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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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90話 恋焦がれる少女は果実へ手を伸ばす


「ぐす……ぐす……」


 (おり)の中で少女は蹲って泣いている。自分の身があと数時間ほどで化け物となるのがわかるからだ。儀式の準備は着々と進んでいることだろう。



 ドオオオオオオオオオォォォォォォンンンンンン!!!!



「ふぇ……?」


 突然の爆発音と激しい揺れにカルナはビクッと震える。家で何か事故でもあったのか。檻から出られない自分が心配しても仕方ないがどうしても気になってしまう。

 思えば下の階が騒がしいような。カルナのいる部屋は小規模の結界が張られているので衝撃はおろか音も軽減されるのだがそれでも感じる大きさの揺れと音だった。


 原因は何か。事故でないとするならば真っ先に浮かんだのは……大好きな少年のことだった。


(アストが……きてくれた?)


 そんなわけない。こんなところまで会いに来るなんて危険すぎる。幼いカルナでもそれはわかっていたし自分の問題はどうすることもできないことだとアストも知っている。助けに来るわけがない。


 でも、もしも、助けに来たのだとしたら……。


「あ、アスト……」


 檻の格子(こうし)を叩く。ビクともしない。まだ吸血鬼に覚醒していない自分の力は非力同然。一応、『ファルス』は教えられているので使えるのだがこの檻はそれでも破壊できない物だった。


 アストに会いたい。また一緒にいたい。


 それだけではなかった。あの観覧車でアストの傍にいることが「温かい」と感じたあの気持ち。あれがもう少しで何なのかがわかる気がしたのだ。


 今すぐアストに会ってあの気持ちを(いだ)きたい。確かめたい。

 しかし、少女の願いは届かない。


 失意の中、カルナはへたり込むと……。



「カルナ・ローラル・ベリツヴェルン」



 誰かに名前を呼ばれた。この部屋には自分以外いないはずなのに。いるとすれば……フルネームで呼んでくるのは変だが家族の誰か。


「……だ、誰…………?」


 声をした方へ振り返ると……そこには白いローブを羽織った何者かが立っていた。フードを被っていて顔は見えない。

 窓が破られている。そこから入ってきたのだろう。おまけに結界まで破られている。家族の誰も侵入には気づかなかったのか。


 カルナは現在、家族のほぼ全員が家の外に出ていることを知らなかった。姉のリーゼもアストと戦っているせいでこの者の侵入には気づいていない。

 この者はつい先日アーロイン学院でライハ・フォルナッドとガイト・オルフェウスに「マジックトリガー」を渡した「謎の魔人」である。そんなことカルナはもっと知るわけもないが。



「今、下ではあなたのお姉さんが戦っている。あなたの大好きなアスト・ローゼンと」


「アスト!?」



 その者の口から出たものはカルナにとって一筋の光であり、さらに心の中に渦巻く不安や苦しみを深くさせるものだった。


 アストが来てくれたのは嬉しい。カナリア達も来てくれているだろう。

 けど、自分の家族と戦っているだろうということもカルナにだって想像がつく。何よりアストと姉が戦っていることはカルナにはショックなことだった。


 どちらも大好きな人。そんな2人が争っているなんて嫌だ。嬉しいけど、苦しい。


(アスト……お姉ちゃん……)


 苦しむ胸も抱きしめて、それでもどうすることもできない自分が嫌になる。

 自分にもっと力があればアストと姉の戦いを止められるかもしれないのに。



 自分にもっと力があれば……!




「力、あげようか?」



 カルナの心を盗み見たかのような言葉。それは心の奥深くを掴んで根を張っていく。


「くれ……るの?」


「ふふふ」


 謎の魔人は手をかざす。するとカルナのいた檻がベキ……ベギギッ!!とへしゃげていく。折れ曲がって広がった格子の間からカルナは這い出てこれた。


 カルナはお礼を言おうと思ったが……


「はい、これ」


 自分の目の前に何かを落とされた。

 それは……気味の悪い紫色に着色された、注射器のような形をした機械だった。



「『マジックトリガー』。それを使えばあなたは強くなれる」



 子供に教え込むように、はたまた洗脳するように、カルナへ語り掛ける。これを使え、と。

 カルナはそれに触れそうになる。だが、なんとなくそれが触れてはいけない危険な物に思えた。これは使ってはいけないと感覚が警報を鳴らした。


「い、いや……」


「嫌?」


「わたし、いい。それ、いらない」


 カルナは拒否することができた。欲に負けず、力に(おぼ)れず、「自分」を守ることができた。



「へぇ……じゃあ、このままだとどっちかが死ぬかもね」


「え?」


「これ」


 謎の魔人は(ふところ)から水晶のような魔法道具を取り出す。そこには……アストとリーゼの姿が映っていた。


「あ……アスト!」


 それは今から()()()()()()()。リーゼの真紅の爪によって斬り裂かれるアストがカルナに目に入った。

 アストは倒れたまま動かなくなる。



「あ~あ。このままだと死んじゃうね。あなた、アスト・ローゼンのこと大好きなんでしょ? 止める人が誰もいないから助からないよ?」



 現在、もうアストとリーゼの戦いは決着している。そんなことを教えても無意味。

 だからわざと少しだけ過去の映像を見せる。カルナにとって最もショッキングな場面の映像を見せることこそが効果的だとこの魔人は確信していた。


 アストがもう少しで死んでしまう。それが心に余裕をなくさせる。

 早く助けに行かなきゃ……と。



「アスト・ローゼンも、あなたのお姉さんも、どちらも傷つかない方法教えてあげようか?」


「! うんっ! お願い!!」



 カルナはその誘いに飛びつく。そんな夢のような方法があるならぜひ知りたかった。

 それが罠だと知らずに。


「あなたがこの2人より強くなればいい」


「……そんなのむり」


 自分は戦えない。そんなのがいきなり2人より強くなれるわけがない。不可能だ。



「不可能じゃないよ。………………これ、使えばね」



 ニヤリと笑った。もうその手はカルナの心を離しはしない。闇の中へと引きずり込む。

 カルナは紫色のマジックトリガーを見た。こんな物で本当に強くなれるのだろうか。


 本当だとしたら……


「アスト・ローゼンはあなたにたくさん大切な物をくれたんでしょ? 守ってくれたんでしょ? じゃあ…………今度はあなたが彼を守ってあげなきゃ」


「!!」


 アストは自分に仲間をくれた。色んな景色を見せてくれた。その中でも……2人で見た観覧車からの景色はずっと目に焼き付いて今でも鮮明に思い出せる。


 またアストと一緒にいたい。そのために……




「使い方、教えて……くだ、さい……」



 恐怖を殺して前に出た。もう、後には引き返せない。




   ♦




 カルナは手に紫色のマジックトリガーを握る。危険な物だと感じていても使うしかない。大切な人を守るために。


 マジックトリガーのボタンを押して、起動する。



「か、かいほーせんげん!」



『認、証 ま、、、、あああ、あまままじ、マジックトリ、トリトリトリ……ガ……ギ、ギギギギギ迦ギギギギ、竺軸宍雫七耳自蒔☆♡亞禍娑侘那簸???@<・痲……ガガガガ流アガガ名ガガー埜&%%%%%%%螺倭・アク……ティブ……グ始ググ、ガー……塗……ード…………………「No.9 キマイラ」』



 ひどい砂嵐のような音や騒音が鳴り響く。カルナは壊れているのかと疑問を抱いた。なんとかマジックトリガーから針が飛び出たのを見てようやく安心できたが。


 怖い。けど、決めたんだ。


 わたしはアストを助ける。そして伝えたいこの気持ちを。


 「あなたが大好き」って…………



 カルナはその針を腕に刺した。




「あ                     あ?」




 瞬間、世界が変わった。





「ふふふ。アスト・ローゼン、あなたに希望なんかいらない。だって魔王に希望の物語なんかおかしいじゃない。魔王なら絶望に()かって溺れてればいいのよ。そのまま、溺れ死ねばいい」



 「キマイラ」はマジックトリガーの中でも群を抜いて危険なトリガー。もはやそれは実用化レベルには至っていないただの化け物製造機。

 カルナが落とした「キマイラ」のトリガーを拾って謎の魔人は宣言する。


「さぁアスト・ローゼン。希望は終わり。ここからは絶望の物語の始まりよ……!」



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