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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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75話 僕だけは……!


「そんなことになってたとはね……」


 ウィザーズ・ランドから寮の部屋に戻ったアスト達。アストはミルフィアに治療をされながら全員に事のあらましを伝えていた。ちなみにキリールは自分の傷は自分で治していたのでアストだけが傷を負っていることとなっていた。

 カナリア達も他の場所で遊んでいた頃にそんなことがあったとは思いもしなかった。しかもカルナまで連れ去られたとなると穏やかではない。


 なのだが……



「私の勝手な意見ですがカルナさんはこれで良かったのではないでしょうか?」



 消沈するアスト達にキリールはそんなことを投げ込む。カルナはあっちにいた方が良いのではという考え方を。


「カルナは家出をしてまであそこを出たんですよ? それなら……」


「そうですが、命は救われることになります」


 カルナは吸血鬼となって生きることが嫌だったから逃げ出した。でも、それだと命の灯は消えることになる。

 カルナは連れ去れた。これから吸血鬼として人の命を奪いながら生きていくことになる。でも、カルナは未来を生きていける。


 キリールが言ったのは……後者なら命が助かる、ならばそれで良いじゃないかということだった。


 アスト達の心の中にも少なからずその答えがあった。命さえ助かるならばそれで良いと。

 そして連れ去られたというが相手は「家族」だ。どんな形であろうと家族と共にあることこそがカルナの幸せに繋がるはずだ。


 今こそは命を奪うことが辛いだろう。でもいつかはそれに慣れて悲しみを感じなくなるかもしれない。 そうなれば吸血鬼としてカルナは何もおかしくない「普通」の生活を送ることもできるのだ。



(本当に……?)



 アストはその答えを否定しようとする。


 「命」を救うことはできるが、カルナの「心」を殺すことになる。それがカルナの幸せなのか?

 「辛いだろうけどきっと時間が解決してくれるから我慢してね。命が助かるのが一番だ」。その言葉は誰もが正しいと信じるはずだ。実際に正しい。「善」を選ぶならその道だ。


 しかし、当人にとってその言葉は「善」なのか。


 いつ心がそれに慣れるかわからない。もしくは慣れないかもしれない。このまま一生ずっと奪うことに苦しみながら生きていく。カルナにとっては地獄の苦しみだろう。それが「善」と言えるのか。それこそが「悪」ではないのか? けれど、それは命を奪う結果に……。


 ずっと、ずっと、悩み続ける。命か、心か。どっちを救うべきなのか。どっちも救うことができればどれだけ楽か。この世界に真に「善」となる答えなんて無いのか。


(このまま助けにいかずカルナが吸血鬼となるのを受け入れる。ここで彼女とはお別れ)


 アストはその答えこそが正しいと思ってしまった。家族というのがどういうものかは記憶喪失のせいでわからないけれど、きっとどんな物よりも温かい物のはずだから。


 そこまで思い至った時、カルナのことを思い出した。観覧車のゴンドラの中でのことを。



『アストは…………あたたかい』


『すごくうれしい。いっぱいいっぱいうれしい。でも、最後までアスト達と、いっしょがいい』


『ずっとずっと「友達」のままがいい。みんなとごはんを食べて、みんなと遊んで、みんなとおやすみする。わたしはそれがいい』




『アストだけは……わたしの味方でいて』



 カルナは一緒にいると心が温かくなると言ってくれた。僕達を信じてくれた。


 そんな彼女に僕は……どうする?



「ダメだ」


 その答えは声となって出てきた。答えを出すのを躊躇っていた皆の視線はアストに集中することになる。


「カルナはあそこで、ゴンドラの中で、僕達とずっと一緒にいたいって言ってくれたんだ。最後まで……一緒にいたいって」


「それはカルナを殺すことになるのよ? あんたそれをわかって言ってんの?」


 カナリアはアストに問う。皆の心を偽らせる要因となっていることを。



「わかってる。だから僕は……『悪』になる」


「悪?」


「この答えは最悪だ。自分が正しいと信じてカルナの命が危ない道を選ぼうとしてるんだから。それでも僕はカルナの心を救う『悪』になる」


 これは「善」ではない。それはわかっている。その上で「悪」になる。自分勝手に選び取る最低最悪の道。非難され、罵倒され、間接的に自分の手も汚れるかもしれない行為。




「だって……僕達だけなんだっ! あの子の本当の心を知ってるのは! あの子の味方になれるのは! このまま僕達が助けにいかなきゃ……この世界の全部があの子の心を殺そうとする敵になる……。『悪』になれるのは……僕達だけなんだ……!」




 醜い道でも自分達だけはその道を選ばなければいけない。どれだけ周りが否定しても自分達だけは「悪」となって最後までカルナの味方でいなくてはならない。



 カルナが信じた自分達だからこそ。



「カルナは……僕に手を伸ばしてた。僕はあの手を取らなきゃいけない。だから僕は……『悪』になるんだ」


 その言葉に皆は黙る。賛同者なんているわけないか……とアストはわかっていた。

 アストはこの道を1人で行くつもりだ。汚れるのは僕だけで良い……と。


 思っていたが……


「わたしはアストに賛成する」


「ライハ!?」


 ライハはそんな声を上げた。アストの賛同者となってしまった。

 アストはもしかするとライハが自分の友人だから気を遣って、無理をして、そんなことを言っているのではと思った。


「ライハ。今は僕に合わせる必要は……」


「そうじゃない。わたしはわかる。世界の全てが敵になる辛さを」


 ライハは自分がロストチルドレンだからこそわかる痛みを知っている。心が死ぬ痛みを。かつてそのせいで自己を殺すことになってしまったことを。


「わたしは誰かに助けてほしかった。周りから非難されてでもわたしの手を取ってくれる人が欲しかった。……この学院に来て、アストがわたしを助けてくれた。わたしはパパとママを失ってからその時初めて『生きる』ことができるようになった」


 「心の死」の辛さを知っているからこそ自分の周りに同じ存在がいるなら見て見ぬふりはできない。もしここで見捨てれば「ロストチルドレンだ」と伸ばした手に向けて唾を吐いてきた連中と何も変わらない。


 ライハは心が救われる幸せをカルナに感じてほしかった。だから「悪」となる覚悟もあった。

 その言葉に込められた想いが伝わっていく。カナリアに、ガイトに、ミルフィアに。

 「自分達だけがカルナの味方になれる」と。


 自分勝手なこの想いを信じる。勇気がいる行為だが……そっちの方が、心が軽くなってしまったことは直視しなければいけないことだった。


「どうやら私には止められないようですね」


 キリールはそう結論付けた。どうやってもアスト達はカルナに会いに行き、あの吸血鬼達に立ち向かうことになると。


「仕方ありません。ここはベルベット様に希望を託してみてはどうでしょうか?」


「ベルベットに……?」


「はい。あの方は誰も知らないようなことを知っています。その中に……吸血鬼の体をどうにかする方法があるのではないでしょうか? なかったとしても、思いつく可能性もあります。今の今までずっと寝ているのですからそこまでこき使っても罰はないですよ」


 そのことは思い至らなかった。ベルベットなら「カルナの命も心も救う」という真に善の道を照らすことができるのではないか?

 もちろん確定した情報ではない。しかし、あのベルベットが相手なら賭ける価値は十分にある。


 そこでわかってしまった。キリールの密かな助力に。


 いくら「カルナの心を救う」と言っても僕達の中に苦しみは残っている。カルナの命を危険に晒す行為なんだという苦しみが。

 それを……カルナを助け出せばベルベットが救ってくれるんじゃないか、だから今は「カルナを吸血鬼にさせないこと」が重要なんじゃないか、と苦しみを緩和しようとしてくれていた。


 こんなことが良いこととは言えない。それでも自分達の答えを正当化するつもりは1ミリもない。


 だが、「真に善の道」が「悪の道」の先にあるのだとしたら……


「助けに行こう。カルナを!」


 アスト達の心は1つになった。



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