるから」
カルナ。こんなの自分勝手だよね。でも、見ていてほしい。僕のことを。
密かに決意したその想いは揺るがない。あの子は僕の笑顔が好きだと言ってくれた。それならいつまでも曇った顔はしてられない。
そのためにも僕は聞きたいことがある。
「ベルベット。教えてほしいんだ。どうして僕を拾ったのかを」
それは核心に迫ること。ベルベットは謎が多いけれどその1つを明かすことでもある。
僕を人間だと知って拾うばかりか魔法を教えようとしているのはどうしてなのか。それを知って初めて僕は前に進める気がした。
ベルベットは少しの迷いを見せて……話し始めた。ここで話さないことはまた信頼を裏切る行為になると思ったから。
「私の目的は……『王』を創ること」
「王?」
「そう。人間も、魔人も、この世界全てを統べる絶対的な王」
それだけではよくわからないが……言葉だけを受け取るなら不穏にも聴こえる。人間も魔人も……っていうのは荒唐無稽と言われてもおかしくない。
「私がミリアド城で過ごしていた時期があることはもう知ってるでしょ?」
「うん」
第三次種族戦争が終わった頃に人間と偽ってミリアド城にいた……それは知っていることだ。そしてそこでベルベットが城の人間をほとんど皆殺しにしたっていうことも。
「戦争の傷でボロボロになってたところをそこの姫が助けてくれたの。『マナ・クーリア』って子。すごく優しくて、どこの誰かもわからない私を何も聞かずに介抱してくれた。それから私とマナは毎日話をしたり、お忍びで出かけたりもしたわ。たまに国のことで助言してあげたりとかもあったわね」
声音からわかる。ベルベットのマナに対する想い。とても大切な人だったんだな。
「でも、ある時に私が用事でミリアドから離れてて……帰ってくると、ミリアド城は燃えていたの」
「燃えていた?」
「何者かに襲撃されていたのよ」
話は急展開を見せる。それはベルベットがいない時を狙っていたとしか思えない。しかも城に襲撃とはなんて怖いもの知らずなんだ。
「私はすぐに燃える城の中へ入った。中にはおびただしい数の死体があったわ。首が切断されてたり、バラバラにされてあったり、今となっては『見せる』目的の死体だったと言えるわね」
見せる……?
僕の疑問は置いてベルベットは話を続ける。
「私はマナを見つけた。唯一意識はあったけど致命傷を受けてて死ぬ直前のような状態だった。治そうと懸命に治療の魔法を使ったけど……ダメだったわ」
ベルベットは悔しそうな顔をしている。今でもずっとその時のことは頭に残っているんだ。親友を救えなかった悔しさが。
「けど、それだけじゃなかった。私は見たの。城の中で、マナを抱きかかえる私を見ていた存在を」
まさか……それが城を襲撃した……。
僕の理解する顔を見てベルベットは1つ頷いて肯定を示す。
「多分ね。そいつは梟の仮面をつけていたから顔がわからなかったけど……杖を持っていた」
「杖!?ってことは……」
「それだけで断定できることではないけど……そいつは魔力も持っていた。魔人だったのよ。私はそいつのことを『ミネルヴァ』と呼称してるわ」
ミネルヴァ……!
確かに……ミリアド城に襲撃なんてことをするのは魔人くらいだろう。梟の仮面をした魔人か……。
ベルベットの話を聞いても、ミリアドは独裁で民に不満を募らせていたわけでもないようだし。なによりミリアドの人は姫が死んだことを悲しんでいた。そこから姫が慕われていたこともわかる。反乱なんて起きるはずもない。
「そいつは去っていった。まるで私が来たことを確認してから。それと入れ替わりになるようにして……ハンター達がやってきた。私はすぐに助けを求めたわ。けれど、その人達は何を言ったと思う?……『ベルベット。これはお前の仕業だな』。」
ベルベットはマナに治療の魔法を使っていた。そのことからわかるように……「杖」を出してしまっていたんだ。魔法使いであることをこれでもかと表す武器を。さらには燃える城の中でベルベットだけが生きていればそう思われても不思議ではない。
それはその魔人によって仕上げられた1枚の絵。「ベルベットの裏切り」というタイトルの最悪な絵だ。
「どれだけ否定しても私が魔人だと知った彼らは何も聞いてくれなかったわ。だから……逃げるしかなかった。親友の亡骸を置いて……ね」
こうしてベルベットはその『ミネルヴァ』に大切な親友を殺された上でミリアド城を潰した罪の全てを被せられた。それによりミリアド城では災厄の象徴とされて恨みを持たれることも多くなったんだ。
ベルベットがなぜミリアドであそこまで恨まれてるのかはわかった。でも、その話と「王」の話はどう繋がるんだ?
「あの炎の城で、死にゆくマナは私に言ったの」
『私、ベルベットが『魔人』だってこと、知ってたよ?』
『けど、あなたと過ごした毎日は私が生きた中で一番楽しかった』
『ねぇ……人間と魔人は一緒に生きちゃいけないの?』
『人間と魔人が手を取り合える世界。それってすごい素敵で、あるべき当たり前の形の世界だと思うの』
『そんな世界を、見てみたかったなぁ……』
人間も、魔人も、どちらもこの世界に生きる命。それに違いなんてない。
その理解があったマナは今の争いを続けるこの世界の形を不自然に思っていたのだろう。
ベルベットを受け入れたのは彼女の小さな「革命」だったのかもしれない。
「魔人と人間は共存できる」って……
「私は今の世界を終わらせたい。それには全てを統一できる存在が必要。相応しいのは……人間の世界も魔人の世界も知っている者だけ。それに選んだのが……アスト、あなたなの」
「僕?」
「当時の私は最低だった。記憶を失ったあなたを見てチャンスだと思ってしまったの。アルヴァタール家の評判は聞いていたわ。エリア6のリーダーの実力は人間の中でも最強。その息子となれば期待も大きい。もしその存在が『魔法』も持ったら……って」
アレンの力は僕も知っている。リーゼにだって一方的だった。
それに未だ全容を掴めない未知の異能『革命前夜』の再生能力は回復できる上限があるということを考慮してもあまりに強力すぎる。
それに加えて「魔王後継者」でもあるときた。エリア6が血眼になって探すのも頷ける。彼がいなくなったのは人間にとって痛すぎる。……自分のことなんだけどね。
僕としてはマナダルシアにいたいし……アレンも帰りたそうにはしていない。それどころか「アスト・ローゼン」として気にせず生きろと言う始末だ。
何か帰りたくない理由があるのか。彼の言う「目的」がそれに関係しているのか。自分のことではあっても彼のことはまだまだわからないこと尽くしだ。
「見損なったわよね。利用するために拾ったなんて。嫌いになったわよね……」
ベルベットの中でまだ僕が怒ったことが記憶にあるのか、僕の機嫌を気にしているよう。しかし、僕はもう決めている。
「ううん。嫌いになんかならないよ」
「え?」
「ショックだったけど……それでも救われたんだ。僕にとっては白紙の世界で手を差し伸べてくれたことが嬉しかったんだ。だから……そこにたとえどんな理由があっても、僕は君と、ベルベットと……一緒に生きたい」
「そ、それって……」
「嫌いじゃない。大好きだよ……ベルベット」
僕は微笑みながら自分の大切な人に想いを告げる。もちろんこれは異性としてではない。そんな気持ちじゃなく……これからも僕はベルベットを支えていきたい。そんな気持ちだ。
だが……当のベルベットは、
「ぷ、プロポーズきたああああああぁぁぁぁ!! よし!! よぉし!!!!!!」
ガッツポーズからの大音量シャウト。さっきまで落ち込んでたんじゃないのか!? シリアスな空気がぶっ壊れだ。
「そ、そういう意味じゃないって!」
ベルベットは僕の抗議の声を無視。ほんと自分に都合の悪いことだけはシャットアウトする天才だ。
誤解なんだけど……ベルベットも喜んでるし……うーん、どうしたものか。
まさか……ベルベットも本気じゃないだろうしね。放っておこう。
「あ~、録音しててよかった~」
「はい?」
そう言ってベルベットは取り出した魔法道具をポチっと押すと……
『ベルベットと……一緒に生きたい』
『大好きだよ……ベルベット』
僕の声が再生されてる!! うぉいっ!!!!
「ちょっ、なんで録音なんかしてるの! 今すぐそれ消して!」
なにしてんだこの人!?!?!? 本当に僕はベルベットと共に生きていいのだろうか。自分の身の心配をしなければいけないかも……。そこに関してはしっかりキリールさんにベルベットが変なことをしないか見張ってもらわないとだ。
ま、まぁ……それは置いといて。置いとけないけども。
「ベルベットが言う『王』になれるかどうかはわからない。けど……僕は『支配』の魔王だ。この世界の歪みを、人間と魔人の争いを、全部、僕がいつか……支配してみせる。……頑張ってみるよ。僕も人間と魔人が共に生きる世界を見たいしね」
僕の戦う理由は決まった。まずは人間の手から魔人を守って……その上で人間と魔人の共存の道を探す。それには実際に最前線で戦う「魔法騎士」が一番だ。
いつかなってみせる。この世界を変える。そんな存在に。
だからカルナ。君にそんな世界を見せられるように頑張るよ。
僕がそう言って締めくくろうとすると……ベルベットは「やっちゃった」って顔をして、
「あ……ごめ……また録音ボタン押しちゃってた……」
またベルベットが再生ボタンを押すと、
『僕は……「支配」の魔王だ。この世界の歪みを、人間と魔人の争いを、全部僕がいつか……支配してみせる』
僕の言葉が再生される。こうして聞くと僕だって恥ずかしいわけで、
「ベルベット~~~~~~~~!!」
「ごめんなさい~~!!」
そんな風に僕とベルベットは仲直りした。僕の黒歴史が増えたような気がするけど……。
はぁ……。でもやっぱりこれがベルベットだ。
それに……こうして仲良くいられることも、
人間と魔人が共に生きられるという、最高の証明だ。
次回のエピローグで、エピソード3は終了です。もちろん最後の締めくくりであるエピローグまでお付き合いお願いしたいですが……ひとまずここまで「読んでくれてありがとうございます」。0章ラストエピソードってことで今回長かったなぁ……。あー次のエピソードも書かなきゃ……。




