86話 勝利確率0%の戦い
「アレンでも無理だったか……」
アレンと交代していた15分が終わりアストはもう一度意識が浮上することになった。
アストは異能を持っていない。そもそも人格が違うせいなのか、アレンの異能が使用できないのだ。だから『革命前夜』による再生には頼れない。もうここからは傷が回復しない。
つまり……次は問答無用で「死ぬ」。
(「何をしている。早く逃げろ」
アレンも逃げろと告げてきた。このまま僕が戦っても死ぬだけだ。こんなところで命を落とすなと言っているのだ。
相手は再生持ち。どうしたって勝ちなんか思い浮かばない。「魔王の力」を手にしているというのに。
リーゼには……勝てない……!!
そんなことはわかっている。
「でも、僕は……逃げない。逃げるわけにはいかないんだ……!」
【バルムンク】を強く握りしめて震える手を無理やり静める。あんなに頼れていた漆黒の剣にはなんの期待もできない。どれだけ斬っても無意味だから。
(「アスト、やめろ! どうやってもお前は奴には勝てない」)
「わかってる」
(「だったら……!」)
「諦めるの?」
その言葉はあの「勇気の言葉」。それは僕に何度も勇気をくれた。
アレンは黙り込む。
「アレン。大切な人なら……手を離しちゃダメなんだ。もし離してしまっても、また繋ぐ。相手はきっと、ずっと、待ってるから……!」
(「それ、は……」)
アレンも知っているはずの言葉。また僕はあの少女─セーナから勇気を貰った。
「僕にとってはそれがカルナなんだ! あの子の手を取らなきゃいけない。だから……死んでもここだけは退けないんだ!!」
心に死の恐怖と立ち向かう勇気を同居させる。それでいい。勇気さえあれば、僕はもう一度戦える。
(「……わかった。もう何も言わない」)
アレンは引き下がった。今の僕の意思は止められないものだと知ったんだろう。アレンが一番よくわかるはずだ。
僕は君で、君は僕なんだから。
「いくぞリーゼ!……僕と戦え!!」
大切な人を救うために敗北が決まった戦いへ身を投じるヒーロー。それを見たリーゼは嬉しそうに微笑む。
「クスクス♪ いいですわ。存分に楽しみましょうアストさん」
アストの漆黒の剣とリーゼの真紅の剣がぶつかる。実際には相手の武器は1つではなくいたるところに血液が撒かれていることでこの場所は無数の武器庫と化している。
場所を移動したいところだがリーゼがそれを許すはずもない。ここでの戦いを強いられる。
「『ブラッディ・ケイルテレス』」
リーゼは手首をリストカットすると、そこからボタボタと流れた血液が……「獅子」の形をとる。
「グルルルルル……!」
魔力を含んだ血液は本物の獣をそこに出現させた。獣はアストをねめつけその命を喰らわんとジリジリと歩みだす。
アストは獣の歩みに合わせながら少しずつ後退する。獣にとって有利な距離になるのを避けるために一定の距離を保っているのだ。
しかし、その行動はここでは悪手となる。
突然、アストは足を滑らせて若干バランスが崩れた。
(! 今、何か踏ん─)
チラリと下を見ると……踏んだのは赤い床。それは着色された床などではなくリーゼの血液が付着している床だった。
(しまっ……!)
リーゼは嗤う。
「『ブラッディ・ラルハンド』」
「……っ!!」
血液が付着した赤い床から同じ色をした腕が伸び出る。それはガッシリとアストの脚を掴んだ。
ほぼ同時。真紅の獣がアストに向かって疾駆する。
カウンターとなるようにアストは【バルムンク】を振り上げるが……獣特有の素早さでそれは躱された。
獣は前足を払うようにして身動きが取れないアストを殴りつける。
「ぶっ!!!!」
腹に直撃して数mは吹っ飛ぶ。足を掴んでいた真紅の腕も引き千切れた。
魔力を纏っていたおかげで骨折はしていなかったが頭がグラグラと揺れる。呼吸もしづらくなってきた。
そんなアストの調子を逃さない。獣はもう一度疾駆する。
吹っ飛ばされたおかげというべきか獣との距離は前回よりも離れている。獣がアストへ到達する時間も数秒、もしくはコンマ数秒遅くなる。
そうなれば「魔法」発動の時間が手に入る。
「『ブラックエンドタナトス』!!」
『ファルス』を使用し、【バルムンク】は即座に闇魔法へ変換。蒼く光り輝く剣も漆黒に輝く大剣へと変わる。
「くらえええぇぇぇぇ!!!!」
今度は獣が飛び上がった瞬間を狙う。避けられない空中にいる時にカウンターを合わせた。
漆黒の大剣の振り上げは見事に真紅の獣の体を捉えた! 魔法を付与された斬撃はその体を斬り裂く。
「すごいですわアストさん。カッコイイですわ~」
リーゼは笑顔でパチパチと拍手で称える。アストはそれに応える余裕など持っていない。すぐに漆黒の大剣の標的をリーゼへと変える。それを見たリーゼは次の攻撃へ入った。
「『ブラッディ・ガルストリア』」
この部屋の床に付着している血液がどんどんリーゼへと集まっていく。リーゼの片腕へ。
集まり、集まり、集まり……リーゼの細い腕はいつの間にか巨大な腕へ早変わりした。
非常にアンバランスでその巨大な腕を華奢な彼女が支えられるのか、と思ってしまうが吸血鬼は『ファルス』を使わなくても血液を操作することで体全体の力も上げられるのでさして問題はないのだろう。
「いきますわよ!」
その巨大な腕から来る攻撃など想像がつく。だったら!
「……で、出てこい魔法陣!」
きまらない言葉と共に黒の魔法陣が現れる。自分にはバハムート以外にも「支配」している魔物がいる。
「グランダラス!」
「ルアアアアアアァァァァァ!!!!」
鋼の肉体、丸太のような脚、馬の頭。巨体を持った怪物が地に降り立った。アストが「支配」している2体目の魔物─「グランダラス変異体」である。
「力を貸してくれ!」
グランダラスは籠手─【グラトニーガントレット】に変わりアストの腕へと装着される。
リーゼへと駆ける途中でその籠手が付けられた手を床に向けて添えると……バキキキキッ!!と床が削れていく。籠手にある牙の紋様が光る!
【グラトニーガントレット】は物体を「喰らわせる」ことで魔力に変換して強化魔法を放つ魔法武器だ。
「『インパクト・ファイカー』!!」
絶大なる強化魔法により必殺へと昇華した右拳を放つ。リーゼの巨大な真紅の腕から繰り出された拳とぶつかった!
ズンンンンンンンンンンンンンッッッッ!!!!!!!
強大な力と強大な力の衝突が激しく空間を揺るがす。発生した衝撃波は部屋の窓を次々に破壊していき当人同士の体を強く揺さぶった。
「おおおおお、おおお…………!!!!」
「力」の押し合いに負けじとアストも強化魔法と一緒に踏ん張る。リーゼはさらに血液を変質・操作して自身の力を上げていく。
「ま、け……るかあああああああああああああぁぁぁぁ!!」
自分を待っている少女への想いを乗せて、アストは体中の力を振り絞る。文字通りの全力を!
『インパクト・ファイカー』の威力は凄まじく、リーゼをジリジリと押していくが……
「『ファルス』」
その魔法の言葉は誰の口からか。アストではない時点でわかりきっている。……リーゼだ。
血液の変質・操作により常時の数百倍にまで膨れ上がったリーゼの力は『ファルス』によって更なるステージへと到達する。
リーゼの保有魔力や魔法技能はベルベットにも届かんとするほど。当然『ファルス』1つとっても他の魔人とは魔法練度の差は比べ物にならない。
2つの魔力的強化が合わさったリーゼの「力」は……アストの『インパクト・ファイカー』を破った!
「か……は…………っ!!」
壁へと叩き込まれたアストは息を吐き出す。体が悲鳴上げていき骨もミシミシと軋む。何が起こったのかと脳の処理が遅れる。
「アストさん、私こう見えても結構力持ちですのよ? クスクス♪」
魔法武器を使用した上での力比べで負けた。
これの意味するところは……「力」で押してもリーゼには勝てないということだ。
使用する魔法武器を再び【バルムンク】に変える。もう……これしかない!
「では……『ブラッディ・ガルストリア』」
リーゼはなぜか同じ技を放つ。しかし、今度は形状が違う。
リーゼに「真紅の巨腕」として付いていた血液が一旦離れると、今度はリーゼの体中に付いていく。
夜色のゴスロリドレスから「真紅のドレス」に変わり……リーゼの脚には「真紅のブーツ」。リーゼの両手の指にはそれぞれ剣のように長い「真紅の爪」が装備されていた。
ギラリと赤く光る10の刃物。リーゼが指を動かす度にそれらはユラユラと動く。
「これは私の……とっておきですわ♪」
リーゼは足を踏み込みアストへと駆ける。
そのスピードは尋常ではない。『ファルス』がかかっているというのもあるだろうが明らかにリーゼの着けている「真紅のブーツ」の影響だ。
リーゼが血液で生成した装備はそれぞれ強力な力を持っている。「真紅のドレス」は鉄壁の防御。「真紅のブーツ」は速度強化。「真紅の爪」はどんな固い物も斬り裂く刃だ。
ギャギリリッッッッ!!!!!!!
なんとか間一髪でリーゼの爪撃を【バルムンク】で防ぐ。だが、もう一方の腕の爪撃はどうにもならない。
「……! う、あああぁ! ああぁあぁああああああ!!」
ザグシュッッ!!と右の太腿を引き裂かれる。赤い線が5本入り血が滲んでいく。
「これで終わりですわ!!」
リーゼは血液による強化と『ファルス』による強化が付与された力で両手から10の爪撃を放つ。アストはまた【バルムンク】を間に割り込ませるが、
その爪撃は……
「かっ……………………………!」
アストの胸に痛々しい赤い線を引いていく。……【バルムンク】を切断して。
蒼く輝く刃が光を失ってバラバラに崩れていく。アストの胸からは血がドクドクと流れる。
それを最後にアストは気を失った。
「アストさん。敗北決定の戦いですらカルナを救うために立ち向かい、何度も立ち上がるその心……綺麗でしたわ。貴方が私と同じ吸血鬼でしたらきっと私は……」
リーゼの熱い視線は血を流して倒れるアストへ向けられる。
少年は十分に頑張った。たった一人の少女を救うためにこんな無謀な戦いへ身を投じた。
怖かったろうに。痛かったろうに。それでも前へと進む彼の心はとても眩しくカッコよかった。
その「王子様」が救おうとする「姫」が自分ではなく妹なのが妬けるくらいには。
読んでくれてありがとうございます。
あと……ごめんなさい。活動報告で詳しいことは書きますが、1月7日まで投稿をお休みします。次の投稿は1月8日です。なんか深刻な報告みたいですけど全然そんなことないので心配なく。




