91話 カルナ・キマイラ
「リーゼ。立てる?」
「ふんっ……ですわ」
僕とリーゼの戦いが終わった。だが、手を差し伸べてもリーゼはぷいっと顔を背けて取ろうとしない。拗ねてしまっていた。
「なんかムカつきますわ! 自分の魔法でぶっ飛ばしといてドヤ顔で『立てる?』なんて言ってくるのなんかムカつきますわ!」
「えぇ……」
困った。理由も意味わからんし。これはどうすればいいんだ。
「えっと……リーゼって拗ねてる時、ベルベットに似てるね」
「アストさん……何か言いました?」
「いえ……何も言ってないです」
ベルベットのことは最大級の地雷なのかリーゼはギラリと鋭い視線で刺してくる。こ、怖い……。
「ふぅ……。で、どうしますの? カルナのことと……私のこと」
「?」
「わ、私のことも……救ってくださるのでしょう?」
頬を染めながら恥ずかしそうにリーゼは聞いてきた。僕の言葉が届いたのか、意見を変えてくれたんだな。
「うん。そうだね……そこは僕じゃなくてベルベットに頼るしかないんだけど……」
「言いましたけれども、あいつが知ってるかは望み薄ですわよ?」
うーむ。じゃあもっと可能性のある方法が1つだけある。こっちが本命だ。
「それならこれから作るしかないね。吸血鬼の体をどうにかする……薬……みたいなものを」
「作る? そんなのベルベットでも無理ですわ」
「いや、ベルベットと……協力してくれたらアンリーさんも。そしてリーゼも」
「私!?」
魔法関連に深い知識を持つベルベット。魔工の医療関連に深い知識を持つアンリーさん。そして魔工の魔法道具関連に深い知識を持つリーゼ。
それぞれはこの吸血鬼の問題に対して尽くす手はない。では……3人が一緒になればどうだろうか。
ベルベットとリーゼの仲は良くなさそうだからこんなことを考え付きもしなかったのだろう。リーゼはキョトンとしている。
「あんなにカッコイイこと言っておいてアストさんは何もしませんのね……」
「それに関しては触れないでください……」
僕はバカだから全然役に立てない。せいぜい……彼女らの心を守ってあげるくらい。
それをリーゼは知っている。今のも本気で言ったことではない。
「……仕方ありませんわね。可愛い妹のために、そして自分のために、久しぶりに本気になりますわ」
良かった。断られたらどうしようかと。あとはベルベットとアンリーさん。アンリーさんは多分承諾してくれると思う。いい加減な人に見えるけど意外にそういうところはしっかりしてるし。
それと、ベルベットか……。僕は喧嘩中なこともあって頼みづらい。起きたら話をするとは決めてるけども。
まぁそんなことは帰ってからだ。
「そうと決まればカルナとこれからのことを相談しなきゃだね。早くカルナのところへ行こう。案内してくれる?」
カルナにもこのことを話さないといけない。吸血鬼の体をどうにかする薬を作るにしてもカルナの命のために一時的な吸血鬼化は避けられないかもしれないからだ。
けれども「輸血」という形でならカルナも血の摂取を許してくれるかもしれない。それも人を殺して血を奪うのではなく、医療機関から募って、だ。
それならば誰かの命を奪うわけではない。もしかすると輸血でもカルナのストレスになるのかもしれないが……いずれにしてもカルナとよく相談して、彼女が一番良いと思う道を探してあげよう。
「わかりましたわ。では、少しだけ肩を貸してくれれば……」
ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンン…………!!!!
「? この音はなんですの?」
「さぁ……?」
地響き。誰かが魔法でも撃ったのだろうか。そんな衝撃ではなさそうだが……。
何か大きな物体が出現した。そんな揺れだ。
いったい、何─
「おあああああああああおあおあおあああああああああああああおおおああおあおあおあ!!」
突如、2階からけたたましい声が聴こえ、巨大な質量が落ちてきた!
「なん……だ、これ……」
ヘドロでも組み合わせたかのようなその体は僕の10倍はありそうなほどデカい。そこにはいたるところに無数の口や目や鼻が乱雑にくっついている。腕や足も無造作に張り付けられていてその数は百に届かんばかり。
人間のパーツがグチャグチャにつけられた魔物らしきもの。
今までバハムートやグランダラスなどの強力な魔物を「化け物」と形容してきたが……これこそがまさに本当の意味での「化け物」ではなかろうか。
「リーゼ、すぐにここから逃げ─」
「あああああああああああああすううううううううううううぅぅぅぅぅぅっとおおおおおおおおおおおおおおおおお、みいいいいいいつけたあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
「………………………………………………………え?……………………………………」
僕の……名前?
一瞬、自分の中で世界の時が止まる。
なん……………………で…………?
これはどういうこ─
そこで、化け物から伸びた腕に殴り飛ばされて僕の思考は遮断された。




