89話 運命の鎖を喰い破れ! 必殺の一撃『ディグニトス』!!
「ふっ…………ふふふ」
アストからの再びの挑戦に、リーゼは嗤う。
「私を、今度こそ倒そうと?」
「いいや。君を、救う」
「…………はい?」
アストの意外な答えにリーゼはつい聞き返してしまう。
「カルナだけじゃない。君も救ってみせる」
アストは言ってのける。リーゼを救うと。その目に一切の揺らぎはない。体に震えはない。心に偽りはない。
「ぷっ。何を言うかと思えば。アストさん……私を救う、とは。面白いお方ですわね。貴方は私に殺されかけていたことをもうお忘れで? それでなくとも人間の貴方が完全に吸血鬼となったこの私を救ってなんの得が?」
カルナはアスト達にとって短い間だろうと絆を育んだ大切な仲間だ。救うと考えても自然なこと。吸血鬼になりたくないと苦しむ彼女が今回の戦いの原因にもなっている。
なら、リーゼはどうだ? アストからしてみれば自分の師であり大切な人でもあるベルベットを殺されかけ、自分すらも二度ほど殺されかけ、リーゼがいなければすぐにカルナを救出することもできた。まさに邪魔者でしかないはずだ。
それなのになぜ?
「得? 得は……あるかどうかなんてわからない。そんなこと考えてなかった。ただ、僕は君を『救いたい』。それだけ」
「…………はぁ!?」
理由を説明してくれた。それでも意味がわからない。余計わからなくなった。
「意味がわかりませんわ……頭がボケましたの!?」
リーゼは真紅のブーツにより加速し、真紅の爪撃でアストを斬りつけようとする。それをアストは新たな【バルムンク】で防ぐ。
「リーゼ。君は話してくれた。子供の頃に君も苦しんだって。打ち明けてくれたじゃないか!」
「それがなんだといいますのっ!!」
「それが僕には……『自分も助けて』って声に聴こえたんだ!!」
真紅と蒼の光が交錯する。
「君は吸血鬼の体に慣れたと『思い込んでる』。まだ絶望の中でもがいてるんだ。そうじゃなきゃ僕に苦しみなんか吐き出さない!」
「そんなの気まぐれですわ! ちょっと昔話をしただけ!」
「僕を頼ったんじゃないのか!? 今まで誰も吸血鬼に浸食されていく自分を助けてくれなかった。人間への想いも、魔人との友好も、世界への希望も、全部諦めたんじゃないのか!? でも……君の前に僕が現れた。同じ境遇に苦しむカルナを救おうとする僕がっ!!」
「……ッ!」
「僕なら……『きっと自分も救い出してくれる』って少しでも信じてくれたんじゃないのか!?」
アストの言うことは当たっていた。カルナはまるで自分の過去だ。それを救い出そうとしてくれる人がいる。それがどれだけ羨ましかったか。
カルナに諦めを説く半面、希望に縋る気持ちを持ってしまった。再来してしまったのだ。希望の光が。とても眩しく光り輝く少年が自分を横切っていったのだ。
呼び止めたかった。自分も苦しいって。妹だけじゃない。自分も連れて行ってと。
救われたかったのだ。この闇の世界から。王子様の手を取って。光溢れる夢の世界へ。
「もう僕は決めたんだ。だから君でさえも、僕のこの想いは止められない!」
自分のやりたいことを貫く力。それが「魔王の力」を増幅させる。
「『ブラックエンドタナトス』!」
漆黒の大剣と化した剣を両手で振りぬきリーゼの真紅の爪を斬り裂いた。真紅の爪はガラスが割れたような音を響かせ散っていく。
「そんなこと……願ってませんわっ!!!!」
リーゼは牙をむいて床に手を添える。
「『ブラッディ・ケイルテレス』 『ブラッディ・レクスワイア』 『ブラッディ・ブルーレントス』 『ブラッディ・ルセンブル』 『ブラッディ・イリーストリアル』」
一気に5つの技を起動する。リーゼの血液から獅子、大蝙蝠、巨人、狼、騎士が生成される。それらが全てアストに向かって襲い来る!
まず素早い獅子と狼が一足先にアストへ到達した。
獅子が飛び上がり、狼は横から隙を狙い襲うタイミングを探っている。獅子に対応すれば狼が仕留めるコンビネーションを披露してきた。魔法ならではの種族間を超えた異色のコンビである。
この場合、飛びかかってきて着地した獅子が壁になるように狼がいる方とは反対方向に避ければ良い。アストもそれを考えていた。
「『ブラッディ・カントレス』」
狼とは反対方向……その先に真紅の棘が突き出てアストの進行を阻んだ。前方を獅子、右方を狼、左方を棘で囲まれた状態である。
(それなら後ろしかない……!)
バックステップで獅子の突撃を躱す。しかし、それすらも狼は逃さなかった。
アストのバックステップによる超短時間の滞空を狙ってきたのだ。
「くっ……!」
右腕に噛みつこうとするのを【バルムンク】で抑える。その隙に獅子は2度目の突撃。強烈な体当たりを受けてしまう。
そこにすかさず追いついてきた真紅の騎士がアストを斬りつける。体を捻らせて避けようとするが肩に斬撃をもらってしまった。ボロボロの体に幾度目かの出血が噴く。
アストに休む暇などない。
次に騎士のシールドバッシュを受けて体勢を崩された後、大蝙蝠が噛みついてきた。
それを【バルムンク】でカウンター気味に頭を粉砕。大蝙蝠を倒せたが……獣達の突撃までは対応できずに再び体当たりを食らった。
「くそ……敵が、多い…………!」
アストは追撃を警戒してすぐに顔を上げるが……自分が大きな影の中にいることに気づいた。
背後を見ると……真紅の巨人が腕を振り上げ、地面へ拳を叩きつける!!
「ぐあああ、ああああ!!」
直撃は回避したが衝撃で体を床に転がされた。
スピードの獣、テクニックの騎士、パワーの巨人。それが波状攻撃となってアストを襲うのだ。息をする間もない。
『おい、何1人で戦ってるんだよっ! あたしを使え!』
突然脳内に声が聴こえた。アレンの冷静な声ではなく、キンキンと高い幼女の声。これは……バハムートの人間体の時の声だ。
「バハムート? こ、こんな風に話せるんだ?」
『舐めんな。あたしは高位の魔物だから……って今はそんなことどうでもいいっ! 早く魔力をくれよ!』
魔力をくれ……『ファルス』を使って闇魔法を使えということだ。でも……
「『ブラックエンドタナトス』じゃ……1体をなんとかできても複数は……」
『バーカ。あたしがそれだけだと思ってんのか? お前が魔王に覚醒したおかげでこっちも力を解放してるんだよっ!……いつもより多く魔力を送れ!』
いつもより多く? それは…………そうか! こういうこと?
「『ファルス』!」
僕は『ファルス』を発動。それをすぐに【バルムンク】が吸収。紫色の魔法陣が展開される。そしてそこからさらに……
「『ファルス』!!」
再発動。2回目の『ファルス』も【バルムンク】が吸収。紫色の魔法陣が……その色を深くし、さらに強く、大きく輝いた!!
僕の頭に新たな魔法が装填される。あとはその名を叫ぶだけ。
「『ブラックアロー・ヴァイディング』!!」
【バルムンク】に闇の波動が纏われる。その刃を無造作に振るうと……闇の波動が数発の「矢」となって撃ちだされた!
その矢は真紅の獣達に当たるとその体を破裂させていく!
闇魔法の力は「破壊」の力。その性質が矢へ存分に付与されているのだ。
それをなんとか逃れた騎士がアストへ接近。……コンビネーションを取らない相手などたかが知れている。武器の性能でもアストが上だ。
「『ブラックエンドタナトス』!」
漆黒の大剣は騎士が構えた真紅の盾ごと騎士を斬り裂いた!
そんな物で【バルムンク】の闇魔法を防げるわけがない。ましてや覚醒したバハムートの力はさらに魔法の威力を強くしていたのだから。
残すところは巨人ただ1つ。しかし、それが強敵だ。
「大きい」とは単純に強い。なんでもない拳、蹴りが小さき者にとっては必殺級となる。
アストにとって巨人はさながら……アリを気づかずに踏んでしまう「人」でもある。
「ゴオオオオオオオォォォ!!」
パンチ、パンチ、パンチ。地を揺るがし衝撃を伝えるその拳は何度もアストを潰さんとする。
「力」で対抗するならグランダラスだ。けれど、そんなことで【バルムンク】を捨てるほどこの武器は甘くない。それより巨人が相手ならアストも力で勝負せず素早さで勝負するべきだと判断した。
迫りくる拳を回避しながらも絶対に目は背けない。避けながらも探るのだ。隙を!
「そ、こだ!!!!」
拳を掻い潜った瞬間に『ブラックエンドタナトス』で巨人の脇腹を斬り裂く。巨人はグラリとバランスを崩し……
アストはそこを畳みかける。
「ぐ、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
漆黒の斬閃を煌めかせる。拳を避けながら何度でも。避けて足を、避けて腹を、避けて腕を、削ぎ落とす!!
巨人の体が徐々に欠落していき、アストの剣が巨人の頭を斬り飛ばしたところでその巨体は血液に戻って霧散した。
(よし……あとはリーゼを……)
敵を全て退けた。次はリーゼ。
というところで、彼女の姿が見当たらないことに気づく。
逃げたなんてそんなことはない。どこかにいるはずだ。
「『ブラッディ・ガイルブロア』!!」
リーゼはアストの背後に回り込んでいた。血液で竜の首を生成し、その顎がアストに食らいつく!
「……!!」
なんとか反応することができて竜の牙を【バルムンク】で防ぐが……竜の勢いが止まらない。
「ぎ………………ぐ、ぅ、ぅ!!」
踏ん張っても勢いはまったく衰えず後ろに押されていく。そのままアストは派手な土煙を上げて壁に激突した。
「『ブラッディ・バルストス』」
リーゼは空中に浮遊して血液で剣を生成していく。その数……280!!
「アストさん。貴方になんの力があると言いますの? これでもまだ私を救えると?」
土煙の中からアストが姿を見せる。背中には血が滲んで口からも血を零していた。またいつ気を失って倒れてもなんらおかしくないほどの満身創痍。
対するリーゼは無傷。なんの比喩でもなければ夢でもない。本当に傷1つすらついていない。
少年はその差を見ても瞳の色を変えない。下を向かない。少女から目を離さない。
幾層もの絶望を潜り抜け、その先の希望へ手を伸ばす。そこで彼女も手を伸ばして待っていると信じて。
「僕は……『支配』の魔王だ。だから」
アストは【バルムンク】を構える。
そこに……『ファルス』を「3連続」で発動する!!
全ての『ファルス』は吸収され、紫色の魔法陣が発生し……その色がさらに強く光り輝き……そして、紫の魔法陣は黒の魔法陣へと変化した!!
『ブラックエンドタナトス』『ブラックアロー・ヴァイディング』。それよりも上。バハムートの3つ目の闇魔法にして最大の魔法。
この時、アストの魔王深度は「30」に達していた。それによりバハムートにそこまでの力を解放させていたのだ。
【バルムンク】の刃が……「黒炎」を纏う。
「君を蝕む吸血鬼の宿命も! 君の笑顔を隠す闇も! 君の苦しみも! 全部、僕が『支配』する!!」
その言葉はリーゼの心に届いたのか。リーゼは目を見開いて胸を押さえる。
「本当に?」……それは口から小さな声となって無意識に漏れ出た気がした言葉。
─そんな彼女を救うため、この戦いを終わらせよう。
「漆黒竜牙!! 運命の鎖を喰い破れ!
『ブラックドラグレイド・ディグニトス』!!!!」
黒炎の魔剣を振るうと、その炎が巨大な竜の形となって駆ける。
それはまるで……バハムートのように。
「グガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
黒炎の竜は咆哮を上げてリーゼを食らわんと口を開ける。飲み込まれればその黒炎で体を焼き尽くされるだろう。
リーゼの知識にはない未知の魔法。だが、強力な魔法などこれまでいくつも見てきている。これもその1つでしかない。
「これなら……どうですのっ!!」
リーゼは生成した280本の真紅の剣を一斉に放つ。その黒炎の巨体を圧倒的な物量で掻き消してみせると意気込んでの攻撃。
この攻防、リーゼの誤算はその魔法を「ただの強力な魔法」と評価したことだった。
これは、『ブラックドラグレイド・ディグニトス』は、そんな甘い魔法ではない。
「なっ……!? こ、これは……!」
黒炎の竜は真紅の剣を次々にその体へ吸収していく。ボッ!ボボッ!!と炎に飲み込まれてその一部となっていった。
それだけではない。真紅の剣を飲み込んでいく竜は……その体を大きくし、力を増幅させていく!
(魔法を吸収して強くなる魔法!? なんですの……これは!?)
常識を超えた魔法を前にリーゼは驚愕を隠さない。
そのリーゼを、黒炎の竜はバクン!!!!と喰らう。
黒炎の体が、爆ぜた!
ドッッッッッオオオオオオオォォォォォンンンン!!!!!!
爆風の衝撃がこの部屋を蹂躙していく。その後にドサッ!と床にリーゼが落とされた。
夜色のドレスは無残に引き裂け、白磁の肌も焼かれて傷が絶えない。あそこまでの一撃を受けて意識を保っていられるのが奇跡だった。
「う…………す、ごい魔法です……わぁ……! さすが……。で、すが。お忘れでは、ありませんわよね……?」
吸血鬼の体が持つ再生能力。リーゼはその中でも特に強力な再生能力を持っている。その力はリーゼの焼かれた肌や傷を即座に治していった。
すぐに元通りとなったリーゼは自分の足で立ち上がる。何をやっても無駄だと言うように。
さぁ、もう一度……
「あ、……ら?」
─が、ガクンとリーゼの足は力を失った。体が落ちていく。
傷は治っている。再生能力はしっかりと機能している。なのに……どうして?
(ま、魔力が……! 魔力がなくなっていますわ!!)
リーゼは体内の魔力が尽き……「魔力欠乏」の状態に陥っていた。まさかリーゼともあろう者が体内魔力を使い切ったことがわからないほど吸血鬼の技を使用していたなんてことはありえない。
そもそもリーゼの魔力は本来ならまだ半分以上も残っているはずなのだ。属性魔法も使用していないことから大きく魔力を使用した覚えもない。
心当たりがあるとすれば……あの「魔法」だけ。
『ブラックドラグレイド・ディグニトス』は魔法を吸収し、相手を喰らい、爆炎で攻撃する……だけではない。喰らった対象の魔力すらも喰らうのだ。
それにより相手を強制的に魔力欠乏状態にして不死身の敵すらも戦闘不能にする必殺の一撃。
それこそがバハムートの持つ最大魔法の正体である。
「リーゼ。僕の……勝ちだ」
『支配』の魔王は、真紅の女王を打ち破った。




