76話 吸血鬼の国
「ベリツヴェルン家の詳細ですが……父ヴォード、母ヴェルノ、長男ロシュ、長女リーゼ、そして次女カルナで構成されています。カルナさんに関しては最近になって初めて知りましたが」
リーゼ達に立ち向かうとなっては敵の情報は必要だ。キリールがずっと隠していた情報をアストを含めた全員に開示する。
「中でも長女のリーゼはこの一家の中でも圧倒的にずば抜けた実力を持っています。おおよそこの父や母の数百倍は強いと思ってもらって構いません」
「数百……!?」
単純計算なんてできないことはわかっている。それでもそこまで言わしめるほど強いとなると驚愕してしまうのは無理もない。
「それと当たり前ですが血液の変質操作以外にもちゃんと『属性魔法』も有しています。今から彼らの魔法の属性もお教えしますが……リーゼだけは判明していません」
「リーゼだけ?」
「はい。ベルベット様も『わからない』と言っていました。あの方は人前で属性魔法を使用したことがほとんどありませんから。ですのでリーゼに関しては一層警戒を強くしてください」
属性魔法を抜きにしてこれだから呆れてしまうものだ。
キリールから一通りベリツヴェルン家の属性魔法を聞いていく。この情報があるかないかでは大違い。
「キリールさん。フリードさんは……?」
魔法騎士団の第一隊副隊長でもあるフリードからの助力が得られることをアストは知っている。彼の力は今の状況ではこれ以上ないくらい心強いものだ。
可能ならリーゼを彼に引き付けてもらうか、一緒に戦ってもらってカルナを救出する作戦が立てられるのだが。
「明日に作戦決行とする場合、彼は用事で途中参加となる可能性が大きいです。これは彼の個人的な行動でもありますから通常の仕事を抜け出すことは難しいと言っていました」
「そうですか……」
それなら仕方ない。明日がダメなら明後日に……と言いたいがカルナの完全吸血鬼化が刻一刻と迫っている中で1日伸ばすことがどれほど致命的なことかはわかりきっている。できるなら今すぐにでも行きたいくらいなのだ。傷の治療と戦闘準備ということでなんとか我慢しているのである。
「私も参加はできません。ベルベット様の傍につくことになります」
「キリールさんもですか!?」
「あの方はいつ狙われるかわかりません。このような事態では私が守護する決まりとなっていますので」
ぐ……フリードさんに続いてキリールさんもか。一気に戦力がガタ落ちだ。それで諦めるわけではないが気落ちを嫌でも感じてしまう。
「アストさん。リーゼは強敵です。ですが、倒すことだけが勝利条件ではないはず。私達の勝利条件はカルナさんを救うことです。そこを見誤らないように」
……! そうだった。障害を倒すことばかり考えていた。強すぎる敵ならそれをどうにか回避することも考えないと。
あくまでカルナの救出が本命。それさえできれば僕達の勝ちなんだ。
「カルナさんは吸血鬼の国のベリツヴェルン領にある彼らの城にいることでしょう」
「吸血鬼の……国」
「そう。吸血鬼の国『クレールエンパイア』です」
魔法使いの国は『マナダルシア』を含めて3つほどある。これは結界を張って人間達の目や認識から逃れることで生活圏を確保できるからだ。
そのように他の種族も結界を張って国を形成している。吸血鬼の国は1つ。それが「クレールエンパイア」。
クレールエンパイアにはマナダルシアのように他種族の魔人は受け入れていない。吸血鬼は皆自分が吸血鬼だということに誇りを持っており他種族を入れると国が汚れるとの考えがあるからだ。
そのことから国内の様子を見た者は少ないが、城があちこちに多く立っている国である。
吸血鬼の住まいは商売を行っている者以外全てが大小あれど城なので初めて見る者は驚くことになるだろう。……見る者は大抵が国に侵入したりといった真っ当な理由ではない者ばかりだが。
それと朝はほとんどの吸血鬼が外に出ていないので街はガラリとしている。そもそも生活時間が他種族や人間とかなり違っているのだ。
吸血鬼は午前の間に睡眠をとり、午後に起床して活動開始。夕方を超えたあたりから本格的に外に出たりと動き出すのだ。
これは吸血鬼の体質として日光に弱いことが要因として挙げられる。
日光を浴びたからと言って死にはしないのだが吸血鬼からすると体に倦怠感が付きまとうんだとか。長時間浴びれば体調も悪くなったり発熱などの病気にもなったりするらしい。
「じゃあ侵入は午前中ですか?」
「そう言いたくなるお気持ちはわかりますが……午後ですね」
「え!?」
ここまで聞けば朝に侵入するのが得策に思える。なんたってほとんどの吸血鬼が寝静まっている頃なのだから。
だが、少し考えればわかることだった。
「朝は他種族や人間が活動する時間。それとは違って吸血鬼が活動を停止する時間。ならば吸血鬼にとってどの時間帯を堅く守っておきたいと思いますか?」
「あ……朝、ですか」
「はい。クレールエンパイアの結界は朝の時間帯には侵入が困難なレベルに強固となります。ベルベット様くらいでないと侵入は容易ではありません。その分、夜の時間帯には結界の出力が落ちることになりますが」
結界はずっと維持し続けるのが役目の魔法だ。そうなるとずっと強力な状態で維持するのは技術的にも難しい。
マナダルシアではどの時間帯も平均的な強さを保っているので人間には認識できないが他種族の魔人となると侵入しようと思えば侵入できるほどの強さだ。そのために入国を管理する門番がいたり魔法騎士団も他種族対応の第三隊があるのだ。
クレールエンパイアは夜の間の出力を落とすことによって朝の時間帯はかなり強い出力となるように調整されている。それでも人間に認識されるほどの弱さではない。
キリールさんによるとこれを平気で朝の間に破ってくるベルベットはすでにブラックリストに入っているとか。なんだかそう聞くと夜道に吸血鬼に攻撃されるのもわかる気がするな……。
「皮肉なことに、夜の方が潜伏もやりやすいですしね」
「そういうことです。では明日……ご武運をお祈りします」
キリールは十分な情報を伝え終わったということでベルベットの部屋に戻っていった。あとのことは実際に行動する僕達の役目だ。どう動くか……ちゃんと考えないとな。
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~クレールエンパイア・ベリツヴェルン領~
「ぅぅ……アスト……」
もう逃げ出さないようにと檻のような物に入れられたカルナはひっくひっくと泣いていた。もっと日常が続くと思っていた。自分が死ぬ最期の時までずっと。
こんな急に終わりが来るとは。もう自分は「変わって」しまうのだろうか
「カルナ」
カルナが入っている檻がある部屋に来客が。それは……自分の姉であるリーゼだった。
「お姉ちゃん……」
「逃げ出しては困りますわカルナ。体も限界のはず。今お父様達が儀式のための血を熟成している最中ですの。明日の夜こそ貴方が真に私達の仲間となる日ですわよ」
リーゼは檻に触れてカルナに話しかける。愛しい妹の肌に触れて苦しむ気持ちを溶かしてあげたかったがそれもできない。
「いや……わたし……」
「わかっていますわ。それでも、いつかは慣れることですわ」
「なれる? それがいや!!!!」
駄々をこねるように檻の格子を叩く。ガシャンガシャンという音が泣き声にも聞こえてしまう。
そんな姿のカルナを見るのは姉として辛かった。それに……これは自分も通った道だから。
「吸血鬼は……こうしないと生きられないのですわ。だからどうか、我慢を」
檻に触れたまま言葉を紡ぐ。その声はキリールと向かい合っていた時からは想像できないほどに……震えていた。
カルナの部屋から出て自室に戻っていく。
(吸血鬼なんて、笑えますわね。どうしてこんな体に生まれてきてしまったのか)
リーゼはすでに「血への渇望」により心が変質してしまっている。それでも心の内にはカルナと通ずるものが秘められていた。
「アストさん……貴方はあのベルベットを変えたように、私も変えられますの?」
誰もいない自室で零れる独り言。そんなことを言う自分が可笑しく、それは無かったことにした。
変わってしまった自分をまた変えられるか。そんな願いも消し去って。




