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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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83話 とある吸血鬼の絶望、世界の終焉


「アストさん? 死んでしまいましたの?」


 声が聴こえる。少女の声が。綺麗な声が。耳元に声が。あ、耳に息を吹きかけられた。くすぐったい。痛い。……痛い?


(あ…………)


 アストはクラクラとする頭で状況整理を行う。

 自分はどうなったんだっけ? 確か、剣でリーゼに立ち向かって…………え? もう思い出せない。え? え?



 あ、ちょっと思い出せた。たくさんの真っ赤な剣が宙に浮いてて……かと思ったら床から真っ赤で大きな爪みたいなのが僕の体を引き裂いて……宙にあった剣が全部グサグサグサッて刺さって…………



 あれ? 終わりだ。それで終わりだ。



 魔力を纏っていたから刃物なんて平気だと思ってた。なのに魔力関係なく体が斬られていった。これが吸血鬼の血液攻撃?




「ア~ストさんっ!」




 急に顔を覗き込んでくるリーゼ。それにビクッとなってぼやけていた意識がはっきりとしてくる。


「あ、生きているではありませんの! ダメですわよ。レディーを前にして寝るだなんて。もうっ、ぷんぷんですわ!」


 リーゼは腰に手を当てて頬を膨らませる。普通に見れば可愛いものだがそれを血だらけになって倒れ伏している相手にやっているのだから異常だ。


「あ……ぁ…………! はぁ……ぁぁ……!」


 体が寒い。血、流れすぎじゃないかこれ。剣まだ刺さってるし……ど、どうにかしなきゃ。殺され…………殺される!


 僕は這ってこの場から一旦逃げ出そうとした。


「どこ行きますの?」


「があああああ!!」


 ドドドッ!!と3本の真紅の剣が体に突き刺さる。脳をぶっ叩かれたような衝撃が襲い来た。

 に、逃げられない……逃がしてくれない……!



「不思議ですわね。魔法、得意ではありませんの? それでここに来たんですの?」


 唇に手を当てて何やら思案するリーゼ。何が不思議なのか。


「か…………」


「か?」


「カル……ナ、を…………助けなきゃ……! ぼく、僕しか、いないんだ……! 味方に、なれるのは……! あの子の本当の気持ちを知ってるのは……!」


 僕は這う。今度は逃げじゃない。カルナのところへ向かうため。

 リーゼに阻止されるのはわかってる。それでも、だ。なんの意味もないただの進行。



「羨ましいですわ……。救う、だなんて」



 リーゼは階段に座ってこちらを眺める。



「聞いてくださいまし。これは1人の吸血鬼の子供のお話ですわ」



 それから、唐突に話を始めた。



「その子供は幼少の頃からメチャクチャなクソ豚イカレ魔法使いのベルベットに日々こき使われたり泣かされたりしていたそれはそれは可哀想な吸血鬼の子でしたの。え~んえ~んですわ」



 リーゼは泣き真似を織り交ぜながらコミカルに話し出す。ベルベットへの侮蔑が入りまくっていたのは個人的な感情なのか。



「非常に不本意ですけれど腐れ縁のようになってしまったその子とベルベット、そしてその取り巻きとはよく時間を共にしましたわ。不・本・意ですけれどっ!」



 ベシベシと自分が座っている階段を叩きながら怒りをぶつけるリーゼ。この話の主役はどうやら彼女のようだ。

 いったい何の話なのか。すぐにカルナのところへ行かなきゃいけない僕だが……それは聞いておかなければならない話に思えた。



「その吸血鬼の子は珍しく人間が大好きでしたの。魔人も好きでしたわ。人と話すことが好きでしたし、ミリアド王国に行った時は目を輝かせて喜んでいましたわ。人が集まり皆が笑顔になっている、そんな光景。こんなところに住めたらいいなと。この綺麗な光景の一部になりたいなと。そう思っていましたわ」



 その反応はウィザーズ・ランドに行った時のカルナに似ている。カルナも初めて見るその光景に目を輝かせて喜んでいたっけ。



「けれど……その子が10歳になった時、世界は変わりましたわ。人間を見る度に餌に思えて、魔人を見る度に汚らわしい下等種族に思えた。変わっていく自分の感覚、痛み軋む体、大切な人でさえ血の魅力の前ではどうでもよく思えてくる忌まわしい吸血鬼の本能。全てが少女の心を喰らいつくしていきましたわ」



 10歳。それがなんの意味を持つ年齢か知っている。吸血鬼は誰もがその本能に逆らわず従う。しかし、リーゼも……カルナと同じ……?



「その子はベルベットを通じて知り合ったとある凄腕の魔工の医者にお願いしましたわ。『この体を治して』って。『なんでもするから』って。地に頭をつけて大泣きしましたわ。…………『化け物になんかなりたくない』って」



 どこか自嘲する笑み。目には過去の自分を映しているのか。

 その医者とはまさか……いや、これはどうでもいいことか。



「ですが言われましたわ。『それは治るもんじゃねーよ』と。その時のその子の顔といったら……もう……」



 リーゼは一瞬だけ泣きそうな顔になりながらもすぐに笑みに変わる。彼女は絶望を隠す仮面を持ってしまっている。カルナにはそれがなかったけれど、リーゼには……。


「アストさん。諦めることですわ。カルナを救うことはできませんの。ベルベットでもその希望は薄いですわ。カルナも結局はこの本能に従うしかありませんの。そうやって……生きていくしか……ありませんのよ」


 静かに告げた。そう結論づけた。カルナを救うなと言った。



 「無駄」だから……。



 無駄?


 本当に無駄なのか?



 ベルベットが無理ならこれは……「無駄」になるのか?


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