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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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68話 血の掟


「アンリーさん、いますか!?」


 夜でも光が灯っている保健室の扉を開けてカルナを中に入れる。

 アーロイン学院の保健室は緊急時に備えていつでも解放している。だからアンリーさんもいるはずだ。


「アスト? なんか最近よく会うねー」


 僕の呼び声にアンリーさんがビール片手に登場。完全に酔っぱらっていそうだが医者がこれで良いのか……?

 そんなことを僕が気にしても意味はない。とにかくカルナを診てもらうことが重要案件だ。


「あの、この子……急に苦しみだして……」


「あん? どこのどいつだよそれ。…………あんた、まさかそいつ─アスト、こっちに運べ」


 アンリーさんはボーっとした目にカルナを映すと、何か気になることでもあったのかすぐに真剣な顔になった。プロとして緊急時の切り替えはちゃんと機能しているようだ。


 僕はアンリーさんに言われてベッドに寝かせる。アンリーさんは液体の薬品を1つ手に取り注射器でそれをカルナの体に注入した。

 カルナはそのおかげか激しく苦しんでいたのがどんどん和らいでいく。苦悶の声はなくなり表情も穏やかなものに戻っていく。呼吸も落ち着いてきた。


「おい。聞こえるか。ちょっと質問に答えろ。お前名前は?」


 アンリーさんはカルナの容態が安定するとすぐに彼女へ質問した。それがまさにこの時、必要であるかのように。


「か、カルナ・ローラル・ベリツヴェルン……です……」


「ローラル・ベリツヴェルン……お前吸血鬼だろ? 今何歳だ?」


「10歳……」


「10歳になって何カ月?」


「1カ月、くらい」




「これが最後だ。……お前、10歳になってから一滴でも血を飲んだか?」


「飲んで……ない……」




 その最後の質問の答えを聞くと、アンリーは大きな溜息をついた。「最悪だ」と聴こえるくらいに重い溜息だった。


「カルナは……大丈夫なんですか?」


 何が起こっているのかわからないという謎が不安を煽り、煽り、心を締め付ける。早くカルナの安否を知らなければと脳が警鐘を鳴らした。




「結論から言う。こいつはこのままじゃあと数日で確実に死ぬ」


「し、死ぬ!?」


「簡単な話だ。『血』を飲んで生きる吸血鬼がその肝心の『血』を飲んでない。つまり飯も食わずにどんどん衰弱していってるってことだ」


 アンリーさんはそこから吸血鬼の詳細な話を聞かせてくれた。


 吸血鬼は10歳になるまでは人間や他種族となんら変わらない食事で生きていける。

 だが、10歳になってからは血液を月に1回ペースで飲まないと激痛と飢えの地獄に苦しみながら餓死してしまう。

 血液さえ摂取していれば食事を取っていなくても生きることができ、他種族よりも生きる年数は何倍も長い。姿も若いままで保つこともできる。


 だが血液を手に入れることは容易くない。人間か他の魔人から奪わなければならないのだ。いくら魔人といっても10歳児にできるとは思えない。

 しかも10歳になって初めての吸血は大量の血液が必要で困難は増すばかりだ。


 だからこそ吸血鬼には10歳になると「儀式」というものを行うらしい。

 親が10歳を迎えた子に血を与えてやる。子の代わりに狩りをやってやるのと何も変わらない。

 これから吸血鬼として共に生きていく同胞を祝福し迎え入れる。そういった意味を持っているからこそそれは吸血鬼達の間では「儀式」と呼ばれている。



「血を飲めばいいんですよね? じゃあ、僕の血を……!」


 血さえ飲めばカルナは助かるんだ。それなら別に深刻な問題ではない。すぐに解決できることだ。大量の血液だとしても少しずつ与えていけばなんとかなるはずだ。


 僕はカルナの口に腕を近づけるが……



「嫌っ!!!!」



 カルナは顔を背ける。


「嫌って……僕の血が嫌ってこと?」


「違う……血を飲むのが、嫌……!」


 カルナが言ったことは「解決が容易な問題」を再び「深刻な問題」へと巻き戻すものだった。




「血、飲んだら、わたしがわたしじゃなくなる……わたし、化け物に、なりたくない……!」




 急に泣き出したカルナに僕は戸惑ってしまう。化け物って……どういうことだ?


「吸血鬼は血を飲んだが最後、そこからは血を飲み続けるか死ぬかの生活になる。そして、強すぎる血の渇望が人格に若干の変化を及ぼす。この子もその例外じゃないだろう」


「人格に変化?」


「人を『餌』だと思うようになるんだ。中には人間や他種族に恋をするような変な奴もいるがそんなのは希少な例。カルナは血を飲めば、もうこれから『人の命を奪う生活』からは決して逃れられなくなる」


 アンリーさんの説明でようやく納得がいった。そうか、カルナは……



「わたし、誰も死んでほしくない……。血、飲んだら、死ぬ人がいる。そんなの……嫌……! そこまでして生きたくない……!! わたし、そんな化け物になりたくない……!」



 この子は吸血鬼であって、吸血鬼にはなりたくないんだ。

 心が、優しすぎるから。


「どうしても……ダメ?」


 僕は腕をカルナに近づけるが、首を振って嫌がるばかり。そこまでされては無理やり飲ませるのも可哀想だ。


 でも、それだとカルナの命が……!


「とりあえずこっちでも症状を抑える薬を出しておく。あと……勝手に吸血鬼を中に入れるなよ。怒られるぞ」


「それは……すみません」


「黙っといてやるけどなー。ったく、師も師なら弟子も弟子だな。世話がかかる」


 アンリーさんはやれやれと肩をすくめる。ここのところお世話になりっぱなしだからいつかお礼をしなきゃだな。


「そいつ連れていっとけ。ここに置いとくとすぐバレるぞ」


「はい。カルナ……立てる? おんぶしようか?」


「……おんぶ」


 所望されたので背中に抱えて連れていくことにした。アンリーさんから薬も受け取っておく。




   ♦




 カルナを抱えたアストが出て行くと、アンリーはどっかりと椅子に座ってまた息を吐いた。


「カルナ……か」


 その吸血鬼は自分がよく知る吸血鬼の知人と似ていた。というより問題の渦中にある奴なのだが。



「『妹』、お前と同じこと言ってるじゃんか。……リーゼ」



 昔の記憶を手繰りながらさっきのカルナの言葉はデジャビュのような感覚を得た。



 「化け物になりたくない」


 それは過去に聞いたことのある言葉だったから。




   ♦




 カルナは血を飲んで「吸血鬼」になるのが嫌だった。

 家出の理由を図らずも知ってしまったその夜。あの後は普通に過ごした。

 変わらず遊び、時々体の調子を聞いて。僕は皆にカルナの事情を話したが誰もそれに触れることはなかった。


 きっと誰もが、消えかかるカルナの命の灯を直視したくなかったから。

 多分大丈夫だ。と思いたかったから。



 そして僕は彼女を救う方法を模索し続けていた。

 彼女を救いたい。その想いは明確に僕の中に生まれた。



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