6話 最強の魔法使い、最悪の教師
その後はお互い話すこともなく、僕はお先に眠ることにした。
眠ってしまえば僕とカナリアは何も気にしなくて済む……し……zzz………zzz
♦
ピピピピ!! ピピピピ!!
「んん……ん? あ、朝か……」
これは自分が7時にかけておいた目覚ましの音。8時から授業が始まるので僕はベッドから起き上がる。そこで気づいたが……
「カナリア……もう起きてたんだ?」
「1時間前くらいにわね」
カナリアは僕より先に起きていて……しかもまた机に向かって予習していた。
1時間くらい前ってことは6時に起きたのか。はやっ! ベルベットなんて昼まで寝てる時あるのに……。
「早起きできない魔法使いに優秀なのはいないわよ」
あー。自分の師匠が昼まで寝ようとするグータラ魔法使いであることが悲しい。
あ、ベルベットで思い出したけど……
「なんかよくわからないけど昨日から僕の師匠がここの先生になったらしいんだよね」
「ふーん。あんたの魔法の使えなさからその師匠の実力もたかが知れてるわね」
なんかベルベットにはとても申し訳ないな……。この後から改めて名前も言いづらいし。
「ベルベット・ローゼンファリスって人なんだけど……知ってる?」
「へー、ベルベッ………ベ!? ベル…ベ、ベルベルベル!?!?」
「どしたの!?」
カナリアは急にテンションがおかしくなった。まるで壊れた機械のよう。「ベルベル」言い出して気でも狂ったのかと思った。
「ベルベット・ローゼンファリス様っていえば魔法使い最強……いいや! 魔人最強とも言われる存在なのよ!? あんた本当に間違ってないのそれ!?」
「う、うん……。名前一緒だし」
「同姓同名? でも他に同じ名前の魔人なんて聞いたことないし……。嘘でしょ……この学校にベルベット様が?」
カナリアは目がグルグル回って興奮している。そんなにすごい存在だったのか。
確かにたまーに自分のことを「最強魔法使い」だとか「超すごい英雄」って言ってたけど全部嘘だと思ってスルーしてたよ。
「…………ん? じゃあなんであんたは魔法使えないのよ。そんなすごい人が師匠にいて」
「それに関しては僕がダメなのかなぁ……。飲み込み悪いし」
「……とにかくこれはすごいことだわ。今日の授業が楽しみでたまらないわよ」
すごく楽しそうだ。勉強を楽しめるなんて羨ましい。ベルベットの館でも勉強は教わっていたがそこまで楽しくなかったから自分はあまり気分が乗らない。
「朝食はどうする? 授業が始まる前に各自で食べておかないと」
アーロイン学院にちゃんと食堂はある。けど開放されるのは昼から。昼食と夕食の時のみにしか使えない。朝食はどこかで買って食べなければいけないのだ。学内に購買も存在するため心配はいらないが。
「もうあたしは食べたわ。冷蔵庫に食べきれなかった分のサンドイッチがあるから食べていいわよ」
そう言われて備え付けられてある冷蔵庫を見ると……ある。サンドイッチが2つほど。タマゴとハムが挟んであるものだ。
これは人間が作った物ではなくちゃんと魔人が作った物。魔人も食材を自分で手に入れて自分で製造しているのだ。
「あたしはもう行くわよ」
「あ! ちょっと待って! 僕もすぐ準備するから」
カナリアはカバンを持って出ようとする。僕はすぐにサンドイッチを食べると制服に着替える。
青を基調としたブレザータイプの制服だ。
ネクタイの色で学年が分けられていて1年は赤。2年は青。3年は緑だ。女子の方はリボンの色がさっきの通りに分けられている。
僕とカナリアは部屋を出る。そこから校舎の方へ。
校舎に着くと、入口の前では何やら集まりができていた。
「どうしたのかな?」
「クラス分けでしょ。能力が優秀な者から順に1組から3組に分けるのよ」
クラス分け……か。僕はどこに入るんだろ。魔法がほとんど使えないからやはり3組? それとも試験の結果から見て1組? どうなっているのか気になる。
「あたしは確実に1組ね。むしろそれ以外が想像できないわ」
「そりゃそうだろうね。僕は不安しかないからちょっと確認してくるよ……」
なんとか集団の中に入り込み、入口のところに貼りだされている紙を確認する。それを見ていくと……
『アスト・ローゼン 3組』
と書かれていた。
「やっぱり3組なのか……」
自分の無能さが最高の試験結果を覆すという最悪な内容だった。
バカでかい竜を倒したとしても魔法が満足に使えないとはそれほどのことなのだ。この枷はデカいな。デカすぎる。
「あとは……カナリア……………え!?」
自分の名前だけでなくカナリアの名前も探してみた。本人は1組確定だろうと言っていたが………そこに書かれていたのは信じられない結果だった。
『カナリア・ロベリール 3組』
そんなバカな。自分が3組というのは理解ができる。さすがに戦う術が無いに等しい自分が文句を言える立場ではない。
だが、カナリアは違う。魔法も使える。属性魔法である水魔法の威力も大したものだ。魔力の量だって同年代に比べたら多い方だろう。戦いのセンスも十分。試験結果も優秀。なのになぜ……?
「こんな結果、もしカナリアが見たら……って、うぉわっ!」
カナリア、横にいた!!
やはりなんだかんだ言ってもちょっと不安になったのかクラス分けを見に来ていた。
しかし、結果を見て愕然としている。信じられないといった顔をして俯いているぞ。
「カナリア……えっと……」
「何かの間違い。そうでしょ? ねぇ……」
間違い。そう言ってあげたい。けれど僕はこの真意を知らない。
カナリアに何か問題があるのかもしれないし、本当に間違いなのかもしれない。今の僕にはなんとも言えない。
「とにかく……教室行こっか」
「………」
カナリアは教室に着くまで俯いた顔を上げることはなかった。
♦
「そろそろ元気出しなよ……」
「あんたわかってないわね……3組って底辺なのよ?」
「始まったばかりなんだから気にしないでいいと思うけどなぁ……」
「あんたはそれでいいわよ。あたしがダメなわけ。ってか、なんであたしの横に座ってんのよ。どこか別のとこ座りなさいよ」
教室に着いて椅子に座ってからはずっとこの調子で僕が宥めて、カナリアがそれを否定しての繰り返しだ。
アーロイン学院では基本的には席は決まっていない。長机と椅子がいくつも配置されていて好きなところに座っていいということになっている。
横に座るなとは言うが放っておいたら勝手に帰りだしそうな雰囲気を出しているので放っておけない。
「でも、良かったね。これからある1限目の授業の『魔法学』、3組の担当教師は偶然にもベルベットだったし」
「それがなかったら今頃教室にはいなかったわよ……」
人間の学校では「入学式」というものがあるらしいが魔法使いの学校にはそんなものはない。即授業だ。
さらにここでは担任の教師というものはいないのでホームルームという活動も存在しない。
基本的には生徒達が時間通りに自分の教室に行き授業を受ける。そこでは教科別に担当教師というものが設定されている。もちろん優秀な組には優秀な教師がつくことになっているのだ。
ベルベットは実力こそ最強らしいけど教師としては新米なので一番弱い3組に配属されたと考えられる。この事実だけがカナリアを教室に引き留める1本の細い糸になっていた。
頼むベルベット。ちゃんとした授業をやってくれ。そうじゃないとカナリアのメンタルは本格的にやられてしまいそうだ……!
教室に3組の生徒達が全員が座り、始業時間が来る。……が、しかし。ベルベットはまだ来ない。
(うぅ……予想通りだぁ…………!!)
ベルベットは何か用事がない限り昼くらいまで寝まくる。3度寝4度寝余裕だ。そしてベルベットは基本的に面倒くさいことは忘れて寝ることが多い。
この2つから考えられることは……まだ寝ているということ!
~30分後~
「うぁ~い……おあよう~……」
ガラガラと扉が開いてそこから超眠気眼でボサボサの髪にヨレヨレのトンガリ帽子を被った……というより、ちょこんと乗っけただけのベルベットがのっそりと入ってきた。
もうすでにダルそうだし呂律も回ってない。
「先生ってこんなにしんどい仕事だったの……?もう辞めたいんだけどぉ……。朝起きるの辛いよぉ……朝ごはんも食べてないし……」
ベルベットは初日からもうグロッキーになっていた……ただ早起きするのが辛いというだけの理由で。
どう考えても新米教師が口にする言葉ではない。あと朝食食べられなかったのは自分の寝坊のせいだ。
まだベルベットが入ってくる前、周囲の生徒は期待していた。
かの偉大な魔女が先生になるのかと。もしそうなら3組というハンデをもひっくり返せるのではないかと期待したのだ。
これに関しては彼女の担当外になっている1組、2組の生徒の方が羨んでいたほどだ。
だがどうだ。出てきたのは偉大な魔女とは到底思えない女。そんなものを見せられては期待が崩壊してしまうのも無理はない。
「おいおい……あれがベルベット様?」
「魔法使いの英雄が……えぇ……」
「そんな……誰かの間違いじゃないのか?」
あぁ……教室に絶望が伝播していく。もうベルベットのことを英雄なんかと思っている生徒はいない。
横にいるカナリアなんか開いた口が塞がっていない。顔が青ざめてガクガクと震えている。どうやらトドメをさしてしまったみたいだ。
「あっ! アスト~!」
こっち見ないで……。恥ずかしいから。周りもこっちに注目してるし。
ちゃんとしてる時に知り合いと思われるのは別にいいけど今のアレと知り合いと思われるのは絶対に嫌だ。
「ふっふっふ。よ~し! アストもいることだし。ちょっとカッコイイところ見せちゃおうかな……」
ボソッととんでもない公私混同を口にしながらベルベットは教壇の前に立つ。
もう誰もがあまり期待をしていない状況でベルベットが言ったことは……
「今日の魔法学は~……うーんと…………『ファルス』について教えよっか」
身体強化魔法にして僕が唯一使える基礎の魔法の『ファルス』。それを教えると言い出した。
魔法学とは魔法の知識を深めたり、強力な魔法を覚えたりといったまさに魔法についての授業。
魔女コースに進んだ者、すなわち魔法で後方支援や戦闘を行う者にとってこの授業は最も重要なもの。
アスト達は魔法騎士コースだが魔女と同じく魔法を戦闘に使う者でもあるためこの授業も必須となっている。もちろん魔女と魔法騎士では使う魔法が少々違うが。
「『ファルス』って……」
「初歩中の初歩じゃん……」
「何を今さら学ぶって言うんだよ」
周りの言葉は厳しい。それは当たり前だ。
さっき言った通り、魔法使いにとって必須の授業。それはつまり皆がこれを必要と思って学びに来ている。それこそ何を学べるのか楽しみにしている生徒だって多い。
そんな生徒に対して歩いたり息をするのと同じような初歩魔法について教えると言ってはさらに期待を落としてしまうことは想像に難くない。
(僕でも使える魔法っていうのはありがたいけどね。……まさかそれで?)
違うとは思うけどそんなことを考えてしまう。
アストは『ファルス』以外の魔法が使えない。「=他の魔法の感覚がわからない」ということでもある。基礎を応用した魔法を教えられても基礎がそもそもわからないのだ。
だからアストはこの魔法学においてそれこそ絶望的なハンデを背負っているのだが『ファルス』となれば話は別だ。ベルベットがそこに気を遣ったのではと。
「誰か『ファルス』について説明してくれる? え~っと……じゃあそこのアストの横に座っている子。お願い」
ベルベットは復習のように魔法の説明を生徒にお願いした。当てられたのは僕の横にいるカナリア。
なんかまた僕の名前が出て来たけどこの先生ほんと公私を分けなさすぎだ。さっきから僕の名前ばっかり出てきている。
カナリアは初歩魔法の説明ということで呆れつつも仕方なく立ち上がる。周りの生徒はここでまたザワザワと騒ぎだす。
なんで? と思ったけど……そうか。そもそも魔法騎士では女子は少ないんだった。
「『ファルス』は魔法使いにとって初歩となる身体強化魔法。魔力を放出して自分の体の一部分に集中させることでその部位の力や耐久力を上げることができます。使い慣れた魔法使いなら一部分ではなく体全体を対象にして発動もでき、現代の人間との戦闘においてはそのレベルでの練度が必須となっています。また、さらに練度を上げれば持続時間や強化量が向上したりといった効果が見られます」
まさに教科書通りの満点回答だ。今ちょっと教科書を覗いてみたがその通りに書かれてある。
魔人は魔法が使えるとはいえ人間よりも身体能力は高い。だが魔法使いだけはその例外で人間と比べてもあまり変わらない身体能力なのだ。
それどころか魔法に甘えてしまって魔女なんかは人間よりもその面は劣っていると言っていい。『ファルス』の熟練が必須となっているのはそういう理由からだ。
「うんうん合ってる。合ってるんだけど~ブブー!! ちょっとだけ違いま~す」
ベルベットは子供みたいに両手で×を作ってカナリアをバカにしていた。メチャクチャイラっとする顔だ。あ、今カナリアちょっと舌打ちした。
「『ファルス』は身体強化魔法じゃなくて、強化魔法なの」
「? それのどこに違いが?」
カナリアはムッとなって反論する。
でも、確かにそうだ。何が違うんだ? ただ「身体」というワードを抜いただけだ。
ベルベットはカナリアの言葉を聞き、フフン♪と得意気になる。
「別に自分の体を対象にしなくても使えるってことよ。例えば……無生物にも使える」
「無生物に? いったい何のこと……」
「見せてあげるわ。……『ファルス』」
ベルベットは自分の体に『ファルス』を発動。そして……
「とー! ベルベットチョーップ!!」
自分の目の前にある教卓に向かって手刀を振り下ろす。
ズドーン!!と教卓は真っ二つどころか粉々に粉砕された。それ学院の備品……。
これはベルベットが自分の体の力を強化した結果だ。耐久力も上がっているので怪我も負っていない。
「と、まぁこれが皆知ってる『ファルス』の使い方。親や師匠からもそう教わっていると思う。けれど真実はそうじゃない」
ベルベットは粉々になった教卓の破片をトン、トンと指でつつく。次の瞬間にはその教卓の破片達が勝手に合わさっていき、元通りに直ってしまった。
「え……何今の魔法……」
カナリアや他の生徒達はその魔法自体に驚いていたがベルベットはその生徒達の反応に構わず話を進める。
「本題はここから。『ファルス』」
今度は教卓に手を添えて発動。光の粒子が教卓の周りを走る。これは『ファルス』が教卓にかかった証拠だ。この時点で生徒達から声が上がる。
「そして自分にも……『ファルス』。アーンド、ベルベットチョーップ2発目!」
自分の体にも使い、またもや手刀を振り下ろす。しかもさっきよりも振りかぶりながら……!
ゴオォォォーン!!とハンマーでも振り下ろした音が教室中に響き渡る。若干グラグラと揺れたような気もした。だが……!
「壊れて……ない……」
カナリアはその光景を見て声が出てしまう。
なんとさっきよりも明らかに威力が強かったベルベットの手刀を教卓はしっかりと耐えていた。それどころか傷一つついていない。
「これでわかったでしょ? 皆は『ファルス』を自分の身体限定だと思っているからこういう使い方は知らなかったんじゃない? この魔法は物体の耐久度を上げることもできるの」
魔法にもちゃんと覚え方が存在する。魔力を纏うことを「『鎧を着ている』とイメージする」という風に。
『ファルス』を覚える際は「力を振り絞るのをイメージする」だ。
しかし、そう言われれば「この魔法は自分の体に使う魔法なんだ」と考えるのは当たり前。さっきベルベットが見せた効果に気づくことは難しい。
「教科書にもこれは『身体強化魔法』と書かれている。それはなぜか?……その方が覚えやすいからよ。魔法はイメージが大事。それが全てと言っていい。だからこそ覚えやすさを重視しすぎて本来の効果はとうの昔に葬られてしまったの」
自分の体を強化する魔法と思えばイメージはとても簡単だ。その簡単さこそ『ファルス』が初歩魔法とされる理由でもあるわけだが。
けれど物に対しても効果があると言われるとまったくイメージが違ってくる。「力を振り絞る」という風には考えられない。
ゆえにこの魔法自体の難度が増してくるわけだ。だが身体能力強化は誰もが使えないと人間との戦闘に困るもの。
では、どうするか?
今ベルベットが言ったような「物に対しても有効」という情報を意図的に消し去った。
あくまで『ファルス』という魔法は自分の体を強くするものだよ、と教えることで全体の早期習得を目指したのだ。そしてそれは見事に成功した。
(代わりに有能性を切り捨てて……!)
「今では『ファルス』は初歩魔法とされているけど昔はそうじゃなかったらしいわよ? 今あなた達を教えている教師の中にそれを知っている人がどれくらいいるのか知らないけど」
時代が進むことで効率化されて失うものもある。ベルベットはそう言った。
そしてそれは「魔法」という分野にとって象徴されるものでもあった。
「『ファルス』だけじゃない。あなた達が知っている魔法の常識の多くは間違った知識で固められている。全部そっちの方が効率が良いという理由で。魔法の可能性の多くを切り捨てて習得だけを考えてしまった代償よ。私の授業ではそれを正してあげる」
ベルベットがそう言い放つと生徒達は歓喜の声を上げた。一気にベルベットを見る目が変わる。
「胡散臭い大魔法使い」から「正真正銘の偉大な魔法使い」へと……!
「知らなかったわ……全然、そんなこと……」
カナリアは力が抜けたように椅子に座る。
突きつけられた真実に震えていた。自分が気にする必要もないと断じていた初歩魔法にそんな効果が隠れていたのかと。
人間の言葉には「目から鱗が落ちる」という言葉があるらしいが……まさに今のカナリアを表すに相応しかった。
「ベルベットって……本当にすごかったんだな」
僕は歓声に包まれているベルベットを見る。ベルベットはそれに気づくとパチン!とウインクを飛ばしてきた。それで一瞬ドキッとしてしまった。