78話 受け継いでいく想い
ガイトのおかげでアスト達は城へと進んでいく。クレールエンパイアへの突入がバレたとしても潜伏に立て直しはきく。再び身を隠しながらの進行だ。
ただし、初めとは変わって警戒内容が増えてしまっている。それはリーゼの反則じみた魔法道具だ。
(またどこで魔法道具の攻撃を受けるかわからない。さっきみたいに突入する前からすでに網を張られてたなんて想定外すぎる)
ベルベットは属性魔法をいくつも使える。さらに魔法騎士、魔女、魔工全ての技術を持っているし魔法の最高到達点であり最悪の破壊魔法でもある「究極魔法」を単独で放てる。まさに「魔法」に関しては規格外も規格外。
リーゼはそれとはベクトルが違う。魔法道具というある一点に関してはベルベットすらも凌駕するほどの腕と技術を持っている。
そこから繰り出される攻撃は想定のしようがない。魔法道具の効果は千差万別。何がくるかわからないしリーゼオリジナルの魔法道具だって無数にあるはずだ。
何をされてもおかしくない。ずっと張り詰めた警戒心が確実に僕達の精神をすり減らしていく。
「! これは……」
不意にミルフィアが下方向─地面に何かを感じて声を上げた。
それこそが……次なる魔法道具攻撃だった。
「結界ですっ!」
4人で並んで進んでいた僕達を真っ二つに割るように壁が形成された。使用されたのは地面に埋め込んで使用する罠タイプの魔法道具。
僕とカナリア、ライハとミルフィアの間に魔法の壁が現れる。その壁は森の中をグングンと進んでいき……完全に互いが向こう側への行き来を封じられる形となった。ライハとミルフィアに至っては城への道を遮られる形となったので強制的にリタイアとなる。
「結界を解除しますっ! この強度は……およそ30分で可能です」
ミルフィアは魔法の壁に触れてその「結界」を解除しようとする。
結界は術式内容がかなり複雑なので無効化するのは難しい。けれど不可能ではない。その術式を全て理解し、重要な箇所を書き換えれば破壊することができる。
術式の書き換えにやり方は色々あるが一般的なのは魔法に触れることで行うことができる。通常の攻撃魔法で「触れる」なんてことは絶対無理というかやりたくないことだが結界ならば襲ってこないし触れても死ぬわけではないから安全に書き換えを行えるのだが……
「んだよ……ガキばっかじゃねえか」
邪魔者がいなければの話だ。
ライハとミルフィア側に長男のロシュが現れた。僕達を分断して片方を撃破するつもりだったらしい。どうりで30分で破壊できる結界なわけだ。「閉じ込める」目的ではないのだから。
「つかリーゼの奴、結界が出る方向嘘つきやがったな。なんで俺も結界の外にいるんだよ……」
どうやらロシュは本来、城への進行がまだ可能な僕とカナリアの方に出てくる予定だったらしい。けど仲が悪いのかそこの打ち合わせが上手くいかなかったみたいだ。
「アスト、カナリア。先に行って」
「兄様っ! お気をつけて」
ライハとミルフィアは応戦することにした。結界の書き換えが30分かかる時点でアスト達をここに縫い付けるわけにはいかない。ガイトのように行ける者を先へ行かせる作戦に変更だ。
アストとカナリアもちゃんとそれを理解している。そしてライハとミルフィアを信頼もしている。だからこそ進める。
「わかった!」
アストとカナリアは城への進行を再開した。
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「アスト。先に言っておくわ」
2人で城へと向かう途中、カナリアはアストに話しかける。ここで話すということは重要なことだろう。
「何?」
「きっと城の前ではもう1人……多分母のヴェルノが待ち構えているはずよ。城の防衛は絶対だから」
移動地点での見張り、分断後の遊撃……そうなれば城に入ろうとする者を阻む役もいるはずだ。それは……残りのヴェルノに違いない。
「その時はあたしが残る。あんたは城の内部に入りなさい」
「僕が? でも、魔法はカナリアの方が……」
魔法の出力や魔力の多さにコントロール、戦術もカナリアがアストより上だ。アストがヴェルノに勝利できるかは置いても城の内部へ侵入するのはもしもの時を考えてカナリアが良いと思える。
「何言ってんの。城の内部には……リーゼがいるのよ」
「それなら尚更カナリアが行くべきだよ」
戦力分析し終わった後でならその答えもすぐに出る。自分がヴェルノを足止めしてカナリアがなんとかリーゼの手を掻い潜るか撃破してカルナを救出。これが現実的に見える。
「無理よ。こんなこと言いたくないけど今のあたしじゃリーゼには敵わない。怖気づいたとかじゃなく冷静に計算しても不可能に近い。勝てるビジョンも思い浮かばない」
「それを言ったら僕なんて……」
そこでカナリアは立ち止った。アストも足を止める。
「あんたには異質な力がある。グランダラスを倒した時みたいな戦闘力を向上させる力も」
「それは……」
「リーゼをどうにかするのに必要なのは単純な戦力計算じゃない。あんたみたいな予測不能な力じゃないとダメなのよ。あんたなら……やれる」
カナリアが言っているのは「魔王の心臓」の能力とアレンへの人格交代のことだ。確かにそれならとは思うが……
(アレンと交代できるのはおよそ15分。15分で……リーゼをどうにかできるのか? 倒す必要はないにしても、だ)
ベルベットと同レベルの実力を持つと言われるリーゼ。そもそもそれに勝てるのか? アレンの強さは知っているがどこまで通用するのかまではわからない。それに賭けるのは怖いところだ。
肝心の僕自身は……「魔王の力」をアレンのように使いこなせていない。こんなのでリーゼと戦えるのか?
こんな僕じゃ……
「しっかりしなさい!」
不安に襲われる僕を見てカナリアは喝を入れる。
「あんた、カルナの心を救うって言ったじゃない。カルナの味方になるって言ったじゃない。あたし達に立ち上がる勇気をくれたのもあんたなのよ! なのにあんたがビビってどうすんのよ!」
「そうだけど……それとこれとは」
「関係ある! リーゼがベルベット様と同格かどうかは知らないけど、それでもぶっ倒しなさいよ! あたしは信じてる。たとえあんたが自分のことを信じてなくても、あたしはあんたのことを信じてる!」
その言葉はクエストの時に僕がカナリアに送った言葉だ。
周りや自身がカナリアを否定しても僕だけはカナリアを肯定する。僕だけは味方でいるって。
大事なのは勝てるかじゃない。戦う意思があるかどうか。
今度は僕がカナリアに教えられる番になってしまった。
「何か騒がしいと思えば……虫が入り込んでいるわねぇ……」
こちらに近づく1つの影。薔薇の絵を入れた扇子を手に、赤のドレスを纏ったその影は……
「ヴェルノ・ローラル・ベリツヴェルンね。あたしが相手よ」
一家の母、ヴェルノだった。カナリアはそれならと前に出る。
「行きなさいアスト!」
「……わかった。僕は、行くよ!」
僕の背中を叩くその声に弾かれるようにして走り出した。城で僕達に手を伸ばすカルナの手を……掴むために。
「あらあら……行かせると思って?」
ヴェルノは手に持っていた扇子をアストに向けて振りかざす。すると……小さな「炎の蛇」が空気中に波形を描きながら突き進む。魔法で炎を生み出した。つまり「炎魔法」だ。
炎の蛇はアストに噛みつこうと迫るが……到達する前に水の弾に撃ち抜かれた。
アストはそのまま森の中に消えていく。
「あたしがいる限り邪魔はさせないわよ」
「なら……貴方がいなくなればいいのでは?」
ヴェルノの炎とカナリアの水。城への道を阻む者とそれを突き破る者の激突だ。




