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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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80話 親なら諦めんな


(む……これはいけないな。私のペースを維持せねば)


 相手の武器に意味を求めすぎている。そのせいで若干ガイトのペースに持ち込まれつつある。武器が小さくなったのだ。むしろここで攻めを続けない理由はない。


「ふん!!!!」


 ヴォードは両手をクロスさせ、ガイトの体を両断する斬撃を繰り出す。次には血の雨が自分に降り注ぐはずだが……



「おい。俺はこっちだぜ」



 ガイトはいつの間にか背後で木にもたれかかっていた。まるで「どこに攻撃しているんだ」と呑気な声でも上げそうな顔をしている。自分の刃にもガイトの血は一滴すらついていない。


(何が起こった……? まさか私が寝惚けているわけではあるまい)


 明らかにおかしい。一瞬でガイトの姿が前から掻き消えた。自分の刃に当たってないのだからそうだ。いや、しかし……

 急なガイトの動きの変容にヴォードの思考の絡まりは増えるばかり。この時点で完全にペースは崩されていた。


「来ないならこっちから行くぜ」


 ヴォードは身構える。相手に攻撃を許してしまうことになるがこうなっては出方を見るしかない。理想通りに戦闘を進めることはできなかったが作戦を変えることは悪いことではない。


 これ以上予想外なことが起きなければ─



(なっ!?消えた!)



 ガイトがこちらに駆けてくる。そう思った瞬間にはガイトの姿が消えた。そして、


「こっちだぜ」


 後ろから声が。ガイトが背後にいた。それだけではなく、



(斬られている……だと)



 自分の体の数カ所から血が流れていた。切傷なところからこれを創り出したのは刃物。つまりガイトの持っている短剣に変化した【ディリゲント】なのは確定だ。


 それはわかっているのだが……あまりに「速すぎる」。


 ガイトが目の前から消えて背後に移動するまで数秒。その間に何カ所も斬りつけるなど普通ではない。


「超スピード……か。それはなんの魔法だ?」


「さあな」


 なんだと聞かれて答えるバカはいない。ガイトもこの仕組みを教えるつもりはなかった。


 しかし、ヴォードが言う「超スピード」という答えは合っている。


 ガイトの【ディリゲント】は音を取り込むことでその「性質」により形状や効果を変化させるかなり珍しい魔法武器だった。

 取り込んだ音は「ヴォードの声」。そして「戦闘の決着を急いでいた」その声から取り込んだ性質は【ディリゲント】を短剣の形─【ディリゲント・ダガー】に変えた。


 【ディリゲント・ダガー】の能力は使用者の速度強化。武器に魔力を込めることで速度面の身体強化を施す機能があった。

 その力を使ってガイトは瞬間移動のごとき速度でヴォードを翻弄していたのだ。音魔法使いにとっては会話からもうすでに戦闘は開始しているのだ。



「行くぜ……『プレスト』」



 それは魔法ではない。使用者のその言葉に反応して魔法武器は速度強化を再度施す。


 疾風の超スピードを!


「ぐおおおおおおお!!」


 すれ違いざまにまたもやヴォードの体へ多数の切傷を創り出す。ヴォードの真紅の刃はガイトを捉えることはできない。ガイトからすればヴォードは止まっているように見えたことだろう。


 これでガイトの方が優勢。のように見えたが……



「なるほどな。これは速い」


「!」



 ヴォードの体の傷は……知らぬ間に全て治っていた。それもガイトが振り返る時にはもうすでに。


 これも吸血鬼の特性の1つにして最大の力─「再生」だ。

 吸血鬼の体は「血液を摂取しないといけない」を始め多数のルールが刻み込まれている。生半可な者では生きるのですら苦労するほどに。



 その見返りというわけではないのだが吸血鬼は「不死」だ。



 四肢欠損しようが治る。首を飛ばされようが治る。心臓を貫かれても問題なし。日光を浴びても体調は悪くなるが死ぬことなんてない。昔、人間の創作上で信じられていた銀の弾丸なんてどうして効くなんて言われてるのかすらわからないほどまったく効かない。

 だが例外として人間が使う「異能」には吸血鬼の身すら滅ぼすほどの力がある。「ヴァンパイアハンター」を名乗っているハンターは皆その系統の異能を所持しており吸血鬼の天敵だ。


 裏を返せばそれ以外では吸血鬼を真に殺す物は現在では存在していないことになる。対魔人においては最強の相手だ。


 それでも対処法がないわけではない。死ぬことはないが……「再生に時間がかかるほどのダメージを負わせる」ことが魔人にとって対吸血鬼のセオリーとなっている。


 たとえ不死でも深刻なダメージを負えばそれなりに修復に時間がかかる。上位で力のある吸血鬼ほどその時間は短いのだがミンチにされて即修復なんてことは不可能だ。傷の具合にもよるがそこまでされれば数時間かかる場合もある。

 そうなればその間に拘束するなりに自由を奪うことはできる。


 ……あまり気分の良い話ではないが過去に魔人同士の争いで、吸血鬼の首を飛ばした後にその首と体を離れたところに生き埋めにして半永久的に封じ込めた奴もいた。

 さすがに人道的にどうなんだと糾弾されることになってその吸血鬼は無事救出されたが。



(一撃で再生困難なダメージを与えるしかねえか……。それならこれしかねえな)



 ガイトは作戦変更。【ディリゲント・ダガー】を元の大鎌の形の【ディリゲント】に戻す。

 【ディリゲント】は一度姿を戻すとまた再度音を取り込まない限りは姿を変化させることはできない。【ディリゲント・ダガー】にするにはまたそれに対応する性質を持った音をどこからか手に入れなければならないのだ。

 別にヴォードが声を出さなければガイトが喋ってその声を取り込めばいい。けれど声の性質というのは演技をして変わる物ではないのだ。急いでいるような声を演技して出しても本当に急いでなければ【ディリゲント】は短剣の形を変わることはない。おそらく別の対応した形に変わる。

 それゆえに一度タネがバレると運用が難しい魔法武器でもある。


 それでもたった今この場ではノーマルな通常状態の大鎌の【ディリゲント】が適していた。



「さて。どれくらいの時間で『溜まる』か」



 ガイトとヴォードは何度目かの剣戟へ。その度に金属が触れ合う音が響く。


 もうヴォードは声を発しない。単純に不利になるとは言えないが喋ることこそがガイトの武器を増やすことになるのなら喋る必要などなかった。

 ガイトが大鎌の形で戦い始めたのも自分の再生能力を見て攻撃の手がなくなったとすることで納得がいく。ならば不用意に武器を与えてやる必要などない。



 ピピッ、ピピッ



 剣戟の中、突然ヴォードの思考を横切るようにして聴こえた……機械音。この森の中で聴こえるはずのないその音はヴォードの警戒を煽る。

 リーゼの魔法道具……と考えることもできるがこの付近にもう魔法道具は仕込まれていないことは自分がよく知っている。リーゼが黙って変なことをしていなければ。


 そんなことを考えてもどうしようもない。この音はそれ以外とする。ならどこから聴こえた音なのか。

 いくら音魔法使いだからといってガイトの口からそんな機械音が出たとは考えづらい。出せたとしてもこんな時に出す意味がない。


 それならば……



(魔法武器か!!)



 ヴォードがそれに気づいたのに要した時間は短い。その音が鳴って1分と経ってはいない。

 しかし、数秒でも戦闘中にそれは時に致命的な敗因と化す。




「【ディリゲント】─25%─解放」




 ガイトの声に魔法武器は起動し、【ディリゲント】の刃は「振動」する!


 その刃は……真紅の刃ごとヴォードの体を真っ二つに斬り裂いた!!



「ぐがぁ……かっ!!!!」



 体が2つとなって転がる。視界が回り下半身の感覚と腕の感覚が遮断された。


 場数を踏んでいる吸血鬼にとって痛みなど慣れたものだ。普通なら死ぬようなこの傷でも平静でいられる。

 傷よりも……「負け」。これだけは修復することのできないものだった。

 この場を見ればどちらが勝って、どちらが負けたのかは一目瞭然だ。


「残念だったな。ちょっとだけ気づくのが遅かったみたいだ」


 ガイトの大鎌タイプの【ディリゲント】は付近の一定以上の音をこの魔法武器に蓄積させて「力」に変える機能も備え付けられている。


 蓄積させていたのは……ヴォードとの剣戟の音。


 数分間にも及び【ディリゲント】の0距離で発生していたその音は全て取り込まれ……「力」に変えられていった。

 25%の蓄積。それでも決着をつける一撃には十分なものとなった。刃を振動させ、あらゆる物を切断する強力な一撃へと成ったのだ。



「俺の音は、聴こえたか?」


「ぐ…………私の、負けだ」



 この戦闘では互いが近距離戦を選んでいたこともあって属性魔法が放たれることはなかった。武器と特性を使用しての戦い。

 ヴォードの吸血鬼の力はガイトの魔法武器の前に敗れた。それは認めざるをえなかった。



(だが……! 勝負に負けても、まだ終わってはいないぞ!)



 崇高な吸血鬼としては泥を塗る行為。それは「親」としての自分がそうさせた。

 ヴォードは上半身だけで飛び上がり、戦闘が終わったと思い込んだガイトの首へと噛みつこうとする。


「! しまっ……」


 ガイトは油断していた。なにせ相手の体を両断したわけだ。戦闘はそこで終了する。詰めが甘いなどとは言えるはずもない。

 それは一重に吸血鬼との戦闘経験が少なすぎた。これが原因だ。「吸血鬼はこのダメージでも修復に時間はかかるが、動くことはできる」。これを知らなかったのだ。


「カルナは……貴様らには渡さん!!」


 鋭利な牙を少年の首に突き立てる。それだけで敗北は勝利に変わる。その少年は吸血鬼ではないのだから。



 ヴォードにとって最後にして絶好のチャンス。だが彼に……




「ガイトくん。よく頑張ったね」


「なに!?」



 運はなかった。

 この場に乱入者が現れた。


 魔法騎士団の制服を着た……「フリード・ヴァース」が移動魔法を使って飛んできたのだ。




「【幻影叢雲】─起動!!」



 魔力を込めると手元から刀型の特殊魔法武器【幻影叢雲】が消える。そのままフリードは何も持っていない手を無造作に振るうと、




 シュッ………………………ゥン!!!!!!!!



「が、あああああああああああ!!」


 一陣の風が吹く音。その音が飛び上がったヴォードの上半身を駆け抜けると、その体は8分割ほどに分かたれた!!


 「見えない斬撃」によってヴォードは斬られた。これにて戦闘は完全に終了した。




   ♦




「いやぁ~遅れてごめんね。仕事が立て込んでてさ。まさかこんなことになってるとは思わなかった」


 ヴォードの体をそのままにしておくわけにはいかないので回復魔法を使って修復を手伝った後に体を拘束している。

 その拘束をどうにかできようにもフリードとガイトの2人がいては結果は変わらない。それにフリードの「見えない斬撃」は得体が知れなさすぎる。


 フリードしか知らぬことだが特殊魔法武器【幻影叢雲】は魔力を込めると「空気中に溶ける」。

 そして使用者が指定した方向へ「斬撃」を飛ばすことができるのだ。これが「見えない斬撃」の正体だ。

 一見無敵に見えるがこれにも弱点があったりする。それでも攻略は非常に難しい武器だ。


「隊長から聞いたけどウィザーズ・ランドに出てきたんだってね。観覧車のゴンドラ壊したのあなたでしょ? うちの隊長があれすごい乗りたがってたから怒ってたよ。見つけたら捕まえてこいって。あとこれ請求書ね」


 フリードは縛られて動けないヴォードに紙切れを見せる。ヴォードはそんなことを気にせず、


「カルナを連れ出してどうするつもりだ?」


 ガイトに話しかける。

 このままではカルナの儀式は邪魔をされる。その邪魔をする理由を聞きたかった。


「俺らのとこにカルナの吸血鬼の体をどうにかできるかもしれない奴がいる。だからそいつに見せてどうにかできるか試してみる。そんだけだ。別に家族を引き裂くとかそんなことしに来たんじゃねえよ」


 その答えはヴォードの予想していたものと同じだった。カルナは吸血鬼になることを嫌がっていた。この者達がそれを助けようと思うのはおかしくない。


「ベルベットか……奴なら可能性はあるかもな。だが、カルナの命は危ない」


「それでもこのままじゃダメだってことくらいわかんだろ。あいつの『親』ならな」


 親。その言葉にヴォードは黙らざるをえない。カルナのことを愛している。だからこそあの子の気持ちを殺したまま吸血鬼にしてやることにも辛いという気持ちだってあった。



「希望があるなら試してからでも遅くねえだろ。さっきも言った通り、ベルベットに見てもらう。それだけだ。けどよ、そんなに吸血鬼にしてえっつーなら……あいつを説得するくらいのことはしろよ。『仕方ない』で終わらせんな。あいつを……絶望したままにすんなよ」



 カルナを吸血鬼にするならそのことを説得するくらい親なら子のためにしろ。ヴォードには耳の痛い話だ。自分が諦めて閉ざした道だったから。


 かつて長女のリーゼにも「仕方ない」で終わらせた。子の絶望した顔を見るのはこれで二度目だった。


「……話し合うことが足りなかったか」


 自分達はカルナの命を守るため。ガイト達はカルナの笑顔を守るため。はたしてそれらは矛盾するのか。お互いが協力して全員で知恵を出し合えば最善の道が見つかるのではなかろうか。

 カルナが何を見て、何を感じて、なぜ吸血鬼になりたくないのか。それをもっとカルナの口から聞くべきだった。親だからこそそれをするべきだった。


「良いだろう。ただし、カルナに残された時間はあと数日ほどしかない。そのギリギリまでは……私も希望は捨てない」


「本当か!?」


「勘違いをするな。私の中で吸血鬼の同胞が増えることよりも……久しぶりにカルナの笑顔を見たいという想いが勝っただけだ」


 どれくらい経つだろうか。カルナが笑った顔を見せなくなったのは。泣いた顔ばかりを見せるようになったのは。


「君たちの前では……笑っていたか?」


「ああ。毎日楽しそうにしてたぜ。アストってやつの前では特にな」


「そうか……」


 そこでヴォードの戦意は喪失した。戦う理由を、失った。



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