7話 カナリアVSベルベット
~休み時間~
「すごかったね……ベルベットの授業は」
「すごいなんてもんじゃないわよあれは。知ってる魔法の深さが別格よ。『魔法』という物を知り尽くしてる……」
魔女というのは魔法で戦う者という姿の他には、魔法を創り、魔法を研究する者の姿もある。ベルベットが魔法についてよく知っているのは当たり前のことだった。
けれど、授業で話された内容は現代の魔女では知ることのないこと。
繰り返された改善によって葬られた魔法の真価。それをベルベットは生徒に明かしたのだ。
「常識がひっくり返されたわ。そもそも物体の強度を上げる魔法自体が他に存在してるのよ? それが『ファルス』だけで良かったなんて……」
「へー。でも、『ファルス』しか使えない僕にとっては貴重な情報だったよ。魔法武器も持ってないから戦ってると頻繁に自分の武器が壊れるしさ」
魔法武器は通常の武器よりも壊れにくい。それを持っていない自分が使っているのは普通の剣だ。試験の時もそうだったがよく自分の武器を壊してしまう。
「とにかくクズの3組でもこんな授業が受けられるなんて最高だわ」
「クズって言わないでよ……」
僕がカナリアの言葉に肩を落としていると……
「ア~ストっ!」
「あ、噂をすれば……」
ひょっこりとベルベットが現れてこっちに近寄ってきた。超眩しい笑顔で。
「どうだった? ねぇどうだった? 私の授業は」
「すごかったよ。さすがベルベット。とってもかっこよかった」
「きゃ~! 嬉しー! 教師やって良かった~!!」
褒めてあげるとベルベットは感涙を流しながら眩しい笑顔になった。なんだその顔は。
本当は最後に「いつもと大違いだよ」って付け加えたかったけどこういう時くらいは褒めるだけにしておこう。頑張ったご褒美は大事だ。………師匠と弟子の立ち位置が逆な気がするけど。
「先生がまだこんなところにいてもいいの?」
「担当がこの組だけだから暇なのよ。今日は1限だけしか入ってなかったし」
逆に1限だけしか入ってなかったのに最初から頑張ることはできなかったのか? というツッコミはしないでおいた。た、耐えろ僕。ここでツッコんだら拗ねて明日から来なくなりそうだから。
「あ、あのっ!」
「……ん?」
カナリアはベルベットを見ると挙動不審に立ち上がる。緊張しているのか体はガチガチだ。
「か、かかか、カナリア・ロベリールと言います! さっきの授業素晴らしかったです!」
あれ……僕の時と全然態度違うよね?僕の時なんかいつもゴミを見る目なのに……。
「カ・カカカ・カナリア・ロベリール? あなた変な名前なのね」
「い、いえ! カナリア・ロベリールです!」
カナリアは緊張で噛みまくったのを恥ずかしがりながら訂正した。ベルベットは絶対わざとだな。そんな名前いるわけないでしょ……。
「ロベリール……。へ~、なるほどね」
ベルベットはカナリアの家の名を聞くとなぜか面白い物を見たような顔をする。なんだ……?
「水魔法が得意で……その……水魔法について教えてほしいんですけどお昼休みとか……時間は大丈夫でしょうか?」
「うぇ……もうこの後は1日中寝ようと思ってたのに……」
カナリアは授業前の暗い顔から一転、キラキラと輝いていたが今度はベルベットが吐き気でも来たのかという顔をする。
しかもカナリアには聞こえないほどの小さい声でなんか言ってるし。起きてからまだ30分くらいしか経ってないよね……?
「カナリアは僕の友達なんだ。僕からもお願い」
「は? いつあたしがあんたの友達になったのよ。気持ち悪いこと言わないで」
加勢してあげたら背後から言葉の棘で思い切り刺された。
僕何か悪いことした? まさかまだ試験で1位になったことを根に持ってるの?
「別に教えてもいいけどあなたの実力がどれくらいかわからないからそれを見てからね。じゃあお昼空けとくから。……はぁ」
しっかり最後に溜息をつくあたりマジで働くの嫌だったんだな。今すぐにでもベッドに突撃したそうだ。
♦
ってことで昼休み。
「さて……どうしよっかな~」
魔法の演習などに使う広い部屋を1つ借りて僕達は集まった。僕までついてきたのはただ単純に気になったからだ。
カナリアの実力を見るとは言ったもののこれからどうするのか。もし模擬戦などを行うのならそれを見るだけでも自分にとっては貴重な経験になるだろう。
「じゃあ今から軽く魔法でも撃ち合ってみよっか。お互いに魔法を当てての力比べ」
ベルベットが提案したのは魔法使いがよくやる1発勝負のようなもの。
お互いに攻撃魔法を1つだけ放ち、それをぶつける。その勝負ではもちろん強い魔法の方が相手の魔法を突き破る。
ここで重要なポイントは2つ。「どれくらいの強さの魔法を使うか」と「自分と相手の属性魔法の相性」だ。
魔法にも強さは存在していて「上位魔法」というものがある。
例えば試験の時に使ったカナリアの魔法で言えば多数の水の弾を撃ちだす『ウォーターハウル』よりも地面から激しい水柱を出す『ウォーターガイザー』の方が威力は上である。
ここではお互いに魔法をぶつけるのが目的なので下から攻撃する『ウォーターガイザー』は使えないのだが……普通に考えて自分が持っている中で一番強い魔法選べばいいじゃないかという考えが出ると思うが実はそうではない。
「詠唱」という存在が問題になってくるのだ。
簡単な魔法なら詠唱なんかは存在しないが魔法は上位になればなるほど基本的には詠唱が長くなる。
『ウォーターハウル』は3節で、『ウォーターガイザー』は5節といった風に。
この勝負は魔法の早撃ちという面もあり基本的に相手の詠唱は待たない。「より早く、強い魔法を撃った方が有利」なのだ。
だから詠唱が長い魔法は強いのだが詠唱途中で相手の魔法が当たる可能性があるので選びづらい。
次に属性の相性。実はこれが一番重要と言ってもいい。
属性魔法には相性がある。順序で言えば相性があるからこそ属性魔法という名前がついた。
誰でもわかると思うが炎魔法は水魔法に弱い。威力が半減以下になったりしてしまう。実際に上位の炎魔法でも威力が劣る水魔法に破られたりすることもあるのだ。
戦う相手が使う魔法はどんな属性なのか。非常に大切な情報だ。これを知っているか知っていないかでこの勝負は大きく差が出る。
ちなみに「無属性の攻撃魔法」というのも存在するので相手が自分に有利な属性魔法を有していた場合は無属性魔法で勝負するのが得策だったりもする。
しかし無属性魔法の威力は属性魔法に劣るので不利な面が少し減るだけだが。
あらかた今からやる勝負のセオリーを紹介したのだが……そこでベルベットが放った言葉は衝撃的なものだった。
「あなた、『水魔法』が使えるのよね? じゃあ『炎魔法』で相手してあげよっか」
「………え?」
炎魔法は水魔法相手に弱い。それはみずから勝負を不利にするようなこと。
だが、それ以上にとんでもないことを次に言い放った。
「ベルベット様が使える属性魔法は炎魔法なんですか?」
「ううん。炎魔法も使えるってだけよ」
「それって……ど、どういう……?」
「私、属性魔法は複数使えるから」
魔人が使える属性魔法は1つだけ。そして何が使えるかは生まれた時から決まっている。魔人にとっては絶対のルール。
ベルベットが言ったのはそのルールを根本から破壊するものだ。複数の属性魔法が使える……?
「え…………え!? あ……まさか、それも今の魔法使いが知らないことなんですか!? 元々魔法使いは属性魔法を複数使えるものだったみたいな……!」
またもやベルベットが話した驚愕の真実にカナリアは期待の声を上げるが……
「それは違う。私がちょっと特別なだけだから♪」
なんか笑顔ですごいこと言い出したがこれは特別だとかで片づけられることではない。とんでもない事実だ。
「もしかして最初から複数使えてたんですか?」
「最初は1つしか使えなかったけど……色々とね。世の中知らない方が良いこともあるのよ?」
その時、一瞬だけゾッとする笑顔を向けてきた。それ以上聞かない方がいいよと言うように。それでカナリアは口を閉じる。
「じゃあ……やろっか」
ベルベットは虚空から杖をポン♪と出す。カナリアもそれに合わせて杖の代用品となる魔法武器のレイピアを抜く。
「合図、お願いしていい?」
カナリアは僕の方を見て勝負の合図をお願いしてきた。カナリアとベルベット以外にここにいるのは僕だけだし……仕方ないか。
「えっと、勝負……始め!」
その瞬間、勝負の火蓋が切って落とされる。
「水の精よ力を与えたまえ 敵を討つ矢となりて 放たれよ水の連弾 『ウォーターハウル』!」
カナリアが選んだのは試験で使った『ウォーターハウル』。
しかし、今回は多数の水の弾ではなく、一発のデカイ弾だった。大きさは人の体1つを丸々覆うことができるくらい。こんな使い方もできるのか……!
ちなみに『ウォーターハウル』は水魔法の中でもそこそこの強さの魔法である。わかりやすく10段階で言うとすると……3くらい。
3と聞くと弱いと思われるかもしれないが、この戦いにおいてそのあたりの強さの魔法がちょうどいいのだ。詠唱も少なくて済むからすぐに撃てる。
対するベルベットが使ったのは……
「炎よ出でよ 『ファイアーボール』」
ベルベットがかざした手から魔法陣が現れ、そこからボッ……!っと拳ほどのサイズの小さな火の弾が出てくる。
使った炎魔法は『ファイアーボール』という魔法。
詠唱の少なさからわかると思うが……最底辺炎魔法だ。10段階で言うなら威力は文句なしの1。炎魔法では基本中の基本のものである。
ただでさえ相手は水魔法で威力が弱まるのになぜそんな弱い魔法を……?
と、思ったのだが……
「え!?」
そこにあった光景は信じられないものだった。
ぶつかる小さな炎の弾と大きな水の弾。しかし、水の弾は……
ジュウウウゥゥゥゥゥゥ…!!!!
と、音を出して蒸発していく。
火の弾が水の弾の中を抉っていくかのように中へ中へと進んでいき……貫通した!! それと同時に水の弾は崩壊し、完全に蒸発して霧散した。
火の弾はカナリアに向かって突き進む。さっきの光景が信じられなくて立ち尽くしたままのカナリアは回避が遅れる。
このままじゃ……魔法が当たる!
僕がそう思った時、ベルベットはパチン!と指を鳴らした。
すると火の弾はカナリアの前から一瞬にして消え失せた。ベルベットが魔法を解除したのだ。
「筋はいいよ。でも、もうちょっとかな」
「─ッ!」
圧倒的な力の差を見せられカナリアは悔しそうな顔をする。
仕方ない。それほどの差だった。本来有利である水魔法を使い、さらには威力はこっちの方が上だったのだ。それなのに負けたということは……
魔法使いとしての「力量」や「魔力」があまりに違いすぎる。
それを突きつけられたカナリアは自信を消失してしまう。カナリアは同年代の魔法使いの中でも強い方だ。それこそ試験結果がそれを語っている。
だが、それはあくまで同年代の中では、だ。魔法使いの中で言えばまだまだ話にならない。なにせ僕達はまだ学生なのだから。プロには敵わない。
そんなことは当然。でもそんな当然のことでもカナリアにとっては悔しいことだった。
「もっと強くなった時に色々教えてあげる。今は急ぎすぎずにちゃんと力をつけること。わかった?」
「……はい。ありがとうございました」
ベルベットは僕にバイバ~イと手を振りながらこの部屋を去っていった。
カナリアは立ったまま無言でずっと悔しそうにしている。僕は何も言えない。
すごく気まずいし、僕がいればより惨めになってしまう。だから僕もすぐに部屋を出ることにした。
カナリアがこの部屋を出たのは、それからかなり後のことだった……。