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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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74話 失楽園


「兄様!!!!」


 ミルフィアは落下したゴンドラがアストの乗っていた物だとわかるとすぐに走り出した。アストの安否を確かめるために。

 アストの護衛でありながらこれはとんでもない失態である。


 しかし、ミルフィアが駆け寄る前にベコベコにへこんだゴンドラの扉が破られる。



「う、ぅ、はぁ……く、そ……」



 頭から血を流していたアストがそこから出てきた。地力で脱出できたところ、命の危険に類する怪我はまず負っていないとしていいだろう。ちゃんと診ていない以上はまだ断定で、確定するのは早すぎるが。


 アストはゴンドラが落下する中で体に魔力を纏った。ジョーから言い渡された課題で最近練習していた「纏った魔力を増加してのコントロール」も試して……防御を強くする。

 その結果、モロに落下の衝撃を受けたが「怪我」というレベルに抑えることに成功したのだ。


 特に「魔力の増加」を試したのは大きかった。あれで防御を強くしてなかったら骨まで折れていた可能性もある上に打ちどころ次第では……。

 アストは日々「魔力のコントロール」を練習していたこともあってこの土壇場でなんとか成功させた。失敗していれば結果も変わらず死へ一直線だったことだろう。



「カ、ルナは……!」


 ミルフィアはすぐさま治療を行おうとするが、アストは自分の怪我のことよりもカルナを探す。


 天にそれはいた。


 目を凝らすと……それが空を飛んでいると勘違いをしてしまっていた。なぜなら「それら」は観覧車の設備の上に立っていたのだから。


 細身の男2人に優雅なドレスを身に付けた女性が1人。その内、1人の男はカルナを抱え込んでいる。


「あれは……」


 その姿を目に映した時にわかってしまった。奴らが……カルナにとってどういう者達なのかを。




「カルナ、探したぞ。もうお前の命は危ない。早く家に帰って儀式を行わなければいかん」


「親父ぃ、こいつらの血でいいんじゃねえか? こいつら何人かぶっ殺してそこから血取ればよぉ」


「バカを言うな。魔人の血などで儀式は行えん。人間の血でこそ同胞の誕生に相応しい」


 長男の提案をすぐに蹴る父に母も頷き同意した。魔人の血は飲めないことはないが美味しいかと言われれば怪しいところ。そんな物を血を飲むのが初めての娘に飲ませるつもりはなかった。


「パパ……ママ……はなして! わたし、いや!」


「我儘を言うなカルナよ。家ではリーゼも待っているよ。安心しなさい。怖くはないから」


「いやあああああ!……アスト! 助けて!!」


 涙を流す少女は少年に手を伸ばす。




「カルナ……すぐに助ける!」



 アストは弾かれるようにしてカルナの下へ向かう。武器は持っていない。それでもここで何もせずにいられる平常心はなかった。

 今の自分には『ファルス』しか使えないがそれさえあれば観覧車の上まで到達することはできる。体の傷が走る度に痛むがそんなものは内から溢れる感情が押し潰していく。


 「カルナを助けたい」。その強い感情が。


 アストは『ファルス』を使って地面を蹴り跳躍する。カルナの手を掴むため。アストもその先の少女へと手を伸ばす。



「オイオイ……なんだよお前」



 強化された力で空を飛ぶ道の中、それを邪魔する者が。カルナの兄にあたる吸血鬼だ。いつの間にか自分の真横に現れている。


「ガキは帰って……寝てろッ!!」


「ぐっ……………は!」


 僕が地面を蹴って跳んだように相手は僕を蹴りつける! ただ前へ、と意識をそちらに向けていなかったせいで防げず振り出しに戻される。背中を強く打つ衝撃付きで。


 それにだ。蹴りの威力が半端じゃなかった。こちらは魔力を纏っている。通常の打撃ではダメージなんてたかが知れている。相手も魔力を纏わせた打撃や『ファルス』を使用していたなら別なのだが相手にはそのような付加がかかっているようには見えなかった。

 これこそが「吸血鬼の身体能力」と言うほかない。魔法使いにとって身体強化をかけている状態が吸血鬼にとっての通常状態なのだ。



「おい親父ぃ。こいつじゃねえか? カルナを匿ってたの」


「そのようだな。だがロシュ、相手にするのはやめろ。早く帰るぞ」



 父はカルナを連れて離脱を始める。ゴンドラを破壊したこともあってさすがに注目が集まってきているのだ。

 魔法騎士団が動けば厄介なことにもなる。カルナを手に入れたのならばこれ以上ここで争う意味など存在しなかった。


「けっ、つまんねーの。こんな簡単に済むならマジでリーゼはいらなかったな」


 父、母、長男。それら吸血鬼の一家はゴンドラから跳躍する。羽でも生えているかのごとく空を飛ぶように遊具を蹴り、建物を蹴り、移動していった。


「待……て。カルナ、を……!」


「兄様ダメです! まずは治療をしないと……」


 すぐに僕は立ち上がり追おうとするがミルフィアがそれを止める。

 たとえ奴らに追いついたとしてもまた反撃を受ける。そうなれば怪我をしていることで今度は無事で終わるとは限らない。



「キリ姉様、緊急事態です! 状況タイプC、敵は吸血鬼、3人です!」



 ミルフィアはポケットから指輪を取り出してそれに話しかける。

 知らない者から見ればミルフィアは何をしているんだと間抜けに映るが、この指輪は特定の人物にだけ通信ができるようになるベルベットお手製の魔法道具だ。同じ指輪を持っているキリールとはこの指輪越しに会話ができている。




   ♦




「了解。……あれですね。ミルフィアはアストさんを守っていてください」


 ミルフィア達から離れた位置にいたキリールは通信を受け取り空を見上げると……飛来する3つの影を見つける。そしてその陰にカルナが捕まっていたのも。


 キリールは身体強化を施して地を蹴った。これはアストと変わらない。


 だが、そこから吸血鬼達と同じく建物を蹴っていき加速していく。ものの数秒でその吸血鬼達に到達することに成功した。


「なんだこいつ!」


「こいつとは失礼ですね」


 長男─ロシュはキリールに向けて蹴りを放つがキリールはそれを腕でガード。そこからロシュの胸倉を掴んで地へと投げ捨てた!!


「いってぇ!」


 ベシャ!と地面に直撃するロシュを傍目にキリールはその父を標的に据える。



「キリール・ストランカ。こんなところで会うとは。リーゼが迷惑をかけたな」


「ヴォード・ローラル・ベリツヴェルンですね。では、保護者の貴方が代わりに責任を取りなさい」



 ベルベットを殺されかけたことの八つ当たり気味ではあったがキリールは魔力を纏わせた手刀をカルナの父、ヴォードの喉元へ突き出す。本気で殺すつもりの攻撃だ。『殺せる』かはわからないが。


 グシュッ!!という音が響く。






 ……その音はヴォードの喉からではなく、キリールの脚から。



「ッ!!」


 キリールの脚には「真紅の剣」が刺さっていた。一旦地上へ降り立ちそれを引き抜くとすぐにその剣はパシャッと真っ赤な液体─血液となってキリールの手から零れ落ちた。


 これは吸血鬼の特徴の1つ。『血液の変質操作』だ。


 吸血鬼は皆誰もが自分の血液を硬く変質させたりそれを操作できたりする。

 一見して血液に類する「属性魔法」に思えるが……これは属性魔法ではない。吸血鬼という種族が生まれ持っている「特性」だ。

 吸血鬼の体は血液に多くの魔力が混じっており、そのせいか血で魔法のようなことが行える特殊な力がある。


 魔人には種族によって様々な「特性」がある。

 魔法使いは他種族と比べると「平均的に」魔法の強さやコントロールが秀でている傾向にあるといった風に。

 他にも色んな種族がいるのだが……血液を操作できるのは吸血鬼だけだ。



(血液で造られた剣……まさか)


 キリールの脚を傷つけた真紅の剣も血液で造られていた。血液で武器を構築することもそれぞれ吸血鬼の技量によるところもあるが可能である。

 それと吸血鬼によってどんな武器を構築するかは好みや得意といった面が出てくる。キリールは剣を好んで構築する吸血鬼を1人知っていた。



「クスクス♪ お久しぶりですわねキリールさん」


「リーゼ・ローラル・ベリツヴェルン……」



 コツ、コツ、とヒールの音を立て、夕方でも日傘をさして前から歩み寄ってくる少女。

 夜を溶かしたような黒髪を2つに結い、体に纏うは漆黒のゴスロリドレス。真っ白で綺麗な肌がその黒に映えていた。そのものが美術品のような少女はこちらに笑顔で挨拶してくる。

 ……たった今攻撃してきたのはこの少女だ。


「リーゼ。来ないと言っていたのにどうした?」


「気が変わったのですわ。ある御人に会いたかったのですけれど……キリールさん、『アスト・ローゼン』という方を知って?」


 どうしてアストの名を、とキリールはリーゼを訝しむ。


 昔からリーゼとベルベットがちょっかいをかけあうことは多かった。ちょっかいで片づけていいレベルかは人それぞれだけれども、その度にキリールもリーゼへの対応に赴いていた。だからこそリーゼとは知り合いでもあり、リーゼのことはある程度どんな人柄かを知っているつもりだ。


 非常に強欲で探求心が強い。少々過去に色々あってベルベットのことが大嫌いであり、そのことからベルベットの物なら何でも奪うといった行動が見られてきた。奪えないなら「壊す」。それにはベルベットの使用人も標的にされたことも。


 今回もそうだとしたらリーゼの目的は……。


「そんな人は知りません」


 アストの身に危険が迫るのならここでアストのことを知っているとするのはマズイ。一度出会ってしまえばアストの身に何が起こるか想像もつかない。


「あら、そうですの。それはそれは。クスクス♪」


 リーゼは可笑しそうにキリールを見る。




「キリールさんは…………嘘つき、ですわね」



 漆黒の少女は手を開く。そこには指輪が1つ。それは……キリールがミルフィアと通信を行っていた魔法道具の指輪だった。


(いつの間に盗られた……!? それに、『逆探知』された!?)


 リーゼは吸血鬼であるが超一流の「魔工」でもあった。

 魔法道具や魔法武器を造る腕は世界でもトップレベル。過去にリーゼが「通信魔法を逆探知する」魔法道具を造ったことがあったのをキリールは知っていた。

 それを使って通信相手のミルフィアともう一人少年がいること、そして会話内容までも指輪の魔法道具の記録内容から抜き取ることである単語がその中にあったことも聞き取っていた。


『ミルフィアはアストさんを守っていてください』


 というキリールの言葉にあった少年の名を。


 さらには実力も破格の強さを持っているというのだから参る。戦闘して勝てる算段は今のところなかった。


「本当は今すぐに会いたかったのですけれどカルナのことが最優先ですわ。愛する妹の命を救った後にアストさんとはお話がしたいですわね。それではごきげんよう。……行きますわよ無能」


「うっせぇ……」


 リーゼは帰るついでに地面に捨てられていた兄に声をかける。ロシュも無様な姿を見られたとあって強く言い返しはしなかった。


 キリールはリーゼが帰るのを止めない。ここで戦えば周りに被害が出る。リーゼならばウィザーズ・ランドにいる魔法使いのほとんどを虐殺することも可能なのだ。下手に刺激すれば何をしでかすか。

 アストがもし追ってくればリーゼと出会わせることにもなってしまう。そうなった時にカルナだけでなくアストまで拉致される羽目になれば目も当てられない。



 クレバーな選択だが、それは実質「負け」に等しいものだった。



 こうしてアスト達の前からカルナは消え去った……。



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