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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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82話 炎の牙、水の牙


「ここが……カルナの家」


 カナリアがヴェルノを足止めしてくれたおかげでアストはとうとうベリツヴェルン家に到達することができた。

 それでもここで終わりではない。むしろここからが本番。この中にいるカルナを救出することが今回の目的なのだ。

 一時的にとはいえベリツヴェルン家からすれば次女を奪われる行為。危害を加えない、すぐに帰す、といってもこちらが良いことをしていると完全には言えない。吸血鬼から見れば「悪」だ。そのためあまりベリツヴェルン家の人とは戦いたくはなかった。


「……」


 中に入ると静かで暗い室内。暗闇の中で光を発しない豪奢なシャンデリアに、闇のせいで奥まで見渡せない広い空間。全てが不気味でどこからか「見られている」ような感覚を得る。

 心臓が高鳴り、目が瞬きを忘れ、脳が痺れる。暗闇への恐怖なのか体が縛られたように足が前へと進まない。


(恐怖を振り払え。早くカルナを助けなきゃいけないんだ……!)


 アストは2階へ通じる階段に足をかける。城特有の大きな階段の先は闇が広がっていてまたも恐怖が押し寄せるが唾と一緒に体の奥へと押し込む。


 一段一段上るごとに気を引き締めていく。何があってもいいように。たとえ戦闘になっても……






「あら、お客さんですの?」


「え」




 油断はしていなかった。気を引き締めていた。周囲を警戒していた。


 なのに、なのに、なのに、


 自分のすぐ横─耳元に吐息を吹き込むほどに近い距離で声が聴こえた。互いの体も触れるくらいに、近く。


「うわぁっ!」


 驚きすぎて階段の手すりに縋りつくように飛び上がる。心臓の鼓動なんかは相手に聴こえてるんじゃないかと思ってしまうくらいバクバクとうるさい。


 そこにいたのは……夜色のドレスを纏った2つ結びの女の子。白磁のような肌に金色の瞳。とても綺麗で、僕は見惚れてしまっていた。この世の「美」を1つに集め、それでも尚、可憐な少女の形に留めているのはまさに究極の美だ。


「クスクス♪ 面白いお方。可愛いですわ」


 その女の子はコロコロと笑う。声が僕の耳に入り込み脳までビリビリと響いていく。声が「大きい」とか「高い」とかそういうことじゃない。その声自体にも彼女の美しさを感じられたのだ。


(なんだかどことなく……カルナに似てる気がする)


 あの笑顔が可愛い少女が成長したらきっとこんな風になる。そんなことがふと脳裏をよぎった。

 そこで、自分はやっと我に返る。


(僕はバカか……!? ここにいるってことは、この子は……!)


 父ヴォードはガイトが、長男ロシュはライハとミルフィアが、母ヴェルノはカナリアが、それぞれ引き受けたはずだ。そして僕達は次女のカルナを救いに来ている。

 では肝心の「長女」は? ベルベットすらも倒しうるほどの怪物。今作戦において最大警戒対象であるその長女は……



(この子が……『リーゼ』!)



 あまりの美しさと可憐さに当たり前のことを頭から追い出してしまっていた。間抜けすぎる。一気に戦闘態勢を仕上げる。

 剣を抜き、いつでも『ファルス』を使えるように、魔力を纏い、全ての準備を済ませた。


「ふふふ。そんなに怖がらないでくださいまし。もっとお顔をよく見せてはくれませんの?」


 首を傾げるようにリーゼは僕の顔を覗き込む。その美しい所作も今では恐怖を沸き立たせるものにしか見えない。


「ああ、ああ、やっぱり綺麗なお顔。『イケメン』ってやつですわ。学院でも女性の方から人気があるのでは? クスクス♪ 嫌ですわ。そんなの嫉妬してしまいますわ」


 何が面白いのか。彼女の笑うことに狂気すら感じる。なんの話だというのか。



「妹を助けに来たんですわよね? なんて優しいお方。どれだけ怖くても、弱くても、『救う』ために勇気を振り絞る。逃げない、諦めない、…………ああ、カッコイイですわ。ヒーローですわ。王子様ですわ。やっぱり私のタイプですわ…………アストさん」


「……は? なんで、僕の、な、名前……」



 声が震える。全てに恐怖する。もう何もわからない。



「クスクス♪ 私と踊ってくださって?」




   ♦




 一方、カナリアとヴェルノの戦いはまさに熾烈を極めていた。

 相手は炎魔法使い。こちらは水魔法使い。有利なのは自分。そのはず。


(強い……!)


 押しているのはヴェルノだった。経験の差とでも言うべきか。魔力の練りや魔法の力がまだ学院生である自分とはまったく違う。

 そのせいで属性相性で相手の魔法の力を半減させても同節詠唱の魔法で打ち消されてしまっていた。



「炎の精霊よ力を与えたまえ 炎が舞い踊る 炎鎖の蛇 『フレイム・サーペント』!」



 杖の役割を果たしているであろう魔法武器の扇子を一度振るうと、炎で形作られた蛇が口を開けて襲ってくる。

 カナリアはなんとか避けるが背後にあった木に噛みついた『フレイム・サーペント』は木を激しく炎上させる。


 そのまま接近戦に移行しようとしても……


 ガキッッン!!


 カナリアのレイピアを受け止める真紅の刃。吸血鬼の「特性」である「血の変質化」だ。

 ヴェルノは線の細い女性。なのに大人の男に負けないくらいの力がある。

 『ファルス』を使っていないのに、だ。これも自らの血を魔力で変質・操作することによって力を増しているのだ。

 吸血鬼は攻撃を受けても平気だろうがこっちはそうではない。魔力を纏っていても吸血鬼の真紅の刃にも魔力が含まれているからか容易く体を斬り裂いてくるのだ。


 魔法相性において有利でも戦闘経験では不利。単なるゲームではないのが実際の戦闘である。

 それでもカナリアに勝算がないわけではなかった。



(あたしの6節詠唱の水魔法『ツインウォーター・ドラゴニアス』なら……)



 ライハの『イグニスファイド・レールガン』すら相打ちに持ち込んだカナリアの最大魔法。あれを使えばさすがのヴェルノでも魔法相性も相まってひとたまりもないはずだ。

 だが6節など許されない。実は何度か試したが阻止されているのがオチだった。


 6節を打つことができれば勝てるのに……!


 そう思うカナリアはムキにもなっていたが……すぐに自分の愚かさに気づいた。


(何をやってるのあたしは……! あれだけライハと戦う時に自分のことを理解したはずじゃない。自分の戦い方を!)


 自分は弱い。だからこそ唯一の武器である「頭脳」を使うのではなかったのか。もう忘れてしまったのかと。

 「切り札を持っています。これを使えば私の勝ちです」といってその切り札を使わせる奴などいるわけがない。阻止しようと動くのが普通だ。

 じゃあどうするか。「工夫して打てるように動く」、これしかないだろう。


(考えろ……考えろ……考えろ……考えろ……)


 ライハ戦の時と同様に自分は何ができるか、自分の手持ち魔法は、相手はどう動くか、それを予測していく。頭の中で描いていく。仮想戦闘を。

 その中で自分が何度もやられていく。吹っ飛ばされ、斬り裂かれ、焼き殺される。


 何戦も何戦も何戦も。



(見つけた……! これだ!!)



 とうとう自分が勝利した……たった1つの道筋を、この世界へ映し出す!



 カナリアは大きく退いて近くの木の裏に隠れた。ヴェルノからは姿が隠れる。


「それで隠れたつもり?」


 カナリアはもう忘れたのか。ヴェルノが使うのは炎魔法。木に隠れようが意味はない。

 案の定ヴェルノの『フレイム・サーペント』に木は焼き消える。そこには呆然と立ち尽くしていたカナリアが。


「何をボーっとしているのかしら!」


 もう一度『フレイム・サーペント』。炎の蛇はカナリアに喰らいつき地面へ叩きつける。

 炎に苦しみ悶え死ぬ。その様を見物しようとヴェルノは近づいたが……


「?」


 カナリアの体はパシャッと音を立てて崩れ去った。そこにあったのは……「水」。


(魔法!?)


 すぐにそのカナリアの体が魔法によって造られた水人形だと悟ったヴェルノは後ろに大きく飛び退く。


 数秒前に自分がいた地点に数発の水の弾が着弾。土煙を上げてこれが罠だったことを最もわかりやすく伝えてきた。


「気づかれたみたいね」


 カナリアは別の木の裏から現れる。『フレイム・サーペント』にやられたカナリアが水人形だったのだからこちらは無事だ。

 仕組みは簡単。ライハ戦の時のように『ウォータードール』でやられたように見せかけての奇襲だ。やはり初見だとかかりやすい。


「次はこれよ! 眼前の敵を阻め 水霊の障壁 『ウォーターウォール』」


 カナリアとヴェルノの中間に水色の魔法陣が横に並ぶ。そこから水が吹き上げ壁を造った。

 防御魔法を壁として展開するカナリア。これもライハ戦と同じ手法。相手から身を隠す意味の『ウォーターウォール』だ。これを知らないヴェルノは笑うだろう……そう思うが、


 ヴェルノはこれを笑わない。それはこの場所が「森」だから。


(あれは明らかに身を隠してどこかに潜伏するためのもの。見え見えだけれど……悪くない手)


 この森の中で相手から身を隠すことの利点は大きい。ならばこそ、その魔法の使い方に笑いなどしなかった。

 ヴェルノは『フレイム・サーペント』で水の壁をすぐに吹き飛ばす。どうせそこにカナリアはいない。それでも邪魔な物は消しておくのが一番。


 だが……


「あら……?」


 カナリアは、そこにいた。立ち尽くしてこっちを見ているだけ。何をしているのか。

 隠れる時間がなかった? そんなバカな。魔法を使用した瞬間に準備は済ませているはずだ。


「ただのお馬鹿さんだったわけね……」


 なら、攻撃するだけ。ヴェルノは『フレイム・サーペント』を唱えようと……


(いや、違う!)


 バカなのはどっちだ。さっき見たではないか。これと同じ状況を。


(水人形を造り出す魔法……! 初見なら引っ掛かっていたけれど、残念ね。あそこでなぜ見せてしまったのか)


 タネさえ知っていればなんのことはない。木に隠れ水人形を囮としていた先程と変わらない。ただ木が水の壁になっただけ。またカナリアは水人形を囮にしてどこからか攻撃しようと狙っている。


 惜しむらくは『ウォータードール』をヴェルノに見せてしまっていたこと。つい数分前に。

 その後でこれでは「これは水人形です」と言っているようなもの。


 さらには感覚を研ぎ澄ませて「魔力感知」を使ってみると目の前のカナリアには微量の魔力しか感じなかった。元々の保有魔力が人より多いカナリアでなくとも大して大魔法を連発していない今の状況でこの量はおかしい。

 これこそまさに水人形であることの何よりの証拠だ。


 ヴェルノは『フレイム・サーペント』を本体のカナリアが隠れているであろう周囲の木々に放つ。ここを炎獄へと変える。


「魔法の使い方をまったくわかっていない! 学院生ね……まだまだ子供! 魔力を見れば人形かどうかなんてバレバレなのよ!!」


 ヴェルノは高笑いをしてどこかで燃えているカナリアをバカにしていた。



「自由を奪い、敵を縛れ 水霊の鎖 『ウォーターバインド』!」


「へ?」



 笑っていたヴェルノに、「水」が巻き付く! 腕と体をひとまとめに縛り上げ、扇子を落とさせた。


 魔法を打ったのはもちろんカナリア。目の前にいる……カナリアだ。


「んな……! は!? 貴方、ずっと前にいて……?」


「バカはそっちだったみたいね。ここでボーっとしてあげてたのに……勿体ないわ」


 水の壁の向こうにいたのは囮となった水人形ではなく本物のカナリアだった。別にそれ自体は何か凄い策というわけではない。



「もし、私が魔法を無防備な貴方に打っても、防げる自信でもあったというの……!?」


「そんなの無理よ。距離も距離だったから防御も間に合わないし多分死んでたかもしれないわね。良くて気絶。結局死んでたわ」


 ヴェルノの思考を誘導させるに至った答え。それはこの作戦が愚かなほどにリスキーだったこと。


 ヴェルノの魔法の威力は知っている。3節だろうと炎の蛇に噛まれればただでは済まないことはわかりきっている。本人の魔力の高さからかそれは3節とは思わせない威力だった。

 しかも防御魔法も展開せずに食らえばどうなるかもわかっている。その上で目の前で立ち尽くし、水人形の振りをしていたのだ。



 さらに最も大きい理由はやはり……ヴェルノが魔力感知で見た時の、目の前にいたカナリアの少なすぎる魔力だろう。



 これについて、カナリアは自身の魔力を上手く調整して『ウォータードール』で生み出される水人形に含まれる微量な魔力と寸分たがわず同じ量にしてみせたのだ。

 これは並大抵の魔力コントロール力ではない。学院生にしてこのレベルに至るのはまさに才能と言って良かった。それは「魔法騎士」よりも「魔女」に適正があるカナリアならではの綺麗な魔力コントロールだったのだ。



 そして周囲にどれだけ魔力感知を張り巡らせても他の魔力は感じ取れない。だからこそ、


 ヴェルノは「本体は魔力を消して森の中に隠れている」と考えたのだ。


 それがどうだ。本人は魔力量をコントロールし、完全に水人形と一致させて「水人形になりきっていた」とは。


 ヴェルノが魔力感知を使ってくると思っての罠。自分の勘ではなく魔力感知に頼り切った者が引っ掛かる罠。


 逆に言えばカナリアは魔力も纏わずして目の前に無防備に立っていたというのだから恐ろしい。

 どっちにしろこれはクエストを通じて一度「死」に限りなく近づいたカナリアの異常な度胸が成立させた罠だった。




「水の精霊よ我に力を 聖なる水は形を変える 我の勇気をその身に宿せ 現れるは2頭の竜 我が激情は激しき流れを造り出す 大地を喰い散らかせ水龍のあぎと!」




 ヴェルノが水の鎖にもがく中、カナリアは6節を完了させた。


「くそ、くそ、くそ! こんなくだらない、単純な、陳腐な、策に、私が!」



「『ツインウォーター・ドラゴニアス』!!」


「くそおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 2つの水竜の首がヴェルノに噛みつき、木々を薙ぎ倒しながら地面へ叩きつける!!

 ボロボロになったヴェルノの体は回復していくが……気絶していた。これでは傷が治っても戦いようがない。



「くだらない、単純な、陳腐な……ね。それでもあんたは選択を間違えた。あたしは賭けに勝った。それが戦闘よ」



 バカバカしい、薄い、そんな作戦でも構わない。結果勝利をもぎ取ったのは自分。

 作戦は勝つためのもの。勝てたのならその作戦は正解だったというわけだ。


 カナリアはレイピアを収めてすぐに城へと向かう。アストと合流するために。もしかするとリーゼと戦闘になっているかもしれない。そうなっていたらアストは……



(ううん! アストなら大丈夫。あいつなら……リーゼにだって勝てる!)



 カナリアはアストを信じながら走る足を速めた。




   ♦




「アストさん。ああ、アストさん。もっと踊りましょう? こんなに素敵なお城の中ではありませんの。私をリードしてくれませんと。クスクス♪ クスクス♪」


 ゴスロリドレスを翻しながらクルクルと華麗に回るリーゼ。その横では、







「あ………………あ、あ…………………あ……………………」


 体中に真紅の剣が突き刺さり血だらけになって倒れていたアストの姿があった。



「クスクス♪ クスクス♪ クスクス♪ 綺麗ですわよ……アストさん」



 トロンと惚けた表情でアストを見つめるリーゼはペロリと舌で唇を舐めた。



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